- 看護
がん患者のせん妄を看護する エビデンスと臨床の間で
[第9回] 終末期のせん妄――何をめざし,どう寄り添うか
連載 角甲純
2026.06.09 医学界新聞:第3586号より
せん妄は,終末期の患者さんに高頻度でみられる精神神経症状です。終末期のせん妄は特に回復が難しく,対応が難しい場面の1つです。せん妄によって患者さんの苦痛が増大することに加え,ご本人らしさや意思の表出が妨げられることがあります。また,混乱や興奮といった姿を目の当たりにすることは,家族にとっても大きな不安や悲嘆につながります。そのようなケースに向き合う必要に迫られた時に私たちは,「何をめざし,どう寄り添うのか」という問いに改めて立ち返ることが求められます。
回復が難しいからこそ,ケアゴールの設定が重要
せん妄ケアのゴールは,患者さんの状態や予後,意思疎通の可否,家族の意向など,さまざまな要素を踏まえて柔軟に考える必要があります。「夜間だけでも落ち着いて眠ってほしい」「本人らしい穏やかな姿に戻ってほしい」といった,家族の願いを出発点とする場合も時にあります。しかし,ケアのゴールには明確な正解がないため,医療チームの経験や価値観によって判断が分かれることも少なくありません。たとえば,「鎮静をどうとらえるか」「治療をどこまで追求するか」といった点では,意見が分かれやすいのが現状です。先行研究では,患者さんや家族の価値観に基づいてケアゴールを設定し,それに応じた症状緩和を行うことの重要性が指摘されています1)。また,必要最小限の薬剤で苦痛を和らげる調整型鎮静(proportional sedation)という考え方も普及してきました2)。日本国内の研究では,終末期せん妄におけるケアゴールとして,①症状や苦痛の十分な緩和,②コミュニケーションが取れる,③自己の連続性の保持,④家族へのケア・支援の提供,⑤バランスの考慮の5つの要素(表)3)が示されています。これらは,患者さんと家族が「何を大切にしたいのか」について医療者が共に考えるための手がかりとなります。
患者と家族に寄り添い,穏やかな最期を支える
終末期のせん妄は,患者さんの思いを伝える力を奪い,大切な人との対話や,治療に関する意思表示を困難にさせることがあります。家族にとっても,意思決定や看取りに大きな精神的負担がかかります。このような状況で,看護師は次のような視点から,重要な役割を果たします。
●患者さん・ご家族の意向に寄り添い,ケアゴールの共有を支援する
●症状緩和だけでなく,「その人らしさ」や「家族とのつながり」を尊重したケアを考える
●多職種と連携し,苦痛の背景や文脈を踏まえたケアの方向性を共に考える
せん妄によって混乱した言動がみられる場合でも,患者さんの言葉の背景にある思いや価値観をくみ取りながら,必要な医療的対応(たとえば点滴や身体的制限)についても,安全確保と苦痛の軽減の両面から丁寧に判断し,できる限り安心と尊厳を保つケアに努めます。
また家族に対しては,せん妄による言動を単なる症状ではなく「その方なりの世界観」としてとらえ,これまでと同じように接してよいことを伝えることで,不安の軽減につなげます。加えて,情報提供や心理的サポートを通じて後悔の少ない看取りの支援を行うことも看護の大切な役割です。せん妄のケアに限らず,家族にとって大切なことは何かを見つけ出す支援をし,限られた時間を共に過ごすことも,看護の専門性の1つだと言えます4)。
家族への説明と支援
では,実際の臨床において,これらの視点をどのように生かすことができるのでしょうか。呼吸困難とせん妄を抱えた肺がん患者さんへのかかわりを通して,ケアゴールを意識した看護の実践をご紹介します。
事例 呼吸困難とせん妄を抱えた終末期肺がん患者とのかかわり
70歳代男性のAさんは,進行肺がんによる呼吸困難のため,緩和ケア病棟に入院されました。入院時からすでに病状は進行しており,夜間の不穏や日中の傾眠傾向がみられていました。酸素飽和度は安定しているものの,時折,意味の通じない言葉を話したり,目的のはっきりしない動きを繰り返したりすることがあり,せん妄が疑われる状況でした。看護師は,Aさんの発言に耳を傾けながら,日内変動や見当識障害などの変化を観察していきました。
ケアゴールの設定
医師や多職種との協議を通じて,Aさんの状態は回復が難しい終末期のせん妄である可能性が高いことを家族と共有しました。そこで,せん妄の完全な消失を目標とするのではなく,Aさんができるだけ穏やかに,安心して過ごせる時間を増やしていくことをケアゴールとして共有しました。具体的には,夜間に短時間でも睡眠がとれること,日中に興奮が強まらずに過ごせること,そして家族がAさんの姿をそばで見守れるような環境づくりを重視することとしました。
看護師による具体的なケアのアプローチ
看護師は,Aさんの呼吸困難をせん妄の症状を増悪させる因子であると考え,送風療法や体位の調整,室温・湿度の調整などの非薬物的アプローチを計画し,ケア内容をスタッフ間で共有しながら実施しました。また,薬物療法が必要な場合には,医師と連携しつつ過鎮静とならないよう注意深く対応しました。せん妄による混乱がみられる場面でも,Aさんの言葉や行動の背景にある思いや価値観に目を向ける姿勢を大切にしました。点滴や身体活動の制限といった医療的対応についても,常にその必要性を再評価し,できる限りAさんの尊厳を守る方法を検討しました。さらに,夜間には定期的に訪室し,Aさんが安心して過ごせるような雰囲気づくりに努めました。家族の存在がAさんの安心感につながっていることや付き添いへの労いを伝えるなど,家族とのコミュニケーションも大切にしながら,ケアの方針を丁寧に共有し,「今のAさんにとって大切な時間をどう支えるか」を,共に考えるかかわりを心がけました。
その後の経過では,夜間に休息がとれるようになるなど,Aさんが少しずつ穏やかに過ごせる時間が増えていきました。ケアチームは,家族とも連携をとりながら,最期までAさんの過ごし方を共に考え続けました。
*
せん妄は,患者さんとその家族の時間に大きな影響を及ぼします。混乱や不穏の背後にある「その人らしさ」を見失わず,できる限り穏やかに過ごせる時間を支えることは,看護師にできる大切な支援の1つです。たとえせん妄の回復が困難であっても,目の前の患者さんにとって「今,何が大切か」を問い直しながら,医療チームや家族と共にケアの方向性を見つけていくことが求められます。本稿が,終末期せん妄に向き合うみなさんの実践に,ささやかながらヒントとなれば幸いです。
今回のPOINT
・終末期せん妄のケアでは,「何をめざすのか」の見立てと共有が重要。
・看護師のかかわりが,せん妄の意味づけを変える力を持つ。
・非薬物的アプローチと家族支援の工夫が,穏やかな時間を支える可能性がある。
参考文献
1)J Pain Symptom Manage. 2014 [PMID:24879997]
2)JAMA Oncol. 2025 [PMID:40742738].
3)Palliat Support Care. 2019 [PMID:30466502]
4)Palliat Med. 2007 [PMID:17942497]
角甲 純 三重大学大学院医学系研究科看護学専攻生涯発達看護学講座 教授
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