医学界新聞

  • リハ
思考を可視化し,誰もが読みたくなる記録で臨床を変える

寄稿 平野明日香

2026.06.09 医学界新聞:第3586号より

 リハビリテーション医療の現場では,多くの療法士が「カルテがうまく書けない」という悩みを抱えています。評価は丁寧に行ったはずなのに,「いざカルテを前にすると手が止まってしまう」「何を書けばよいのかわからず,毎日同じような内容の繰り返しになってしまう」といった経験は若手療法士だけでなく,経験年数を重ねた療法士にも決して珍しいことではありません。こうした悩みの本質は単なる文章力ではなく,患者の状態をどう評価し,何を課題ととらえ,どのような介入を行うのかという「臨床思考過程(クリニカル・リーズニング)」の整理と言語化の難しさにあります。つまり,カルテが書けないということは,臨床の組み立てそのものに迷いが生じているサインともいえるでしょう。本稿では,日々の臨床をより深く考え,より良いリハビリテーション医療につなげるための「カルテ記載のコツ」について解説します。

 カルテには大きく二つの役割があります。一つは,チーム医療における情報共有です。リハビリテーションカルテは,患者の現在のADL能力や動作時のリスク,今後の目標などを他職種へ伝える重要な情報源です。医師や看護師,医療ソーシャルワーカーなどが患者の状態を把握し,治療方針や退院支援を検討する上で,療法士の記録は欠かせない存在となっています。また,近年では複数担当制や休日リハビリテーション体制が普及し,同職種間での情報共有の重要性も高まりつつあります。担当者が変わっても一貫したリハビリテーション医療を提供するには誰が読んでも状況がわかる記録が必要です。

 もう一つの役割は,臨床思考の言語化です。カルテを書くことは,単に出来事を並べる作業ではありません。患者をどう評価し,何が課題で,どのような仮説から介入方法を組み立てたのかを整理するプロセスです。日々の介入を文章にすることで,自身の評価や治療が妥当であったかを客観的に振り返ることが可能になります。例えば「1か月で屋外歩行自立」という目標を立てた場合,経過をカルテで振り返ることで,「目標設定は適切だったのか」「介入内容は妥当だったのか」を再検討できます。この積み重ねが,療法士としての臨床思考能力を成熟させていくのです。さらに,思考過程が整理されたカルテは,後輩教育の教材としても大きな価値を持ちます。

 質の高いカルテを書くには,まず情報を構造化することが必要です。その際に有効なのが,SOAP形式です()。SOAPは単なる記録様式ではなく,「どう評価し,何を課題と考え,次にどう介入するか」を整理するための思考フレームワークでもあります。SOAPの4項目が論理的につながることで,カルテを読む側にも療法士の思考過程が伝わりやすくなります。

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表 SOAP形式での記載内容
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 そして日常のカルテ記載で重要なのは,実施内容の羅列ではなく,なぜその介入を行ったのかを示すことです。例えば,「起立着座練習実施」とだけ記載されていても,そこに療法士の意図は見えません。しかし,「移乗時の下肢の支持性強化を目的に起立練習を実施」と書かれていれば,課題と目的が明確になります。また,病期や疾患によって記載する情報の優先順位は変わります。急性期ではリスク管理や全身状態の変化,回復期ではADL能力や退院後生活の見通しなど,その時期に重要な情報を意識する必要があります。特に,帰結予測を持ちながら記録することは重要です。療法士は患者の現在だけでなく,この患者が今後どう変化していくかを考えながら介入しています。その視点がカルテに反映されることで,記録は単なる経過ではなく,患者の未来を見据えた記録になります。記録を通じて思考を整理することで,曖昧だった課題や介入意図が明確となり,次の評価や治療につながります。つまり,カルテ記載は単なる事務作業ではなく,療法士自身の臨床力を高める思考のトレーニングでもあります。

 リハビリテーションカルテでは,診断名や機能障害以外にも目を向けて患者をとらえる視点も欠かせません。そこで役立つのがICF(国際生活機能分類)です。これは病気や障害の有無だけでなく,日常生活での動作や社会参加,取り巻く環境などを包括的にとらえる考え方です。最大の特徴は「できないこと」だけでなく,「できること」や「環境によって可能になること」にも注目できる点にあります。例えば,「右片麻痺あり」という記載だけでは,患者の生活は見えてきません。しかし,「手すり使用にてトイレ移乗可能」との記載を加えることで,実際の生活場面が具体的にイメージできるようになります。このような視点は,退院支援や家屋調整,多職種連携にも直結します。ICFを意識したカルテは,患者の生活をチーム全体で共有するための共通言語となるのです。

 転倒やルート抜去時のトラブルなどインシデント発生時には,カルテの役割がより一層重要になります。このとき大切なのは,事実を正確に記録することです。推測や感情を交えず,何が,いつ,どこで,どのように起きたかを時系列で整理しましょう。発見時の状況やバイタルサイン,その後の対応も具体的に記録する必要があります。また,当日中に速やかに記録することで他職種を含めたチームとしての迅速な対応を可能とし,二次的障害の発生を防止できます。インシデントレポートが再発防止のための組織的ツールであるのに対し,カルテは患者の診療経過を残す公的記録です。その違いを理解した上で,冷静かつ客観的に記載することが求められます。

 忙しい臨床の中では,カルテ記載はどうしても「終業前に急いで終わらせるもの」になりがちです。しかし本来,カルテは患者の現状や変化,そして療法士自身の思考を未来へつなぐ大切な記録であるはずです。患者をどうとらえ,何を課題と考え,どのような未来を描いているのかという,療法士の思考過程を言語化する。日々の記録を通じて臨床思考を整理する習慣は,自身の判断力を磨き,結果としてリハビリテーションの質向上につながります。そして,その思考過程がチームに共有されることで,患者により良い医療が提供されていきます。

 「何をしたか」だけでなく,「なぜそう考えたか」を記録する。その積み重ねこそが,患者の未来を支える「生きたカルテ」につながるのではないでしょうか。


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藤田医科大学病院リハビリテーション部 課長

2003年藤田保衛大リハビリテーション専門学校(当時)卒業後,同大病院七栗サナトリウムに勤務。09年同大病院へ異動し,23年より現職。22年藤田医大大学院保健学研究科修士課程修了。専門理学療法士(神経)のほか,脳卒中,臨床教育,管理・運営など5分野の認定理学療法士資格を持つ。21年日本神経理学療法学会理事,24年日本理学療法士協会代議員,25年愛知県循環器病対策推進協議会委員を務め,後進の育成や質の高いリハビリテーションの提供に注力する。著書に『リハビリテーションの「質」が上がるカルテの書き方』(医学書院)。