医学界新聞

書評

2026.04.14 医学界新聞:第3584号より

《評者》 聖マリアンナ医大横浜市西部病院

 この度,私が若いころから一方的に憧れだった「あの」藤本卓司先生から『感染症レジデントマニュアル 第3版』の書評を依頼されるという光栄にあずかりました。

 まずページを開けてみると,書籍の構成にも藤本先生と執筆者の先生方の思いが詰まっていることがすぐに伝わってきます。

 巻頭には臨床検体からのグラム染色の写真が「極めて簡潔な記載」とともに満載されています。グラム染色の「プレパラート作成」の,なかなか身につけにくい極めて実用的な手順が,痰を爪楊枝で樹脂状に広げるなど,これも写真付きで記載してくださっています。「グラム染色は『波打ち際』で見るんだよ」の記載は,藤本先生が横にいて直接tipsを教えていただいているような感覚を覚えます。「膨大な」記載の書籍は他にもあります。ですが,この本は「レジデント向け」あるいは「感染症を専門としない医師」でも抜け漏れなく必要十分な感染症診療ができることをめざして作られていることが伝わってきます。

 第1章は「医療関連感染症予防の基本」について割かれており,これも患者さんにとっての「best interest of the patient」を最重要に考えておられる臨床家が作られた書籍であることを感じます。

 第3章「抗菌薬の選択と投与方法についての考え方」,第4章「抗菌薬をいつ変更するか」,第5章「抗菌薬をいつ終了するか」は,臨床家が誰しも悩む・一生自信を持ちにくい状況について,藤本先生の臨床家としての何十年の叡智を詰め込んだ個人レクチャーを聞いているような感覚になります。

 第10章「各種感染症」は,例えば髄膜炎の記載は「30分以内に抗菌薬投与」「内科救急である」「血培・腰椎穿刺・抗菌薬の状況による順番」「髄膜炎の身体所見の感度」「髄液WBCの解釈」「髄液PCRの脳炎パネルでカバーされる病原微生物のリスト」「曝露時の予防内服」など至れり尽くせりに記載してくださっており,この本は「感染症の教科書」であるだけでなく「内科の教科書」であると幸せな溜息をついていました。

 他にも123ページ「高齢者の肺炎は,呼吸器症状を呈さないこともあるよ。好きなテレビを観なくなったなど『興味の低下』が表現型のこともあるよね」など,私は藤本先生が横にいて話してくださっているような錯覚を覚えました。

 第10章の12,誰もが自信を持てない「真菌感染症」は,「臨床上重要な真菌は『カンジダ,アスペルギルス,クリプトコッカス,接合菌』の4つである」と冒頭で言い切ってくださっており,「カンジダはC. albicansかnon-albicansで治療を分ける」など,読者・学習者の「頭の整理・頭の引き出し作り」をしてくださっていることがこの上なくありがたいです。

 文字通り,初めから最後まで1ページも飛ばさずに通読しました。幸せな溜息をついています。どんなにAIに聞ける時代になっても自分の頭の中に「知識の戸棚」ができていないと「ちらかりまくった部屋」になります。その分野の「自分の一冊」を持つことの重要性を感じています。この『感染症レジデントマニュアル 第3版』に何度も帰ってきましょう。私もそうします。そうすれば,新しい知識を積み上げていける確固たる「土台」ができます。そして藤本先生と何度もお話ができます。


《評者》 奈良医大教授・感染症内科学

 私は決して,最初から感染症が得意だった訳ではありません。むしろ研修医のころは微生物が苦手で,名前は知っていても,そいつが一体どんな「ヤツ」なのかが全くイメージできませんでした。「この菌にはこの薬」という断片的な暗記に頼り,ひどいときには「こういうシチュエーションではとりあえずこの抗菌薬」という,今思えば最も避けるべき処方をしていました。

 そんな私を救ってくれたのは,ある製薬メーカーが配布していた薄い冊子でした。そこには,どんな状況でどんな菌が出やすく,その菌にどんな特徴があるのかが,ほんの少しだけ書いてありました。当時,そのささやかな情報にどれほど助けられたかわかりません。本書につづられている「感染症診療とは,そうした微生物の個性を見抜いて最適な対処法を選ぶ,人間観察ならぬ『菌観察』なのです」という一節を読み,当時の感覚がよみがえりました。

 編者の中西雅樹先生は,同じ関西の地で長年にわたり感染症診療や教育の普及に共に邁進してきた,大切な「仲間」です。そんな中西先生から本書をご恵贈いただき,ページをめくった瞬間に思わずうなりました。「あぁ,これは僕も書きたかった(そして挫折した)構成の本だ!」と。

 本書の最大の特徴は,「微生物・抗菌薬・臓器」の三者のつながりを立体的にとらえる「感染症トライアングル」という一貫したコンセプトです。まずは日々の臨床で,検査結果に出てきた「菌の名前」を入り口に本書を開いてみてください。例えば黄色ブドウ球菌のページを引けば,その「最凶のフルスペック」な性格と,それが狙う臓器,そして立ち向かうための武器が一目で把握できます。

 最初から通読する必要はありません。目の前の患者さんから出た菌を「つまみ食い」するように調べていく。関連する抗菌薬や感染症のページも少し目を通してみる。少しでいいから線を引いたり,日付や思ったことを書き込んでみたりする。それを繰り返すうちに,バラバラだった知識が自分の中で自然と線になり,いつの間にか「この菌なら,あの臓器とこの薬だ」とトライアングルが頭に浮かぶようになるはずです。

 「感染症診療は感覚ではなく論理だ!」

 中西先生が説くこの論理を,楽しみながら身につけられるのが本書の醍醐味です。目の前の患者さん一人ひとりと向き合う際,漫然とやり過ごすのか,その都度この本を確認するのか。その小さな積み重ねが,皆さんの診療の質を劇的に変えてくれるでしょう。

 本書は,感染症という広大な世界へ足を踏み入れる皆さんに贈る,最高の「冒険の書」です。最初の一歩を確かな確信に変えていってくれる一冊として,自信を持って推薦します。


《評者》 北海道医療大教授・リハビリテーション科学

 本書は高次脳機能障害に携わり始めて間もない方々が,失行を基礎から学び,理解することをめざした書である。失行の概念,症状は難解であり,そのため読者にとって説明が詳しすぎると整理しづらいものとなり,逆に簡潔すぎると言葉足らずで,文脈を理論的に追跡できなくなる可能性がある。本書は平易さを保ちながらも,体系的に理解できる説明がなされているため,絶妙な案配の入門書というのが私の印象である。

 失行を理解するには,「運動機構」(ボトムアップ的な理解)とその「制御方法」(トップダウン的な理解)の両方の理解が求められるが,本書は,この2つをわかりやすく解説し,網羅してくれている。特に図を豊富に用い,コラム(補足説明)を活用することで,用語や概念の難しさを解消している。本書のわかりやすさ,面白さは各章の見出しからも垣間見ることができる。例えば第1章は「どうして,失行は難しいのか――『動き』と『道具』を手がかりに」である。こうしたわかりやすい表現,魅惑的な表現での解説が,「運動・感覚を支える生理学的知見」「古典的失行論から現在までの主な失行論」「評価の実践的な方法」「リハビリテーションの意義」についてなされている。

 また本書は,最近の研究も考慮している。例えば失行型の一つに道具の使用動作が障害されるタイプがあることは以前より知られていたが,その使用動作の可否を評価する課題内容の違いには,ほとんど注目されてこなかった。それが最近では,道具を手にせずにパントマイムで再現させるのか,手にして再現させるのか,あるいは道具の使用対象も視覚提示しているのかどうかなど,具体的に条件を規定して成否を評価するようになっている。それは同じ使用動作でも,これらの条件が異なることが,動作の成否に影響することが知られるようになっためである。

 本書はこうした最近の失行研究の動向をも踏まえた,失行の本質にも迫る書といえる。


《評者》 兵庫県立大学副学長/教授・看護学

 多くの質的研究の成果物が公表されているが,看護に新たな知をもたらしたと思える研究に出合うことは多くない。質的研究に取り組む者は,自分が引かれた現象の固有性に肉薄し,それを言語化しようと試みるが,事例の多様性と複雑さの前で輪郭はぼやけ,「どの事例にも外れない(その実,どの事例にも当てはまらない)汎用例」に着地しがちである。そうならないためには,質的研究の本質と具体的な手法を学ぶことが必要だ。

 本書は,エスノグラフィー(文化人類学)の手法により「ハレ・ケ・ケガレ」の概念を構築し,わが国の医療人類学を切り開いてきた波平恵美子氏による実践的な手引き書の第3版である。そのタイトルが示すように,優れた論文作成に向けた道筋とコツが,段階を追って丁寧に示されている。新たに改訂された今版は,さらに読者に寄り添い,最初の問題意識が,どのように研究テーマとなり,研究が計画され,実施されていくかが丁寧に描かれている。また,本書は博士課程の学生や質的研究の初心者が論文を作成することを念頭に置き書かれていると思うが,学生指導を行う教員や自身の研究に納得していない研究者にもお薦めしたい。

 私が本書を優れていると思うのは次の四点に集約される。

 まず,第一章に質的研究の歴史的背景と哲学的な位置付けが平易な言葉で示され,読者は質的研究の意義と特徴を理解し研究に取り組むための準備が整う。思想としての質的研究を理解しない限り,それを有効に使いこなすのは難しいだろう。

 第二に,著者が長年取り組み輝かしい業績を上げてきたエスノグラフィーの手法をベースとし,どの質的研究にも必要な要素が具体的に紹介されている。コンパクトな紙面に,研究者の「位置取り」から,参加観察およびインタビューなどのデータ収集方法,データの整理,分析に至るまでそのエキスが濃縮されている。エスノグラフィーは長い歴史により培われてきた質的研究法であり,その特徴と方法を学ぶことは,あらゆる質的研究に通じる基礎となる。

 第三は,具体的な研究のプロセスが,その出発点から細かく示されている点である。第4章と第5章は,今版で全面改訂され,看護学と文化人類学の博士論文の作成過程を学生の視点から描く点は前版と共通するが,問題意識から研究テーマ設定,計画立案に至るまでの経過がより丁寧に記されている。指導教員との対話を通して研究計画が編み上げられていく過程は,研究指導に悩む教員には大変参考になるであろう。

 第四は,本書が質的研究の入門実践書として書かれ,144ページという凝縮された分量にもかかわらず,随所にちりばめられた適切な引用文献によって,読者が質的研究の深部へ踏み込めることである。

 圧巻は巻末の「文献解題」で,著者の解説付きによる質的研究の名著リストが示される。質的研究をさらに深めたい人にとっては,格好の先導となる。

 意義ある質的研究をめざす人は,この一冊から始めてほしい。