失行の診かた

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高次脳機能障害のなかでも、最も難解な概念の1つ──「失行」。この複雑なテーマをエキスパートがトコトンわかりやすく解き明かす。「なぜ失行は理解しにくいのか?」。その問いに向き合い、まずは前提となる「動き」のしくみから丁寧に解説。そして失行を「発見」したLiepmannを軸に、彼以前以後まで広く歴史の流れを俯瞰し、点の知識ではなく、立体的な全体像として失行を捉えます。カラーイラストも豊富に収載。

シリーズ シリーズ・高次脳機能の教室
シリーズ編集 河村 満
近藤 正樹
発行 2025年11月判型:A5頁:200
ISBN 978-4-260-06272-5
定価 3,850円 (本体3,500円+税)

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シリーズ編集者のことば/まえがき

シリーズ編集者のことば

 本書を手にとっていただき,誠にありがとうございます。
 本書を手にとられたということは,高次脳機能や神経心理学に興味はあるけれど「どうもよくわからない」という気持ちをお持ちなのではないでしょうか。私は40年間以上神経心理学を専門として臨床・研究を続けてまいりましたが,残念ながらいまだに皆さんと同じ気持ちです。それでも長く続けてこられた理由は,高次脳機能の不思議さ,またそれを探求する神経心理学の奥深さの一端に触れずっと魅了され続けてきたからなのです。いまだに,高次脳機能/神経心理学の臨床は日々驚きの連続で,興味が尽きません。
 その立場から申し上げますと,高次脳機能/神経心理学に興味を持ち,本書を手にとったあなたは非常にお目が高いと思います。実際こんなに探求しがいがあり,臨床に役に立つ領域を,私はほかに知りません。
 高次脳機能や神経心理学を学ぶということは,記憶,行動,言語,認知,注意,情動,時間認知といった人間を人間たらしめている能力と私たちの脳がどのように結びついているのかを探求するということにほかなりません。つまり,医学の枠を越えて人間とは何かを追究できるのです。
 また,高次脳機能の診かたがわかると,現在患者数が急増している認知症の症状を具体的に理解することができるようになります。何となくのイメージで症状名をレッテルのように貼り付けるのではなく,どの脳部位が侵されているかを想定し,何ができないのか(そして何ができるのか)を見立て,患者さんや家族が何に困っているか,どうすれば満足のいく生活をすることができるかまで考えられるようにもなるのです。世界中で加速度的に増加している認知症を診ることができる能力は,これからの社会において医療者に求められる必須のスキルと言えるでしょう。
 そして,これはここだけの話ですが,この領域に対して苦手意識を持つ人が多いので競争が少なく,勉強すればすぐに頭一つ抜けることができます。もう少し頑張ることができれば,専門家として周りから頼られる存在になることも難しくありません。
 どうでしょうか。なんだか少しやる気が湧いてきませんか。
 本シリーズは,これから高次脳機能という大海原に漕ぎ出そうとしている未来の仲間たちに向けて,私の現在の仲間たちと一緒につくりました。読み進めていただけるとわかりますが,できるだけ平易な文章で楽しく高次脳機能/神経心理学の基本がわかるようにしてあります。かといって内容のレベルを下げることはしていません。
 最初に読んでわかること,もう一度読んだときにわかること,さまざまな経験を経た後でようやくわかること,いくつかのレイヤーが積み重なって本シリーズはできています。ぜひお手元において何度も読み返していただければ,編者としてこれほどうれしいことはありません。
 さあ私たちの教室で一緒に学び,一緒に楽しみましょう!

 河村 満


まえがき

 本書は,「わかりやすい」「役に立つ」「深掘りできる」を目標に執筆しました。「わかりやすい」を達成するために,失行というわかりにくい概念をどのように表現するかを考えました。第1章は,「動き」と「道具」から理解する方法でまとめました。この章は失行とは何かを考える手がかりになると思います。第2章は,「失行の考え方がどのようにできてきたのか」を理解することで,失行を理解できるのではないかと考え,失行の考えかたの成立から現在までの経緯をまとめました。
 第3章は失行に関係する脳病巣と疾患(病気),第4章は失行の評価からリハビリテーションについてまとめています。ともに臨床に「役立つ」内容をめざしました。第5章は脳神経内科をローテートしている研修医を中心としたダイアローグ形式の中で臨場感を持って失行を理解していく構成になっています。
 この本の読みかたは自由です。どの章から読んでも構いません。各章は単独でもある程度完結していますので,知りたいことが関係している章だけ読んでも構いません。例えば第5章だけ読んでも読み物として成立していますが,関連した内容が書かれている章やページがわかるようになっていますので,そちらも参照していただくと理解が深まります。また,関連した事項についてのcolumnを挿入していますので,「深掘り」したい方は併せて読んでください。第1章から第4章の章末には,まとめやQ&Aもありますので知識の整理,確認にお役立てください。もちろん最初から最後まで通読いただいても,理解しやすい構成になっています。
 本書を読んで,失行症状がどのようなものなのかを見て確かめたいと思われる読者もいらっしゃると思います。そのような方には『≪神経心理学コレクション≫失行』がお勧めです。2008年に医学書院から発刊された書籍です。河村満先生,山鳥重先生,田邉敬貴先生の鼎談で構成されていて,失行の典型症候を動画に収めたDVDが付録として付いています。本書の中でも,『失行』のDVDのどの収録動画が関連しているかがわかるように記載しています。
 私事ですが,私は2007年から2008年にかけて半年間,当時の昭和大学の神経内科の教授であった河村先生のもとに国内留学していました。そのときに臨床心理士の小早川睦貴先生の手伝いをして,録音の書き起こし原稿や鼎談時に供覧したビデオの整理などをしました。付録のDVDはそのときのビデオが編集されたものです。ぜひ本書と併読していただけるとさらに理解が深まると思います。

 2025年9月
 近藤正樹

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第1章 どうして,失行は難しいのか──「動き」と「道具」を手がかりに
 イントロダクション
 なぜ「動き」と「道具」が重要なのか?
  ■ 失行の定義は難しい
  ■ とっかかりとしての「動き」と「道具」
 「動き」の話
  ■ 「動き」とは何か
  ■ 「動き」はどのように調節されるのか
  ■ 「動き」はイメージからつくり出される
  ■ 「動き」のしくみ
   ・ 運動を支配しているのはどこか?
   ・ 運動の指令はどこを通って伝わるのか?
  ■ 「動き」の障害メカニズム
  ■ 「動き」を表現する言葉
   ・ 運動,動作,行為・行動
   ・ 運動,動作,行為,行動が名前に入った症候
   ・ ジェスチャーとパントマイム
 「道具」の話
  ■ 道具とは何か
  ■ 道具を使うための2つの機能
  ■ 人類の進化,発達からみる道具使用
  ■ 道具はどのようにしてつくられ,使われるようになったのか
  ■ ヒトの発達過程と道具使用
 確認のためのQ&A

第2章 失行の「始まり」から「現在地」まで──失行の本質を理解する
 イントロダクション
 本章のあらすじ
 Liepmann以前の「失行」
  ■ 動作はどのようにつくり出されるのか
  ■ 動作がうまくできなくなるのはなぜか
   ・ ①精神麻痺(Seelenlähmung 独, mind palsy 英)
   ・ ②失象徴(Asymbolie 独, asymbolia 英)
  ■ Liepmann登場
 Liepmannの失行理論/失行モデル
  ■ Liepmannの一例報告
   ・ ①予測された温存領域
   ・ ②予測された損傷部位
   ・ ③病理所見
  ■ Liepmannの失行理論の特徴
   ・ ①除外的な定義
   ・ ②左大脳半球に優位性がある
   ・ ③左側失行における脳梁損傷の役割
   ・ ④左頭頂葉の重要性
   ・ ⑤失行を3つに分類
  ■ Liepmannの失行モデルと分類
  ■ 動作を生み出す過程のモデル
  ■ 3つの失行分類の病変部位のモデル
 Liepmannとは異なる失行理論
  ■ 失行中枢(Kleist)
  ■ 全体論からみた失行の理解(Marrie)
  ■ 大脳生理学からみた失行の解釈(Jackson, von Monakow, Brun)
 Liepmannの失行理論から現在の失行理論へ
  ■ 構成失行,着衣失行の独立
  ■ 観念性失行の解釈の変遷
  ■ Liepmannの失行モデルの改訂
   ・ ①行為産生過程モデル
   ・ ②行為概念系・行為産生系のモデル
   ・ ③道具使用のモデル
 確認のためのQ&A
  章末付録 もう少し掘り下げたい人のための失行研究史
   Pick(1851~1924)/道具使用の障害
   Grünbaum(1885~1932)/失行失認
   Morlaas(1895~1981)/使用の失認
   Denny-Brown(1901~1981)/磁性失行と反発性失行
   De Renzi(1924~2014)/使用の健忘
   Geschwind(1926~1984)/離断症候群と失行
   Signoret(1933~1991)/身振り素,運動素
   Goldenberg(1949~)/失行の症候病巣関連研究
   Osiurak(1981~)/道具使用モデル

第3章 失行の原因──病変部位と関連疾患を理解する
 イントロダクション
 失行に関係する病巣
  ■ 第2章のおさらい
  ■ 失行症状と脳病巣──Liepmann以後の報告から
   ・ 肢節運動失行と中心前回・中心後回
   ・ 観念性失行と左頭頂葉
 失行をきたす疾患
  ■ 脳梗塞で起こる失行と神経変性疾患で起こる失行の違い
   ・ ①病巣の広がりの違い
   ・ ②症候の複雑性の違い
  ■ 脳梗塞
  ■ 神経変性疾患
   ・ 大脳皮質基底核変性症(CBD)
   ・ アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)
   ・ ピック病〔前頭側頭葉変性症(FTLD)〕
   ・ 原発性進行性失行症(primary progressive apraxia)
  ■ 局所損傷を伴う疾患
   ・ 脳出血
   ・ 脳腫瘍
   ・ 感染性・自己免疫性の炎症性疾患
 確認のためのQ&A

第4章 失行の評価と支援──診察・検査法と介入を理解する
 失行の評価
  ■ 神経学的診察
   ・ ①運動麻痺
   ・ ②筋緊張異常,不随意運動
   ・ ③運動失調
   ・ ④感覚障害
   ・ ⑤理解障害
   ・ ⑥視覚性失認と意味記憶障害
  ■ 失行のための診察
  ■ 失行のための診察に用いる検査バッテリー
   ・ ①WAB失語症検査,下位項目(行為)
   ・ ②標準高次動作性検査(Standard Performance Test for Apraxia:SPTA)
  ■ どのように誤るのか(誤反応分析)
  ■ 評価の後に失行の特徴を考える
   ・ ①観念性失行
   ・ ②肢節運動失行
   ・ ③観念運動性失行
   ・ ④その他の“失行”
 失行評価の実際の流れ
   ・ ①初回面接
   ・ ②スクリーニング
   ・ ③総合的検査
   ・ ④検査結果をリハビリテーションに活かす
   ・ ⑤実生活での能力評価
 失行のリハビリテーション
  ■ 失行にはどのようなリハビリテーションを行ったらよいのか
   ・ コクランデータベースにおける介入方法
   ・ Heilmanグループのテキストブックでのリハビリテーション
   ・ リハビリテーション私論
  ■ 失行症例のリハビリテーションの複雑さ
  ■ 今後の展開
 確認のためのQ&A

第5章 失行の教室──症例から失行を理解する
 イントロダクション
  Lesson1  「左頭頂葉病変の失行」を学ぶ
   幕間小話 頭頂葉はスクランブル?
  Lesson2  「失語と失行」を学ぶ
   幕間小話 左利きの失行
  Lesson3  「脳梁病変の失行」を学ぶ
   幕間小話 脳梁の毀誉褒貶
  Lesson4  「CBDの失行」を学ぶ
   幕間小話 原著にみられるCBDの特異な症状
  Lesson5  「意味記憶障害と失行」を学ぶ
   幕間小話 認知症患者とその家族

column
 固有感覚と固有感覚受容器
 他人の手徴候
 動きに関係した英語表現
 「木器時代」はなぜないのか
 失行研究黎明期の時代背景:局在論(連合主義)vs.全体論
 Hugo Karl Liepmann
 記憶の痕跡(engram)
 プラキシコン(praxicon)
 秋元波留夫先生(1906~2007)の功績
 「失行」という訳語はいつから使われているのか
 日本国内の失行研究の動向
 感覚鈍麻と失行の関係
 脳梁と拮抗性失行
 大脳皮質基底核症候群(CBS)
 パーキンソン病と失行
 ミラーニューロンと模倣
 WAB失語症検査日本語版
 身体物品化現象(body part as object:BPO)
 新しい機器をどう考える?

あとがき
索引

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