がん患者のせん妄を看護する エビデンスと臨床の間で
[第5回] 薬剤による発症予防介入はどこまで有効か?
連載 原島 沙季
2026.02.10 医学界新聞:第3582号より
せん妄は患者さんや家族の苦痛,入院の長期化や死亡率上昇などと関連することが報告されています。そのため,せん妄は発症後に対応するだけではなく,発症自体を予防することが非常に重要です。
前回はせん妄予防のための非薬物療法について解説しましたが,今回はせん妄の予防を目的とした薬物療法について,現時点でのエビデンスや臨床での実践について解説します。『がん患者におけるせん妄ガイドライン2025年版』(金原出版)1)では,せん妄の発症予防を目的とした薬物療法として,ラメルテオン,オレキシン受容体拮抗薬,抗精神病薬を臨床疑問として取り上げています。
メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)
メラトニンは概日リズム,睡眠,抗酸化作用にかかわる生理作用があり,睡眠覚醒リズムの調整に重要な役割を果たしています。せん妄の中心的な症状として注意障害に加え睡眠覚醒リズム障害があることから,メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)の投与がせん妄発症予防に寄与する可能性が仮説として提唱されるようになりました。
しかし,がん患者を対象にラメルテオン単独投与によるせん妄発症予防効果を検討した質の高い研究は現時点ではありません1)。がん患者以外を対象としたランダム化比較試験等においても,有効性を支持する研究と否定的な研究が混在しており,明確なエビデンスはまだありません2)。また,ラメルテオン投与による有意な有害事象のリスク上昇は報告されていないものの,転倒などの発生が少数例で報告されています2)。
せん妄の発症予防を目的とした薬物療法を検討する際は,薬物療法による介入を行わなくともせん妄を発症しない患者に対しても副作用や追加の薬剤コストが発生し得ることを踏まえる必要があります3)。広範囲のがん患者を対象に予防的使用を推奨するほどの有効性,安全性の根拠に乏しいことから,今回のガイドラインでは,「せん妄の発症予防を目的として,ラメルテオンを単独で投与しないことを提案する」〔推奨の強さ:2,エビデンスの確実性:D〕としています1)。
オレキシン受容体拮抗薬
オレキシン受容体拮抗薬は,覚醒の維持にかかわる神経伝達物質であるオレキシンの受容体を阻害することで睡眠を促す効果を持つ薬剤です。日本では2025年時点でスボレキサント,レンボレキサント,ダリドレキサント,ボルノレキサントの4種類が承認されています。オレキシン受容体拮抗薬は,メラトニン受容体作動薬と同様に睡眠覚醒サイクルの調整に関与することから,せん妄の発症予防を目的とした薬物療法の候補となる薬剤として注目されるようになりました。
しかし,がん患者においては,オレキシン受容体拮抗薬単独のせん妄の発症予防効果を検討した研究は現時点ではまだ存在しません1,4)。がん患者以外を対象としたランダム化比較試験等においても,オレキシン受容体拮抗薬のせん妄の発症予防における有効性については結果が一定しておらず,多くの研究では対象者が周術期や集中治療室に入院中などのせん妄リスクの高い患者に限定されています5)。そのため今回のガイドラインでは,「せん妄の発症予防を目的として,オレキシン受容体拮抗薬を単独で投与しないことを提案する」〔推奨の強さ:2,エビデンスの確実性:D〕としています1)。
また,がん患者を対象にオレキシン受容体拮抗薬とラメルテオンの併用投与のせん妄の発症予防効果を検討した研究もありますが,質の高い研究は少なく,現時点では有効性や安全性は十分明らかになっていません4)。
抗精神病薬
抗精神病薬は既に発症したせん妄の症状マネジメントにおいて使用が提案されている薬剤です1)。それでは,せん妄の発症予防を目的として発症前の患者に抗精神病薬を使用することは適切でしょうか。
がん患者においては,周術期や終末期を対象にハロペリドールの発症予防効果を検討した研究がありますが,ハロペリドールを使用した群ではプラセボ群よりもせん妄の発症割合は低い傾向にあったものの有意な差はみられていません6, 7)。また,入院中の高齢者を対象としたメタアナリシスにおいても,抗精神病薬の予防効果は否定的な結果となっています8)。非定型抗精神病薬については,非がんの患者においてオランザピン,リスペリドン投与群がプラセボ群に比べ有意にせん妄の発症を予防したとの報告もありますが9),知見は乏しい状況です。
抗精神病薬による有害事象として,錐体外路症状に加え死亡率上昇のリスクについても報告されており1),せん妄の発症予防を目的とした投与の場合には介入せずともせん妄を発症しない患者に対しても投与を行うことから,慎重な判断が求められます。そのため今回のガイドラインでは,「せん妄の発症予防を目的として,抗精神病薬を単独で投与しないことを提案する」〔推奨の強さ:2,エビデンスの確実性:C〕としています1)。
その他の薬剤
デクスメデトミジン,コリンエステラーゼ阻害薬,抑肝散などの薬剤のせん妄発症予防効果を検討した報告も存在しますが8,9),がん患者における有効性や安全性の根拠は乏しい状況です。
臨床での実践
これまで解説した通り,がん患者のせん妄の発症予防を目的とした薬物療法はいずれもエビデンスが乏しく,ガイドラインでも予防目的での使用を推奨している薬剤はありません1)。また,現在国内でせん妄の発症予防に適応がある薬剤はなく,予防のみを目的とした場合は適応外使用となることにも注意が必要です。
がん患者のせん妄発症予防に対しては,前回の連載記事でも解説した通り,せん妄の複数のリスク因子に対して働きかける複合的介入の有効性が示されています1)。複合的介入では,個々の患者のせん妄リスクを評価しながら,見当識の維持・認知刺激,早期離床・身体活動,睡眠・覚醒リズムの調整,視聴覚補助,水分・栄養・排泄管理,疼痛・便秘などの症状マネジメント,環境調整など多岐にわたる介入を行います。これらを組織的な取り組みとして,日常のケアの中で多職種で連携しながら体系的に実践することが重要です1)。
複合的介入の一環として,不眠や睡眠覚醒リズムの障害がある患者に対しては適切な介入を行う必要があります。不眠や睡眠覚醒リズムの障害に対しては,薬物療法のみならず睡眠衛生教育も行う必要があり,睡眠に適した環境づくりを行う,眠くなってから床に就くようにする,起床時間は毎日一定にする,朝目が覚めたら日光を取り入れる,長時間の昼寝は避けるなどの対応ができているか見直しを行う必要があります10, 11)。その上で,不眠や睡眠覚醒リズム障害に対する薬物療法を検討しますが,高齢者や身体的脆弱性を有するがん患者に対してはオレキシン受容体拮抗薬やラメルテオンを選択することが勧められており,べンゾジアゼピン系/非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は筋弛緩作用やせん妄の発症リスク上昇の可能性から,避けることが望ましいとされています11)。そのため,不眠や睡眠覚醒リズム障害を有するがん患者においては,オレキシン受容体拮抗薬やラメルテオンを用いた薬物療法によって睡眠改善を図ることは,せん妄の発症予防につながる可能性があります。ガイドラインの推奨も不眠や睡眠覚醒リズム障害を有する患者への薬物療法を否定するものでなく,個々の患者のせん妄のリスクや不眠・睡眠覚醒リズム障害の有無,薬物相互作用や肝機能,患者の意向などの状況を踏まえた上で,薬物療法を行うかどうかを判断する必要があります。
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今回解説したように,現時点ではせん妄の発症予防のみを目的とした薬物療法の根拠は乏しい状況ですが,今後の研究でがん患者における各薬剤の有効性や安全性,投与による利益が害を上回る可能性が想定されるケースなどをさらに明らかにすることが望まれます。
今回のPOINT
・せん妄の発症予防のみを目的とした薬物療法は推奨されず,予防のためにはせん妄の複数のリスク因子に対して働きかける複合的介入が重要である。
・不眠や睡眠覚醒リズム障害を合併する患者に対しては,複合的介入の一環として薬物療法が検討されるが,その際ベンゾジアゼピン系薬は避け,オレキシン受容体拮抗薬やラメルテオンを選択することが勧められる。
参考文献・URL
1)日本サイコオンコロジー学会,日本がんサポーティブケア学会.がん患者におけるせん妄ガイドライン2025年版.金原出版;2025.
2)J Acad Consult Liaison Psychiatry. 2023[PMID:35718086]
3)Crit Care Med. 2018[PMID:30113379]
4)BMJ Support Palliat Care. 2025[PMID:41218850]
5)J Acad Consult Liaison Psychiatry. 2025[PMID:40374039]
6)J Am Geriatr Soc. 2018[PMID:30460981]
7)有井一朗,他.終末期がん患者のせん妄――緩和ケア病棟での経験より.総病精医.2024;16(3):271-7.
8)Arch Gerontol Geriatr. 2020[PMID:32682169]
9)JAMA Psychiatry. 2019[PMID:30810723]
10)厚生労働科学研究班・日本睡眠学会ワーキンググループ.睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン.2013.
11)「科学的根拠に基づくがんサバイバーシップガイドライン提言に関する」研究班.成人がんサバイバー睡眠障害ガイドライン.2023.
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