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  • がん患者のせん妄を看護する エビデンスと臨床の間で(4)非薬物療法による予防ケア――チームで取り組む“せん妄の発症予防”(菅野 雄介)

医学界新聞

がん患者のせん妄を看護する エビデンスと臨床の間で

連載 菅野 雄介

2025.12.09 医学界新聞:第3580号より

 せん妄はがん患者において高頻度に認められる精神神経症状であり,その発生は患者のQOL低下,医療安全上のリスク増大,入院期間の遷延,さらには死亡率の上昇とも関連する深刻な臨床課題です。何らかの身体的な要因に基づき急性に発症する注意障害を主症状とし,認知機能全般の障害,意識レベルの変動,精神運動性の変化,睡眠覚醒リズムの障害などさまざまな症状を伴います1)。また,症状の程度が1日のうちで変動し,夕方から夜間にかけて悪化しやすいといった日内変動を伴うことも特徴です。せん妄への対応においては,発症後の治療的介入のみならず,「予防」という視点が極めて重要となります。特に,看護師が中心となって実践する非薬物療法は,せん妄の予防戦略の中核をなすものです2)

 本稿では,がん患者のせん妄における非薬物療法による予防的介入に焦点を当て,2025年9月に刊行された『がん患者のせん妄に関するガイドライン第3版』3)のエビデンスと臨床研究の知見に基づき,チームアプローチの重要性について概説します。

 せん妄の発症機序には,準備因子(高齢,認知症など),誘発因子(疼痛,睡眠障害など),直接因子(薬剤,感染,代謝異常など)といった複数の因子が関与しています4)。この多因子性を踏まえ,せん妄の発症予防においては,複数のリスク因子に対して同時に介入する「複合的介入(multi-component intervention)」の有効性が示されています2)。今回のガイドライン改訂においても,特に術後せん妄の発症予防を目的とした複合的介入が強く推奨されています〔推奨の強さ:1(註1),エビデンスの確実性:B(註2)〕3)

 複合的介入の内容は,見当識の維持・認知刺激,早期離床・身体活動,睡眠・覚醒リズムの調整,視聴覚補助,水分・栄養・排泄管理,疼痛管理,環境調整など多岐にわたります。これらは日常的な看護ケアに含まれるものですが,せん妄の発症予防という明確な目的意識のもと,リスク評価に基づき体系的に実践することでその効果が最大化されます。特にがん患者の術後せん妄においては,メタアナリシスにより,複合的介入が通常ケアと比較してせん妄発症リスクを有意に低下させる(リスク比0.43,95%信頼区間0.31-0.60)ことが示されました3)。看護実践に根差したこれらの介入が,エビデンスに基づいた予防戦略として位置づけられている点は重要と考えます。

 一方で,終末期のがん患者において,非薬物療法によるせん妄の予防的介入のエビデンスは,現時点では限定的です3)。終末期のせん妄は,臨床的には「身の置きどころのなさ(restlessness)」として現れることも多く,その背景にはせん妄だけでなく,身体的苦痛や薬剤の影響など多様な要因が関与するため,丁寧な鑑別と可逆的な要因への対応がまず重要となります。しかし,多臓器不全等を背景に不可逆的と判断される場合には,ケアの目標をせん妄に伴う苦痛の緩和へと移行させます。このようなケア目標の変更後も,環境調整,コミュニケーション,快適性の確保といった非薬物的なアプローチは,患者の苦痛緩和と尊厳保持のために引き続き重要です。著者らが行った日本の緩和ケア病棟での調査でも,看護師は「睡眠環境の調整」や「疼痛管理」等を実践しています5)。エビデンスが十分でなくとも,個々の患者の状態と目標に基づき,苦痛緩和に資する非薬物療法を柔軟に実践することが求められます。

 今回のガイドライン改訂では,いくつか非薬物療法についてのエビデンスが評価されました。

 高照度光療法は概日リズムの調整を目的とする介入ですが,がん患者の術後せん妄の発症予防については,メタアナリシスの結果,通常ケアと比較して有意な予防効果は認められませんでした(リスク比0.31,95%信頼区間0.07-1.31)3)。この結果を踏まえ,ガイドラインでは「術後せん妄の発症予防を目的に高照度光療法を行わないことを提案する」〔推奨の強さ:2(註3),エビデンスの確実性:C(註4)〕としています3)。これは専用機器を用いた介入に関する推奨であり,日中の自然光を活用するなどの環境調整としての光曝露の意義を否定するものではありません。

 酸素療法については,術中管理が術後せん妄を予防したとの報告もありますが,管理方法による効果の違いは示されず,エビデンスは確立されていません。また,リハビリテーションについては,脳腫瘍術後患者を対象とした早期プログラムがせん妄を予防したとの報告があるものの,単独での効果や最適な方法はエビデンスが十分でなく,今後の研究が待たれます。

 せん妄予防における非薬物療法,特に複合的介入を効果的に実践するためには,個々の医療者の努力だけでは限界があり,組織全体での体系的なチームアプローチが不可欠です3)。せん妄の因子は多岐にわたり,その評価と対応には多職種の専門性が求められます。しかし,実際の臨床現場では,せん妄への気づきやアセスメントのばらつき,知識不足,多忙による情報共有の困難さなど,チームとして機能するための障壁が存在することも少なくありません。

 このような臨床現場の課題に対し,国立がん研究センター東病院の研究グループが中心となり開発した「DELTA(DELirium Team Approach)プログラム」は,看護師が主導し,医師や薬剤師など多職種と連携して進め,単に知識を普及させるだけでなく,具体的な臨床行動の変容を促し,実践の質を向上させることを目的としています6)。その核となるのは,①標準化された教育,②リスク評価と情報共有,③予防計画と実践(複合的介入,リスク薬剤調整),④学際的アプローチ,⑤定期的な症状評価,⑥発症時の管理プロセスの明確化です。これらを通じ,スタッフの共通認識とスキル向上を図り,体系的な予防をめざします。DELTAプログラムを導入した単施設での前後比較研究では,導入後にせん妄の発症率が有意に低下(7.1%→4.3%)し,さらに転倒や自己抜去などの有害事象の発生率も有意に減少(3.5%→2.6%)したことが示されています7)。このプログラムのように,せん妄予防を効果的に進めるには,個々のケア向上に加え,それを組織的な取り組みとして根付かせることが重要と考えます。

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 がん患者におけるせん妄は,その予防が極めて重要な臨床課題です。看護師が中心的な役割を担う非薬物療法,特に多職種が連携し協働で行う複合的介入は,その有効性が術後せん妄において確立されつつあります。終末期においても,患者の苦痛緩和の観点から予防的アプローチの意義は大きいと考えます。効果的なせん妄予防の実践には,DELTAプログラムのような,教育に基づいた多職種連携による組織的な取り組みが鍵となります。本稿が,各施設におけるせん妄対策の推進と質の向上に貢献できれば幸いです。

註1:推奨の強さ1(強い推奨)は,介入による益が害や負担を明らかに上回ると考えられる場合に用いられる。ほとんどの患者に対してその介入を行うことを強く推奨する。

註2:エビデンスの確実性B(中程度)は,効果推定値に対する確信は中程度である。真の効果は推定値に近い可能性が高いが,乖離している可能性もある。今後の研究によって効果推定値が変わり得る。

註3:推奨の強さ2(弱い推奨/提案)は,介入による益が害や負担を上回る可能性が高いが,その差が小さい,あるいは不確実性が存在する場合に用いられる。患者の価値観や状況に応じて,介入を行うかどうかを個別に検討することを提案する。

註4:エビデンスの確実性C(弱い)は,効果推定値に対する確信は限定的である。真の効果は効果推定値と乖離している可能性がある。今後の研究によって効果推定値が大きく変わり得る。

・がん患者のせん妄の発症予防においては,看護師が主導する非薬物療法,特に複数のリスク因子に働きかける「複合的介入」が中核となり,術後せん妄に対する有効性が示されている。

終末期のせん妄においては,エビデンスが確立されてはいないが,患者の苦痛緩和と尊厳の観点から非薬物療法による予防的介入は重要である。

せん妄予防には,標準化された教育に基づく多職種連携による組織的なアプローチが不可欠である。


1)American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed(DSM-5). American Psychiatric Press;2013.
2)JAMA. 2017[PMID:28973626]
3)日本サイコオンコロジー学会,日本がんサポーティブケア学会.がん患者におけるせん妄ガイドライン2025年版.金原出版;2025.
4)Nat Rev Clin Oncol. 2015[PMID:25178632]
5)Am J Hosp Palliat Care. 2025[PMID:39752729]
6)小川朝生,佐々木千幸.DELTAプログラムによるせん妄対策――多職種で取り組む予防,対応,情報共有.医学書院;2019.
7)Support Care Cancer. 2019[PMID:30014193]

東京科学大学大学院保健衛生学研究科在宅・緩和ケア看護学分野 准教授