看護のアジェンダ
[第243回] 申し送りの価値
連載 井部 俊子
2025.04.08 医学界新聞:第3572号より
このところ,勤務交代時に行う「申し送り」に関心を持っている。電子カルテが一般的となり,「カーデックス」なるものが姿を消した現場の申し送りには,単なる情報伝達のみならず,もっと深い意味があるのではないかと考えるからである。
そこで,まず「申し送り」について言及されている“文献”をひもとくことにした。
申し送りの風景
宮川香子さんが「申し送りの光景」1)と題してつづった,開放病棟で夜勤をされていたときの思い出話である。「朝の申し送りを始めます」と夜勤者から号令がかかると,詰所の小窓やドアが閉められる。これは個人情報が漏れないようにという配慮なのだが,どんな話をしているのか気になる患者がウロウロする姿が“見受けられた”というのである。「聞き耳をたてて,両耳を交互に窓に近づけていたり,しゃがんで小窓をゆっくり少し開けて内容を聞こうとする患者」もいた。それを見つけた看護師が小窓を閉めると,患者はそっと窓を開ける。看護師はそれを見つけて窓を締める“イタチごっこ”が展開されたという。
申し送りのあとに,数人の患者がニコニコしながら看護師に近づいてきて,申し送りのときに髪をずっと触っている看護師,あくびをしている看護師,眉毛がない看護師がいたことを知らせ,こう付け加える。「あのな,看護師は患者をみてると思ってるやろ。オレら患者もよく看護師を観察してるんやで。動物園のオリのなかをみてるのと一緒で,朝の集まりはみてておもろいわ」。宮川さんは,個人情報に配慮した看護師の行為がどこまで患者に理解してもらえているのだろうか,聞こえなかったから(窓を)開けて話をしてほしいという患者にどう対応すべきであったのかと“今さらながら”振り返る。「よかれと思って行っていた配慮に説明不足があり,相手がどんな気持ちになるかの想像力も不足していた」と反省している。
私にも病棟師長(当時,ヘッドナースと称していた)として申し送りをとりしきっていた時期がある。ある朝,5階外科病棟のエレベーターを降りてナースステーションに近づくと,何やらつぶやきが聞こえてくる。カーデックスを開いて準備している夜勤者に,何をしているのかと問うと,申し送りの練習をしているとのこと。ヘッドナースにつっ込まれないための予行演習だというのである。スタッフが患者情報の把握と伝達に心血を注いでいたことを昨日のことのように思い出す。
「職業的に制度化された会話」としての申し送り
看護師がナースステーションに集まって行われる申し送りに費す時間が長いことが問題となり,「ベッドサイド申し送り」に移行しようという動きが起こった。
ベッドサイド申し送り(bedside handoff)の方向性を探る報告2)によると,利点は,①患者満足度の向上,②看護師満足度の向上,③医療安全の強化,④効率的な申し送りシステムの構築であった。課題は,①患者への配慮の改善,②患者参加の促進,③スタッフへの教育改善,④申し送り内容の改善であった。
一方,経済連携協定(EPA)によって受け入れるインドネシア,フィリピン,ベトナム人看護師候補生に向けた専門日本語教育の内容や教材整備の必要性が増しており,その基盤となる医療現場の会話に着目した研究がある3)。その研究によると,勤務交代時に行う「申し送り」は,「看護師が勤務交代時に集まり,入院患者についての情報を制限時間内に報告するものであり,正確で迅速な情報伝達が求められる会話」とされる。
申し送りは,「職業的に制度化された」会話として位置づけられる。しかし,実際の申し送りは,「対話的部分」が少なからず観察され,「独話的部分」から「対話的部分」へ,あるいは「対話的部分」から「独話的部分」への移行が極めて円滑に進められている。こうした「談話交替」の様相を探ることで,情報伝達上の働きを明らかにしようとする試みは興味深い。以下の申し送り例(文献3より)を見てみよう。

つまり,報告者が談話交替管理を含めて主導権を握ることで,申し送りを目的に沿った会話にしているのである。さらに,口頭による申し送りが多くの病院で続けられていることから,「対話的部分」の持つ情報伝達上の意義を明らかにしたいと考察している。
本稿ではここまで,勤務交代時に看護師が複数集まって行われる“儀式”を患者たちは興味深く観察していること,申し送りに費す時間を削減しようとしてベッドサイド申し送りに移行しようとしたこと,さらに申し送り時の会話が専門日本語教育の研究対象になっていることを報告した。
こうした現象の中核にある論点は,「情報をどのように“伝達”するか」である。しかし申し送りには,冒頭で述べたとおり情報伝達のみならず,もっと深い意味があるのではないか。以下,私の仮説である。仕事はじめにチームメンバーがそろってお互いの心身の状況を確認し,勤務帯で共働するチームビルディングを行うこと,患者の診かたや思考発話を他者から学ぶこと,対話的会話によって世相を知ることなど,すべてOn the job training(OJT)の機会となることである。となると,もう少し申し送りを追求する価値がありそうである。
参考文献・URL
1)宮川香子.申し送りの光景.精神科看護.2024;51(13):25.
2)屋敷有沙,他.病棟看護師の勤務交代時におけるベッドサイド申し送りに関する文献研究.日保健医療行動会誌.2017;32:42.
3)永井涼子.看護師による「申し送り」会話の談話交替管理――スタイルシフトを中心に.日本語教育.2007;135:80-111.
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