医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部 俊子

2025.03.11 医学界新聞:第3571号より

 看護管理塾(聖路加国際大学看護リカレント教育部主催,全10回)第9章は,「やる気にさせる職場」が主題でした。担当講師は中尾根功嗣さん(株式会社ファムリッジ代表取締役)。およそ3時間半のセッションです。看護管理塾は,各回の担当講師を決めて,講義とグループワークで進行します。毎回のコンテンツは6人の講師陣で“厳しい”意見交換を行い練られます。2024年度は発足してから11年目を迎え,看護管理の継続研修として一定の役割を果たしてきました。

 第9章「やる気にさせる職場」を担当することになった中尾根さんは,「やる気が生まれる要因と失われる要因」として,自分自身の看護管理塾における体験を語りました。いみじくもその体験に,当時,塾長であった私が登場します。私にとっても大変興味深く,貴重な振り返りの機会となりました。そのお裾分けを本稿でいたします。

 題して,「議事録事件」です。

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 2013年,看護管理塾の講師として仲間入りした中尾根さんは最年少でした。会社を起業して1年目。看護管理塾の「仲間に加えてもらう」高揚感があったと言います。看護管理塾チームの一員となった中尾根さんの役割は,会議の議事録をとることでした。

 これが大変なことでした。彼の言葉を借りると,「散々な目に遭った」のです。何度も看護管理塾を辞めようと思ったそうです。議事録とは何かがわかっていなかった中尾根さんは,会議で話し合われたことを,自分の記憶を頼りに日記のように書き連ねていました。議事録の体をなしていなかったのです。

 「こんなものは議事録と言えない」と当時塾長であった私はムチを打ちました。当時の私がどんな指摘をしたのかを中尾根さんに改めて尋ねたところ,彼はパソコンを開きながら,わかりやすく説明してくれました。

 

・議事録に敬称は不要である。

・見出しとコンテンツは一致させる。

・項目の構成は,抽象から具象へと整理する。

・決定したことは何か,検討しなければならないことは何かがわかるように書く。

・会議中に話し合った“どうしようもない”話をどうまとめるか,捨象してよいものを判断しなければならない(註:この作業は文脈を理解しておかないとできません)。

・議事録は逐語録ではない。録音のテープ起こしのような記録にしない。

 

 中尾根さんは,良い議事録を作成するために,議事録のサンプルを取り寄せ,フォーマット(型)を決めました。会議中のやり取りを録音しながら,手元の資料にメモをしてキーワードを残しておくことにしました。そうすると,何が重要なことであったのかがわかるようになりました。さらに録音を聞いて,重要事項を確認しました。

 中尾根さんはひと知れず奮闘していたのです(そのようなことはつゆ知らず,私は議事録に檄を飛ばしていたようです)。話をまとめることに自信を持っていたのに,会議で何が話されているのかがわからない時期が続き,中尾根さんは落ち込みました。

 2014年1月27日,中尾根さんに一通のメールが届きました。塾長からでした。「わかりやすく意義のある議事録を作っていただきありがとうございました」。このメールをきっかけに,中尾根さんは議事録をもっと良いものにしたいと決心しました。

 これで議事録事件は終結したかと思いましたが,翌年のある日の会議で,中尾根さんが議事録の報告をしたあとに「ところでお名前は?」と座長(であった私)が問うたと言うのです。今となっては私自身,記憶にないのですが,(多分にふざけて聞いたのではないかと思うのですが)中尾根さんはこうとらえていました。「発言しない人はいないのも同然ですから」と。

 中尾根さんの120本に及ぶ議事録作成者としての体験は,一通のメールによるポジティブフィードバックを契機として上昇気流に乗りました。議事録を作ることで過去の会議内容を尋ねられる機会が増え,会議に最も精通しているのは自分だと思えるようになったと言います。

 看護管理塾第9章「やる気にさせる職場」を担当した中尾根さんは,このように強調します。①「やる気」になるのは本人である,②管理者は衛生要因を整え,動機づけ要因を支援する,③管理者は自らが「やる気」を感じる過程を知っていることが肝要。

 今回の議事録事件は,上記③を説明する根拠となった体験であることを私は再認識することになりました。

 少し話は変わりますが,第214回「看護のアジェンダ」で書いた「行いてその責をとる」の一部を引用します。

 

「議して決せず」とは,議論は行われるものの,最も大切な結論を出さないで会議を終わらせてしまうことである。ただ会話をして終わるのではなく,会議の最後には必ず結論を出し,どのような行動をするのかを明確にすることが必要不可欠とされる。これらをきちんと記録に残す書記の役割はきわめて重要である。議事録の取り方で書記の「概念化力」がわかる。

 

 というわけで,師長会議の議長は看護部長が担い,議事録の作成(つまり書記)は持ち回りにして,概念化力を磨く機会とすることができます。その際,看護部長は必ず議事録案を読み,適切な“指導”をすることが必須です。概念化を促すための指導であり,不愉快な小言や嫌みにならないようにしなければなりません。議事録の成功は「やる気」に直結しているのですから。


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