医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部 俊子

2025.05.13 医学界新聞:第3573号より

 2025年4月初旬,私は,ある大学病院の朝のナースステーションに立った。60床の病棟はAチームとBチームに分かれ,その名のとおりナースステーションは「ナース」で埋まっていた。この病棟は,フルタイム勤務の看護師が33人,時短勤務の看護師が2人,看護助手が4人で構成される。病棟師長が作成した勤務表にしたがってスタッフは出勤してくる。夜勤者は朝の引き継ぎをして帰る。日勤者は割り当てられた患者を担当し,定められた業務を行う。そこには「筋書き」がある。

 今回,私が注目したのはこの筋書きである。病棟という舞台で全ての出演者がうまく演じるには優れた筋書きが準備されている必要がある。この病棟の筋書きはA4判くらいの大きさの,ひもつきの,ホワイトボードであった。この質素なボードに日勤者の筋書きのあらましが載っているのである。ボードにはその日の勤務者の名前が並んでいて,各人が担当する病室番号が示される。勤務するナースの名前の下には線が引かれていて,あるナースとナースがバディであることをそっと示している。生成AI Geminiによると,バディ(buddy)とは,「友人同士や仕事のパートナーなど,信頼できる関係性を表現する際に用いられる」とあり,相棒,仲間,親友などの意味があるとのことだ。バディは原則として二人一組のペアに対して使う表現であるが,同士,仲間といった表現は男性間のみで使うとも説明される。となると,病棟の筋書きにはバディではなくペアのほうが適切かもしれない。しかし,ペアは二人組を意味するが,この病棟の筋書きには相棒を三人組と示している箇所もある。それゆえ,私は使い古された「ペア」ではなく「バディ」を使ってみようと考えたわけである。

 病棟の毎日の筋書きを作るのはチームリーダーである。チームリーダーは,看護師長でもなく,副師長でもなく,主任でもない。つまり役職者ではないスタッフが,リーダーとして極めて重要な作業を行っていることを,組織はどの程度認識しているのであろうか。

 リーダーの筋書き作りを分解してみよう。まず,当該日に誰がメンバーとして出勤するかを確認する。次に,各看護師の能力を査定する。このところ休みが続いていたか,日勤だったかなど前後の勤務状況を把握する。その上で受け持つ病室を決める。病室番号はそうあっさりと決めることはできない。どのような患者がいるのか,重症度や重要な治療・処置,手術,入院や退院など複数の情報を頭に入れて判断する。しかも,看護師の動線を考えてできるだけ効率的に動けるよう病室を筋書きに配置する。この病棟は一列に長い構造なので,担当する病室間の距離が遠いと動線ロスが発生するからである。こうして日勤ナースがどの病室を受け持ち,誰と組んで仕事をするかを決める。

 ナースステーションの外でも動きがある。医師の回診が始まった。4~5人の医師集団が病室を訪れている。しかしナースの筋書きには入っていないようである。この病棟の筋書きは,看護師専用であり他職種は含まれていないことがわかる。ナースステーションはナース用で,別室に医師の部屋があることも分断の原因かもしれない。

 リーダーは,筋書きがうまく機能するように,チームメンバーに患者情報の確認を短時間で行い,続いてバディで情報交換を少し丁寧に行って,ナースステーションを出てゆく。しばらくすると,時短勤務のナースが出勤してくる。チームリーダーは再び電子カルテを見ながら患者情報を伝え,さらに管理的な事柄も伝える。一人の時短勤務者との接点は,他のナースと比べると長い。

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 チームリーダーが行う筋書き作成は,ビジネス用語である「ロジスティクス」に相当すると考えられる。生成AI Geminiは次のように説明する。「ロジスティクスとは,商品の調達から販売,廃棄に至るまでのサプライチェーン全体を管理する経営手法であり,ビジネス全体の最適化を目指す。ロジスティクスの実践によって,素材・生産・流通・販売のすべての段階が円滑につながり,ミスや無駄を最小限に抑えることができる。ロジスティクスを効率的に運用するためには,売れ筋商品の把握が重要である。消費者の注文内容や,倉庫で保管している商品の在庫状況についてリアルタイムで把握することが大切である」。

 チームリーダーが毎日の病棟の筋書きを作ることは,看護サービスを提供するというサプライチェーンを管理することである。ロジスティクスの実践によって,素材(看護師),生産(看護サービスの提供),流通(チームワーク),販売(患者へのケア)の全ての段階が円滑につながるのだと置き換えることができる。ロジスティクスを効率的に運用するには,売れ筋商品の把握が重要であるとの指摘は,「患者のニーズを知ることが重要である」と読み替えることができよう。

 チームリーダーの筋書き作りは,看護サービスサプライチェーンにおいて極めて重要な作業であり,学問的にも実践的にももっと注目すべき領域である。ということに,ハタと気づいたのだ。チームリーダーの多くが重荷に感じていて,できれば逃げ出したいと思う「名前のない重要な作業」を抽出して,システムエンジニアを巻き込んで効率化を行う必要がある。これは看護師長と看護部長の責務であろう。筋書きは,患者にかかわる医師をはじめ他職種と共有すべきであり,とりわけサービスの受け手である患者には公開すべきであろう。