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研究者・医療者としてのマナーを身につけよう 知的財産Q&A

連載 小林只

2025.10.24

Q.学校の授業なら著作物は無料で自由に使えるんですよね?

A. いいえ,「無料」でも「自由」でもありません。対面授業での著作物のコピー利用は無償で認められていますが,オンライン授業での利用には,教育機関がSARTRASへ補償金(実質的な使用料)を支払う必要があります。さらに,たとえ授業目的であっても,市販の教科書の大部分や,少量であっても毎年のように恒常的にコピー・配信する行為は,著作権者の利益を不当に害するため,「但し書き」規定により禁止されています。これらの利用には,別途JCOPYとの契約や出版社への個別許諾が必要になるため,必ず確認しましょう。

これまでの連載で,引用(第9回)など著作権の例外規定について学んできました。今回は,教育現場に特化した非常に重要な例外規定である著作権法第35条「学校その他の教育機関における複製等」に焦点を当てます。

特に,2020年のコロナ禍を機にオンライン授業が急速に普及したことで,この条文は大きく改正され,「授業目的公衆送信補償金制度」という新しい仕組みが導入されました。学校教員であれば必ず知っておくべきこのルールについて,その背景および具体的な手続きについて紹介していきます。

授業利用の前提と対象範囲

大前提として,クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(第6回参照)が付与された著作物や,適法な引用(第9回参照)のルールを満たす利用であれば,そもそも今回の著作権法第35条を検討する必要はありません。これらの方法で対応できない場合に,初めて第35条の適用を考えます。

<条文>
学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は,その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には,その必要と認められる限度において,公表された著作物を複製し,若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては,送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い,又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし,当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製,公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない。

2 前項の規定により公衆送信を行う場合には,同項の教育機関を設置する者は,相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。

3 前項の規定は,公表された著作物について,第一項の教育機関における授業の過程において,当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し,若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第38条第1項の規定により上演し,演奏し,上映し,若しくは口述して利用する場合において,当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信を行うときには,適用しない

この条文が適用されるのは,非営利の教育機関です。具体的には,学校教育法で定められた小学校,中学校,高校,大学,大学院,高等専門学校,特別支援学校などが該当します。公立・私立は問いません。

条文の「授業の過程における利用」とは,正規の授業(講義,実習,ゼミなど)を指します。学校の運動会,文化祭,正規の部活動での利用も「授業」に準ずるものとして認められています。

対象外となるケース
●「授業」を提供しない施設
専修学校・各種学校の認可を受けていない予備校,学習塾,カルチャーセンター,企業の研修施設,医療機関,学会など。

●「授業」に該当しない活動
入学希望者向けの学校説明会やオープンキャンパスでの模擬授業,教職員会議,FD(Faculty Development)・SD(Staff Development)研修,大学のサークル活動などの自主的な課外活動。

これらのケースは原則通り著作権者の許諾が必要です。

非営利組織である医療法人は適用の範囲内と考えられる方もいるかもしれません。しかしながら医療機関は著作権法第35条が想定する学校教育法の定義に該当せず,定義上の「授業」を提供する施設でもありませんので,適用の範囲外となります。これは大学病院でのレクチャーや講義関係で注意が必要なポイントです。学生の単位認定が目的であれば「授業」ですが,スタッフ向けの勉強会は「授業」に該当しません。また学会発表も「授業」ではないため,第35条の適用はありません。

対面授業とオンライン授業の違い

第35条が2020年に改正される以前から,授業で使うために必要な限度であれば,対面授業において教員は著作物を無許諾・無償でコピーして学生に配布することが認められていました。しかし,このルールはあくまで「複製権」に関するものであり(第3回参照),インターネットを通じて資料を配信する「公衆送信権」は対象外でした。すなわち,オンライン授業で資料をサーバーにアップロードしたり,リアルタイム配信したりする行為は,原則として無許諾ではできなかったのです。この問題を解決するため2020年4月28日に施行されたのが改正著作権法第35条と「授業目的公衆送信補償金制度」です...

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株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長/医師・一級知的財産管理技能士

2008年島根大医学部卒。臨床医として研鑽に励み14年より弘前大総合診療部。16年博士(医学)。23年大学認定ベンチャー・株式会社アカデミア研究開発支援を創業。24年より弘前大総合地域医療推進学講座・講師,島根大オープンイノベーション推進本部・准教授を兼任。綜合者・総合医として研究開発×知財法務×安全保障×事業で,多分野の横断支援を担う。資格:1級知的財産管理技能士(特許・コンテンツ),AIPE認定知的財産アナリスト(特許・コンテンツ),Security Trade control Advanced(CISTEC)ほか。

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