医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部 俊子

2025.02.11 医学界新聞:第3570号より

 2024年10月に小さな本を作りました。タイトルは『看護をめぐる「業務」と「ケア」』と言います。書き出しはこんなふうです。

 「もうだいぶ前からだと思うのですが,若い看護師たちが,『わたしたちは業務はしているがケアをしていない』と口にするのを耳にします。一方,一昔前までの看護師たちは,『わたしたちは診療の補助という業務に追われていて療養上の世話はできていない』とぼやいていたように思います」。

 考えてみると,私はここで言う「若い看護師」の範疇には入らないのですが,「一昔前の看護師たち」の渦中にもいなかったと思います。この現象を冷静に観察していたと言うべきかもしれません。続きはこうです。「若い看護師が口にする現代版の『業務』とは『診療の補助』のみを指しているのではなく,『療養上の世話』も『業務』として包含しているようです。つまり,看護師は『看護』ではなく,『業務』をこなすことが仕事になっているというのです。場所や組織によって,『ケアをしていない』と言ったり『看護をしていない』と言ったりするようですが,ここではこの二つは同義語と考えてよいように思います」。

 一昔前の看護師たちが口にしていた「療養上の世話」は,保健師助産師看護師法(保助看法)第五条に規定されている看護師の業のひとつです(もうひとつの業は「診療の補助」です)。この療養上の世話が看護の本丸だと考えていました。療養上の世話をしていないということはイコール看護をしていないと考えられていました。しかし,私は,ベナー看護論の翻訳作業などの経験から,療養上の世話と診療の補助は二分すべきではないと考えていました。診療の補助は,医療現場では療養上の世話の重要な要素であるということです。しかし,昨今,特定行為研修制度が導入されたことでこの「診療の補助」業務の肥大化が起こり,流れが変わってきました。

 前述した小さな本の構成は次のようにしました。

・「なぜ看護師は『業務が忙しくてケアができない』と言うのか」
・「『業務』と『ケア』の分析」
・「彼らが『ケア』の実感を得るにはどうすればよいか」
・「新型リアリティショック対処法の提案」

 小さな本の執筆過程を通して発見したことがあります。その概念を名づけて「新型リアリティショック対処法」としました。

 リアリティショックは,特に学生から社会人への移行過程においてみられると説明されます。つまり,ここで言う新型リアリティショック対処法が必要になるのは,「学生から新卒看護師への移行期に直面する『現実』に少し妥協して,本来のケアを実践することができるようウォーミングアップをしているときのためらい」の時期という仮説です。さらに「若手看護師の,業務はしているがケアをしていないという認識は,単に若手看護師の未熟性だけでなく,ロールモデルとしての先輩看護師や看護管理者,さらに医療政策や医療制度がもたらす,現代医療と看護に対するアラートなのかもしれません」と考察しました。

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 小さな本の刊行からしばらくして,私の手元に三井由紀子さん(神戸大学病院)から丁寧なメールが届きました。以下が全文です。

 

 先日,看護関連の書籍を網羅的に見たくなり,大手町の丸善を訪れました。最近の書籍の傾向を知りたいと思い,看護の様々な専門分野の本を手に取っては中を読み,書棚に戻すということを繰り返しておりました。その際,ふと,分厚い本の間に挟まれた薄い冊子が目に留まりました。そのタイトルは『看護をめぐる「業務」と「ケア」』でした。

 その本は,大きさや厚み,デザインのいずれも控えめでありながら,タイトルは他のどの書籍よりも私の心に響きました。内容をその場で読み進めるうちに,胸を打たれました。看護師長としてスタッフに説明すべきことは「これだ」と。モヤモヤして言語化できなかったことがスッキリと整理でき,霧が晴れたようでした。

 日頃,「業務優先だ」「業務ばかりで看護ができない」と言うスタッフたちに対し,全てはとらえ方や意味付けにあるのだという視点を伝えることで,自分たちの専門性を自信を持って発揮できるようになると感じました。また,先生の書籍を通じて感銘を受けたのは,看護管理者としての姿勢やなすべきことについての示唆をいただけたことです。

 臨床の看護師がより働きやすく,いきいきと活躍するために,部署の状況を俯瞰して観察し,整理すべき点を見つけ,必要であれば先進的なテクノロジーを取り入れることの重要性も実感しました。看護管理者として,これからも精進して参りたいと感じております。

 

 小さな本がひとりの看護師の「心に響いた」というメッセージに,私は恍惚となる思いでした。インターネットのボタンひとつで本を購入する時代にあって,書店をブラウジングする仲間がいることもまた悦びでした。ブラウジング(browsing)とは,「草を食む」という意味にはじまり,偶然や目的を定めない探索方法全般を指す言葉,本棚を眺めながら,気になる本を手にとってぱらぱらとめくる行為などと説明されます。

 小さな本の刊行が,私のお気に入りのブラウジングを紹介する機会を与えてくれたこと,信頼できる仲間に思いを馳せられたことに感謝する2025年の幕開けです。


1)井部俊子,他.看護をめぐる「業務」と「ケア」. 日本看護協会出版会;2024.

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