医学界新聞

書評

2025.01.14 医学界新聞:第3569号より

《評者》 一般社団法人日本外科学会理事長
北大大学院教授・消化器外科学

 本書は,消化器外科周術期患者に対するリハビリテーションを総論および各論にまとめたものです。リハビリテーションの基礎知識と具体的な評価法・訓練法を経験豊富なエキスパートが代表的な消化器外科疾患別に解説しており,本書を手に取ったその日から臨床に役立つ内容に整理されています。

 消化器外科においては,開腹手術から,腹腔鏡下手術やロボット支援手術へと,手術方法が様変わりしています。また,対象患者が高齢化し,それに伴い糖尿病や高血圧,呼吸器疾患や心血管疾患などのあらゆる併存症を抱える患者が多くなってきました。薬物療法や放射線治療の進歩に伴い,術前治療後の消化器外科手術も多くなり,その侵襲は大きくなるばかりです。手術はうまくいったけれど術後回復がなかなか進まない症例を経験することも多く,周術期リハビリテーションの重要性がますます増加しています。

 本書の前半部分では,周術期の呼吸・循環・栄養などの生理学について概説され,その病態を基礎から復習することができるように工夫されています。中盤部分では周術期リハビリテーションとして,術前評価から術後のリハビリテーションの実際(人工呼吸管理,ドレーン管理,疼痛管理,せん妄・認知症管理,感染予防など)について詳述されています。また,後半部分では食道がん,胃がん,結腸がん,直腸がん,肝がん,膵がん,肝移植などの代表的な消化器外科手術ごとに,手術や周術期管理,術後管理について記載されており,さらに,各疾患別のリハビリテーション診療のポイントと取り組み事例が紹介されています。本書は,消化器外科医師を含めた患者周術期管理に携わる多職種の医療者にとって,とても読みやすく,日常診療に直結した構成となっているのが特徴です。

 できるだけ早く術前と同様の生活に戻っていただくことが,消化器外科周術期管理の第一の目的です。そのためにも,科学的考察に基づく周術期リハビリテーションの実施は,手術にもまして重要です。本書の発刊がきっかけとなり,消化器外科周術期リハビリテーションの概念が広く行きわたり,実践されることを願っています。


《評者》 京大医学教育・国際化推進センター副センター長

 藤沼康樹先生のファンである。まだ先生を存じ上げなかった頃,『日本内科学会雑誌』に掲載されていた文章に感銘を受けた。その後,『総合診療』誌の編集委員としてご一緒させていただく機会が増え,いっそうファンの度合いが増している。しかし,それを差し引いても,序文を読んでいる最中から涙してしまうとは自分でも予想外であった。新幹線で席に着くや本を開いて,1ページ目から涙ぐんでいるせわしない私を見て,隣の方も不審に思ったかもしれない。

 医療はサイエンスとアートである。よく聞く言葉であるが,「本書では,サイエンスに原則があるように,アートについても,曖昧なものではなく行動原則があり,ガイドラインがあるということを,できるだけ厳密かつ明快に語っています」(本書p.ⅳ)と述べられている。そして,「『卓越したジェネラリスト』は,医療のサイエンスとアートを同等の価値をもつものとして取り扱います。そこにこそ,卓越したジェネラリストの最大の特徴があります」(同前)という文章を読んだ時,前述のごとく胸が熱くなってしまったのである。

 一般にサイエンスに偏りがちな診療環境や交わされる会話の中で,「患者さんを丸ごと診たい。全てを受け止めたい」「いつでも頼れる存在でありたい」と常に希求し診療をしてきた。そのことに誇りを持っているが,一方で複雑困難事例や医学だけでは答えが出ない患者さんを多く診ていると,「これでいいのだろうか?」と時に孤独を感じることもある。自分を信じてやっているけれど,本当にこれでみんな幸せになっているのだろうか? 人には言わない,そんな素の気持ちにそっと寄り添い,「それでいいんだよ」と背中を押してもらった気持ちになった。言語化が難しいアートの側面が,見事に言語化・構造化・見える化されているだけではない。日々の名もないと思っていた取り組みが,個別の経験にとどまらず体系化されたアートを形成する一部であることが理解できた。

 加えて,本書の卓越した部分は,どの部分を読んでも自身の「実践」に反映されること,また,実践からの学びを言語化・客観化・相対化するというループを実感できることである。「ああ,あの患者さんにはこうアプローチすればよかったのか」「自然に行ったことではあったけど,このような理論に基づいた妥当性があったのだ」と,実践と理論を行き来しながら深い省察を得られることが何とも心地よく,優しくあたたかい文章とも相まって,まるで藤沼先生と語り合っているような気持ちにさえなった。医師としての経験年数が増えてくると,自身の診療を他者にフィードバックしてもらう機会が減っていく。このことが前述の孤独感にもつながっていると思うが,本書を読むことで藤沼先生の言葉をたどりながら深く自分自身とも語り合う機会になっているのだと思う。

 「実は,ベテラン医師のロールモデルを見つけることが困難な時代になっている」(本書p.261)という一節に続き,「ベテラン医師になり歳を重ねていっても,たとえ細くとも粘り強く未来に役立つよう生き抜いていきたいという思いで,本書を執筆しました」(本書p.266)と藤沼先生は述べられている。本書の締めくくりにおいて,再度グッと心に迫る部分である。このような素晴らしい先達が背中を見せるだけでなく語りかけてくれる本書は,「卓越したジェネラリスト」をめざすわれわれにとって,いつでもページを開くことができ,勇気づけられる必携の書である。


《評者》 東大大学院教授・公衆衛生学

 「相関は因果ではない」とは,観察研究において言い古された戒めである。初学者は研究結果の報告において「〇〇が△△に影響」とは表現しないように言われることも多い。そのため表現は「関連があった」でとどめ,考察でそれとなく影響を論ずるという奇妙なことが起こる。研究の限界で「観察されたのは相関であって,因果を表すとは限らない」とのざんげを入れておくことで,免罪符を得るのもお約束である。さらに謙譲の美徳を追求し,結論は「可能性がある」「示唆された」を重ねて「可能性が示唆された」と独特の文学がまん延する。

 本書はこの前近代的なプラクティスを乗り越え,相関と因果の距離を縮めて,等身大の解釈を可能とするさまざまな手段を読者に提供するものである。一歩進んだ観察研究の考え方を知りたい,という人には最適の入門書と言える。

 著者らは,米国カリフォルニア大ロサンゼルス校に留学し,理論疫学,因果推論の大家であるSander Greenland博士,Judea Pearl博士から学ぶ機会を得て,正規の疫学,ヘルスサービスの課程を修了した新進気鋭の研究者である。もちろん,どこまで行っても相関から因果を確定的に結論することは不可能と認めつつも,本書で紹介されるこれらの手段で相関と因果の距離は確実に縮まると思う。

 本書では,純粋な因果推論以外にも,通常の疫学の授業では習わない一歩進んだ知識がちりばめられているのも面白い。例えば,症例対照研究について,通常の疫学の解説では累積サンプリング(Cumulative sampling)を前提としており,「オッズ比が算出され,これはリスク比と異なる」といった注意にとどまるのに対し,本書では密度サンプリング(Density Sampling)により率比が求まることなどについての言及もある。さらに,因果のパイモデルを紹介することにより,影響因子の強弱といったものが,当該因子に固有のものではなく,他の諸因子も含む状況に影響されることについても解説されている。

 興味深い良書である一方で,読者は本書に期待すべき範囲を認識しておく必要がある。本書は因果推論に関する入門書であって,詳細を習得するための成書ではない。そのため,基本を記した総論と応用を記した各論のバランスは,総論に大きく偏っていると言える。総論が非常に丁寧に論じてある一方で,各論は技法の紹介にとどまり,より詳細は成書あるいは文献で勉強する必要がある。応用事項の理解を深めることを期待して読むと,あっさりと記述されていて,「え? もう終わり?」との感想を持つかもしれない。でも,それはページ数の外観から見ても期待が過大だったためだろう。それでも応用事項への道筋はしっかりとつけてくれている。

 いいことばかりで終えては書評にならないので,あえて少し注文を挙げるとすれば,疫学用語の全てに英語の用語をつけてほしかった。定訳がない用語はもちろんそうなっているが,いくつかの和訳は定訳として日本語のみとなっていて,「ん?」と思う箇所がいくつかあった。例えばmisspecificationの訳と思われる「誤特定」を併記なく使っていたが,specificationの訳は「特定」よりも「設定」のほうがしっくりくる。また,効果の「異質性」とあったが,heterogeneityのことであれば「不均一性」のほうが正確ではないだろうか。まあこれはささいなことで,慣れてしまえば専門用語は多少不自然でも通用するが,初学者のとっつきやすさにも影響するので慎重であって良いかもしれない。

 多少の注文はあるにせよ,本書は間違いなく良書であり,私は本邦の疫学のレベルを上げてくれる書籍と期待する。「可能性が示唆された」にとどまっていては,せっかく優れた研究を残しても,現実社会に応用される道のりは遠い。それを脱却して,因果の知見を等身大に解釈し,残っている不確実性を認識しつつも研究結果が現実に役に立てるための思考を確保する。そのために必要なことを本書は教えてくれる。通り一遍の疫学に飽き足らない人,教科書を読んでその先に何があるのかを知りたい人は,手に取ってみる価値のある一冊である。


《評者》 大阪歯大大学院看護学研究科(仮称) 開設準備室

 本書は,現代の医療環境において緩和ケアを必要とするこどもが増加しているという現状を背景に執筆されています。小児がんや重度の循環器疾患,集中治療室(ICU)でのケアが必要な重症児など,生命の危機に直面するこどもたちは少なくありません。そのため,単に病気を治療するのではなく,痛みや呼吸困難,倦怠感,消化器症状,精神症状など,多様な苦痛を和らげることを目的とした緩和ケアが非常に重要視されています。目次を見てもわかるように,本書は4つの大きな章に分かれており,それぞれに実践的な内容を扱っています。

 まず「ChapterⅠ 小児緩和ケアの考えかた」では,緩和ケアの基本的な理念と,日本における小児緩和ケアの歴史的な歩みや現状について解説されています。小児緩和ケアがどのような経緯で発展し,今後どのような方向に進むべきかについて,医療従事者だけでなく,家族や地域社会にも参考になる内容です。

 「ChapterⅡ 症状緩和」は,痛みや呼吸困難,倦怠感,消化器症状など,緩和ケアで頻繁に直面する症状に対する具体的な対処法を扱っています。特に,臨死期における対応についても詳しく触れており,終末期医療において医療従事者がどのように対応すべきかが明確に示されています。

 「ChapterⅢ 意思決定支援」では,小児医療において非常に重要なテーマである意思決定支援の考え方が取り上げられています。医療的意思決定が難しい状況において,家族やこどもの意思を尊重しながら,医療チームとしてどのように意思決定を進めていくべきかを具体的に解説しています。

 「ChapterⅣ 疾患・部門ごとの緩和ケアの特徴」は,小児がんや循環器疾患,集中治療室における緩和ケアの違いや,それぞれの疾患や部門における特有のケア方法を解説しています。また,周産期・新生児に対するケアにも言及しており,幅広い年齢層のこどもたちに対してどのようなケアが必要かが網羅されています。

 特筆すべきは,Appendixとして「小児緩和ケアでよく使う薬剤の具体的な使用法一覧」が掲載されている点です。緩和ケアに必要な薬剤の使い方が具体的にまとめられており,現場の医療従事者にとっては即戦力となることが期待されます。また,家族を主語にしたビリーブメントケアに関するコラムも掲載されており,家族のケアに関する理解も深めることができます。

 本書は,小児緩和ケアにかかわる全ての医療従事者にとって必読の書といえます。これまで経験則に頼ることが多かった小児緩和ケアに,科学的根拠に基づいた知識と技術を提供することで,医療の質を向上させるための一助となることでしょう。

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