医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2023.08.28 週刊医学界新聞(看護号):第3530号より

 今回の授業は比較的うまくいったとほくそ笑んでます。「2023年度看護管理塾 看護ものがたり」(聖路加国際大学看護リカレント教育部主催,全10回)が5月から始まりました。受講生は62人です。私は第3章「感情の源泉を扱う」を毎年担当しています。

 毎年同じテーマで授業をしているのですが,受講生の反応がいまひとつの年もあれば,盛り上がる年もあって,その都度“反省”しているのです。その証拠に,私は本連載に2回,感情をとり上げています。「感情のメカニズム」(第139回)と「感情表現としての“からだことば”」(第140回)です。

 それでは今回の授業「感情の源泉を扱う」の成功談(?)を報告します。

 第3章のめざすところはこうです。「職場には,理屈ではわかっているのにその方向には進まないことや,不機嫌な上司の顔色をうかがって仕事をしなければならないことがある。これらの根底にある『感情』(気分,情動)を意識上に浮上させ,その本質と対処法について学習する。しかし,看護職は『感情』を記述することが苦手である。それは,感情的であってはならないという抑圧があるのではないか。ここも今回のテーマである」としました。そうなのです。これまでの授業で盛り上がらないなと感じてきた点は,この「抑圧」仮説です。抑圧から解き放つために,私としては珍しく受講生に事前課題を出しました。

 事前課題は,過去に看護管理塾で検討した事例を,塾のウェブサイトにアクセスして読んでくるというものです。そこにはこのような事例が記載されています。「攻撃的な言い方をする部下と,気弱な看護師長」「副院長の苦情と暴言をやり過ごしたことによって,もやもやする看護部長」「感情的なスタッフと師長との関係修復に失敗した主任の事例」「激高し目を見開いてまくしし立てる医師と,鎮静を図ろうとする看護師長」「インシデント報告時に激高する医療安全担当課長と(口答えできない)主任」「上司の怒りに反応する地域統括師長」「病床管理担当師長の攻撃に悩む看護師長」「いつも機嫌の悪いベテランナースに困っている看護師長」「信頼する副主任の感情の源泉を探る看護課長」「看護部長に主張をぶつけた新病棟の主任」「リーダーナースの沸騰した感情を受容する看護師長」の11編です。

 これらは,2018年度と2019年度のグループワークで提示された粗削りの事例を有志で整理して,「考える知性と感じる知性」としてまとめ,対処法を提言したものです。いわゆる放課後の事例検討会です。「井部先生の指導と内省を繰り返す過程で,苦しみが心地よい呪縛に変化し,最後は楽しさを感じていました」と有志のひとりが記しています。

 もうひとつの事前課題は,「感情表現としての“からだことば”」(本連載第140回)を読んでくることでした。そもそも看護職が感情を記述することが苦手であるのは,絵文字やイラスト,記号などによって表されることが多くなり,言葉として感情を表すことをしなくなったからではないかと考えたからです。この時引用した「からだことばカタログ」(『広告批評』1996年10月号)は圧巻でした。頭が上がらない,頭が切れるといった「頭」ことば,痛い目に遭う,一目置く,人目をはばかる,目が利くなどの「目」ことば,断腸の思い,はらわたが煮えくり返る,はらわたに染みるなどの「腸」ことばを私は紹介しました。そして私は,最後にこう締めくくっています。「現場リーダーは,論理の底にうごめく組織感情に日々立ち向かっている。感情のマネジメントが重要であるとされる一方で,そもそもどのような感情がうごめいているのかを特定しなければ感情を扱うことができない」。

 それでは,2023年度バージョンに移ります。私のミニレクチャーは,①2種類の知性,②感情が人・組織に与える複雑な効果を説明したあと,③今月(2023年6月号)の『ハーバード・ビジネス・レビュー』の特集の中から,「職場での物言いに傷ついた時の対処法(エイミー・ギャロ,44-53頁)をとり上げて解説しました。その要点を示します。

1)自分自身の考察から始める……相手が無礼な振る舞いを意図したかどうかにかかわらず,あなたが抱いた感情は正当なものだ。

2)対応のリスクを評価する……自分が影響力を持つ立場にあるならば,沈黙のリスクは大きくなる。場合によっては,そのままにしておくという決断が賢明な対象法になることもあるが,それは自分の感情を抑え込むべきということではない。

3)何をいつ言うべきか,タイミングを考える……「私」を主語とする文を使って,自分がどう感じているかを説明し,相手に自分の立場を考慮するように促す。

4)質問する……「なぜ」ではなく「何」から始めると食ってかかるように聞こえない。

5)返答を事前に用意しておく……定番のフレーズ「そんなつもりじゃなかったでしょうけど傷つきました」。

6)共感を示す……「お気持ちはわかります」「無理もありません」。相手の振る舞いの背後にある感情を認めても,その振る舞いを黙認したことにはならない。

7)防衛的な態度を想定しておく……相手はあなたの言っていることを否定したり,自分は悪くないと主張したりするかもしれないので,出口計画を用意しておこう。「この話はもうやめましょう」「とりあえず,いったん保留にしましょう」「これくらいにして,気持ちを切り替えましょう」。

8)他人と連携する……同僚が代わりに介入したり,やり取りを引き継いだりすることで落ち着かせる。

 

 ミニレクチャー(50分)のあとは10分の休憩を入れて,次はグループでのワークです。テーマは「無礼な発言をされた時にどのように対処したらよいか」としました。①職場で経験した無礼な言動や小ばかにした振る舞い,意地の悪い対応などを表出する。②その時,どう対処したか,③どうしたらよかったのかを話し合ったあと(60分),④グループのなかで最もインパクトの大きい事例を選び発表する(60分),としました。

 11グループの発表事例は実に多様でした。同僚,上司,部下,医師,患者などからの無礼な発言が取り上げられていました。

 今回の授業の成功要因は,感情的な事例といった抽出的な問い掛けではなく,「無礼な言動,小ばかにした振る舞い,意地の悪い対応」と具体的な表現にしたことであると,ひそかに自己評価しています。感情労働としての面目躍如です。

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