医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2023.07.31 週刊医学界新聞(看護号):第3527号より

 2023年6月24日,私は石川県かほく市の高台にある西田幾多郎記念哲学館に行った。2023年度哲学講座「デカルトによる〈修練〉の哲学①――方法の精神を涵養する」を聴講するためである。

 東京から北陸新幹線で金沢に行き,乗り継いで七尾線宇野気うのけで降りる。人通りのほとんどない静かな街を約20分歩く。梅雨の晴れ間,初夏の涼風と軒先に咲くあじさいに迎えられる。高台にある哲学館をめざして,小さな林の中の「思索の道」を登る。うっすらと汗がにじむ。このコースの仕掛け人は,哲学館を設計した安藤忠雄氏である。この様子は,本連載第172回に「哲学を学ぶ興奮」と題して書いた。4年経ってもその興奮は色あせていない。

 今回の哲学はデカルト「方法序説」が中心であった。講師は津崎良典氏(筑波大学准教授)である。冒頭で浅見洋館長は,講師の略歴を紹介し,パリのパンテオン・ソルボンヌ大学で博士号を取得した若手デカルト研究の一人者であると紹介したあと,彼の2つの著作に言及した。『デカルトの憂鬱』(扶桑社,2018年)は「マイナスの感情を確実に乗り越える方法」,『デカルト 魂の試練』(扶桑社,2020年)は「感情が鎮まる最善の方法」という副題があり,「このキャッチコピーがいいので本を買うとよい」とさりげなく勧める。その語り口がよい。

 本稿では,私自身の学習の“復習ノート”にお付き合いいただきたい。

 講師は次のように始める。「現在,哲学は学校という教室の中だけで行われている。外に出ると何ごともなかったかのように人々は振る舞う。しかし,ソクラテスは,まちの中で市井の人たちと哲学をしていたのです」。つまり,哲学の原点は教室ではなく,庶民の中にあったのであり,その意味で西田哲学館で,土曜日の午後にこのように多くの人が哲学することはすばらしいと称えた(私はなるほどとうなずく。心の中で)。

 次は,標題紙についてである。デカルト著『方法序説』(1637年)の標題紙には,タイトル・出版印刷所しか示されていない。著者の名はない。講義資料には,講師が撮影した『方法序説』初版の標題紙がプリントされている。この貴重な資料は,2018年9月に上野の森美術館で「世界を変えた書物」展に出展された標題紙であり,金沢工業大学が所蔵している。金沢工業大学がデカルトの『方法序説』初版を所蔵しているなんてすごい,と講師は絶賛する。

 そして,ようやく『方法序説』の解説が始まる(私は講師のこうした寄り道が大好きである。配布資料には書かれていない語りで講師の人柄を知り,人間くさい学問に好奇心をかき立てられる)。

◆『方法序説』は,実は『屈折光学』『気象学』『幾何学』という3つの科学論文への序文として書かれたものである。しかもフランスではなくオランダのライデンにて匿名で刊行された。匿名であるのは,当時の標題紙には著者名がなかったことに由来するらしい。

◆当時の学術用語は,古代ローマ帝国の共通語であり,帝国崩壊後の中世以降も学術用語として使用されていたラテン語ではなく,「女性にもわかりやすいように」とフランス語で執筆された。当時のラテン語は,知識人が使っており,現代の英語に相当するという。バチカンでは公用語である。

◆『方法序説』は科学論文の「序文」ではあるが,一人称による自伝的な語り方になっている。岩波文庫『方法序説』を訳した谷川多佳子氏の解説によると,「一人称単数の“わたし”が,みずからの生涯を語りつつ,テクストを織り成していく完成度の高い作品となっている。当時例外的にフランス語で書かれたこの作品は,近代フランス精神のモデルを示すとさえ言われる」。

◆『方法序説』は6つの部分に分...

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