#SNS時代の医療機関サバイブ 鍵を握る広報戦略にどう向き合うべきか
鍵を握る広報戦略にどう向き合うべきか
対談・座談会 町田 詩織,岸 拓弥
2025.06.10 医学界新聞:第3574号より

病院・学会・研究機関など,あらゆる医療機関が「公式アカウント」を開設するようになり,SNSは個人の発信ツールだけでなく広報の手段としての顔も持つようになりました。集患・採用といった経営的観点からも医療機関にとっての広報活動の価値が増す今,SNS活用を含めた広報戦略を見つめ直す意義が高まっています。
総合病院の広報担当者であり『医学界新聞プラス』でSNSを用いた広報戦略に関する連載を執筆していた町田氏と学会の情報広報部会長を務める岸氏の対談を通じ,医療機関が生き残るための広報戦略の視点を探りました。
町田 私は湘南藤沢徳洲会病院のマーケティング課で,主にInstagramを活用した広報業務を担当しています。以前は製薬企業にMRとして勤務しており,縁あって2013年に現在の職場へ入職し,全く経験のない広報業務を 1から勉強しつつ担当してきました。今年の5月まで『医学界新聞プラス』で連載していた『SNSで差をつけろ! 医療機関のための「新」広報戦略』は,そうした経験の中で得たSNS運用のノウハウや考え方を解説したものです。
岸 町田さんの連載は以前から拝読していました。ネットでよく見かけるSNS運用のキラキラした成功事例の紹介とは異なり,日々の地道な運用とSNSツールの緻密な分析に基づいた実践的な内容で,非常に勉強になりました。私自身も日本循環器学会の情報広報部会長を務めており日頃からXを活用しているので,今日はお互いの知見やSNS担当者だからこその悩みなどを共有できればと思います。
医療機関が公式アカウントを持つ意義
町田 総合病院やクリニックがSNSアカウントを持つ理由は,採用と集患に大別できると考えています。私がマーケティング課に配属された2015年頃,当院では集患を目的にXとLINEを運用しており,市民公開講座などイベントの告知に活用していました。
岸 配属当初はInstagramの運用をしていなかったのですね。
町田 はい。周囲には「集患にInstagramを活用してはどうか」とよく言われたものの,当時のInstagramは今以上に若い世代向けのイメージが強く,患者のボリューム層である高齢者に訴求するには適さないと判断し,あえて使用していなかったのです。しかし,コロナ禍で看護師が不足し新たな人員確保が急務となった際,Instagramのメインユーザーと当院が求めている人材の層が重なっているのではと思い至り,採用を目的としてInstagramのアカウントを開設しました。
岸 ターゲットや目的に合わせてツールを選択するのは重要な視点だと思います。日本循環器学会は,会員あるいは本会に興味を持っている医療者の方に向けて学術集会開催期間の情報共有やガイドラインの内容などを発信しており,情報の拡散性を重視してXを主に活用しています。
町田 医療者ではない方に向けた発信は行っていないのですか。
岸 そうなんです。これは私見ですが,誰がどういうとらえ方をするかわからないXにおいては,学会が一般の方向けに医療情報を発信するのはリスクが高いと考えています。そのため日々のツイート数やフォロワー数の増減はそこまで重要視していません。SNS運用の目標達成度合いを測る定量的な指標(KPI)には,X経由で学会のWebサイトを訪れてガイドラインのページを参照した,あるいはガイドラインをダウンロードしたユーザーの数を用いています。投稿する際は患者さんを含めあらゆる方が目にする可能性を考慮して内容や文面を確認しているものの,ターゲット設定は非常に内向きに設定している形です。一方で,学会のような団体が現代社会の中で存在意義を発揮するにはWebサイトを開設するだけでは不十分であり,主体的な発信ツールであるSNSの活用は必須であるとも考えています。
SNSは魔法の道具じゃない!
岸 個人ではなく医療機関や学会が公式にSNSを始める際は,そのアカウントで「誰に何を伝え,何を実現したいのか」というコンセプトを明確にすることが大前提だと思っています。しかしSNS運用に関する相談を受けていると,その前提すら曖昧なまま運用を開始しているケースが想像以上に多いことに驚きます。
町田 目的を突き詰められていないアカウントは投稿内容にもそれが表れているように思いますし,結果にもつながっていない印象があります。他の施設がSNSをやっているから,時代的にSNSを使う流れだからとの理由でとりあえずアカウントを開設するパターンも珍しくなく,アカウントを作って満足してしまうのかもしれません。SNS運用は目的の明確化のレベルが明暗を分けると言っても過言ではないので,前提の部分をおざなりにしてしまうのはもったいない限りです。
岸 アカウントを作る前に考えるべきことは山ほどあり,目的によって使うべきツールも変わる。運用開始後はさまざまなリスクを考慮しながら継続的に投稿し,成果を出すために試行錯誤しなくてはならない……。実際に公式の立場でSNSを運用してみて痛感するところですが,SNSって,アカウントを作るだけで素敵な効果が得られる魔法の道具では全くないんですよね。
町田 本当にその通りです。運用を継続するには相当な時間と手間がかかる上に,SNS自体が別の業務を代替することはほぼありません。一般的に担当者の業務量は単純に増加します。しかし,誰でも簡単に手を出せることもあり,SNSは「手軽で効率的なもの」と思われがちなのでしょう。私が病院の広報担当としてのSNS活用に関する講演を行った際にも,「業務効率化にはならないんですね」と残念がるコメントをいただいたことがあります。確かにSNSは個人が情報の受け手側で利用する分には気軽で便利なツールです。しかしいざ発信側になると想像以上に泥臭い努力が求められ,それに見合うだけの成果を得る難易度も高いものだと認識しておくことが大切です。
「若いからSNS担当」はうまくいかない典型的なパターン
町田 医療機関がSNSを使うことが一般的になった現在も,ビジネスや医療への活用に否定的な見方は根強く存在しています。私自身,院内の協力を得られるようになるまで相当苦労しました。カジュアルなイメージが先行してしまい周囲の協力をなかなか得られず,もどかしい思いをしている担当者は多いのではと想像します。
岸 目的を持って真面目に発信していても,SNSに注力しているだけで暇人だと思われることもありますからね……。私が学会の公式アカウントを活発に動かそうと提案した際も,当時の理事会で大反対を受けました。
町田 岸先生はどうやって周囲の理解を獲得されたのですか?
岸 まずは軽い気持ちで提案しているわけではないと示すために,学術活動としてSNS運用を行うと宣言しました。どういうことかと言うと,私が広報担当になってから,日本循環器学会のSNS活動は全て論文化しているのです。またそれと関連して,先ほど述べたようなKPIをしっかり設定し,効果測定を怠らないことも約束しました。あとは注意深く運用し絶対に炎上しないように心がけること,SNS運用を通して学会員のSNSリテラシー向上を図っていくことなどもメッセージとして伝えた結果,次第に賛同を得られたと記憶しています。
町田 素晴らしいですね。お話を伺っていると,学会の理事会とのコミュニケーションに慣れていらっしゃる岸先生だからこそ,うまく運用が続いているのだろうと感じます。いざSNSを始めようとしたとき,SNSは若い人たちのツールとのイメージから若手を担当者に任命する組織が散見されますが,うまくいかない典型的なパターンだと個人的には考えています。ある程度のポジションがあったり年齢が若すぎなかったりするほうが組織内での権限もあり,他部署や上層部との連携も取りやすいので,若手を任命するよりうまく運用できる可能性が高いと思っています。
岸 それは間違いないです。ツールとしてのSNSに慣れていることと,公式アカウントの責任者として適格であることは全く次元が異なります。安易に始める組織にとっては意外な落とし穴になっているかもしれません。それこそ少しでも炎上しようものなら組織の中で孤立してしまうリスクもありますから,若手にある程度任せるとしてもベテランが責任を取れる立場にいてあげるのがベターな運用スタイルでしょう。
広報の質を持続可能にするには
岸 SNSに限らない医療機関の広報業務に関して,町田さんのお考えをぜひ伺いたいことがあります。医療機関の中で広報人材の育成は可能なのか?という問題です。広報業務の特徴として,熱意を持って一生懸命やる人がとにかく1人いないとそもそもうまくいかない反面,その人があまりにも頑張ると属人的になりすぎてしまい,他の担当者になった際の再現性が低下する側面があると感じています。この問題をどう解決していくべきかが,私自身の現在の悩みでもあります。
町田 難しい問題ですね……。個人的には,体系的な教育システムを単独施設内で作って広報人材を育成するのは現実的でないように思います。待遇の問題などもあり,そもそも広報をやりたいと思って病院の事務職に応募する方があまりいない実情もあります。私も初めは医師事務作業補助者として入職しており,広報担当者になったのは半ば偶然のところがあります。
岸 やはりそうですか。私も組織内で広報人材を育成するのは難しいと考えています。ただ他に良い方策があるかと言われると思い浮かばないのが苦しいところです。当学会の情報広報部会では医療業界の外から優秀な広報人材を引き抜いて業務の質向上を図っていますが,いつもタイミングよく人材が見つかるわけではないので,この方法も継続性には欠けると感じています。
町田 広報業務の外注,あるいは異業種からの採用は属人化や質の低下を防ぐ一定の解ではあるでしょう。また最近はAIやITツールがかなり進化しているので,それらをうまく活用していかに省力化,自動化できるかも重要だと思います。個人的な話をすると,当院の採用に関する広報業務についてはほとんど私1人で担当しており,後進に当たる方も現時点ではいないので,1人でできることを増やすためにひたすらAIを勉強しています。
岸 確かに,ツールによる自動化は今後さらにキーワードになりますね。当学会のXはもともと私が投稿をしていたものの,今後同じ投稿頻度を他の医師に引き継いでもらうのは難しいだろうと思い,AIで全て自動投稿できるように整備しました。理事会では「もし今日僕が倒れても,うちのXは続きます」と冗談交じりに伝えています。
町田 また病院に限って言えば,どこまでその施設が広報の重要性を認識していて,そこにリソースを割けるかによっても持続性の可否が大きく変わるのだと思います。院内で広報業務自体が軽視されていては協力者も得にくいですし,活動に対して周りが認めてくれる,担当者がさらに頑張る,質が上がる,という好循環が生じず広報人材が育たないままです。もちろん病院の本業は医療の提供であり,広報の優先度が相対的に低くなってしまうのは仕方ない面もあります。そういう意味では,数字で示せるような成功事例を広報担当者がなんとか1つでも生み出し,それをもとに院内で広報の価値をPRしていくことがきっかけとして必要なのかもしれません。
広報への注力こそ医療機関が生き残る道
岸 学会や病院は,つい最近までは絶対に潰れないイメージを持たれている節もあったと思います。しかし実際には簡単になくなり得る時代が来ていて,組織の運営者はより強い危機感を持って,今後どう生き残っていくかを戦略的に考えていかなければならないと感じています。その上で,医療機関の運命を決めるのは広報への注力度合いかもしれないと思うのです。患者さんや求職者,あるいは若手医師にとって魅力的と認識してもらうためのPR方法を突き詰めて考えていない施設・団体は,今後淘汰されていくでしょう。
町田 私は広報の本質は行動変容だと考えています。一般的な企業のマーケティングとは異なり医療機関にとって行動変容を起こすことがいかに難しいかを認識することが,広報に注力する第一歩です。お店でちょっとした日用品を買うのとは異なり,患者さんは自分の命を預ける気持ちで病院を選びますし,リクルートの場合も自分の人生の一部を病院に預けることになります。行動変容にかかる重さが全然違うからこそ,本気でやらないと成果は出ないことを知ってほしい気持ちがあります。
岸 その本気度が,SNS運用の明確な目的意識などにも表れるのでしょう。例えば美容系のクリニックなど自由診療がメインのところは,集患が自分たちの生存に直結しているのでSNSにものすごく力を入れていますよね。そのまま運用スタイルをまねることはできずとも,保険診療を行う病院も見習うべき点が多い気がします。
町田 SNSが広報のゲームチェンジャーになったように,今後はAIの活用がどんどん進むと思われます。すでにSNSやITツールを駆使して広報に注力している施設とそうでない施設では,差がますます開いていくことは間違いありません。
岸 町田さんと今日お話してみて,それぞれの環境は違えど,お互いの根底にある広報への考え方やマインドに一致する部分が多いと感じました。病院にしろ学会にしろ,生き残りのために鍵を握るのは広報であることを組織のマネジメント層が認識して,そこに対する投資なりサポートなりを充実させていくことが今後の課題と言えそうです。広報を頑張ることで最終的にはみんながハッピーになると信じ,先を見据えた活動を続けていきましょう。
(了)

町田 詩織(まちだ・しほり)氏 湘南藤沢徳洲会病院マーケティング課 主任
製薬会社MR,フリーランスを経て,2013年湘南藤沢徳洲会病院に入職する。マーケティング課で広報誌を担当後,21年2月に同課責任者に就任。24年4月より現職。21年6月から職員採用を目的に開始したInstagramは3年間でフォロワー数1万人超えを達成。看護師,研修医,薬剤師などの採用に成功。病院広報アワード2023SNS部門最優秀賞受賞。医療従事者向けの雑誌記事の執筆,院内外での勉強会講師,メディア施策等で幅広く活動中。
X ID:@MACHY_pr

岸 拓弥(きし・たくや)氏 国際医療福祉大学大学院医学研究科循環器内科学 教授
1997年九大医学部卒。2014年同大大学院医学研究院先端心血管治療学講座准教授,同大循環器病未来医療研究センター部門長を経て,19年国際医療福祉大福岡保健医療学部教授に就任。20年から現職。SNSを活用した医学系学会における情報発信の先駆けとして注目される日本循環器学会の情報広報部会長を務める(X ID:@JCIRC_IPR)。その他,領域および国内外を問わずさまざまな医療系学会の運営に携わる。
X ID:@tkishi_cardiol
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