医学界新聞

連載

2016.08.29


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第140回〉
感情表現としての“からだことば”

井部俊子
聖路加国際大学特任教授


前回よりつづく

 今年(2016年)で4年目を迎えた看護管理塾は,60人の参加者でスタートしている。7月のテーマは「組織感情」であった。職場において感情がどのような影響をもたらしているかを考え,「ご機嫌な職場を作る」ための方策を考えようというわけである。

 参加者は現役の看護管理者たちであるから,感情によって職場が活性化したり心地よくなることや,反対に意気消沈したり不快になってしまうという経験をしているはずであるが,グループワークなどで具体的に語られることが少ないことに私は気付いた。語られる内容は,問題解決志向になってしまうのである。感情はなぜ語られにくいのであろうか。

 昨今,スマートフォンが普及し,感情は言語ではなく,絵文字やイラスト,記号などによって表されることが多くなった。したがって,われわれは正式な言葉として感情を表すことをしなくなったのではないかと私は考えたのである。

「ことばの体力」を再考する

 1996年10月号(198号)の『広告批評』(2009年4月号で休刊)は「ことばの体力」という特集であった。今から20年前に発行された雑誌が私の本棚にあり,しかも私が正確にその場所を把握していたということは,以前にも私が“からだことば”に関心を持ったことがあるという証しである。

 特集「ことばの体力」は次のように始まる。「腹が立つ」とか「血が騒ぐ」とか「すねに傷持つ」とか,私たちの使う言葉には,たくさんの“からだ”がさまざまに入り込んでいます。“からだことば”とも呼べそうなそうした言葉が,けれど,近頃どうも減ってきている,次第に使われなくなってきている,そういう印象があります。で,かわりに台頭してきているのが感覚語,生理語とも呼べそうな言葉たち。例えば,「腹が立つ」は「頭にくる」時代を経て,いま「チョームカツク」に変貌しつつあります。(中略)この“からだことば”の衰弱ぶりを見ていると,そこには身体性を失いつつある時代そのものの空気が,微妙に映り込んでいるような気もします。

 そして,次に続く「からだことばカタログ」は圧巻である。からだの部位ごとに“からだことば”が並んでいる。全てを紹介したい衝動を抑えて,いくつかの“部位”を紹介したい。

 まず「頭」から始めよう。頭が上がらない,頭が痛い,頭が堅い,頭が切れる,頭が下がる,頭にくる,頭を現す,頭を押さえる,頭を抱える,頭をしばる,頭を悩ます,頭をひねる,頭を冷やす,頭を丸める,頭をもたげる。次は「髪」。後ろ髪を引かれる,髪を下ろす,危機一髪。

 “からだことば”が多いのは「目」である。痛い目に遭う,一目置く,大目玉をくう,人目をはばかる,目が合う,目がある,目がいい,目顔で知らせる,目が利く,目がくらむ,目が肥える,目が覚める,目頭が熱くなる,目頭を押さえる,目が据わる,目が高い,目が出る,目角が強い,目が届く,目が飛び出る,目がない,目が離せない,目が細くなる,目が回る,目からうろこが落ちる,目から鼻へ抜ける,目から火が出る,目くじらを立てる,目くそが鼻くそを笑う,目先を変える,目尻を上げる,目尻を下げる,目で殺す,目で知らせる,目に余る,目に入れても痛くない,目に浮かぶ,目に掛ける,目に角を立てる,目に染みる,目につく,目に入る,目に触れる,目に見える,目に物言わす,目の色を変える,目の黒いうち,目の覚めるよう,目のつけどころ,目の前が暗くなる,目端を利かす,目鼻がつく,目星をつける,目も当てられない,目もくれない,目を疑う,目を奪う,目を掛ける,目をかすめる,目をくぐる,目を配る,目をくらます,目を肥やす,目を凝らす,目を覚ます,目を皿にする,目を三角にする,目を白黒させる,目を据える,目をそばめる,目を背ける,目をそらす,目を出す,目をつける,目をつぶる,目を盗む,目をはばかる,目を光らす,目を引く,目を細くする,目を丸くする,目を回す,目を見張る,目をむく,目を向ける,目を喜ばす。

 「腸」もある。断腸の思い,はらわたが腐る,はらわたが千切れる,はらわたが煮えくり返る,はらわたに染みる,はらわたを着る,はらわたを断つ,など激情型である。

どのような組織感情が論理の底にうごめいているのか

 「断腸の思い」とは,「はらわたがちぎれるほどの深い悲しみ」をいうのが正解である。広告学校の生徒有志(n=101)の57.7%が正解であったが,盲腸かもしれないという恐怖,おなかがいっぱい,内臓の手術をすることを決めたときのような決死の覚悟のことなどといった珍答もあった。

 「目に角を立てる」は正解率が9.9%と低い。正解は,「怒りを含んだ鋭い目つきをする」という意味であるが,チェックが厳しい,見えているけれど見えなかったことにする,警戒する,反抗する,嫌みを言うなどの珍答があったという。

 現場リーダーは,論理の底にうごめく組織感情に日々立ち向かっている。感情のマネジメントが重要であるとされる一方で,そもそもどのような感情がうごめいているのかを特定しなければ感情を扱うことができない。感情の言語表現の手段として,「そうだ,“からだことば”だ」と思った次第である。

つづく

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