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『緩和ケア・コミュニケーションのエビデンス――ああいうとこういうはなぜ違うのか?』より

連載 森田 達也

2021.11.05

 

同じ内容を伝えるのであっても,緩和ケアの臨床家がコミュニケーションにひと工夫を加えることで,患者さんにいい影響を与えることができます。緩和ケアの実践に関する多くの著作を持つ森田達也氏による『緩和ケア・コミュニケーションのエビデンス――ああいうとこういうはなぜ違うのか?』は,臨床家が押さえるべき話し方のコツをまとめた一冊です。医学界新聞プラスでは,臨床家がしばしば出合う3つの場面を通じて患者さんに有効なコミュニケーションの方法を紹介します。

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使える抗がん剤が尽きてきた時,「もう抗がん治療はできません」と率直に言うべきか,今は確かになくても可能性はあるといえばあるのだから,「元気になったらまた治療は再開できます」と言うべきか――あなたはどちらがいいと思う派ですか?

エビデンスを覗いてみよう

 MD Anderson Cancer Centerのがん患者100名を対象とした,ビデオを見る心理実験が行われました(表11)。抗がん治療がこれ以上できないことを伝える場面が想定されており,片群では「もう治療はできません」(今後とも治療はできない)ことを伝え,これをpessimistic messageとしました。片群では,「今は治療できないから中止する。けれど,元気になったらまた治療は再開できます」ということを伝え,これをoptimistic messageとしました。

 アウトカムは,この手の研究でよく使われるPhysician Compassion Scaleを使用して医師が共感的かどうかを評価しています。あわせて,いずれがいいか,医師を信頼できるか(trustworthy)と,医師の能力があると思われるか(able)を聞いています。

 結果ですが,「元気になったらまた治療は再開できます」のほうが医師は共感的であるとみなされ,患者に好まれ,信頼もでき,能力があるとされました。

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表1 抗がん治療ができない時の医師の伝え方

尺度なのでわかりにくいですが,「元気になったらまた治療は再開できます」といった医師のほうが,Physician Compassion Scaleが高得点,患者さんが信頼できる,能力があるという評価も高得点,という結果です。

 率直に抗がん治療ができない(もうよくならない)ことを伝えることと,医師に対する評価の複雑な関係は実証研究でも示されています2)。治癒できないがん患者1,193名が登録されて前向きに観察されたCanCORSというコホート研究では,肺がん患者の69%,大腸がん患者の81%が抗がん治療も目的が治癒でないことを理解していませんでした(図1)。興味深かったことは,「治療の目的は治癒ではないことを認識している」患者では,医師とのコミュニケーションがよくないと評価していました3)。これを受けてこの論文の結論では,「医師は患者の病状理解をよくすることはできるが,そのせいで患者と医師の関係は悪くなるかもしれない(Physicians may be able to improve patients' understanding, but this may come at the cost of patients' satisfaction with them)としており,要するに,「治らない」とはっきり言って,患者さんの病識はよくなるかもしれないけれど,「このお医者さん,いやだ」となるのではないかといった意味です。

 類似の研究は日本でも予備的ですがいくつか行われていますが,アメリカほど「治る!!」と思っている患者は多くないようです。例えば,東北大学の腫瘍内科で行われた研究では,治ると思っている患者は33%で4),未発表ですが筆者の知っている他の研究でも似た数値になっています。

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図1 米国のCanCORS研究で「治る」と誤解している患者の割合

臨床の場面で考えてみる

 実際に筆者が抗がん治療の終了を自分で話すことはないのですが,似た状況として,「ホスピス病棟への転科」の時に,「よくなったらまた抗がん剤もできますか?」といった質問をされることがあります。ホスピスに紹介されて待っている患者さんを緩和ケアチームのほうでもみていると,「ホスピスに行くのは今一番いいと思うんだけど,もしも具合がよくなったらまたこっちに戻ってこれるの?」と聞かれることがあります。筆者の答えは,「もちろん!」です。

例えば…

「もちろん,今の体調の悪化が一時的なもので,具合がよくなったらその時点で化学療法を再開するかしないかの相談を呼吸器科の〇〇先生と相談して,治療する場合は戻りますよ。化学療法をしない,っていうのは,緩和ケア病棟に行くからしないのではなくて,全身の調子が悪いからしない,ということですから,調子がよくなれば再開する適応になってきます。実際にそういう方も,正直多くはないですが,確かにいらっしゃいますからねぇ」(比較的明るい調子で)

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 実際,数は少ないですが,ホスピスに転棟した後病状がよくなってまた治療に戻る人はいらっしゃいますし,「うそ」でもありません。昨年,ある友人から「子どもががんで治療方法がなくなったので緩和ケア病棟を探すように言われたけど,どこか知ってるか?」という連絡がきました。その地域は筆者の地元ではありませんでしたが,よく知っている先生のいる地域でしたし,お子さん(ということは年齢は相当に若い方です)のことなので,知っている先生に橋渡ししました。皮肉なことに,というかなんというか,某がん治療の有名病院にいる時はどんどん病状は悪くなっていったようですが,小規模だけど丁寧にみてくれるホスピス病棟に移った後のほうが患者さんの状態は日に日に回復し,食事もとれ,動けるようになって,またがん治療を行う病院に戻って抗がん治療を始めました。頻度は多くはありませんが,よくあることといえばよくあることでもあります。抗がん治療のダメージが取れてくるという時間の経過と,支持療法というか補液や感染症の治療,輸血などの通常の「元気になるための」内科治療を行って,家族や友人と過ごせる時間をたっぷりとった人間の治癒力のたまものです。

 抗がん治療に限らず,未来にわたって確実にできないということは相当の時期でないと予測することはできないはずで,可能性が理論上ある限り,少なくとも可能性はあるということが患者さんの希望にもなるし,医学的にも正しいと思います。false hope(偽りの希望)という言葉もあり,いたずらに希望だけを強くして,最終的ながっかりを増やすことは罪ではありますが,希望と準備のバランスという点から,将来が変わることの希望を伝えることは,筆者は悪くないと思います。

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まとめ

「もし回復したら…」は実際に生じることであり,準備と並行して行われる場合には,希望として患者さんの全体的な健康によい影響を与えうる場合が多いと思います。

1)Tanco K, Rhondali W, Perez-Cruz P, et al.: Patient perception of physician compassion after a more optimistic vs a less optimistic message: a randomized clinical trial. JAMA Oncol, 1(2):176-83, 2015.
2)Weeks JC , Catalano PJ, Cronin A, et al.: Patients' Expectations About Effects of Chemotherapy for Advanced Cancer. N Engl J Med, 367(17):1616-25, 2012.
3)Oishi T, Sato K, Morita T, et al.: Patient perceptions of curability and physician-reported disclosures of incurability in Japanese patients with unresectable/recurrent cancer: a cross-sectional survey. Jpn J Clin Oncol, 48(10):913-9, 2018.
4)Oishi T, Sato K, Morita T, et al.: Patient perceptions of curability and physician-reported disclosures of incurability in Japanese patients with unresectable/recurrent cancer: a cross-sectional survey. Jpn J Clin Oncol, 48(10):913-9, 2018.

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<内容紹介>「20%効果がある」「80%効果がない」──言い方によって患者の判断が変わる? 立って話すか、座って話すかで、与える印象が変わる? 臨床で出合うちょっと不思議な現象や、どうにもうまくいかない場面。その背景にあるのは、人間の心の特性や、個々人が培ってきた価値観の違いかもしれない。緩和ケアだけでなく、心理学、行動経済学の領域で蓄積されたエビデンスが、臨床での困りごとを解決するヒントを与えてくれる!

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