医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

連載 大浦 誠

2021.10.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3440号より

50歳女性。夫と長男夫婦と孫1人の5人暮らし。職場の健康診断で高血圧と高血糖を指摘されていたが,最近,孫が産まれて育児を頼まれたり,職場の異動で新たに仕事を覚え直さなくてはいけなくなったりでなかなか受診できずにいた。ある日の夕方より肩から後頸部にかけて鈍痛を自覚した。もともとひどい肩こりで,たまに同様の痛みを経験したこともある。孫守りでおんぶをしている時に首を痛めたのかと考え,湿布薬を薬局に買いに行ったところ,総合病院への受診を勧められた。救急外来を受診したところ,研修医から「突然発症であればくも膜下出血かもしれないので,念のために頭部単純CTを撮りましょう」と言われ,せっかく病院に来たのだからと検査を承諾した。結局明らかな出血は見られなかったので湿布をもらえるかと思ったら,「それでも可能性は否定できないので次は髄液検査をしましょう」と提案された。検査内容を聞いて怖くなり,「湿布を貼って様子を見ます」と伝えたところ,医師からは「発症から6時間経過している場合は,頭部単純CTで出血が見られなくてもくも膜下出血を除外したとは言えませんので1)……」と言われ,全く話が噛み合わない状態であった。※本連載第6回のCASEの20年前の症例です。

 今回のテーマは不確実性への対処法です。「本連載第16回で複雑性が高いパターンを紹介したのでは?」と思う読者もいるでしょう。しかし,そこでも言及したように,不確実性(uncertainty)と複雑性(comlexity)は似ていますが,意味は異なります。

 今回は,多様な複数の因子が絡み合う「複雑性」ではなく,一つの因子でも予測が困難である「不確実性」にどう向き合うのかというアプローチを紹介します。今回のCASEは医学的プロブレムがないので「マルモではないのでは?」との声も聞こえてきそうですが,プロブレムが少なくてもマルモのアプローチができるということを実感してもらえればと思います。

 みなさんも,今回のCASEのように「可能性は低いが除外目的で念のために検査をした」経験はあるでしょう。当然ながら,検査をするかどうかは疾患の緊急性や診療の環境など,ケースバイケースです。特に救急当直などでは致命的な疾患を除外する行為は当たり前のように行われていると思います。では,もしこれが離島の診療所ならどうでしょうか? 検査をするにも,ヘリコプターで島外の病院まで搬送せねばならない場合もありますね。

 緊急性が高い状況であれば,空振り覚悟で迅速に判断すべきです。しかし,検査前確率が低い場合や,患者さんが検査に同意していない場合など,様子を見るべきか迷うこともあるでしょう。このような「何をしたらいいのかわからない」状況こそが,不確実性が高いパターンなのです。

 Marshall Marinkerは1994年に英国家庭医療学会(RCGP)における講演で,「専門医は不確実性を減らし,万が一にも起きるかもしれないこと(possibility)を探り,失敗(error)をなくそうとする。家庭医は不確実性を受け入れ,起こりそうなこと(probability)を探り,危険(danger)を除外しようとする」と述べています2)

 プライマリ・ケアにおける危険の除外は「くも膜下出血かもしれないから念のために頭部単純CTと腰椎穿刺をしておこう」というものではありません。「症状発現の6時間後に頭部CT陰性の場合は腰椎穿刺をすべき」3)である一方,「ルーチンですべきではない」との論文4)もあり,低リスク患者への腰椎穿刺は利益よりも害が勝るとされています。少しでもヒントになる他の所見はないかを注意深く検討し,フォローアップやセーフティネットをどうするかを考え,万が一にも起きるかもしれないこと(possibility)と起こりそうなこと(probability)を区別し,リスクを理解することが,不確実性を受け入れることなのです。言い換えると,「正しく恐れる」ということなのかもしれません。

 ロシアのことわざに「信頼せよ,されど検証せよ」という言葉があります。今回のCASEのように,「首の痛みは孫の世話をしていたから」と患者さんが思っているのであれば,まずその考えを信頼することが重要です。

 とはいえ,この痛みが突然発症の頭痛だったらどうでしょう。いくら患者さんが違うと言っても,くも膜下出血でないことを検査で確認するでしょう。患者さんの訴えを信頼しつつも,必要な検査は行う。これも確かに「信頼せよ,されど検証せよ」と言っていいかもしれません。

 では緊急かどうか判断が難しい場合はどうでしょう? 実は不確実性の高い場合においては「少しでも早い診断が重要なのではなく,早過ぎず遅過ぎないタイミングで危険を察知する」力が大事なのです。例えば今回のCASEの後頸部痛に対して鎮痛薬を処方し,「様子を見て,痛みが徐々に悪化してきたらすぐに検査しましょう」と提案するとします。痛みがなくなれば,検査は不要になるかもしれません。また,痛みが悪化した時の適切なセーフティーネットとして,専門医への連絡や検査の準備をしておけば,過剰検査や疾患の見逃しもなくなるでしょう。いわば「信頼せよ,そして今すぐ検証すべきか考えよ」と言えるかもしれません。診断したくなる気持ちをぐっと我慢して,不確実なまま「中腰」で耐えることが重要なのです5)

 不確実なことは日常診療にあふれています。いわゆる不定愁訴と呼ばれる症状や非典型的な症状,そもそもまれな疾患などは確実な診断は困難です。「どうやったらもっと早く診断できたのか」という省察によって診断能力を高めることはもちろん,「どうしてこんなに早く介入してしまったのだろう」という視点で振り返ることも重要です。

 誤解のないように強調しますが,診断・治療の医学的アプローチに意味がないわけではありません。医学を学び診断エラーを少なくするための自己研鑽は必要ですし,診断名が付いたほうが患者さんも安心する場合があります。ただし,診断力を向上させると同時に,不確実性と向き合い,「この患者さんに診断名を付けることに本当に意味はあるのか」という視点も持つべきではないでしょうか。

 患者が腰椎穿刺に対して不安を感じている様子に指導医が気付き,患者の意向を再度確認した。怖い病気をちらつかせて不安な思いをさせてしまったことを謝罪した上で,患者の心配通り,孫守りの影響で後頸部の痛みが出たかもしれないことを説明した。くも膜下出血の可能性は低いので,ひとまず局所NSAIDsで経過を見ながら,急激な状態変化がないかを自宅にて観察してもらうこととなった。安心した表情になったのを確認してから,四則演算のアプローチを行った。

【足し算】局所NSAIDsを処方し,安静を勧めた。痛みが落ち着いてからも後頸部への負荷を避けるため,孫の世話で無理をしないようにお願いした。痛みの原因は,孫の世話だけでなく,職場の環境変化も関与しているかもしれないと考察。仕事内容がデスクワークになったことに対する労働環境の評価も行ったところ,パソコン画面を見る姿勢が悪く,首に負担がかかっているようであった。持病もあるため,家庭血圧の測定や高血糖の精査も痛みが落ち着いたら行うことにした。

【引き算】除外のための頭部単純CTが本来は必要だったのかを指導医と研修医で話し合った。突然発症というキーワードからCTを実施したが,患者は痛みが起こった瞬間を具体的エピソードで説明できるわけではなく,患者とよく相談した上で,今すぐにCTを実施せず経過を見ることを提案しても良かったかもしれないと考えた。

【掛け算】仕事も育児も無理をせず休みながら行うことを推奨し,実際に1週間心掛けているうちに後頸部の痛みは消退した。家庭血圧も自然と改善。仕事に対するストレスも関与していたのではないかと推定した。

【割り算】高血圧と高血糖は生活習慣が関係するパターンであるため,体重のコントロールは重要である。仕事や育児のストレスで過食になっていないか,体重が増加していないかを確認すれば,プロブレムをまとめて解消できるかもしれない。また,後頸部への負担が仕事や育児とかかわっているのであれば,職場や自宅の環境を見直すだけで環境因子の問題に置き換わるかもしれない。

・不確実性(uncertainty)と複雑性(comlexity)は似ているが,意味が異なる。
・不確実な状況とは「何をしたらいいのかわからない」状況のことである。
・不確実性に対しては,万が一にも起きるかもしれないこと(possibility)と起こりそうなこと(probability)を区別し,リスクを理解するアプローチが重要である。
・不確実なものには,セーフティネットを設けて「中腰」で耐えよう。


1)BMJ. 2011[PMID:21768192]
2)Avril Danczak,et al. Mapping uncertainty in medicne:What to do when you don’t know what to do?. RCGP;2016. pp37.
3)Ann Emerg Med. 2021[PMID:34030776]
4)Ann Emerg Med. 2021[PMID:34030777]
5)内田樹,春日武彦.中腰で待つ援助論――時が流れ出し,ケアがはじまる.週刊医学界新聞第2613号.2004年.

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