ケースで学ぶマルチモビディティ
[第20回] マルモのトライアングルを使ってカンファレンスをしてみよう
連載 大浦 誠
2021.11.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3444号より
CASE
集合住宅に一人暮らしをしている生活保護受給中の65歳男性。高血圧,COPD,アルコール依存症,肝硬変,食道静脈瘤破裂の既往あり。現在はどこにも通院歴はない。妻と子ども2人がいたが,DVが原因で現在は別居中であった。その後知り合った男性パートナーがたまに家に訪れてお酒を買ってきてくれるが,生活のサポートは受けていないようであった。
【受診理由】2日前からパートナーとの会話が噛み合わなくなり,急激に記憶力が低下したため,救急外来を受診された。ウェルニッケ脳症の診断で入院となり,ビタミンB1の補充を行う。認知機能の改善を認めたが,今後の生活をどうすべきか悩ましい状況であった。*本連載第16回のCASEの再掲です。
連載もあと5回となり終盤に差し掛かりました。あれこれ紹介しましたが,「実際にはどうやって院内で情報共有すればいいのか」という実践面でお困りの方もいらっしゃると思います。これまで紹介した内容をもとに難解な症例を可視化する方法として,「マルモのトライアングル」を今回は紹介します。
マルモのトライアングルは複雑事例介入を「見える化」できる
これまでの連載で,「マルモのプロブレムリスト」「マルモのバランスモデル」「マルモの四則演算」を紹介しました。プロブレムリストで問題点を網羅的に確認し,羅列したプロブレムをバランスモデルを用いてバランスよく整理し,ちょうどよい介入方法を四則演算で考えるというプロセスです。
これらを統合し「見える化」したものが「マルモのトライアングル」です(図)。図中の項目を順に埋めていけば,複雑に見えるマルモに対しても,まず何をすべきかが見えてくるでしょう。
マルモのプロブレムリストはパターン認 識に落とし込むのに有用である
複数の医学的プロブレムやポリファーマシー,社会的問題を1つにまとめたのが「マルモのプロブレムリスト」(本連載第4回)でした。皆さんが普段書いているプロブレムリストの疾患をマルモパターンに分けて並べてみると,数が多いマルモパターンが見えてきます。これはマルモのレベルを測定する尺度に疾患数が採用されていることが多く,疾患数がQOLや死亡率とも相関しているという研究1)もあることから,「まず疾患数の多いパターンを押さえてプロブレムをまとめられないか」と初めに考えます。とはいえ,疾患数は少なくても,重症度の重み付けが高い場合があります。そこで,生命にかかわる疾患はないか,ADLにかかわる疾患はないかという視点で考えることも重要です。
ポリファーマシーの各項目を埋めていくことで,注意すべき薬剤をピックアップできます。単純に数を減らすのではなく,「不要かもしれない薬」を可視化することが可能になります。社会的問題はまとめられることが多いので,全体像を把握することで,「何が根本の問題なのか」が見えてきます。この段階ではどうアプローチするかは考えずに,ただ列挙するのみです。
「患者さんに何を追加すべきか,何を減らすべきか」をバランスモデルで考える
バランスモデルは本連載第2回で十分説明したので,今回はポイントだけ説明します。
患者さんのできそうなこと(Capacity)を増やして,治療負担(Treatment Burden)になっていることを減らします。列挙したプロブレムリストを見ながら,「Capacityは増やす余地があるのか」「Treatment Burdenは何が減らせるのか」と考えてみましょう。ここでも実際にどうアプローチするのかではなく,「サポートが少ないな」とか「ポリドクターだな」「ポリアドバイスだな」といった感想を持つだけでも良いでしょう。次の四則演算をする際に,この感想が活きてきます。
四則演算の理想は「多職種で考えること」
四則演算も,詳細な説明は割愛します(本連載第5回参照)。実際には割り算を先に行い,「本当にそれが問題だったのか」という整理が大事です。例えば,マルモパターンで疾患群をまとめることも割り算のアプローチですし,社会的問題も根源となる問題があればまとめることも可能かもしれません。
次に,足し算でたくさんの介入方法を挙げた後,引き算をしていきます。「余計なことをしていないか」という視点でこれまでの介入を減らすことも有効です。そして「残った介入をまとめて一つにできないか」という視点が掛け算です。
ちなみに四則演算は,医師一人で考えていると思考の癖が出てきて似たような介入しか出てこなくなります。多くの仲間で「自分ならこうする」と話し合ったり,専門職同士で意見を交換し合ったりしながら,介入方法を考えるのが理想的です。カンファレンスを通じてさまざまな介入方法を思い浮かべることが,個別性の高いマルモの介入を学ぶ上でも有用です。ぜひカンファレンスでご活用ください(マルモのトライアングルを軸にしたカンファレンスを,希望者を募って行いたいと考えています。興味のある方はご連絡ください)。
実際のアプローチ
マルモのトライアングルを用いて,以下の手順でカンファレンスを行った。
STEP1 マルモのプロブレムリスト……プロブレムを網羅的に確認する
①どのパターンが多いか→神経/精神科
②生命にかかわる疾患はないか→肝硬変
③ ADLにかかわる疾患はないか→ウェルニッケ脳症
④不要な薬剤は中止できないか→なし
⑤社会的問題はあるのか→多数
STEP2 マルモのバランスモデル……羅列したプロブレムをバランスよく整理する
【治療負担】なし(投薬,精神科専門医の介入の余地あり)
【患者の能力】健康観が不明,同性パートナー,アルコール依存症
【意思決定ジレンマ】健康観をどのように聴取するか,パートナーは味方?
STEP3 マルモの四則演算……ちょうどよい介入法を決める
【足し算】降圧と断酒が最優先。禁煙もお勧めするとポリアドバイスになるか。精神科とも相談する。
【引き算】禁煙指導はポリアドバイスになりそう。
【掛け算】男性パートナーに健康管理をお願いし,お酒ではなく他の好物を提供する。
【割り算】パートナーが生活保護の受給金に手を付けないように監視すれば,お酒を買わずに他のことにお金を回せる。介護保険申請を組み合わせれば,自宅の清掃目的でヘルパーの導入や訪問看護の導入は可能になる。
POINT
・マルモのトライアングルの考え方は,複雑事例介入の「見える化」に役立つ。
・マルモパターンに疾患を当てはめると,特に介入すべき問題が見えやすい。
・バランスモデルを作成すると,介入する前の大まかな方針ができる。
・四則演算は多職種で相談すると,いろいろなアイデアが生まれる。
参考文献
1)BMJ OPEN. 2021[PMID:33952533]
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