医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

VUCAな問題をcynefinフレームワークで考える

連載 大浦 誠

2021.07.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3428号より

集合住宅に一人暮らしをしている生活保護受給中の65歳男性。高血圧,COPD,アルコール依存症,肝硬変,食道静脈瘤破裂の既往あり。現在はどこにも通院歴はない。妻と子ども2人がいたが,DVが原因で現在は別居中であった。その後知り合った男性パートナーがたまに家に訪れてお酒を買ってきてくれるが,生活のサポートは受けていないようであった。

【受診理由】2日前からパートナーとの会話が噛み合わなくなり,急激に記憶力が低下したため,救急外来を受診された。ウェルニッケ脳症の診断で入院となり,ビタミンB1の補充を行う。認知機能の改善を認めたが,今後の生活をどうすべきか悩ましい状況であった。

 今回のテーマは複雑性の高いパターンです。皆さんはこのような方を見たらどのようにアプローチするでしょうか? 家族やパートナーの情報収集でしょうか? アルコール依存症や精神疾患の介入でしょうか? 通院はなぜ中断になり,いつから治療を受けていないのでしょうか? それとも今後不幸な顛末になることに対して不安に感じるでしょうか? このような答えの見えにくい事例に陰性感情を抱くかもしれません。一方で,単に寄り添っているだけでは解決には向かいません。現時点で知られているアプローチをご紹介します。

 皆さまはVUCA(ブーカ)という言葉をご存じでしょうか。Volatility(変動性),Uncertainty(不確実性),Complexity(複雑性),Ambiguity(曖昧性)の4つの概念を並べたものです。予測不能な状態を表す言葉として1990年代に軍事領域で生まれ,やがてビジネス領域で浸透しています。

 「変動性」とは状況の変化が予測不能という意味で,医療においては先進医療や治療のエビデンスの進歩などがあるでしょう。「不確実性」は災害や社会情勢の変化のように予測が困難であることで,医学ならばガイドライン通りにはいかない予測困難な状況が良い例です。「複雑性」は多元性(要素の数)・相互依存性(関連し合う)・多様性(要素の種類)の3つの決定要因によるもので,医療においては各疾患の絡み合い,個人の性格や文化,社会的状況(貧困・居住・保険・家族状況),高齢化など本連載でこれまで扱ったものの関係性を表します。最後の「曖昧性」とは,変動性・不確実性・複雑性の3つの要素が絡み合い,1つ課題を解決しても次の課題が顕在化し,最適解をみつけることが非常に難しい状態です。

 不確実であることと複雑であることは似ていますが,厳密には区別されます。不確実とはそれが起こる確率がわからないものであり,医療における不確実さは,情報を集めれば予測ができるもの(技術的不確実性)と,情報をいくら集めても予測できないものがあります。例えば患者や医師の感情の影響で予測ができないこと(人的不確実性)もありますし,過去の経験が全く当てはまらないこと(概念的不確実性)もあるでしょう。このような場合は,多くの情報を集めても不確実性が改善するわけではありません1)

 一方で複雑とは,起こる確率の話ではなく,多くの因子の関係性の問題です。不確実と複雑,それぞれの視点に分けて考えると,問題点が見えてくるかもしれません。

 複雑な状況でも何らかの意思決定を起こすために経営領域で考案されたcynefin(クネビン)フレームワークを紹介します。これは,直面する状況をのように分類する考え方です2)

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 Cynefinフレームワーク(文献2より)
黒色の丸は解くべき問題,緑色のひし形は解決策。問題間の点線は依存関係を無視できるか不明な状態。問題と解の関係は,直線が明らかあるいは導出可能。点線は解が不明。

 問題と答えが明確なsimpleな問題,因果関係は明確なものの複数の因子が込み入っているcomplicatedな問題,複数の因子に因果関係があるのか,おそらく最後までわからないcomplexな問題,制御できそうな問題はなく変化・混乱し続けるchaosな問題に分けて考えます。

 それぞれのレベルで対応が異なります。Complicatedな問題は複数の視点で問題を把握し分析を行い,因果関係をひもときつつ介入の突破口を見つけることができます(このことをknowableと表現することもあります)。Complexな問題には,前回紹介したシステム理論の考え方が役立ちます。因果関係論ではなく1つの介入がさざ波のように全体に及ぼす可能性を考え,まず全体を調査・把握し,変化に一つひとつ対応します。時には現在のバランスをあえて揺さぶるような介入点をずらした対応(例えば,担当者を変える,特定のプロブレムにあえて触れないなど)をしたり,そもそも介入を止めてみて,現在のシステムがどう変化するのか,一つの答えを変えるのではなく,全体にどう影響したかを自問自答したりする介入が有効かもしれません(このことをunknowableと表現することもあります)。Chaosなレベルになると,問題をひとまず沈静化させるために比較的安全そうな何らかのアクションを起こしていくうちに,complexな状態に移行させるのが理想的です。

 ただし,複雑な状況へのアプローチの前に,本当に患者側が不確実で複雑なのか,医師側に問題はないのかという点を省みるようにしたいものです。つまり,複雑な患者さんと思っていたが,見る人が見ればなんてことはなく,「医師側の頭の中が複雑だった」ということもあるので確認が必要です。

 不確実なものに対峙した時に,不安を感じたり,悪い結末を懸念したり,不確実性を患者に開示することに抵抗を感じ,過剰な入院や検査を行ったり,精神疾患・老年病・慢性疼痛などに陰性感情を抱いたりすることがあります。エビデンスにも不確実性があることを認め,変化する優先順位や状況に暫定的に対応することが重要です。ややchaosな状態からcomplexに移行する経験をすることで成長を実感できるようになりますので,一例ずつ経験を積み重ねていきましょう。

 本事例は医学的問題や家族の問題は複数あるものの因果関係が明確であり,既に生活保護を受給されていることからcomplicatedな状態であった。医療・介護・福祉スタッフが介入することさえ可能になれば,医学的介入を行いながら,飲酒についても対話を続けられるであろうと考えた。Complexになりそうな要因として男性パートナーが患者との関係をどう考えているかが推定できなかったが,今回の入院を機に現在のパートナーとよく話し合うことで,飲酒の促しは止めていただけることとなった。自宅の衛生環境も悪いためケアスタッフの協力で清掃を行い,介護保険申請により独居生活を維持することができそうである。おそらく今後もアルコール依存症の問題は予測の立ちにくい不確実な状況であるが,問題点を一つひとつ整理しながら,飲酒に対する想いを確認していく予定である。

・予測不能な状況は変動性,不確実性,複雑性,曖昧性に分けられる。
・不確実で複雑なものには秩序のあるcomplicatedなものと,秩序のないcomplexなものがある。
・複雑な要素をリスト化し,組織的な集合体として理解し,1つの介入が全体に影響することを理解する。
・対話や議論を重ねて安全そうな直感的判断を試し,1つの問題の解決にこだわらず,全体にどう影響したのかを確認しよう。
・Chaosな事例は安定化というよりもいかにcomplexな状態に移行させるかが大事。
・本当に患者側が不確実で複雑なのか,医師側に問題はないのかというところを問い直すことも忘れずに。


1)Med Educ. 2002[PMID:11879511]
2)Harvard Business Review. A Leader's Framework for Decision Making. 2007.

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