医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

連載 大浦 誠

2021.09.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3436号より

70歳男性。72歳の妻と2人暮らし。息子(45歳)夫婦は近所に在住。脳血管性認知症,高血圧,2型糖尿病,脂質異常症,慢性腎臓病,下肢閉塞性動脈硬化症で一般内科,変形性膝関節症,腰部脊柱管狭窄症で整形外科,限局性前立腺がん術後の過活動膀胱で泌尿器科に通院中。妻も複数の診療科に通院をしている。

【既往症】60歳でラクナ梗塞,63歳で下肢閉塞性動脈硬化症,65歳で転倒による腰椎圧迫骨折,67歳で限局性前立腺がん手術。【嗜好歴】飲酒:日本酒1合/日,喫煙:40本×40年,60歳から禁煙。【処方薬】神経内科でペリンドプリル,シロスタゾール,サルポグレラート,メトホルミン,アトルバスタチン。整形外科でセレコキシブ,ロキソニンテープ,プレガバリン。泌尿器科でミラベグロン,コハク酸ソリフェナシン。【サービス】要介護1,デイサービス週3回利用。【受診理由】2週間前からふらつきと膝の痛みが気になり整形外科を受診したところ,泌尿器科の薬剤の影響を疑われ,セレコキシブを追加しつつ泌尿器科を受診するよう指示された。翌日には膝の痛みは落ち着いたが,ふらつきが見られたため指示通り泌尿器科を受診すると,脳梗塞の影響ではないかと言われたため当院を受診された。

本連載第15回のCASEの夫の症例です。

 今回のテーマはポリドクターです。この言葉はポリファーマシーと並んで使われることが多いですが,マルモのバランスモデル(連載第3回)では,治療負担(Treatment burden)の要因として「分断された専門家診療」と紹介しています。つまり,通院している診療科が多く負担になることだけが問題なのではなく,主治医間の情報共有ができていなかったり,主治医機能を果たして情報を整理できる医師がいなかったりすることが問題なのです。

 このテーマは地域の医療事情や症例の複雑さによって対応が異なるため,「通院の負担になるから主治医をまとめればいい」「通院する診療科が多いと負担になって駄目だ」という杓子定規な話ではありません。「うまく連携を取って交通整理できるようにアプローチしましょう」というのが本稿の主旨です。言うは易く行うは難し,です。ポリドクターになりやすい現状を踏まえて,実際に陥りがちなポイントを解説します。

 皆さんは「医師誘発需要仮説」という言葉をご存じでしょうか。地域当たりの医師数が増えると医師間の競争が激しくなり,医師の所得の減少が起こります。すると医師は所得の減少を食い止めるため,患者に密度の濃い診療を行い,結果的に患者1人当たりの医療費が増えてしまいます。一般的な市場では供給が増えると市場価格は低下するのですが,医療サービスの市場では地域当たりの医師数(供給者)が増加すると,患者1人当たり医療費も増加する現象を説明する仮説として知られています1)

 これは医師だけに原因があるわけではありません。医療へのアクセスが良くなることで受診の機会が増える「供給者誘発需要仮説」が影響しているのではないかと言われていたり,診療報酬の支払い方式として出来高払い制が主であることが問題なのではないかという意見があったりします。通常,医療機関を受診するかどうかは,患者の健康状態や所得,そして医療の利用しやすさ(availability)によって決まります。地域に医師が増え,患者がフリーアクセスで医療機関に受診ができ,診療行為が医師の裁量で決まるという現状がある限り,ポリドクターが起こるのはごく自然なことなのです。

 本邦の研究では,医師密度が高くなると高血圧と糖尿病において医療費が増加する傾向がみられました2)。具体的には,人口1000人当たりの医師数が多い地域と少ない地域では,高血圧患者1人当たりの4か月の外来医療費で7000円,糖尿病では8000円も外来医療費に差があります。この要因は患者の年齢や併存症数だけでは説明できず,医師密度の高い地域のほうが受診間隔が短くなることがわかりました。また,血圧や血糖コントロールは受診間隔と関連しないこともわかっているため,ポリドクターになり得る地域では,本来ならば必要がない医療が起きやすい環境なのかもしれません。

 一方で,受診の機会がシンプルな医療モデルでポリドクターになりにくそうな地域(沖縄県の離島)での受診理由や新規健康問題,慢性健康問題の内訳をプライマリ・ケア国際分類第2版(ICPC-2)で分析した研究では,呼吸器,皮膚,筋骨格の問題の順に受診が多く,高齢者の慢性健康問題では高血圧,脂質異常症,2型糖尿病,変形性膝関節症,気管支喘息など,これまでに本連載で取り上げた代表的な慢性疾患が幅広くリストアップされています3)

 プライマリ・ケア機能を果たせる診療所でマルモのアプローチができるのであれば,地域に医療機関が少ないほうが,ポリドクターにならずに済むのかもしれません。

 米国でも,医療費の無駄な支出として病院の頻回な利用やプライマリ・ケアの頻回受診,画像検査や処置の過剰利用などが全体の約30%を占めているとされています。その是正としては,Nurse Practitioner(NP)やPhysician Assistant(PA)など医師以外の医療職によるケアの拡大,ケアの統合,費用対効果を考慮した予防医療,診療報酬制度の改革,エビデンスに基づいた診療,医療の透明性の確保などが必要と指摘されています4)

 医師として大切なのは,専門家と協力しながら継続性のあるケアの統合を実現し,予防医療を実践するとともに多職種との協調を行うという意識なのかもしれません。

 診察を行うと,母指指腹,第3中足骨頭,第5中足骨頭の足底面のセメスワインスタインモノフィラメント検査(SWME 5.07/10 g)で感覚鈍麻がみられた。ABIも実施したが1年前と比較し悪化している様子はなかった。脳梗塞を疑ったとしても2週間前の症状であり,神経診察上も下肢感覚鈍麻以外は明らかな悪化はみられなかった。膝の痛みとふらつきではふらつきが先行しており,ふらつきに関する詳細な病歴を聴取すると,急な起立時に症状を認めた。血圧は普段よりも低めであることから,脳梗塞発症よりも糖尿病性神経障害あるいは起立性低血圧が関与していると考えた。

 血糖コントロールは年齢相応であったため,まずは降圧薬を減薬し,塩分制限をしないように勧めた。改善がみられないようなら血糖コントロールを見直す方針。本症例は複数の診療科で管理疾患があるため,ふらつき症状と薬剤に関する情報の共有が必要であった。

【足し算】病歴聴取と診察から脳梗塞よりも糖尿病による神経障害か,塩分制限や降圧薬による起立性低血圧が関与していると説明し,まずは治療内容を見直すことを説明した。椎骨脳底動脈領域の評価目的の頭部MRIは,脳梗塞でフォローアップしていた病院に受診してもらうことにした。患者夫婦のレジリエンスを高めるために受療行動については支持的に対応し,もし同様の症状がみられた場合はいつでも相談するように説明した。看護師に生活指導を依頼し,運動は過度なものではなく適度なウォーキングや大腿四頭筋訓練をお勧めしてもらう。

【引き算】塩分制限の解除,ペリンドプリルの減薬を行った。セレコキシブは膝の痛みが落ち着けば中止するよう説明した。薬局にも連絡を取り,休薬の理由で不安になっていないか,血圧が高くなったときには内科を受診することなどを説明してもらった。

【掛け算】良い機会であったので,整形外科と泌尿器科に普段の診療に感謝の意を示すとともに,今回のふらつきと膝の痛みに対しての診断結果を伝え,膝の痛みが落ち着けばセレコキシブの中止をお勧めした旨を整形外科に連絡したところ,「中止可能である」と返事があった。ふらつきが持続する場合にはコハク酸ソリフェナシンの休薬が可能かどうかについて泌尿器科に問い合わせたところ,「休薬についても次回の診察で検討する」との返事であった。

【割り算】今後,通院困難になった際に診療科の統合ができるための条件(フォローアップ期間や必要な処置)についても相談していくが,患者との関係性や地域における役割,医師誘発需要についても配慮し,無理な統合を提案せず少しずつ情報提供を続けていくこととした。

・ポリドクターの問題点は,ケアの分断が起こり患者の負担が増えること。
・ポリドクターの要因には,マルモだけでなく,「医師誘発需要」「フリーアクセス」がある。
・ケアの分断が起きないように丁寧な情報提供を行う。
・専門家や多職種との協調も必要。全部自分でやろうと思わず,上手に地域のリソースを活用する。


1)安達太郎.日本の医師誘発需要――2段階モデルによる分析.經濟學論叢.1998;50(3):100-22.
2)井伊雅子,他.日本のプライマリ・ケア制度の特徴と問題点.フィナンシャル・レビュー.2015;123:6-63.
3)金子惇,他.高次医療機関へのアクセスが制限された地域でのICPC-2を用いた年齢別の受診理由及び健康問題に関する後ろ向きコホート研究.日プライマリケア連会誌.2016;39(3):144-9.
4)The Healthcare Imperative:Lowering Costs and Improving Outcomes. 2010[PMID:21595114]

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