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第58回日本医学教育学会学術大会の話題から

取材記事

2026.08.17

第58回日本医学教育学会学術大会(大会長=富山大学・高村昭輝氏)が2026年7月31日~8月2日,「Beyond your Boundaries and Expectations」をテーマに富山国際会議場,他(富山市)で開催された。医学界新聞プラス では,将来の医師偏在にも直結する「どのような環境の学生が医学部にアクセスできるのか」という社会構造的課題について多角的なエビデンスに基づく議論が交わされたシンポジウム「医学科受験における教育格差の現状と対策――より広い視野で考えよう」(座長=東京医科大学・大滝純司氏,岐阜大学・鈴木康之氏)の模様を報告する。

医学部志願者の多様性低下と山積する5つの課題

シンポジウムの趣旨説明も兼ねて最初に登壇した大滝氏は,医学科に対する世間の人気の過熱や,偏差値ばかりが注目される現状に警鐘を鳴らし,医療者が目を向けるべき5つの課題を提示した。

①受験生の多様性を阻む教育格差の存在
②法的・倫理的・教育的にさまざまな問題を抱える地域枠
→長い義務年限や厳格すぎる運用,医学生・研修医間の格差意識を助長する懸念
③入試成績と入学後のパフォーマンスの相関
→両者の相関は弱いとする報告1)はあったものの,2000年代以降の国内データは乏しく,現状の検証がなされていない
④少子化と受験人口の減少
→2033年頃から志願者世代の人口急減が予想される中,過去10年間ですでに国公立前期の志願者数は約20%減少
⑤特殊な受験対策の有利性
→高額な医学部予備校などを利用できる経済的余裕が合否に影響しやすい構造

とりわけ①においては,医学科進学を妨げる要因として,1094校の高校の進路指導教員へ調査したところ,66.8%が「経済的に困難な家庭では医学科進学は難しい」,61.2%が「都市部の居住者のほうが医学科進学に有利」,42.9%が「経済的理由で医師を断念した生徒がいる」と回答した2)。大滝氏は,大都市以外の公立高校からは医学科への進学にハードルがあることなど,経済・地域・高校の設立母体の面で受験生の多様性が著しく低下している実態をフロアに共有し,「特殊な受験対策を不要にすることが状況打開の鍵になる」と語った。

医学生の背景に潜む格差と,教育現場のジレンマ

続いて鈴木氏が,1991人の医学生を対象としたアンケート調査3)をもとに,日本の医学生の出身背景について報告した。医学生は家族年収が高く,中高一貫校卒業者や医師・歯科医師の子弟が多い一方で,親が大卒でない層は医学部に入学しにくい環境であることがデータとして浮き彫りになった3~5)。ここで注目すべきは,両親ともに大卒でない「大学第一世代(first-generation college students:FGCs)」の学生の特徴である。彼らの多くは国公立高校を卒業して国公立の医学部のみを受験し,地域枠や推薦入試での現役合格率が高い傾向にあるという。さらに,大都市出身者が将来も大都市での勤務を志向する割合が多いのに対し,人口少数地域出身の学生は将来も同様の地域で働くことを志向する特徴があり,学生の出身背景が医師の地域偏在の問題に深く関係していると分析した。

医学部長や教育部門長ら131人へのアンケートでは,約6割が「医学生の出身背景は地域偏在につながる」と考え,多様な層を入学させるWidening Participation(WP)の必要性に過半数が賛同。しかし,社会的・経済的に不利な状況を考慮することや,特別枠を実際の入試で設けるアファーマティブアクション(積極的格差是正措置)については,いまだ慎重な意見が多数を占めた。

鈴木氏は,医学生の多様化に向けて,入試に不利な背景を持つ潜在的志願者・家族,および高校教員等に対するアウトリーチ活動を行うことや,医学生・志願者の背景情報を全国的に収集できる仕組みの構築を提言した。

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写真 シンポジウムの様子
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イギリス・オランダの先進的な入試改革からの示唆

渡邊洋子氏(新潟青陵大学)は,日本の医学科入試における「1点刻みの学力試験中心」「私大医学部の高額な学費」「複雑な受験戦略の必要性」といった課題に対し,海外で取り組まれている教育格差対策の現状を詳報した。

イギリスでは,1990年代後半のブレア政権下で社会経済的な不利益層や高等教育進学率が低い地域の学生に機会を提供する高等教育参加拡大政策が推し進められてきた。背景には富裕層と貧困層の間の大きな格差の存在や,民族や所得などの要因を調整しても地域ごとに学力の明確な差が確認できるといった深刻な教育格差が存在する。こうした状況を踏まえて人物評価と公正性を重視した総合的選抜が導入され,WPの実現へ向けて舵を。実際,恵まれない地域の学生や公立校出身者,アジア系・黒人学生などの合格率が上昇しているという。

一方のオランダにおいては,学力至上主義の是正,医師の多様性確保を目的にかつて導入されていた医学科入試のLottery system(抽選制,高校時代の成績が良ければ合格確率が上昇する)が,2025年から一部の大学で再導入され,独自の選抜との併用といったさまざまな運用がなされている現状という。渡邊氏はこれらの事例から,医学科入試の透明性を向上させること,受験者の同質性を下げ多様性を確保すること,1点刻みの筆記試験が最終決定とならない選抜方法を検討してみることを提案した。

「凡庸な格差社会」日本――教育格差への無自覚からの脱却

最後に,教育社会学を専門とする龍谷大学の松岡亮二氏が登壇し,データに基づくマクロな視点から日本の現状を分析した。同氏はまず,教育格差を「本人に選ぶことができない条件(保護者の学歴や世帯所得を含む社会経済的地位,出身地域,性別など)によって結果が違うこと」と定義し,本人の獲得した学歴による職業や給与などの差(学歴格差)とは明確に区別すべきだと強調。その上で,日本では戦後に育った全ての世代に厳然たる教育格差が存在し続けていると指摘した。

松岡氏によれば,日本における出身家庭の社会経済的地位(socioeconomic status:SES)と学力の関係は,OECD先進諸国と同様に「凡庸な教育格差社会」であるという。米国のように人種とSESが相関していれば格差が可視化されやすいが,日本では見た目でわかりにくいため,「本人の能力だけで高い偏差値の高校に行っている」という能力主義の幻想を抱きやすい構造にあると解説した。

医学部入試については「幼児期から蓄積されてきた格差が現れる到達点」であるとし,入試制度の工夫だけでは限界があると言及。政策や教育現場がこの構造的問題に無自覚であることを危惧し,教職課程における教育格差の必修化を強く提言した。

「一人ひとりが,自分が今の地位に達するまでにどのような『下駄を履いていた』(社会経済的に恵まれていた)かに自覚的になることで,社会はもう少し優しくなる」。松岡氏はそう語り,入試制度を変革する際にはデータによる継続的な検証を行うことが社会的なコンセンサス形成につながると結んで発表を終えた。


2024年に医学界新聞にて開催された医学科入試に関する座談会記事も併せてご覧ください。 

医学部医学科入学者選抜の現在と,望ましい在り方を考える
登壇者:大滝純司氏,鈴木康之氏,渡邊洋子氏,松岡亮二氏


 


参考文献
1)岡本幹三,他.国試合否からみた高校・入試・在学成績の評価.医教育.1991;22(2):93-8.
2)PLoS One.2022[PMID:35749550]
3)BMJ Open.2023[PMID:37669839]
4)鈴木康之,他.大学第一世代医学生の社会経済的・教育的背景に関するオンライン質問紙調査.医教育.2025;56(3):171-5.
5)鈴木康之,他.人口少数地域での勤務を志向する医学生の社会経済的背景.医教育.2025;56(6):367-71.

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