医学部医学科入学者選抜の現在と,望ましい在り方を考える
対談・座談会 大滝純司,鈴木康之,渡邊洋子,松岡亮二
2024.11.12 医学界新聞(通常号):第3567号より
大学での医学教育において,未来の医療を担う優れた人材をどのように選抜するかは,大きな関心事として存在し続けている。学力試験を中心に,個別面接,グループ討論,小論文等さまざまな選抜方法が実施されており,入試形態としては一般入試・推薦入試とは別に地域枠を設ける大学やAO入試を行う大学もあるものの,どのような選抜方法・入試形態がよりふさわしいのかを見定めることは容易ではない。本紙では,医師として医学教育に長年携わる大滝氏,鈴木氏と,教育社会学者である松岡氏,英国の医学部入試について研究する教育学者・渡邊氏による議論から,医学科入学者選抜の望ましい在り方を探った。
大滝 私は総合診療を臨床面の専門としながら,大学の医学教育センター等にも所属して医師の人材育成に携わってきました。研究テーマの一つとして,医学部医学科の入学者選抜の妥当性についてここ十数年ほど取り組んでいます。本日は,日本医学教育学会の入学者選抜部会で活動してきた医師である私,医学教育学会の元理事長である鈴木先生,生涯教育学研究者の渡邊先生の3人に加えて,ご著書『教育格差』(ちくま新書)1)で日本における教育の実態を俯瞰的に示された教育社会学者・松岡先生にもお越しいただきました。
選抜の妥当性はどこにあるのか?
大滝 入学者選抜を考えるに当たって,試験の方法が適切かどうかをチェックする観点はいくつかあります。妥当性(validity),信頼性(reliability),実行可能性(feasibility),社会での受け入れ(acceptability),教育への影響(educational impact)などが代表的なものとして挙げられるでしょう。一口に入学者選抜と言ってもその内実は実にさまざまです。私が2003年にJICAのプロジェクトでアフガニスタンのカブール医科大学を援助するために訪問した際に現地の入試形態を確認したところ,ペーパーテストは一部に課されるのみで,数多くある部族から代表として一族の期待を背負って入学者が送り込まれてきていました。もちろんそうした方法が現在の日本でそのまま可能なわけではありませんが,彼我の違いに驚きました。
松岡 日本の現行の医学科入試で最も懸念があるのはどの観点だとお考えですか。
大滝 妥当性だと私はとらえています。試験では何かを測定した上で合否などの判定を行います。その際に本当に測るべきもの,測りたいものを測れているのかが妥当性です。大相撲の新弟子検査では体格の基準があって,力士としてやっていけるかどうかを判定しています。体格と言っても測定しているのは身長と体重という限られた指標です。この体格の基準は何度か見直されていて,最近では運動能力も測定項目に加えられたようです。そうした変更は,妥当性の検討を継続的に行っていることの現れのように見えます。同様の姿勢は医学科入学者選抜においても重要ではないでしょうか。
鈴木 妥当性に関して言うと,多くの方がご承知のとおり日本の医学科のペーパーテストの難易度は極めて高く,大学受験予備校が算出する入学偏差値で全国の大学の学部学科を比較すると医学部医学科が上位を占めています。しかし,ペーパーテストでそれほどの高得点を獲得する能力を測定して1点刻みで合否判定を行うことに,どの程度の意味があるのか,弊害はないのかを考える必要があります。
大滝 入試時の成績と入学後の成績の相関に目を向けると,入学2年目以降では相関がなくなることがずっと以前から指摘されています2)。医師国家試験の合格率が9割を超えることから,医師になれるかどうかを事実上決めているのは大学入試における選抜です。そうした意味で社会的に重要であると言える試験のやり方が現行のものでよいのかどうか,検討の余地があるのではないでしょうか。
渡邊 入試を行う目的としては,入学後に提供される教育に適応し,必要かつ十分な学習ができる素地があるかどうか,最終的に医師国家試験に合格する力があるかどうかを確認するという側面がまずあります。加えて,医師として,1人の医療者として必要な資質を備えているかを確認するという側面もあるでしょう。
松岡 そうした目的を達成するために現行の入試形態が適切かどうかということですね。後者の医療者としての資質は測定がかなり難しそうではありますが。
大滝 ご指摘の通り,後者については面接試験を課す大学が増えてはいるものの,具体的に何をどう測ればいいのかが見えていない部分も大きいです。
また,ここ10年,少子化を上回るペースで医学科志望者が減少していることもあり,医師になりたいという人材を受験に向けてより多く誘導する必要性が増していると考えています。私が一般に進学校と言われる高校の進路指導担当教員に対する調査を行ったところ,経済的な事情等で医学科進学を諦めている高校生はそれなりにいるようです3)。門戸の開き方を検討して志望者の数と多様性を確保する重要性は,今の医学科入試の見えにくい課題と言えるでしょう。例えば米国では各大学で個別のペーパーテストは行わず,MCAT(Medical College Admission Test)という医学科受験のための統一テストの点数を順位づけではなく足切りとして利用している大学が多いようです。
自分がどのようにして今の自分になったのかを振り返る
松岡 ここまでのお話から,また一般的に抱かれているイメージからしても医学科入学者の出身家庭の社会経済的地位(Socioeconomic Status:SES,註1)1)は相対的に高いように思われますが,実態としてはどうなのでしょうか。
鈴木 2020年度,23年度からの二度にわたる科研費での調査・研究の成果4)を共有します。諸外国では2000年頃から医学生のSESに関する研究と議論が活発に行われてきましたが,日本では高等教育全般に関してはさておき,医学生に関するデータ,情報は乏しいという状況が続いていました。そこで上記の調査・研究を行った次第です。
結論から申し上げると,海外と同様に,日本においても医学科入学者の出身家庭のSESは高く,入学者選抜に大きな影響をもたらしているのではないかと考えられます。表4)に示すとおり,「家族年収」「親のいずれかが医師」「中高一貫校卒」といった項目において,医学生では一般学部生に比べて高い割合となっており,「親の学歴が高卒以下」,すなわち第一世代大学生(first-generation college student:FGC,註2)である割合は低い結果となりました。加えて,受験パターン別の比較では,国公立大学医学部のみを受験した医学生は医学生全体の1/4で,残る3/4は私立大学医学部を併願ないし単願していることがわかりました。国公立のみを受験した医学生や地域枠の医学生は,私立を受験した医学生に比べて多様性を有していましたが,他学部・学科に比べれば多様性の幅は狭いと言わざるを得ません。また,関東・関西圏とその他の地域では医学生の出身背景と受験パターンが大きく異なっており,大都市圏ほど家族年収および私立高校卒業者の割合が高く,国公立大単願受験者の割合が低いとの結果が出ました。
大滝 調査結果が示す現状に対して,世の中の受け止めはどのようなものなのでしょう。
鈴木 市民,医療系教育者らに調査結果を提示した上で認識や意見をフォーカスグループインタビューで伺ったところ,医学生の親の経済力に関しては両者で受け止め方に違いがあり,市民の驚きは想像以上に大きかったです。一方の医療系教育者は日ごろから医学生に接していることから経済面での驚きはさほどないものの,医学生が均質化していること,教育格差が医学科入試に反映されている現状を認識していました5)。
渡邊 今現在の実態を示すデータがないという状況の中,このような調査が行われたことの意義は小さくないと考えます。
松岡 同感です。私は出身家庭のSESによって教育の結果に差があるという傾向(=教育格差)を多くの人にまずは知ってもらう必要があると考えています。日本ではSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)という,科研費を用いた大規模調査が10年に一度行われてきました。全国の成人を対象としているので社会全体の傾向としての教育格差を把握することはできますが,SSMには十分な医療従事者のケース数が含まれていません。その点,鈴木先生が行われた調査は意義深いと思います。
このようなデータを踏まえると,医師が自身の出身家庭のSESに自覚的になる機会を設ける必要性が浮かび上がります。私が研究対象としている学校教師についても同様です。医師も教師もさまざまな家庭環境の人たちと向き合う仕事ですよね。教育格差という実態を理解し,自らの出身家庭のSESに自覚的でないと,「(かつて自分が子どもだったときのように)なぜ勉強をしないのだろう」と思ってしまうなど,社会経済的に不利な条件を背景として学校の勉強や大学進学に関心を持たない子どもや保護者の言動を教師が理解することは難しいはずです。このような分断は医師と患者間でのコミュニケーションにも当てはまるのではないでしょうか。SESなどを背景にした経験の蓄積の結果として医学的に合理的ではない行動をする患者もいるはずです。医師や学校教師という専門職の立場にある人たちが,自分がどのようにして今の自分になったのかを社会学の知見とデータに基づいて言語化することができるようになれば,建設的な対話の土台になるはずです。
大滝 社会の構成員の一人ひとりが自身の出身階層に自覚的になることは,社会を変えていく第一歩として大切なのかもしれませんね。
幅広い層へのアウトリーチで,医学科志望者の裾野を広げる
松岡 入学者選抜の在り方を検討することは重要だと思います。ただ,もともと限られた人たちだけが医学科入試にアクセスできる現状の中,入試制度を変えることでどれだけ門戸が開くのだろうか,との疑問もあります。
教育格差に関する政策的な議論では,奨学金を出せば出身家庭のSESが多様化するという前提の議論が散見されます。しかし,現実には少なくない子どもが大学進学を望んでいません。高SES家庭で育ち,医学科進学をめざして幼少期から勉強をする子どもがいる一方で,社会経済的に恵まれない家庭出身の中学生の多くは将来の現実的な進路として大学進学を挙げていないのです。大学進学を前提にしていない中学生にとっては,内申点を気にして学校の勉強に時間を使う必要はありません。つまり,1学年約100万人以上の児童生徒全員が全力で勉強に取り組んで,筆記試験で計測される能力が高い順番に医学科に入学しているわけでは全くないということです。この実態を変えないまま,入試制度を変えたり奨学金制度を充実させたりしても,医学生の出身家庭SESなどの多様化が大きく進むことは期待できません。要するに,より早い学校段階での政策介入が必要ということです。
大滝 医師になることを選択肢の一つとして検討できる人自体があまりに限られているということですね。そもそも興味を持つかどうかといったところでの断絶を解消するには,身近に選択肢が存在することをどう見せていくのかが重要性を持つのかもしれません。その関連で,社会階級間の格差が大きいことで知られる英国において,医学生の多様性確保のためにアウトリーチ(註3)活動が行われている事例を,渡邊先生よりご紹介いただけますでしょうか。
渡邊 英オックスフォード大学,ケンブリッジ大学では,入試方法を検討するにとどまらず,大学を挙げてアウトリーチ活動を進めています。両大学にはアクセス拡大のために働くスタッフが数多く存在しています。オックスフォード大学の事例ですが,大規模な教員の集会に大学スタッフが出向いてアクセス拡大によって生まれる恩恵について話し,優秀な生徒が受験するよう説得してほしいと伝える活動がなされています。加えて,1週間ほどの期間をかけて実施されるサマースクールでは,教育的に恵まれない地域の優秀な高校生を招いて,学部生と一対一で一緒に行動し授業や学生生活を体験するシャドウイングの取り組みが行われています。教育的に恵まれない地域の学校のカレッジにオックスフォード大学の雰囲気と似たような部屋を設けるなど,文化的な違和感を乗り越えるための取り組みもあるようです。
そうした活動が功を奏してか,両大学では特定の私立高校出身者が大多数を占めた時代から変化を遂げ,現在は学生の6割を公立高校出身者,4割を私立高校出身者が占め,公立高校出身者の割合は年々高まっているとのことです。
鈴木 特定の大学だけではなく,国全体としての取り組みにはどのようなものがあるのですか。
渡邊 Widening Participationという,1990年代終わり頃から進められてきた,高等教育拡大を目的とした英国政府の政策が存在します6)。医師の分母を拡大して,志願者を増やしていく。その結果として医師の人口構成比を患者の人口構成比に近付けることが目的であると明示されています。本政策の直接的な成果としては,医学科進学準備期間を伴う医学部入試が挙げられます。これは高度な能力があるにもかかわらずさまざまなバリアによって学習を妨げられてきた受験生に対して,特別な基準を設けて選抜するという方式で,2024年度時点で19大学で採用されています。また,Widening Participationは社会的不利益層の高等教育への参加拡大をめざして始まりましたが,医学部長会議(Medical School Council)の主導により,入試制度の多様化に加えて,MMI(Multiple Mini Interview)などの面接試験や受験者の職務経験を重視する大学が増えるなど,医学部入試全体の変化につながっていることは注目に値します。
大滝 アウトリーチの方法としては情報提供も考えられますが,その点についてはいかがでしょうか。
渡邊 オープンで包括的な情報提供も,受験者層の拡大に一役買っています。医師になることに関心を持った高校生に向けて,医師になるために必要な制度面を含めた知識が英国医師会(British Medical Association:BMA)等のWebサイト上で懇切丁寧に解説されているなど,誰でもアクセス可能な場所に重要な情報が掲載されていることがポイントです。
鈴木 英国の事例は,入学者選抜に限定しない門戸の開き方として非常に参考になります。今後の動態についても引き続き関心を払っていきたいところですね。一方で,日本ではそうした多様性確保の取り組みに対しての社会の受け止めがどのようになるのか,難しいところだとも感じます。
松岡 入試が相対的な座席の奪い合いである以上,多様性確保の取り組みには高SES家庭からの反発があり得ます。家庭のSESや出身地域などの多様性が上がることでどのような利点が高SES家庭出身者を含めた社会全体にあるのかを示していく必要があるかと思います。
渡邊 さまざまな人が同級生にいるほうが学生本人にとっても望ましいということを,データとともに示せると良いのかもしれません。
大滝 松岡先生が先ほどおっしゃったように,まずは事実を確認し共有するためにも,その裏付けとなるデータが必要ですね。一筋縄ではいかない課題ですが,今後も継続して検討を続けながら,一人でも多くの人に関心を持っていただきたいと考えています。
(了)
註1:社会科学のさまざまな分野で使われる概念で,経済的,文化的,社会的要素を統合した地位を意味する。世帯収入(経済),保護者学歴・文化的所有物と行動(文化),保護者の職業的地位(社会)などを指標化して1つの連続変数とすることが多い。
註2:親が大卒でない家庭の出身者を指し,学生の多様性の指標とも言われる。広義のFGCでは親の学歴を短大・専門学校卒までとし,狭義では高卒までとする。
註3:援助が必要な問題を抱えながらも支援の必要性を自覚していなかったり,自発的に申し出をしなかったりする人々に対して,公共機関などがアプローチして支援の実現をめざすこと。
参考文献
1)松岡亮二.教育格差:階層・地域・学歴(ちくま新書).筑摩書房;2019.
2)岡本幹三,他.国試合否からみた高校・入試・在学成績の評価.医教育.1991;22(2):93-8.
3)PLoS One. 2022[PMID:35749550]
4)BMJ Open. 2023[PMID:37669839]
5)鈴木康之,他.医学生の社会経済的背景に対する市民と医療系教育者の認識.医教育.2024;55(3):217-27.
6)渡邊洋子.多様性と参加拡大を掲げるイギリス大学入試改革と生涯教育学的示唆――オックスフォード・ケンブリッジ両大学等でのインタビュー調査から.京都大学生涯教育フィールド研究.2013;1:53-66.
大滝 純司(おおたき・じゅんじ)氏 東京医科大学 医学教育学 / 総合診療科 客員教授
1983年筑波大医学専門学群卒。川崎医大,筑波大,北大,東大,東京医大の総合診療部門や医学教育関連部門で勤務し,2019年より現職。多磨全生園などの国立ハンセン病療養所の非常勤医師としても勤務している。北大名誉教授。
鈴木 康之(すずき・やすゆき)氏 岐阜大学医学部 医学教育開発研究センター 特任教授
1980年岐阜大医学部卒。高山赤十字病院,北里大病院を経て,83年より岐阜大小児科助手。89年より小児科講師として臨床教育を担当し,98年同大助教授,2001年同大医学教育開発研究センター教授。08年より同大大学院医学教育学分野主任を務め,21年より現職。岐阜大名誉教授。
松岡 亮二(まつおか・りょうじ)氏 龍谷大学社会学部 社会学科 准教授
米ハワイ州立大マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。東北大大学院COEフェロー(研究員),統計数理研究所特任研究員,早大助教,専任講師,准教授を経て,22年より現職。主著に『教育格差:階層・地域・学歴(ちくま新書)』(筑摩書房)。
渡邊 洋子(わたなべ・ようこ)氏 新潟大学創生学部 教授
お茶の水女子大大学院博士課程人間文化研究科(人間発達学専攻)単位取得退学。博士(教育学)。1995年新潟中央短大幼児教育科専任講師,2000年京大大学院教育学研究科生涯教育学講座准教授等を経て,17年より現職。昭和大医学部客員教授。
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