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『出来事中心の医療――患者の体験を上手に取り扱うための技法』より

連載 尾藤 誠司

2026.10.07

「診断も治療も正しいのに,なぜかうまくいかない」。
客観的な医学データと,患者が語る主観的な思いや生活の困りごと。その2つの世界の狭間で,どう応答すべきか立ち止まった経験を持つ医療者は少なくないのではないでしょうか。

書籍『出来事中心の医療――患者の体験を上手に取り扱うための技法』は,患者の主観を漠然とした共感・傾聴にとどめず,臨床判断の重要な根拠として扱う実践的な方法論を提示します。病気を診断名ではなく,患者の人生に起きた「出来事」として捉え直す。この視点の転換により,主観と客観の対立を超え,「情報の専門家」である医療者と「体験の専門家」である患者の真の協働が実現します。「医学界新聞プラス」では本書の中から3つの項目をピックアップし,そのエッセンスをご紹介します。

医師が当事者から「教わるべきこと」

 IBSのような機能性疾患において,医師が患者から学ぶべき最も重要なことは,「曖昧さとともに生きる」ことの重みです。明確な原因も,確実な治療法もない中で,それでも日々を営んでいく―その努力と工夫の蓄積にこそ,臨床の知恵が宿っています。

 体験を尋ねるタイミングは,「調子はどうですか?」という定型的な問いかけではなく,「最近,どんな工夫をされていますか?」「何か新しく気づいたことはありますか?」といった,患者の主体性を前提とした問いかけが有効です。

 医師が陥りやすい誤解は,「ストレス管理をすればよくなる」「食事に気をつければ改善する」といった単純化です。患者にとってのストレスは「管理」できるような単純なものではなく,生活そのものに編み込まれた複雑な要因です。むしろ重要なのは,その複雑さを認めたうえで,「それでもできること」を一緒に探していく姿勢です。

 また,「検査で異常がない」ことを「問題ない」と翻訳してはいけません。患者にとっては,説明のつかない苦しみこそが問題なのです。その「説明のつかなさ」に医師もともにとどまり,患者が自らの持続可能な生活を獲得していくプロセスに,専門家として提示できるカードを探り続ける支援のあり方が大切です。

臨床での応用例

事例1 予測不能性との折り合い

●事例の背景
 28歳男性,IT企業勤務。大学時代からIBS症状があったが,就職後に悪化した。特に朝の通勤電車が苦痛で,遅刻が増えている。上司からは「自己管理ができていない」と叱責され,同僚からも「またか」という視線を感じている。

●診療場面の抜粋
 「電車に乗る前は必ずトイレに行くんです。でも,乗ってすぐまた行きたくなる。各駅で降りることもあって,もう自分が情けなくて」。彼の語りには,症状そのものへの苦痛以上に,「社会人として失格」という自己否定が色濃く表れていた。

●医師の応答と課題点
 当初,医師は「朝食を抜く」「早めに家を出る」といった実用的なアドバイスに終始していた。しかしこれらは患者がすでに試みて失敗していることであり,むしろ「やはり自分の努力が足りない」という感覚を強化してしまった。

●課題への対応とその後の経過
 医師は方針を転換し,「通勤という社会的要請と,体の不確実性との板挟み」という構造そのものに焦点を当てた。フレックス制度の活用,在宅勤務の部分的導入など,「体に合わせた働き方」を会社と交渉することを提案した。診断書には「症状の予測困難性」を明記し,合理的配慮の必要性を医学的に裏づけた。

●解説
 この事例は,IBSの問題が「症状」だけでなく,「社会的期待と身体的現実のギャップ」にあることを示しています。医学的介入だけでなく,社会的調整を含めた包括的アプローチが必要です。

事例 2  家族関係の中での孤立

●事例の背景
 45歳女性,主婦。10年来のIBS。夫と高校生の息子2人との4人暮らし。家族の食事作りが苦痛で,母親の役割を果たせない罪悪感に悩んでいる。

●診療場面の抜粋
 「家族は『お母さん,また具合悪いの?』と優しく言ってくれるんですけど,その優しさが逆につらくて。私のせいで外食も旅行も制限されて,申し訳なくて」。

●医師の応答と課題点
 「ご家族も理解してくれているようでよかったですね」という医師の言葉は,彼女の罪悪感をさらに深めてしまった。

●課題への対応とその後の経過
 医師は家族を含めた面談を提案した。そこで明らかになったのは,家族も「どう接していいかわからない」という戸惑いを抱えていたことだった。「病気の母親」ではなく「IBSとともに生きる母親」として,新しい家族の形を模索する対話が始まった。

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●解説
 家族の「理解」が時に患者を「病人役割」に固定してしまうという逆説を示す事例です。家族システム全体への介入が有効な場合があります。

事例 3  医療不信からの回復

●事例の背景
 52歳女性,下痢型IBS。複数の医療機関を受診したが,「ストレスですね」「気にしすぎです」と言われ続け,医療不信に陥っている。

●診療場面の抜粋
 「どうせまた同じことを言われるんでしょう? 検査して異常なし,ストレスが原因,以上おしまい。もう,うんざりです」。

●医師の応答と課題点
 防御的な態度に対し,医師は早く信頼関係を作ろうと焦ってしまった。

●課題への対応とその後の経過
 医師は彼女の医療体験そのものに関心を示し,「いままで一番傷ついた対応は?」「少しでもよかった経験は?」と尋ねた。彼女の怒りの背後にある「理解されたい」という願いが浮かび上がり,そこから真の対話が始まった。

●解説
 医療不信は単なる「態度の問題」ではなく,繰り返される否定的体験の蓄積です。体験自体を承認することから,関係の再構築が可能になります。

社会資源・制度的支援の活用ポイント

 IBSは「見えない障害」として,既存の支援制度の隙間に落ちやすい疾患です。しかし,工夫次第で活用できる資源は存在します。

 産業保健の領域では,「合理的配慮」の概念が浸透しつつあります7)。フレックスタイム,在宅勤務,トイレへのアクセス確保など,IBSに特化した配慮を求めることは,決して甘えではありません。医師の役割は,こうした配慮の医学的必要性を明確に示すことです。

 IBSとともに生きるということは,「完全にコントロールできない体」と「それでも社会的に生きていかなければならない自己」との間で,日々バランスを取り続けることを意味します。

 本項で見てきたように,その体験は医学的な「症状管理」を超えて,社会的関係や人生の意味といった実存的な次元にまで及びます。質的研究が明らかにしてきたのは,患者たちがこうした困難の中で編み出してきた創造的な適応の姿であり,それは医療者が学ぶべき豊かな知恵でもあります。


文献
7)厚生労働省:合理的配慮指針事例集(第5版).

 

診断も治療も正しいはずなのに、うまくいかない。「患者中心の医療」のその先へ

<内容紹介>診断も治療も正しいはずなのに、なぜうまくいかないのか? エビデンスやガイドライン、共感だけでは解決できない臨床の問題も、患者の体験(=出来事)を軸に考え直すことでうまくいく! 疾患ごとの出来事の公約数を手がかりに、患者の体験の聞き方・活かし方、専門家としての在り方を示します。患者と向き合うすべての医療職に向け、適切な臨床判断へとつなげるための実践書。AI時代の診療を変える一冊です。

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