総合診療 Vol.36 No.1
2026年 01月号

ISSN 2188-8051
定価 2,860円 (本体2,600円+税)

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「昼の時間」と「夜の時間」
藤沼康樹(医療福祉生協連家庭医療学開発センター)

 ジョルジュ・バタイユ(1897-1962)は、哲学、文学、宗教学、経済学、人類学などを接続し、「生の過剰」を中心的なテーマとして多くの作品を残したフランスの思想家である。彼にとって人間とは、理性や秩序を超えて、死や狂気、聖なるものへと触れようとする存在として考えるべき対象であった。そんなバタイユの思索の核の1つが「昼の時間」と「夜の時間」という対概念である。ここでは、この対概念から健康観を捉え直してみたい。
 昼の時間に属する健康観は、整っていること、機能していること、そして社会的に生産的であることを意味する。数値で測定でき、論理的に説明でき、自己管理のもとに維持される身体。われわれはそのような「陽光の下の健康」を目指して、日々の生活を律している。バタイユが言うところの昼の時間とは、理性、合理性と秩序の支配する世界であり、そこでは死も、狂気も、涙も、語ることが禁じられる。健康とは管理の別名になり、生命は「正しく生きるためのリソース」に変えられてしまう。
 では、夜の時間における健康とは何か。バタイユにとって夜は、理性が退き、身体が疼き出し、死や恍惚が現れる領域である。そこでは意味や目的よりも、ただ生が溢れ出す。祝祭や涙、抱擁や沈黙の中で、人は自分が生きていることを感じる。夜の健康とは、そのような過剰を受け入れる力のことかもしれない。痛みや不安を排除せず、そのなかにある「生の震え」を感じ取る感受性。完全ではないこと、壊れながらもなお息をしていること。実はそこにもう1つの健康が潜んでいると言えるかもしれない。
 現代医療は、昼の時間に深く根を下ろしている。治療、改善、再生、効率。だが診察室の片隅で、医師が患者とともにただ沈黙する瞬間、そこには夜の時間が流れ込んでいる。そこでは治すことよりも、共に生きることが重要になる。合理性を超えて、ただ「ともに在る」ことのバタイユのいうところの聖性が現れるのだろうか。
 健康を昼の光だけで定義してよいのだろうか。夜の闇の中にしか見えない、生の瞬間があるのではないか。わたしたちの健康は、昼の側にあるだろうか。それとも、密かに息づく夜の側にあるのだろうか。

参考文献
ジョルジュ・バタイユ(著)、坂井 健(訳):エロティシズム──死と聖性.筑摩書房、2004

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特集 総合診療医のための Medical Humanities
企画:藤沼康樹

■イントロダクション
総合診療と Medical Humanities
藤沼康樹

■第1部 人文社会科学から見る総合診療
①医療人類学から考える「語る」行為と物語性
宮地純一郎

②社会学の視点で読み解く日常生活の医療化
的場智子

③現象学的アプローチによる病いの理解
宇多 浩

④医療現場の不正義を考える──epistemic injusticeの視点から
加藤光樹

⑤精神分析と Medical Humanitiesの裏面
西依 康

■第2部 物語として読み解く医療と人間
①批評への誘い
福嶋亮大

②ケアと文学──不確実性に耐える力を鍛えるには
小川公代

③映画に見る医師像の変遷
浅井 篤

④ブラック・ジャックの医学教育──孤高の天才外科医は命に向き合う
今村弥生

⑤芸術療法の歴史から学ぶ
川田都樹子

■第3部 実践編
Medical Humanitiesを活かした症例カンファレンス
飯田淳子 

Health Humanitiesの卒前医学教育への導入と臨床への応用可能性──哲学と人文学が拓く医療者教育
孫 大輔

【コラム】 Medical Humanitiesに関連した発信の仕方──BJGP Lifeへの投稿経験から
横田雄也


●Editorial
「昼の時間」と「夜の時間」
藤沼康樹

●ゲストライブ
美学と医療の交差点
伊藤亜紗|尾藤誠司|藤沼康樹

●新連載 地域に根ざす泌尿器科医が贈る|新発想! 超プライマリ・ケア目線からの泌尿器疾患診療|1
プライマリ・ケアに性機能障害診療を取り込んでみる
松木孝和

●構造式で語る医学|薬物の交差反応や意外な副作用を学ぼう!|13
コレステロールと胆汁酸
上田剛士

●アスクレピオスの杖|想い出の診療録|69
ビーズのハロウィン飾り
須田万勢

●ジェネラリストに必要なご遺体の診断学|34
実践応用編③:急変時の死亡診断書を書く
森田沙斗武

●オスラーに学ぶ“平静の心”|医師と医学生に贈ることば|6
沈着な姿勢
森島祐子|仁木久恵

●臨床教育お悩み相談室|どうする!?サロン|27
アリスとテレスの「学問の3分類」から深掘る──先に指導するか?先に考えさせるか問題
佐田竜一|木村武司|長野広之

●What's your diagnosis?|277
なぜ?…“腑に落ちた”原因!!
大矢 亮|山口諒也|河村裕美|杉本雪乃

●投稿
総合診療外来・在宅
早朝高血圧を契機に重度の閉塞型睡眠時無呼吸症候群を診断し得た1例
谷江智輝|遠井 悟

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