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患者の意思決定にどう関わるか?
ロジックの統合と実践のための技法

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意思決定の連続である医療職の仕事。臨床倫理、EBM、プロフェッショナリズム、SDM、ナラティブなど、これまで様々な切り口で示されてきた理論をもとに、「患者にとって最善の意思決定」に専門家としてどのように考え、関わっていくかをまとめた渾身の書。AIの発展、新型コロナの流行など、社会が変わっていくなかで、これからの患者-医療者関係の在り方を示す1冊です。さあ、意思決定のテーブルへ。

尾藤 誠司
発行 2023年09月判型:A5頁:248
ISBN 978-4-260-05330-3
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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はじめに

意思決定ジレンマに関わる仕事
 私は今,東京の総合病院で一般内科医として働いています。内科医になってもう30年以上が経過します。時々自分の仕事を振り返りながら,自分は医療職としてどんな種類の技能を持っているのだろうと考えることがあります。外科医であれば,それは明確です。手術の技能は,明確に外科医の職人としての品質を裏づけるものです。内科の中でも,循環器内科医や消化器内科医はカテーテル手技や内視鏡手技の技能がその医療職のアイデンティティとつながっているかもしれません。一方で,主にプライマリ・ケアの現場で診療・ケアに従事してきた私にとって,おそらくある特定の治療手技の技能を高めていくことは,自分が医療者を続けていくことの主なモチベーションではありませんでした。
 仕事を通じて「楽しいな。こういう仕事を続けていたいな」という気分を味わう瞬間の1つは,(総合診療医あるあるですが)ある愁訴を持って病院を受診した患者の初療を担当し,その患者に何が起きているのか推論を立てながら,面接を行い,身体診察を行い,必要な検査と不要な検査を判別しながら診療・ケア計画を立てていく,という思考プロセスです。現在これらの実践は「臨床推論」という技能として,多くの書籍が存在しています。ただ,おそらく私自身が医療人としてモチベーションを掻き立てられる部分は,臨床推論だとか,身体診察技術とかでもありませんでした。では,私は何に掻き立てられながら,こんなに長い間医師として仕事を続けていたのか?と問われれば,端的に言えばそれは「意思決定ジレンマに関わる」ことなのだと思います。
 昔,私は医学書院から『医師アタマ』という,患者–医療者間の思考断絶やディスコミュニケーションに関する書籍を編著しました。同書のメインテーマは,「人間のドラマにおける意思決定には様々な正解があるが,医学における正解は1つしかない。このことが患者–医療者間の絶望的な断絶を生んでいる」というものでした。この問題意識は,臨床において私自身が患者の持つ困り事にうまく関わることができないと感じる反省点の首座であり続けたとともに,もっと技能を持つ努力をしなければならないというモチベーションの主体そのものでもありました。その問題意識とともに反省を繰り返し続けて,今日まで医療者を続けていた気がします。
 『医師アタマ』から15年以上が経過し,今や「意思決定支援」という言葉は臨床のあらゆる場面で普通に聞かれるようになりました。さらには,患者の臨床上の意思決定場面にともに立つときに,自分自身が持つべき技能や医療専門家としての姿勢などについても,ずいぶん言語化できるようになってきたとともに,それらを実践レベルの技に落とし込めるようになってきたと思います。これらの技を一言で表すとしたら,「専門家として臨床意思決定に関与するための技能」なのだと考えます。
 翻って,長い実践経験とつまみ読みしていた論文や書籍を通じて習得したこれらの技能ですが,それらを体系化してまとめている医療者向けの書籍が少なくとも日本語では存在しないことにも気が付きました。私が本書を作成しようと思った主たるモチベーションの1つは,自分が30年魅了され続けてきた,臨床上の意思決定ジレンマに専門家として関与する仕事が持つ魅力について,体系化してまとめたいと思ったことです。そして,そのまとめが,私以外の医師・看護師・ソーシャルワーカーなど医療関係者として患者や患者家族とコミュニケーションをとり続けている方々にとっても有益なものになればうれしい,と考えました。

意思決定「支援」と意思決定「関与」
 医療や看護の世界において「意思決定支援」は聞きなれた言葉ではありますが,私は本書で「意思決定関与」という言葉を使いました。本書で私が主張したいことの中核に,医療に関する選択肢を前に医療者が行うべきことは,「意思決定」でも「意思決定支援」でもなく,「意思決定関与」であるというメッセージがあります。一種の言葉遊びのような印象を受けるかもしれませんが,この違いは,患者–医療者関係を考えながら医療を実践していくうえでは大変重要な部分であると,私は認識しています。臨床実践に寄与する様々な専門書は「Aの疾患に対するBの状況においては,Cの治療を選択するべし」といった内容で埋め尽くされています。これは「意思決定」に関する言説と理解してよいでしょう。ただ,ここでの言説は,あくまでも最終的に患者とともに「意思決定関与」に向かう前段階としての,専門家側の価値判断として存在する「意思決定」に関する言説であるととらえるべきでしょう。
 私は「意思決定支援」という言葉から,意思決定を行う主体はあくまでも患者,あるいは患者の代行決定者にあり,医療者が行うことは患者の意思決定を外側から支援することである,という関係性を想像してしまうのです。意思決定主体者としての患者の権利や立場を尊重しているという理解の仕方も可能ですし,まさにクラシックなインフォームド・コンセントのコンセプトはそのような患者-医療者関係の中で意思決定に対して有益にふるまうことが医療者の役割として位置づけられています。ただ,私には患者を直接担当する医師や看護師が,「支援者」という立場を超えていかないことが,臨床において患者にとっての最善利益となる意思決定を生み出すプロセスを阻害していると考えています。詳細は本書の中で言及しますが,本書において,私は医療者が臨床上の意思決定アジェンダに向き合う姿勢を「支援」ではなく「関与」という言葉を用いて表現したいと考えました。ただ,「関与」にはいろいろな落とし穴も存在しますし,「関与」は「支援」に比較していろいろ気づかったり工夫したりしなければいけない部分も多々存在します。そして,それは知識領域から態度領域,情動技能領域まで広く身につけなければならない技術です。臨床で,患者を直接担当する医師や看護師の方々が本書を手に取っていただき,何らかの形で意思決定関与の実践に役立てていただくことができれば幸いです。

 2023年7月
 尾藤誠司

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はじめに

第1章 理論編
  1. ヘルスケアにおける意思決定の特徴
  2. インフォームド・コンセントの構造と課題──日常臨床における意思決定関与
  3. 意思決定の根拠と,それぞれの特徴
  4. 医学的根拠をどう取り扱うか?
  5. 共同意思決定(SDM)の構造と課題
  6. 価値観とナラティブに基づいた臨床意思決定
  7. 意思決定と専門職プロフェッショナリズム
  8. 人工知能が実装された診察室における意思決定
  9. 臨床意思決定と行動経済学

第2章 実践編
  1. 患者の意思決定能力の査定
  2. 専門家として情報を提供し,理解を確認するプロセス
  3. 患者と医療者で意見が対立したとき
  4. 選択にまつわる患者の不安と葛藤にどう関わるか
  5. 人生の最終段階における意思決定への関与
  6. セカンド・オピニオンに関わる
  7. 医学的無益性の査定
  8. 「患者にとっての最善」が公正な判断と相反するとき

おわりに
索引

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新しい時代の専門家の在り方を示す
書評者:田代 志門(東北大大学院文学研究科准教授・社会人間学)

 臨床意思決定のテキストの決定版であり,今後一つの基準となる本である。
 この半世紀で医療における意思決定の在り方は様変わりし,医師が患者の最善を考えて治療法を決めるスタイルから,医師からの情報提供を受けて患者が自身の治療法を決めるスタイルへと大きく変化した。

 が,現実はそう単純ではない。そう言われても自分一人で決めたい患者ばかりではないし,そもそも患者が決めても専門家としては提供できない医療もある。その結果,現在では医療者と患者が「共に考え,共に決める」という在り方が模索されている。本書はこの歩みをさまざまな研究領域を横断しつつ理論的にたどり,専門家の意思決定へのかかわり方を実践的に示したものである。とりわけ理論編でのインフォームド・コンセント,シェアード・ディシジョン・メイキング,ナラティブ・アプローチの整理は秀逸であり,本書を一読すればかなり見渡しの良い地平からこれらの関係を理解することができる。

 ところで,本書はテキストであると同時に明確な理論的主張を持った本でもある。その中心は,医療者を「支援者」ではなく「関与者」としてとらえる視点である。要は「意思決定の主体を患者に限定し,医療者はそれを“外側から”支援する」という一般的な考え方を否定し,医療者もまた意思決定に関与する主体として位置付けようという提案だ。それもあって本書では一貫して「意思決定支援」という用語を使っていない。これは一歩踏み込んだ医療者のかかわりを正面から肯定するモデルであり,ただしその一方でやり方によっては医療者中心の意思決定へと「退行」しかねない立場でもある。

 だからこそ,著者はそうならないための仕掛けを随所に効かせている。特にあの手この手で著者が説明するのは,医療者が前提としている価値が特殊なものであり,それは必ずしも患者にとっては優先すべき価値ではないこと,両者には対立があることを自覚すること(わかり合えないことをわかり合うこと)の重要性である。逆に言えば,専門家としての価値に基づいて特定の選択肢を推奨する,という形で意思決定に深く関与するからこそ,自分の価値に対する反省的な認識が不可欠となる,というわけである。ここには新しい時代の専門家のモデルがある。

 私たちはいま,かつてないほど自由で不自由な社会に生きている。それぞれの自由な選択を表面的には尊重し,「自分で決めること」が至上の価値になる一方,それ故に「自由に」他者とかかわることが難しくなっている(「人それぞれなんだから放っておけばよい」という圧力)。ここを抜け出して「少しおせっかいな社会」(清水哲郎)に向かうには,どのような論理と技法が必要だろうか。本書は専門家による意思決定への関与という主題に即して,この問いに対して一つの解を出した。その意味で,医療者向けのテキストとして書かれているものの,それを超えて広い読者に読まれることを期待したい。


最良の意思決定に関与するための羅針盤
書評者:秋山 美紀(慶大教授・環境情報学部/医学部大学院健康マネジメント研究科)

 「膵臓のがんが,肝臓のあちこちに転移してます」。今年7月,都内のがん専門病院で,母が宣告を受けた。説明を聞いた母の口から最初に出てきた言葉は,「先生,今年パスポートを10年更新したばかりなんですけど……」だった。説明した医師も,隣にいた私も意表を突かれ,しばしの沈黙となった。

 著者の尾藤誠司氏は,ロック魂を持った総合診療医であり,臨床現場の疑問に挑戦し続けるソリッドな研究者でもある。諸科学横断的な視座から探求し続けてきた研究テーマは,臨床における意思決定(注:医師決定ではなく意思決定)である。尾藤氏は約15年前に『医師アタマ―医師と患者はなぜすれ違うのか?』(医学書院,2007)を出版し,誤ったエビデンス至上主義がはびこりつつあった医学界へ一石を投じた。その数年後には一般向けに『「医師アタマ」との付き合い方―患者と医者はわかりあえるか』(中公新書クラレ,2010)という新書を出した。帯に「医師の取扱説明書」とあるとおり,患者・市民が医師の思考パターンを理解し,良好な関係を築けるような知恵が詰まったわかりやすい書籍だった。

 さて,今回出版された『患者の意思決定にどう関わるか?―ロジックの統合と実践のための技法』は,氏のこれまでの集大成となる渾身の学術書であり,実践への指南書でもある。今日まで蓄積されてきた,臨床の意思決定を考える上で不可欠な理論や領域(例えば,プロフェッショナリズム,臨床倫理,さまざまな行動科学理論,EBM,ナラティブ,さらには生成AIに至るまで)を網羅するだけでなく,そこに経験を積んだ臨床家ならではの深い考察と分析が加えられている。思弁的な部分と実践的な部分が交差する本書は,実用的でありながらも,経験知やハウツーを伝える医学書とは明らかに一線を画している。

 医師と患者の関係は,医師が主導権を持つパターナリズム,サービス消費者ととらえられる患者が力を持つコンシューマリズムを行き来し,SDM(shared decision making:共同意思決定)の時代に入ったといわれている。PubMedで論文を検索すると,2010年代半ばからは,SDMの論文刊行数がインフォームド・コンセント(IC)を抜いて急上昇し続けている。しかし,ICもSDMもEBMも全て,欧米から輸入された概念である。それらが登場した文脈や,めざす理念は理解できたとしても,実際の診療現場にそれらをやみくもに落とし込もうとすると大きな困難と混乱にぶつかる。日々の診療は,「決める」という行為の連続である。時間に追われる中,目の前の患者の訴えは置き去り,EBMもICも形骸化し,医療者にとっての正解を押し付けてしまうことも多いだろう。

 例えば,医療者は知識やエビデンスなどを,患者は自身の価値観や病の体験などを持ち寄り,共同で意思決定を行うことは可能なのだろうか。そもそも両者は何をシェアすべきなのか。両者の信頼とはどのようなことをいっているのか。本書では,そうした疑問を持つ医療者が思考を深め納得できるよう議論が展開されていく。本書は,患者の意思決定の「支援」ではなく,意思決定への「関与」が大事だと強調している。支援と関与はどのように異なるのか,なぜ支援より関与が大事なのか,ぜひ臨床家の皆さんに本書を手に取って確認していただきたい。

 冒頭で紹介した母は,告知の2か月半後に彼岸へ旅立った。パスポートは使えなかったが国内旅行を2回楽しみ,自宅で家族に手を握られながら息を引き取った。母にとって最良の意思決定ができたのか,本書を読みながら考え続けている。

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