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『苦手な人もこれで安心! 4つのStepで考える てんかんの精神症状』より

連載 兼本 浩祐

2025.08.13

てんかんのケアに携わっているものの,てんかんに伴う精神科的問題の対応に困っている脳神経内科・脳神経外科の先生方,そして,てんかんに伴う精神科的なケアを頼まれているけれども,てんかんのことがわからな くて困っている精神科の先生方に向けて執筆された書籍『苦手な人もこれで安心! 4つのStepで考える てんかんの精神症状』。

「医学界新聞プラス」では,本書の核となるてんかん診療に重要な4Stepの紹介とともに,具体的に4Stepをどう診療に生かしていくかを,全5回にわたってお届けします。


この節では,抗てんかん薬の服用に関連して最も頻繁に遭遇する3つの精神症状,すなわち,イライラ感と攻撃性,うつ状態,精神病(特に交代性精神病)について紹介します51)

A イライラ感,攻撃性,かんしゃく

1 レベチラセタム誘発性易刺激性(病感がある場合)

欠神発作に対してエトスクシミドを用いた場合は別として,特発性全般てんかんの治療薬として,バルプロ酸が主流であった時代には,薬物治療によって重篤な気分変化が生じることはほとんどありませんでした。しかし,レベチラセタムの登場以降,気分の変調は一部の人たちには大きな問題となり,本人だけでなく周囲の人たちも,腫れ物に触るように接しなければならなくなって投薬の継続が難しくなる場合が出てきました。

Case 14

20歳の女性。13歳のとき,体育の授業中に初めて強直間代発作を起こした。脳波では,3〜4 Hzの全般性多棘徐波が記録された。バルプロ酸400 mgが開始され,4ヵ月後に強直間代発作が再発したため,バルプロ酸は800 mgに増量され,その後6年間,発作は抑制されていた。

当院を初めて受診する6ヵ月前,この女性と母親はそのときに処方医であった脳神経内科医に,将来出産する可能性があることを考慮して,バルプロ酸を他の薬剤に変更すべきかどうか尋ねた。主治医の返答が曖昧で要領を得なかったことに不安を覚え,主治医を変更したところ,バルプロ酸からラモトリギンへの変更が試みられたがふらつきが生ずるとともに強直間代発作が再燃し,当科へ紹介受診となった。ラモトリギンの血中濃度は15μg/mLを超えており,ふらつきが生ずるこの濃度でも発作が再燃していることから,レベチラセタムへの変更を行った。

しかし,2週間後の再来時には,付き添いの母親は「娘は常時機嫌が悪くちょっとしたことでつっかかってきて,相手をするのがとても大変です」と訴え,本人も「ひどいときとそうでもないときはあるが1日中何とも言えない不快な感覚がある」と報告した。この気分の変化はレベチラセタムが原因である可能性が高いと説明したが,本人はラモトリギンの導入の失敗やバルプロ酸の催奇形性を考えると,レベチラセタムを継続できればそのほうがよいのではないか,そのうち,副作用に慣れるのではないかと主張し,用量を減らしてレベチラセタムを継続することになった。しかし,半年間の悪戦苦闘の末,ついに彼女はレベチラセタムの継続を断念し,とりあえず,今のところは妊娠の予定がないことも勘案し,もとのバルプロ酸に戻すことになった,以降 ,発作の再発もなく,変更から1週間経たないうちにイライラ感は消失した。

2 レベチラセタム誘発性易刺激性(病感がない場合)

場合によっては,レベチラセタムによる行動パターンの変化は,診察室では目立たず,外来診療で本人のみと会っているだけでは見過ごしてしまう場合があります。

Case 15

30代半ばの男性。妻と2人の娘との4人暮らし。子煩悩で娘をかわいがっている。20代前半に強直間代発作で初発。当科初診までに9回の強直間代発作を経験していた。強直間代発作に前駆して,人が言っていることが分からなくなる前兆が起こることがあるのを途中から自分自身で気づいた。当科来院までに,1日量300 mgの フェニトインが投与され,血中濃度は18μg/mLであった。初診の2年前から発作は消失していたが,男性は両足のしびれ感を訴えていた。さらにアキレス腱反射の消失も確認されたため,フェニトインに代えてレベチラセタム1日2,000 mgの投与を開始した。切り替えは成功し,その後12ヵ月間てんかん発作の再燃はなく,外来の様子では行動変化も認められなかった。さらに,面談の際にも態度に変化はみられなかった。

切り替えから12ヵ月後,突然,男性の妻が診察室に現れ,「子煩悩で子どもには大きな声1つあげたことがなかった主人が,薬が替わってからちょっとしたことで下の娘に怒鳴ってばかりいるようになりました。どうにかしてもらわないとこのままでは耐えられません」と訴えた。男性自体はこのような家族に対する自分の態度の変化に気づいておらず,妻の説明に納得ができず,薬剤の変更に抵抗したが,レベチラセタムをラコサミド1日400 mgに切り替えたところ,攻撃的な行動は速やかに消失した。発作の再燃もない。

この症例における教訓は,てんかん患者における精神医学的問題に精通した専門医や,当の患者自身でさえも,劇的な行動の変化に気づかない場合があるということです。このような見落としを避けるため,とりわけ表6に示したネガティブな向精神作用を及ぼすことのある抗てんかん薬を処方する際には,患者だけではなくその家族に精神医学的副作用の可能性について説明し,その出現を疑った場合,間違っていてもよいので一報するよう促しておくことが有用です。

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Clinical tips 6
ネガティブな向精神作用が想定されている抗てんかん薬を処方する場合は,患者や家族にそのことについて注意を促し,家族や介護者が何か精神的な変化に気づいたらすぐに知らせてくださいとあらかじめお願いをしておく。

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3 レベチラセタム誘発性かんしゃく

また,行動変容は,服用者のもともとの性格のうちにシームレスに溶け込んでいて,特に子どもや知的障害を持つ人の場合,簡単に見過ごされ,もともとの性格による心因的な反応だと誤って解釈されてしまうことも少なくありません。

Case 16

5歳の女児。初診の4ヵ月前に,強直間代発作が2回連続して起こったが,MRI上も脳波上も特記すべき所見なく,担当小児科医はレベチラセタム250 mgの投与を開始した。この女児はもともとかんしゃく持ちで何かを欲しがると床に転がって泣きわめいたりすることが少なからずあったが,ここ何ヵ月はかんしゃくの回数や激しさが増し,自分の思い通りにならなかったり,気に入らないことがあると,大声で叫んだり,両親に噛みついたりといった状態が30分以上,時には1時間近く続いていた。こうした状態が,抱っこの仕方や食事の内容など,小さなきっかけに反応して毎日何度か起こるため,父親も会社を早退して帰宅し,母親の支援をしなくてはならないようになり,疲れ果てた両親は小児科医に助けを求めた。小児科医は女児を発達障害の専門医に紹介した。専門医は女児を ADHDと診断し, メチルフェニデートを投薬開始したが,かんしゃくへの効果はほとんどなかった。

母親はたまたま当施設の事務員として働いており,昼休みにこの話をわれわれに相談した。われわれは担当の小児科医に,レベチラセタムが精神症状を引き起こしている可能性がないとは言えないことを伝えたところ,バルプロ酸が代替として開始された。この抗てんかん薬の切り替え後,女児の行動は劇的に改善し,かんしゃく発作は完全になくなった。

Case 15のように,行動変化がもともとその人の行動パターンとは異なっている場合,少なくとも家族は投薬の変更,あるいは開始のせいではないかと比較的容易に気づくことができます。対照的に,Case 16のように,行動変化がもともとの性格の延長線上として十分理解できる場合,特に児童においては発達の途上で自然に行動変化が生ずることはままあるので,専門家であっても容易に見過ごしやすく,特に精神症状の受け持ち担当医とてんかんの担当医が異なっている場合にはこうした見過ごしが生じやすくなります。

4 ペランパネルによる攻撃性

レベチラセタムと比較すると,他の薬剤によって誘発されるイライラ感や攻撃性の増大は,周囲の人々や当事者に気づかれやすい傾向があります。

Case 17

男子高校生。強直間代発作が毎週起こり,抗てんかん薬の度重なる調整にもかかわらず発作が軽減しないため,発症後1年目に当院へ紹介受診となった。脳波記録では,全般性の棘徐波複合体とそれに先行する右前頭部の律動性速波活動が繰り返し確認された。最大用量の カルバマゼピン,レベチラセタム,トピラマートを試みたが,強直間代発作をコントロールすることはできなかった。最終的に, ペランパネルをラコサミドに追加し,2 mgから8 mgまでゆっくりと漸増したところ,発作のコントロールに成功した。

しかし,ペランパネルを8 mgまで漸増した2ヵ月後,学校でトラブルが頻発しだした。彼に偉そうな態度で接した同級生の襟首をつかんで壁に押しつけ「殴るぞ」と脅す,威圧的な指導をした教員と激しく口論し,怒って学校を飛び出すなどした。両親は何度も学校に呼び出され,このため当科に紹介受診となった。ペランパネルの用量を8 mgから7 mgに減量したところ,目に見えて学校でのトラブルは報告されなくなった。しかし,その3ヵ月後,通学の電車の中で強直間代発作が再燃し,頭部を負傷した。このため,ペランパネルの8 mg投与を再度試みたが,増量の2週間後,両親は,男児が再びちょっとした刺激で爆発するようになり,学校にも行かなくなった。ペランパネルを7 mgに再度減量したところ,こうしたイライラ感は次第に改善し,復学した。

ペランパネルの投与開始後のイライラ感や攻撃的な行動変化は,レベチラセタムでみられるものとは性質が異なっています152)。ペランパネル投与例では用量依存的に攻撃性やイライラ感が増大するのに対して55, 95),レベチラセタム投与例では用量依存性は明らかではありません。さらに,ペランパネルとレベチラセタムの攻撃性促進作用は相加的ではなく,互に独立していると考えられています55, 95)。すなわち,どちらか一方の薬剤を投与されている患者に,もう一方の薬剤を追加投与しても必ずしも攻撃的行動の発現リスクは高まらないことが知られています。さらに知的障害を伴う人では,ペランパネルを投与された場合,特に1日投与量が6 mgを超えると,攻撃的行動が誘発されるリスクが高まると報告されています310)

文献

51) Chen B, Choi H, Hirsch LJ, et al. Psychiatric and behavioral side effects of antiepileptic drugs in adults with epilepsy. Epilepsy Behav 2017;76:24-31
55) Chung S, Williams B, Dobrinsky C, et al. Perampanel with concomitant levetiracetam and topiramate:Post hoc analysis of adverse events related to hostility and aggression. Epilepsy Behav 2017;75:79-85
95) Goji H, Kanemoto K. The effect of perampanel on aggression and depression in patients with epilepsy:A short-term prospective study. Seizure 2019;67:1-4
152) Kawai M, Goji H, Kanemoto K. Differences in aggression as psychiatric side effect of levetiracetam and perampanel in patients with epilepsy. Epilepsy Behav 2022;126:108493
310) Villanueva V, Garcés M, López-González FJ, et al. Safety, efficacy and outcome-related factors of perampanel over 12 months in a real-world setting:The FYDATA study. Epilepsy Res 2016;126:201-210


註釈

エトスクシミド:主に欠神発作の治療に用いられる抗てんかん薬。エトスクシミドが欠神発作をコントロールするメカニズムは,視床皮質路と密接に関連する低電位活性型T型カルシウムチャネルと関連しているとされる。この薬剤を使用した症例では交代性精神病が報告されており,処方用量とは無関係に起こりうる。エトスクシミドで強制正常化による精神病が生じた症例でも,バルプロ酸で欠神発作が止まった場合には,交代性精神病は通常は観察されない。
Wolf P, et al(1984)[PMID:6425048]

全般性多棘徐波:4~6サイクルの多棘徐波複合からなる全般性多棘徐波は,若年ミオクロニーてんかん症例でよく遭遇する。特に覚醒後の肩や腕の両側性のミオクロニー,ピクピクは,この脳波の出現としばしば関連している。ただし,これは全般性ミオクロニーがてんかんによって出現する病態一般にみられる脳波異常であって,若年ミオクロニーてんかんに限定して検出されるわけではない。
Janz D(1985)[PMID:3936330]

ラモトリギン:ラモトリギンはナトリウムチャネル遮断薬の1つである。この薬剤は,抗うつ作用を有する点に特徴がある。ラモトリギンは焦点てんかんと全般てんかんの両方に有効な広域スペクトラムの薬剤である。急速に血中濃度を上げると重症の薬疹が出現する確率が高まる。
Ettinger AB, et al(2007)[PMID:17071141]

フェニトイン:フェニトインは強力なナトリウムチャネル遮断薬で,20世紀には焦点てんかん治療の「切り札」と広く考えられていた。しかし,長期高用量での連用による不可逆的な小脳萎縮や末梢神経障害など,重大な副作用が生じることはよく知られている。最近の総説や研究では,この薬剤はネガティブな向精神作用のないカテゴリーに分類される傾向にあるが,多数の症例で用いられていた20世紀においては,ネガティブな向精神作用のある代表的な薬剤と考えるのが一般的であった。
Iivanainen M(1998)[PMID:10030428]

ADHD:ADHDは,てんかんの小児にもよく併存する。メチルフェニデートは小児のてんかん患者にとって忍容性が高く,有効な治療選択肢であることが証明されているが,特に抗てんかん薬の変更後にADHDの症状が表れた場合には,まず抗てんかん薬が原因でないかを疑ってみる必要がある。
Auvin S, et al(2018)[PMID:30178479]

メチルフェニデート:精神刺激薬で,ADHD治療の第一選択薬の1つ。ナルコレプシーの症例にも適用される。てんかん患者に対する安全性についてはStep 3-3を参照[☞169頁]。

カルバマゼピン:焦点てんかんに効果を有する強力なナトリウムチャネル遮断薬。カルバマゼピンは,焦点てんかんに対する第一選択薬として長い間使用されてきた。稀にスティーブンス・ジョンソン症候群や薬剤性過敏症症候群など,致死的な副作用が発現する可能性があるため,同効薬が認可された現在では,専門医の間では処方頻度が低下する傾向にある。

ペランパネル:AMPA受容体拮抗薬としてのユニークな作用により,焦点性,全般性を問わず,強直間代発作に高い有効性を示す。知的障害のある患者においては特に,攻撃性を用量依存的に高めることがある。
Villanueva V, et al(2016)[PMID:27521586]

 

兼本先生、てんかんの精神症状ってどう対処したらいいんですか?

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本書は、2023年7月にKindle Direct Publishingで自己出版された“Coping with PSYCHIATRIC ISSUES in Patients with Epilepsy”を著者自ら翻訳し、加筆修正を行った日本語版です。

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