臨床てんかん学
臨床で“使える”てんかんのエンサイクロペディア、待望の刊行
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小児科、神経内科、脳神経外科、精神科などの複数の診療科で扱われながら、複雑な病態生理をもつことにより、臨床家と研究者双方の関心を惹いているてんかん。その基礎医学、症候学、診断、検査、治療、そして患者のケアまで、エキスパートの編集・執筆により、数多くの情報を網羅したエンサイクロペディアがここに刊行。進歩著しいてんかん学の現在を標し、また未来を示すマイルストーンといえる1冊。
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
開く
序
てんかん学はどうしてこんなにおもしろいのか.本書はてんかんに対して,基礎の立場からであれ臨床の立場からであれ,汲めども尽きぬ興味をもつ諸先生に執筆をお願いしたその集大成である.
てんかん学が魅惑的なのにはいくつかの理由があると思われるが,誰もが出会いうる数の多い疾患であることに加えて,適切な投薬でほぼ7割の人が発作のコントロールができるという点がまずは大きいであろう.臨床医にとって自分の処方した薬剤で,それまで困っていた人たちを助けることができたというのは何にも代えがたい喜びだからである.
他方で,千差万別の症状が出現するてんかんの多様さは,確かに診断において一定の修練を要求するし,抗てんかん薬の作用点の多さは,その使い方を複雑にし,結果としてはてんかんの治療に参入するに際しての敷居を高くするところがある.しかし,この多様さと複雑さは,てんかん学のおもしろさと表裏一体の関係にある.たとえば心臓という臓器と脳という臓器はともに電気的に駆動されるという点では共通しているが,心臓が同期することによって機能するのに対して,脳は同期してしまうと機能を基本的には停止するという正反対の位置取りをしている.脳は部分部分が同期をせずに多様に機能するところに臓器としての特徴があり,てんかんという疾患の多様さは,てんかんが脳の機能を活写する生きた鏡のような疾患であるからこそではないかと思えるのである.
本書に収載された膨大な知識とさらにそれが日進月歩に進んでいく様子を眼前にすると,人ひとりが後百年,二百年と勉強してもとても修得することはできない巨大な山岳のような知識がてんかん学というものにあって,自分が触れることができるのはそのごく一部だけなのではないかという思いに捉われる.他方で母国語でこれだけの本を編纂できる国はそれほど多くはないだろうということも強く思い起こされ,多くのわが国の先達がこれまで踏み固めてきた道があるからこそ,われわれは母国語で高い水準の知識に触れることができるのであり,そのことへの感謝の念を新たにするところがあった.
てんかんという病は,新生児から老年期まであらゆる年齢層でさまざまの重篤度とさまざまの形をとって現われ,その山をどこから見上げるかで全く風景を変える山脈のようでもある.小児科,神経内科,脳神経外科,精神科といった臨床の諸領域でその見え方が大きく違うだけではなくて,基礎科学であればそれとはまた全く違った水準の見え方があり,また,本書の企画に関しては患者・家族の立場からの提言も受け,暮らしの中から見えるてんかんという視点も加わった.もちろんひとりの人間がこの広大な山脈のすべてを綿密に踏破することは叶うべくもないが,自分の立ち位置から少し離れてこの山脈を時に遠望するだけで,自身の立ち位置から見えるてんかん学への新たなインスピレーションが湧いてくるということもあるように思う.
てんかん学はどこまで分け入っていっても切りがないほど深く高い山である一方で,それよりももっと広いなだらかな平原が麓にはあって,必要なわずかな知識をきちんと修得しさえすれば,7割の患者・家族の役に立てる効率の良い臨床領域でもある.どこまで分け入っても所詮踏破はできない深く高い山である.麓近くで多くの人達を手助けしようとする一般医も,頂上を目指してロッククライミングをする専門医も同じ道を志すという意味では同好の士であることは変わりない.本書が,てんかんに携わるすべての人達にとって少しでも役立つことを編集者一同を代表して祈念するものである.
2015年9月
編者を代表して
兼本 浩祐
てんかん学はどうしてこんなにおもしろいのか.本書はてんかんに対して,基礎の立場からであれ臨床の立場からであれ,汲めども尽きぬ興味をもつ諸先生に執筆をお願いしたその集大成である.
てんかん学が魅惑的なのにはいくつかの理由があると思われるが,誰もが出会いうる数の多い疾患であることに加えて,適切な投薬でほぼ7割の人が発作のコントロールができるという点がまずは大きいであろう.臨床医にとって自分の処方した薬剤で,それまで困っていた人たちを助けることができたというのは何にも代えがたい喜びだからである.
他方で,千差万別の症状が出現するてんかんの多様さは,確かに診断において一定の修練を要求するし,抗てんかん薬の作用点の多さは,その使い方を複雑にし,結果としてはてんかんの治療に参入するに際しての敷居を高くするところがある.しかし,この多様さと複雑さは,てんかん学のおもしろさと表裏一体の関係にある.たとえば心臓という臓器と脳という臓器はともに電気的に駆動されるという点では共通しているが,心臓が同期することによって機能するのに対して,脳は同期してしまうと機能を基本的には停止するという正反対の位置取りをしている.脳は部分部分が同期をせずに多様に機能するところに臓器としての特徴があり,てんかんという疾患の多様さは,てんかんが脳の機能を活写する生きた鏡のような疾患であるからこそではないかと思えるのである.
本書に収載された膨大な知識とさらにそれが日進月歩に進んでいく様子を眼前にすると,人ひとりが後百年,二百年と勉強してもとても修得することはできない巨大な山岳のような知識がてんかん学というものにあって,自分が触れることができるのはそのごく一部だけなのではないかという思いに捉われる.他方で母国語でこれだけの本を編纂できる国はそれほど多くはないだろうということも強く思い起こされ,多くのわが国の先達がこれまで踏み固めてきた道があるからこそ,われわれは母国語で高い水準の知識に触れることができるのであり,そのことへの感謝の念を新たにするところがあった.
てんかんという病は,新生児から老年期まであらゆる年齢層でさまざまの重篤度とさまざまの形をとって現われ,その山をどこから見上げるかで全く風景を変える山脈のようでもある.小児科,神経内科,脳神経外科,精神科といった臨床の諸領域でその見え方が大きく違うだけではなくて,基礎科学であればそれとはまた全く違った水準の見え方があり,また,本書の企画に関しては患者・家族の立場からの提言も受け,暮らしの中から見えるてんかんという視点も加わった.もちろんひとりの人間がこの広大な山脈のすべてを綿密に踏破することは叶うべくもないが,自分の立ち位置から少し離れてこの山脈を時に遠望するだけで,自身の立ち位置から見えるてんかん学への新たなインスピレーションが湧いてくるということもあるように思う.
てんかん学はどこまで分け入っていっても切りがないほど深く高い山である一方で,それよりももっと広いなだらかな平原が麓にはあって,必要なわずかな知識をきちんと修得しさえすれば,7割の患者・家族の役に立てる効率の良い臨床領域でもある.どこまで分け入っても所詮踏破はできない深く高い山である.麓近くで多くの人達を手助けしようとする一般医も,頂上を目指してロッククライミングをする専門医も同じ道を志すという意味では同好の士であることは変わりない.本書が,てんかんに携わるすべての人達にとって少しでも役立つことを編集者一同を代表して祈念するものである.
2015年9月
編者を代表して
兼本 浩祐
目次
開く
第1章 歴史的展望
A 欧米におけるてんかんの歴史
B 日本におけるてんかんの歴史
C てんかん分類の歴史
D てんかん外科の歴史
第2章 てんかんの疫学
第3章 てんかんの病理学
A 海馬硬化
B 大脳異形成
C てんかん原性脳腫瘍
D 周産期脳障害,頭部外傷,脳血管障害
E その他
第4章 てんかんの生理学
A てんかん原性とは何か
B てんかんにかかわるイオンチャネル
C てんかんにかかわるシナプス伝達物質と受容体
D 脳内環境のホメオスターシス
E 焦点性てんかんの神経機序
F 欠神てんかんの神経機序
第5章 てんかんの遺伝学
A 遺伝・遺伝子関係の用語解説
B 遺伝性疾患の種類と対応するてんかん関連疾患
C メンデル(Mendel)型の遺伝を示さない一般のてんかんにおける
遺伝性の標準的な説明
D 多因子遺伝あるいはtrait markerが不明なその他のてんかん症候群
第6章 徴候・訴えから考える鑑別診断
A 訴えをいかにして病歴にするか
B 発症年齢(新生児,乳児,幼児,学童,思春期,高齢者)
C 初発・急性期
D けいれん
E 脱力・転倒
F 笑う・泣く
G 意識障害・認知障害
H 主観的訴え
第7章 てんかん発作の症候学
A てんかん発作,てんかん症候群,てんかん大分類
B 局在論からみたてんかん発作
C 発達からみたてんかん発作
D てんかん発作各論:1 自己終息型てんかん発作・発作分類
E てんかん発作各論:2 てんかん発作重積状態
第8章 器質的・構造的病因など
A 頭部外傷(外傷性てんかん)
B 脳炎
C 代謝・内分泌・自己免疫疾患
D 認知症
E 脳血管障害
F 先天奇形
G 自閉症とてんかん
H 周産期障害
I 脳腫瘍
J 薬物,薬物離脱
第9章 精神・行動随伴症状
A 疫学
B 注意欠如多動性障害および広汎性発達障害
C 精神病,気分障害,その他
第10章 検査
A 脳波
B 画像検査
C 心理学的検査
D 血液検査
第11章 てんかんおよびてんかん類似症候群
A 特発性全般てんかん
B 年齢依存性焦点性てんかん
C てんかん性脳症
D 年齢非依存性焦点性てんかん
E 反射てんかん
F その他のてんかん症候群
G 急性症候性発作
H 状況依存性機会性けいれん
I 進行性ミオクローヌスてんかん
J てんかん類似症候群
K てんかんを主たる症状としメンデル型遺伝を示す疾患
L 遺伝子変異がてんかんだけでなく脳症も生ずるか,遺伝子変異が脳の形態異常を
もたらしそれが間接的にてんかんの原因となる疾患
第12章 薬物療法
A 抗てんかん薬の選択
B 抗てんかん薬の吸収から排泄まで
C 薬物相互作用
D 作用機序
E 副作用
F 催奇形性,授乳,子どもへの影響
G 薬物療法の終結
H 薬剤抵抗性の機序
I 抗てんかん薬(経口)
J 抗てんかん薬(注射剤)
K 副腎皮質刺激ホルモン,免疫グロブリン
L その他
M てんかん発作の閾値を下げる薬剤
N 特に併用に注意すべきその他の薬物
第13章 てんかん外科手術
A 薬剤抵抗性と手術適応
B 術前検査とインフォームド・コンセント
C 主要な術式
D 病態ごとに適した手術術式と手術予後
E 外科手術後のQOL
第14章 その他の治療法
A ケトン食
B 迷走神経刺激療法(VNS)
C 脳電気刺激療法と三叉神経刺激療法
D バイオフィードバック療法
E 局所脳冷却法と定位的レーザー焼灼法
第15章 ライフステージによる課題とその対処法
A 乳幼児期
B 学童期
C 思春期・青年期
D 高齢者
E QOLを決定しているものは何か
第16章 医療連携
A てんかんネットワーク
B キャリーオーバーの連携
C 社会資源の活用
D 包括的治療
第17章 ガイドラインの特徴と使い方
A 日本てんかん学会
B 日本神経学会
索引
A 欧米におけるてんかんの歴史
B 日本におけるてんかんの歴史
C てんかん分類の歴史
D てんかん外科の歴史
第2章 てんかんの疫学
第3章 てんかんの病理学
A 海馬硬化
B 大脳異形成
C てんかん原性脳腫瘍
D 周産期脳障害,頭部外傷,脳血管障害
E その他
第4章 てんかんの生理学
A てんかん原性とは何か
B てんかんにかかわるイオンチャネル
C てんかんにかかわるシナプス伝達物質と受容体
D 脳内環境のホメオスターシス
E 焦点性てんかんの神経機序
F 欠神てんかんの神経機序
第5章 てんかんの遺伝学
A 遺伝・遺伝子関係の用語解説
B 遺伝性疾患の種類と対応するてんかん関連疾患
C メンデル(Mendel)型の遺伝を示さない一般のてんかんにおける
遺伝性の標準的な説明
D 多因子遺伝あるいはtrait markerが不明なその他のてんかん症候群
第6章 徴候・訴えから考える鑑別診断
A 訴えをいかにして病歴にするか
B 発症年齢(新生児,乳児,幼児,学童,思春期,高齢者)
C 初発・急性期
D けいれん
E 脱力・転倒
F 笑う・泣く
G 意識障害・認知障害
H 主観的訴え
第7章 てんかん発作の症候学
A てんかん発作,てんかん症候群,てんかん大分類
B 局在論からみたてんかん発作
C 発達からみたてんかん発作
D てんかん発作各論:1 自己終息型てんかん発作・発作分類
E てんかん発作各論:2 てんかん発作重積状態
第8章 器質的・構造的病因など
A 頭部外傷(外傷性てんかん)
B 脳炎
C 代謝・内分泌・自己免疫疾患
D 認知症
E 脳血管障害
F 先天奇形
G 自閉症とてんかん
H 周産期障害
I 脳腫瘍
J 薬物,薬物離脱
第9章 精神・行動随伴症状
A 疫学
B 注意欠如多動性障害および広汎性発達障害
C 精神病,気分障害,その他
第10章 検査
A 脳波
B 画像検査
C 心理学的検査
D 血液検査
第11章 てんかんおよびてんかん類似症候群
A 特発性全般てんかん
B 年齢依存性焦点性てんかん
C てんかん性脳症
D 年齢非依存性焦点性てんかん
E 反射てんかん
F その他のてんかん症候群
G 急性症候性発作
H 状況依存性機会性けいれん
I 進行性ミオクローヌスてんかん
J てんかん類似症候群
K てんかんを主たる症状としメンデル型遺伝を示す疾患
L 遺伝子変異がてんかんだけでなく脳症も生ずるか,遺伝子変異が脳の形態異常を
もたらしそれが間接的にてんかんの原因となる疾患
第12章 薬物療法
A 抗てんかん薬の選択
B 抗てんかん薬の吸収から排泄まで
C 薬物相互作用
D 作用機序
E 副作用
F 催奇形性,授乳,子どもへの影響
G 薬物療法の終結
H 薬剤抵抗性の機序
I 抗てんかん薬(経口)
J 抗てんかん薬(注射剤)
K 副腎皮質刺激ホルモン,免疫グロブリン
L その他
M てんかん発作の閾値を下げる薬剤
N 特に併用に注意すべきその他の薬物
第13章 てんかん外科手術
A 薬剤抵抗性と手術適応
B 術前検査とインフォームド・コンセント
C 主要な術式
D 病態ごとに適した手術術式と手術予後
E 外科手術後のQOL
第14章 その他の治療法
A ケトン食
B 迷走神経刺激療法(VNS)
C 脳電気刺激療法と三叉神経刺激療法
D バイオフィードバック療法
E 局所脳冷却法と定位的レーザー焼灼法
第15章 ライフステージによる課題とその対処法
A 乳幼児期
B 学童期
C 思春期・青年期
D 高齢者
E QOLを決定しているものは何か
第16章 医療連携
A てんかんネットワーク
B キャリーオーバーの連携
C 社会資源の活用
D 包括的治療
第17章 ガイドラインの特徴と使い方
A 日本てんかん学会
B 日本神経学会
索引
書評
開く
臨床現場で役立つてんかんの百科事典
書評者: 大澤 真木子 (東女医大名誉教授)
一言で言えば,素晴らしい書である! 国際的にも活躍中で著名な各分野のリーダーである5人の編集者〔兼本浩祐氏(精神医学),丸栄一氏(基礎医学),小国弘量氏(小児神経学),池田昭夫氏(神経内科学),川合謙介氏(脳神経外科学)〕による,臨床現場で役立つてんかんの百科事典のような本である。数多くの執筆者は,熱烈なてんかん学探究者であり,それぞれの分野で眼を輝かせながらそれぞれの視点でてんかんの真実に迫ろうと日々切磋琢磨しておられる。本文653頁,英文索引6頁,和文索引11頁,図228点 表116点より成る。
「第1章 歴史的展望」では欧米,日本,分類,外科治療の歴史が,「第2章 てんかんの疫学」では疫学調査の方法,成績,今後の方向が,「第3章 てんかんの病理学」では,海馬硬化,大脳異形成,てんかん原性脳腫瘍や周産期脳障害,脳動静脈奇形,海綿状血管腫など脳血管障害や先天代謝異常症が美しいカラーの図で説明されている。
「第4章 てんかんの生理学」ではキンドリング,イオンチャネル,シナプス伝達物質と受容体,グリア細胞や血液―脳関門の機能にも言及している。脳内環境のホメオスターシス,焦点性てんかん,欠神てんかんの神経機序が親切な図と新知見とともに整理可能で,抗てんかん薬の作用機序の理解にも有用である。
「第5章 てんかんの遺伝学」では,遺伝・遺伝子関係の用語解説から始まり,メンデル遺伝形式を示す疾患とてんかん,先天的な構造異常(限局性皮質異形成,異所性灰白質,裂脳症,神経皮膚症候群),特発性全般てんかんと遺伝性の標準的な説明がある。
「第6章 徴候・訴えから考える鑑別診断」では,鑑別診断は専門家であっても決して容易な作業でないことにも言及し,てんかん診断の特異性と醍醐味を「証言の積み重ねによって起こった出来事を再構築する裁判の判決のような作業」と初心者にも合点がいくように述べられている。症例の経過見取り図や,初発てんかん発作らしい発作に遭遇したときの鑑別診断のプロセスが図示されている。けいれんという語の曖昧さや,症候として脱力・転倒,笑い・泣き,意識障害・認知障害,主観的訴えにも言及している。
「第7章 てんかん発作の症候学」では年齢と特異的てんかん症候群の分布図と解説もあり,脳の発達に伴い発作が発生し年齢とともに自己解決するてんかん症候群の不思議に迫る。
「第11章 てんかんおよびてんかん類似症候群」では,前者では反射てんかんが詳述され,また後者では,心因性非てんかん性発作,失神,片頭痛,一過性脳虚血発作,一過性全健忘,ナルコレプシー,レム睡眠行動障害や発作性(非)運動誘発性ジスキネジアなどの状態にも記述が及ぶ。
「第15章 ライフステージによる課題とその対処法」では,学校生活,告知,ピア・カウンセリング,就労,結婚,妊娠・出産,運転免許,公的助成制度,さらには親亡き後の介護にまで言及されており,患者に真正面から向き合い全人的医療を考慮したもので,臨床に役立つことを見据えた本書ならではの取り上げ方であろう。さらに,医療連携(第16章),ガイドラインの特徴と使い方(第17章)にも言及されている。
専門医も高度な知識をリフレッシュできる一冊
書評者: 田中 達也 (旭川医大名誉教授/国際抗てんかん連盟(ILAE)副理事長)
てんかんは,2000年以上の前から難治の病として知られており,根本的な治療法の模索が現代までも続いている極めて特殊な病態でもある。世界の人口は約72億7000万人と報告されている(「世界人口白書2014」より)。人口の約0.8%がてんかんに罹患していることから,全世界には,約5810万人以上のてんかん患者がいることになる。てんかんは治療費の面からも,各国の行政上の政策としても,非常に重要な課題と考えられている。
日本の現在の人口は1億2000万人強となり,約100万人の患者が推定されているが,80%以上の症例では,きちんとした治療により発作はコントロールされており,通常の社会生活が十分に可能である。しかし,てんかんの大きな問題点は,偏見である。このため,学校生活,雇用,人間関係にさまざまな問題があり,社会的な弱者に対しての,法制度の整備も十分とは言えない状況にある。2011年と2012年に起きた,てんかん患者による悲惨な交通事故は,てんかん治療の社会的な問題の複雑さ,てんかん治療の重要性を再認識させられた。しかし,一面では,法制度整備の盲点を浮き上がらせたとも考えられる。
このたび,医学書院から兼本浩祐先生(編集者:国際抗てんかん連盟てんかん精神医学委員会委員長)らによる『臨床てんかん学』が刊行されたのは,実に時の要求に応えたものと言える。本書は,日本を代表するてんかん専門の基礎および臨床の研究者による分担執筆で構成されている。てんかんの基礎医学,症候学,診断学,薬物治療および外科治療,てんかんの社会的問題,日本てんかん学会および日本神経学会のてんかんガイドラインなど,この一冊にてんかんに関する最新のエッセンスが全て網羅されている。
始めに,てんかんメカニズムを理解するために必要で,しかも基本的な疫学,神経生理学,病理学が詳細に説明され,疾患各論では各分野の第一線で最も活躍されている研究者が,初心者によくわかるように,わかりやすい構成を心がけて詳細かつ丁寧に説明されている。しかもこのため,初心者はもちろんのこと,実際にてんかんを専門に治療している医師にとっても,各項目の豊富な引用文献を検索することにより,より高度な知識をリフレッシュすることが可能で,座右の書の一つになるものと思われる。本書は,てんかんを診療する内科,小児科,神経内科,脳神経外科や精神科の医師にとっては,必携のエンサイクロペディアと位置付けられる。さらに,てんかん患者をケアする,看護師,介護職員,患者家族にとっても,てんかんの基本的な介護と治療の重要性を理解するために必要なバイブルとなろう。
2015年は,てんかんに関する大きな転機が訪れた。世界保健機関(WHO)が,ジュネーブでの総会で,「てんかん医療の強化に関する決議」を採択したことである。この決議により,今後10年間,世界各国の厚生省,厚労省に,てんかんの治療,研究,創薬,一般社会への啓蒙を進めるように進言することが承認された。わが国でも,てんかんに対する新たな取り組みとして,2015年から厚労省が,てんかんネットワークの構築のための,てんかん拠点病院の指定を開始している。
本書が最新の「てんかん学」を網羅していることから,てんかんに苦しむ多くの患者を救うために奮闘している多方面の関係読者の愛読書となるものと期待している。
書評者: 大澤 真木子 (東女医大名誉教授)
一言で言えば,素晴らしい書である! 国際的にも活躍中で著名な各分野のリーダーである5人の編集者〔兼本浩祐氏(精神医学),丸栄一氏(基礎医学),小国弘量氏(小児神経学),池田昭夫氏(神経内科学),川合謙介氏(脳神経外科学)〕による,臨床現場で役立つてんかんの百科事典のような本である。数多くの執筆者は,熱烈なてんかん学探究者であり,それぞれの分野で眼を輝かせながらそれぞれの視点でてんかんの真実に迫ろうと日々切磋琢磨しておられる。本文653頁,英文索引6頁,和文索引11頁,図228点 表116点より成る。
「第1章 歴史的展望」では欧米,日本,分類,外科治療の歴史が,「第2章 てんかんの疫学」では疫学調査の方法,成績,今後の方向が,「第3章 てんかんの病理学」では,海馬硬化,大脳異形成,てんかん原性脳腫瘍や周産期脳障害,脳動静脈奇形,海綿状血管腫など脳血管障害や先天代謝異常症が美しいカラーの図で説明されている。
「第4章 てんかんの生理学」ではキンドリング,イオンチャネル,シナプス伝達物質と受容体,グリア細胞や血液―脳関門の機能にも言及している。脳内環境のホメオスターシス,焦点性てんかん,欠神てんかんの神経機序が親切な図と新知見とともに整理可能で,抗てんかん薬の作用機序の理解にも有用である。
「第5章 てんかんの遺伝学」では,遺伝・遺伝子関係の用語解説から始まり,メンデル遺伝形式を示す疾患とてんかん,先天的な構造異常(限局性皮質異形成,異所性灰白質,裂脳症,神経皮膚症候群),特発性全般てんかんと遺伝性の標準的な説明がある。
「第6章 徴候・訴えから考える鑑別診断」では,鑑別診断は専門家であっても決して容易な作業でないことにも言及し,てんかん診断の特異性と醍醐味を「証言の積み重ねによって起こった出来事を再構築する裁判の判決のような作業」と初心者にも合点がいくように述べられている。症例の経過見取り図や,初発てんかん発作らしい発作に遭遇したときの鑑別診断のプロセスが図示されている。けいれんという語の曖昧さや,症候として脱力・転倒,笑い・泣き,意識障害・認知障害,主観的訴えにも言及している。
「第7章 てんかん発作の症候学」では年齢と特異的てんかん症候群の分布図と解説もあり,脳の発達に伴い発作が発生し年齢とともに自己解決するてんかん症候群の不思議に迫る。
「第11章 てんかんおよびてんかん類似症候群」では,前者では反射てんかんが詳述され,また後者では,心因性非てんかん性発作,失神,片頭痛,一過性脳虚血発作,一過性全健忘,ナルコレプシー,レム睡眠行動障害や発作性(非)運動誘発性ジスキネジアなどの状態にも記述が及ぶ。
「第15章 ライフステージによる課題とその対処法」では,学校生活,告知,ピア・カウンセリング,就労,結婚,妊娠・出産,運転免許,公的助成制度,さらには親亡き後の介護にまで言及されており,患者に真正面から向き合い全人的医療を考慮したもので,臨床に役立つことを見据えた本書ならではの取り上げ方であろう。さらに,医療連携(第16章),ガイドラインの特徴と使い方(第17章)にも言及されている。
専門医も高度な知識をリフレッシュできる一冊
書評者: 田中 達也 (旭川医大名誉教授/国際抗てんかん連盟(ILAE)副理事長)
てんかんは,2000年以上の前から難治の病として知られており,根本的な治療法の模索が現代までも続いている極めて特殊な病態でもある。世界の人口は約72億7000万人と報告されている(「世界人口白書2014」より)。人口の約0.8%がてんかんに罹患していることから,全世界には,約5810万人以上のてんかん患者がいることになる。てんかんは治療費の面からも,各国の行政上の政策としても,非常に重要な課題と考えられている。
日本の現在の人口は1億2000万人強となり,約100万人の患者が推定されているが,80%以上の症例では,きちんとした治療により発作はコントロールされており,通常の社会生活が十分に可能である。しかし,てんかんの大きな問題点は,偏見である。このため,学校生活,雇用,人間関係にさまざまな問題があり,社会的な弱者に対しての,法制度の整備も十分とは言えない状況にある。2011年と2012年に起きた,てんかん患者による悲惨な交通事故は,てんかん治療の社会的な問題の複雑さ,てんかん治療の重要性を再認識させられた。しかし,一面では,法制度整備の盲点を浮き上がらせたとも考えられる。
このたび,医学書院から兼本浩祐先生(編集者:国際抗てんかん連盟てんかん精神医学委員会委員長)らによる『臨床てんかん学』が刊行されたのは,実に時の要求に応えたものと言える。本書は,日本を代表するてんかん専門の基礎および臨床の研究者による分担執筆で構成されている。てんかんの基礎医学,症候学,診断学,薬物治療および外科治療,てんかんの社会的問題,日本てんかん学会および日本神経学会のてんかんガイドラインなど,この一冊にてんかんに関する最新のエッセンスが全て網羅されている。
始めに,てんかんメカニズムを理解するために必要で,しかも基本的な疫学,神経生理学,病理学が詳細に説明され,疾患各論では各分野の第一線で最も活躍されている研究者が,初心者によくわかるように,わかりやすい構成を心がけて詳細かつ丁寧に説明されている。しかもこのため,初心者はもちろんのこと,実際にてんかんを専門に治療している医師にとっても,各項目の豊富な引用文献を検索することにより,より高度な知識をリフレッシュすることが可能で,座右の書の一つになるものと思われる。本書は,てんかんを診療する内科,小児科,神経内科,脳神経外科や精神科の医師にとっては,必携のエンサイクロペディアと位置付けられる。さらに,てんかん患者をケアする,看護師,介護職員,患者家族にとっても,てんかんの基本的な介護と治療の重要性を理解するために必要なバイブルとなろう。
2015年は,てんかんに関する大きな転機が訪れた。世界保健機関(WHO)が,ジュネーブでの総会で,「てんかん医療の強化に関する決議」を採択したことである。この決議により,今後10年間,世界各国の厚生省,厚労省に,てんかんの治療,研究,創薬,一般社会への啓蒙を進めるように進言することが承認された。わが国でも,てんかんに対する新たな取り組みとして,2015年から厚労省が,てんかんネットワークの構築のための,てんかん拠点病院の指定を開始している。
本書が最新の「てんかん学」を網羅していることから,てんかんに苦しむ多くの患者を救うために奮闘している多方面の関係読者の愛読書となるものと期待している。
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