医学界新聞


日本公認心理師協会の会長就任に当たって

インタビュー 信田さよ子

2022.08.01 週刊医学界新聞(通常号):第3480号より

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 開業カウンセラーとして依存症やドメスティック・バイオレンス(DV)などの問題に長年取り組んできた公認心理師・臨床心理士の信田さよ子氏が,本年6月に日本公認心理師協会の第4回臨時理事会において日本公認心理師協会の会長に就任した。長年の課題であった国家資格化を定めた「公認心理師法」の公布から今年で7年。公認心理師のさらなる活躍が期待されるなか,求められるものとは何か。信田氏に,会長就任までの経緯や今後の展望について聞いた。

――日本公認心理師協会の会長就任おめでとうございます。まずは就任までの経緯をお聞かせください。

信田 2021年の秋頃に会長就任を打診されました。仕事が立て込んでいるため初めは断ったのですが,その後事務仕事が苦手な私を支えていただけることがわかり,さまざまな状況を考えた上で,最終的に会長を引き受けることを決断しました。

――信田さんが推挙された理由は何だったのですか。

信田 たぶん私には敵がいないから,ということではないでしょうか。

――えっ?

信田 在野だからでしょうね(笑)。私設(開業)心理相談は公認心理師の中でも少数派の領域です。心理臨床の世界ではさまざまな学派があり,また基礎心理学と臨床心理学のあいだでも一種の対立があります。私はどの学派にも属さず,しがらみがないので推されたのではないかと思います。私は,できれば公認心理師は一つにまとまっていくべきだと考えています。私が会長になることでこの目標に近づけるのなら,と思って引き受けました。

――公認心理師法の公布から7年たち,今年の7月に5回目の国家試験が行われました。改めて国家資格の成立までを振り返ってみていかがですか。

信田 心理職の国家資格化には長く複雑な歴史があります。日本臨床心理学会が発足した1964年当時から国家資格化は検討されてきました。けれども当時は学生運動が盛んな時代で,臨床心理学にもその波は及んでいたのです。私が大学院をめざしていた頃に参加した日本臨床心理学会の名古屋大会では,心理職の国家資格化をテーマとしたシンポジウムの壇上に多くの学生がなだれ込んできて,「国家資格は誰のために作るのか!」と怒鳴りながら椅子を投げたり……大変な様相でした。

 その後1982年に日本心理臨床学会が誕生,1988年には文科省の認可を受けた日本臨床心理士資格認定協会が認定する,臨床心理士資格ができました。高い専門性を維持すべく大学院修了を条件とする民間資格です。そのまま国家資格化されることが望まれていたのですが,医療関係者からの反対もあり,心理士の中でも意見が割れ,議論が紛糾したのは多くの方が知るところです。

――信田さんはどちらの意見でしたか。

信田 どちらかと言えば国家資格化するべきだと考えていました。心理職の生活と仕事を保障するためです。心理職による心理療法は診療報酬に算定できなかったため,医療の現場でも肩身が狭い。1970年代前半,私が大学院修了後に勤務した精神科病院では,4人の常勤心理職を雇用し,アルコール依存症治療のための集団精神療法を行うなど,積極的に心理職を活用しているほうでしたが,それでも冷遇されていると感じることが多かったです。

――公認心理師が国家資格となり,心理職の在り方に変化は感じますか?

信田 公認心理師が誕生し,当事者の家族や周りの人間関係の中で具体的に発生している問題の解決に少しずつ目が向けられるようになってきたと感じます。私がこの兆しを感じたのは,実は第1回の公認心理師試験の問題を見た時です。臨床心理学の分野では著名なユングについての出題はなく,第1問がアルコール依存症の問題でした。私は1999年に『アディクションアプローチ』(医学書院)で依存症治療は本人だけでなく,家族関係を含んだ生活そのものをターゲットにするべきだと主張しましたが,当時の臨床心理士の方からは見向きもされませんでした。あの本は看護の人が読んでくれたんですよ。それを思って,第1問の文章を読んだときには,思わず……ジーンと来ました。

――20年後の試験問題に感動されたんですね。

信田 はい(笑)。いま改めて『アディクションアプローチ』や『DVと虐待』(医学書院)など2000年前後に書いた本を再評価してくれる若い心理士が出てきていることに,私は希望を感じてるんです。でもその人たちだって心理職である限り「心」という言葉にこだわるわけですよ,やっぱりアイデンティティですから。実は私,「心」は使わないってずっと言ってきたんですね。でもこの1~2年で,それは「心未満,心以前」の問題だったんだなって気づいたんです。これはすごく大きな発見でした。

――どういうことでしょう。

信田 例えばアルコール依存症の人たちは,まず家族が相談に来て,本人がやっと精神科に入院して,離脱症状を管理して,内科病棟で肝臓などの治療をし,飲酒行動の修正を図る。こうやってアルコールが抜けると,今度はPTSDが出現する。トラウマケアや自殺企図行動の管理が必要になって,そして最後にやっと「心」なんですよ。だから「心なんていらない」と思っていたけど,いや,そうじゃなくて,「最後に心を発見するまでのプロセスそのものに付き合うんだ」って気づきました。

 暴力におびえている時や身体に不調がある時に,自分の心に向き合うことはできません。安全安心が保障されないと,心って生まれないですよね。はやりの言葉でいえば「心理的安全性」と表現してもいい。そうなると心理の仕事の外延は,医療を含んではるかに広がってきます。

――医療の一部を心理が担当するのではないのですね。

信田 医療って不思議で,病院の門をくぐった途端に「患者」になっているんですよ。でも私たちは,まだ名前も付かないし,10分か15分の診察時間では到底言えないような,病気かどうかもわからない,家族の誰が問題なのかもわからない,そんな困り果てた人たちを相手にしてきました。さらに,「嵐」のあとを生きる人たち」〔『その後の不自由』(上岡陽江・大嶋栄子著,医学書院)のサブタイトル〕を含めて,医療関与の後も続く長いプロセスにもかかわってきました。公認心理師は,この心未満の問題を含む長い回復のプロセス全てにかかわっていくことができると考えています。

――その長いプロセスに公認心理師が取り組むために,何か考えていることはありますか?

信田 いずれ公認心理師を基礎資格とした,上位資格を作る必要が出てくるでしょう。医師の専門医制度のようなものでしょうか。心未満の問題からかかわるとは,そのぶん活動する領域も広がるということです。臨床心理学の外延を広げることで内包が変わってくる。今を生きる人たちのニーズの多様化によって心理学そのものが変わってくる。具体的には,医療,教育,福祉,産業といった活動領域ごとに特化した上位資格を作り,それぞれで必要なスキルや知識を身につける研修制度が必要になってくると思います。

 新たな活躍の場として私が考えているのは,司法の領域です。先日,改正刑法で拘禁刑が創設されました。受刑者の特性に応じて,刑務作業のほかにも再犯防止に向けた指導や教育プログラムを刑務所の中で実施することで,社会復帰を後押しする狙いです。心理職こそこの活動に取り組むべきだと考えています。また,困難女性支援法も成立しましたが,公認心理師はDVや虐待の被害者,生活困難な女性や子どもたちの支援にも当たることができる資格です。日本の心理職が,加害者教育,被害者支援に対して今後できることは多くあると感じます。

――そのように活動が多様化していく中で,全ての公認心理師に共通して必要なものは何でしょう?

信田 望ましい公認心理師像は各団体が作り上げようとしていますが,私個人の意見では対人関係の技術と他者尊重の姿勢,それに尽きる。どんな療法であっても,基本になっているものはそれほど違いません。一言で言えば「その場にいる人を尊重する」「違いを尊重する」ということです。

 冒頭で「国家資格は誰のために作るのか!」と叫んだ学生の話をしましたが,心理職は,「患者・クライエントの役に立っている」と多くの人に認められなければ成り立たない仕事です。さまざまな違いを持った,目の前で苦しむ1人ひとりの役に立つことこそが本来の心理職の役割です。その援助を実行していくことで,おのずと公認心理師の活動範囲は広がってくるでしょう。医療はその活動の中の一部だと思っています。


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日本公認心理師協会 会長

1969年お茶の水女子大卒,73年同大大学院修士課程修了(児童学専攻)。駒木野病院勤務,95年に原宿カウンセリングセンターを設立。アルコール依存症,摂食障害,ドメスティック・バイオレンス,子どもの虐待などの問題に取り組む。2021年より顧問を務める。日本臨床心理士会理事,日本外来精神医療学会常任理事ほか。『アディクションアプローチ』『DVと虐待』『カウンセラーは何を見ているか』(いずれも医学書院)ほか,著書多数。

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