病院で出会う子どものみかた
医療と教育の狭間を埋める

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医療と教育の狭間で、「助けて」と言えない子どもたちがいます。
病院のベッドで、ナースコールが押せない子どもたちがいます。
──そんな子どもたちに、医療と教育ができることがあります。
学ぶことや遊ぶことは、治療に向かうエネルギーになる。
安心・安全を感じることができれば、自分の気持ちを伝えられるようになる。
院内学級の教師として多くの子どもたちと出会ってきた筆者が伝える、「子どものこころへのかかわり方」。

著 副島 賢和
発行 2026年07月判型:A5頁:224
ISBN 978-4-260-06605-1
定価 2,310円 (本体2,100円+税)

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はじめに

1章 子どもの味方になるために知っておいてほしいこと
 こんな「私」でも、看護師になれるでしょうか?
 病気のある子どもに、教育は必要ですか?

2章 病気のある子どもの成長・回復を促す、6つのかかわり
 ① 「今」を大切にするかかわり
 ② 感情を表出するかかわり
 ③ 不安を軽減するかかわり
 ④ 発達の保障をするかかわり
 ⑤ 感覚を発揮するかかわり
 ⑥ 肯定的な自己イメージを育むかかわり

3章 病気とともに生きていく力を育む、4つのかかわり
 ① 喪失に向き合う力を育む
 ② 治療に向き合う力を育む
 ③ 「助けて」と言える力を育む
 ④ 自立と共生の力を育む

4章 家族・きょうだいを支える
 病気のある子どもの家族を支える
 病気による困難を抱えた子どもを支える

5章 外来で出会う子どもたち

6章 子どもにとっての死

付章 「寄り添うことの危険性」と「傾聴のための私の十戒」

おわりに
索引

*本書で扱っている事例は、個人が特定されないよう、内容が損なわれない程度に改変をしております。

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そうか,子どもには世界がこう見えている(かもしれない)のか。
書評者:明智 龍男(名古屋市大大学院教授・精神・認知・行動医学/こころの医療センター長)

 未曾有の少子高齢化が進むわが国では,「子どもを大切にしよう」という言葉を耳にする機会は少なくありません。しかし現実には,大人の自殺が減少する一方で,子どもの自殺は増え続けています。精神科医の私は強い危機感を抱くと同時に,一人の大人として,私たちは本当に子どもたちを大切にできているのだろうか,と考えずにはいられません。

 そんな折に,副島賢和先生の『病院で出会う子どものみかた――医療と教育の狭間を埋める』を手に取る機会がありました。読み始めると,ほとんど一気に最後まで読み終えてしまいました。

◆私たちには子どもが「見えている」のか?

 私は精神科医ですが,現在,名古屋市の「子ども若者危機対応チーム」という活動に携わっています。自傷や自殺企図などの危機に直面した子どもに対応する学校の先生や行政職員を,多職種の専門家がチームで支援する仕組みです。

 目の前の子どもを私たちが直接診療するというよりも,まず子どものすぐそばにいる人たちを支える。いわば「支援者を支援する」活動です。そこで私は,リストカットやオーバードーズを繰り返す中高生の事例に何度も接してきました。そして,その多くが,病院にかかるよりも前に,学校という日常生活の場で起きていることを知りました。担任,養護教諭,スクールカウンセラーをはじめ,多くの人たちが悩みながら,時には自分たちの対応が正しいのか確信を持てないまま,それでも何とか目の前の子どもを支えようとしている姿にも接してきました。

 そうした経験から,「私たち大人には何が見えていて,何が見えていないのだろう」という思いを強くするようになりました。そのような私にとって,本書は実に示唆に富む一冊でした。

◆「子ども」をもう一度,「子ども」に戻す

 副島先生は,病気のために入院生活を余儀なくされた子どもたちの院内学級で長年教員としてかかわり,主として教育の立場から本書を書かれています。考えてみれば,私とはちょうど逆の立場です。私は医療の側から教育の現場にかかわり,副島先生は教育の側から医療の現場に入り,病院という特殊な環境に置かれた子どもたちと向き合ってこられました。

 けれども,読み進めていくうちに,その二つの立場が何度も同じ場所で出会うことに気付かされます。そこにあるのは,病院にいても学校にいても,子どもはまず「子ども」なのだという,ごく当たり前でありながら,私たち医療者が時に忘れてしまいそうになる事実です。

 病院では,私たちはどうしても子どもを「患者さん」として見てしまいがちです。けれども,その子には,それ以前に,遊びたい気持ちや学びたい気持ちがあります。本書は,病院の中で「患者」になりかけている子どもを,もう一度「子ども」に戻すための本だと言ってよいかもしれません。

◆喪失の経験が別の意味を持ち得る可能性を,そっと残す

 本書の最大の魅力は,そうした子どもの姿を,理論や理念からだけでなく,実際に出会った子どもたちとのエピソードを通して伝えてくれるところにあります。読みながら,「そうか,子どもには世界がこのように見えているのか」と,何度も目を開かされる思いがしました。

 中でも,私がうなずきながら何度も読み返したのが,第3章「病気とともに生きていく力を育む,4つのかかわり」です。

 そのうちの一つ,「喪失に向き合う力を育む」の項には,避けることのできなかった喪失の経験を,いつの日か意味のあるものとして受け止められるような「種」を植えるかかわりが描かれています。病気になったことや入院したこと自体を,安易に「よい経験だった」と意味づけるのではありません。つらいものはつらい。しかし,その経験だけでその子の人生が決まるわけではない。いつの日か別の意味を持ち得る可能性を,大人がそっと残しておく。その姿勢には,副島先生の子どもへの深い敬意を感じました。

◆それでも,ナースコールが押せない

 そして私が本書の中で最もこころを動かされたのが,「『助けて』と言える力を育む」の項でした。これは,私たちが現在,日々向き合っている,自傷や自殺の危機にある子どもたちの問題とそのまま重なります。

 私たち大人は,「苦しかったら相談しよう」「つらかったら助けを求めよう」といとも簡単に口にします。しかし実際には,「助けて」と言うことは,決して簡単な行為ではありません。相手に迷惑を掛けるのではないか,心配させるのではないか,こんなことで助けを求めてよいのだろうか――。子どもたちは,大人が思う以上に周囲を気遣っているのです。

 本書に登場する,手術後の痛みを抱えながら,それでもナースコールを押すことができない女の子のエピソードには,はっとさせられます。おなかの手術を受けた後,痛みに耐えている。場所は病院の病室で,すぐ手の届くところにナースコールがある。それでも,そのボタンを押せないのです。

 なぜでしょうか。

 大人の側から見れば,「痛かったら押せばいい」と考えてしまいます。しかし,子どもにとっては,それほど単純ではありません。この短いエピソードは,「援助を求めること」を本人の能力や勇気だけの問題にしてはいけないことを教えてくれます。

 「助けて」と言える子どもを育てる前に,私たちはまず,「助けて」と言っても大丈夫だと思える関係や環境をつくれているのでしょうか。SOSの出し方を教えること以上に,大人の側がSOSの受け止め方を学ぶ必要がある。本書は,そのことを静かに,しかし鋭く問いかけてきます。

◆私たちは驚くほど「わかっていない」から

 本書を読みながら何度も思ったのは,私たち大人は,子どものことを,実は驚くほどわかっていないのではないか,ということです。そして,子どもは私たちが思っている以上に多くのことを感じ,考え,周囲を見ているのだということです。子どもを「未熟だから大人が教えてあげる存在」として見るのではなく,一人の人間としてその経験に耳を澄ますこと。本書全体を貫いているのは,そのようなまなざしなのだと思います。

 だからでしょうか。本書には,何かを声高に主張するようなところがありません。「こうすればよい」というマニュアルでもありません。むしろ副島先生自身が子どもたちとのかかわりの中で迷い,失敗し,教えられてきたことを,一つひとつ私たちに手渡してくれるような書籍です。

 最後は,「『寄り添うことの危険性』と『傾聴のための私の十戒』」という付章で締めくくられています。いずれも,副島先生がご自身の失敗から学び,子どもたちから教えてもらったことをまとめられたものだそうです。

 そこには,副島先生だからこその経験の重みがあります。それでいて,教える人の言葉ではなく,子どもから教えられ続けてきた人の言葉として書かれています。その謙虚さと優しさこそが,本書全体に流れる温かさの源なのだと思います。

◆狭間を越えて,目の前の子どもを見る

 医療と教育は,ともすれば別々の世界として語られがちです。しかし,子どもの人生は医療と教育に分かれているわけではありません。病院にいるときも,子どもは育っています。治療を受けながらも,学び,遊び,人とかかわり,傷つき,そして成長しています。

 本書の副題は「医療と教育の狭間を埋める」です。読み終えてみると,それは単に二つの専門領域をつなぐという意味だけではないように思えました。医療者と教育者,大人と子ども,支える側と支えられる側――私たちが知らず知らずのうちにつくってしまうさまざまな「狭間」を越えて,まず目の前にいる一人の子どもを見ること。

 本書は,そのための「みかた」を静かに教えてくれる一冊です。そういえば,「みかた」は,「見方」でもあり,「診方」でもあり,「味方」でもあるのかもしれません。

 小児医療に携わる医師や看護師,院内学級や学校の教員,養護教諭やスクールカウンセラーはもちろんのこと,子どものこころを理解したいと願う全ての大人に,ぜひ手に取っていただきたい一冊です。