- 看護
看護基礎教育における倫理指針
策定のねらいと運用
寄稿 一般社団法人 日本看護学教育学会
2026.08.11 医学界新聞:第3588号より
一般社団法人 日本看護学教育学会は1991年に設立され,2026年3月31日現在,4180人の会員を擁する学術団体である。本学会は定款において,「看護学教育の発展を図り,看護職者による専門的な活動の質向上に寄与すること」を目的として掲げている。その重点事業の一つとして,2024年より「看護基礎教育における倫理指針」の策定を進めてきた。2025年には学会員から指針案に対する意見を募り,それらを踏まえた審議を経て,本年3月に本指針を公表した(註)1)。
本指針は,看護基礎教育に携わる全ての教員,教育機関の職員,実習指導関係者,実習施設の職員(以下,教育者等)が,学生に対して行う教育活動の倫理指針および学生の倫理的感受性・倫理的判断を育むための基本的な考え方を示すことを目的としている。
さらに,教育者等が教育活動において学生の人権を尊重し,その成長・発達を促進できるよう,行動規範となる看護基礎教育における倫理について示すものである。その実現に向けて,教育機関および実習施設が組織的な支援体制を整え,倫理的な学修環境づくりに取り組むことが重要である。
倫理的課題を踏まえた5つの倫理指針
本指針では,看護基礎教育における倫理的課題に対応するため,5つの倫理指針を設定している。これらの指針は,医療倫理の原則および関連法規等に基づき,倫理的判断と実践の方向性を示すものである。各倫理指針が策定された背景を概観するとともに,教育者等や教育機関,実習施設において配慮が求められる事項を紹介する。
学生の学修に関わる教育者等の責務
看護基礎教育では,専門職の育成という目的のもと,教育者等が学生を教育・評価する立場にあることに加え,看護経験の違いから,学生に対して優位性が生じやすい。こうした教育者等の立場に鑑み,「学生の学修に関わる教育者等の責務」として,学生の権利の法的根拠,教育者等の基本的姿勢,看護職の養成に求められる倫理原則,組織的な取り組みについて示している。
本指針では,学生を人格と尊厳を有する主体として尊重し,その学修権の保障を基本としている。教育者等には,学生の多様性や個別の能力を尊重した学修環境の充実とともに,教育内容や評価について説明責任を果たすことが求められる。教育実践では,善行(無害),人間としての尊厳の尊重,誠実,公正,真実性,機密保持を基本とし,学生の倫理的感受性と倫理的判断を涵養することが重要である。教育機関や実習施設は,倫理的課題に対し迅速かつ公正に対応できる体制を整備し,透明性のある運営を推進する必要がある。
看護技術の実施における配慮
看護は実践の科学であり,看護基礎教育では,講義・演習と実習を往還しながら学修が展開されるため,看護師等の資格を有さない学生が看護技術を実施する状況が生じる。このような状況を踏まえ,「看護技術の実施における配慮」に関して,看護の対象者および学生の権利と尊厳を保障する観点から,看護技術教育に際し,倫理原則に基づく実践的意義および具体的な配慮事項を示している。
学生が看護技術を実施する際には,自律尊重の原則に基づき,対象者に実習の必要性や内容,安全管理体制等を十分に説明し,自由意思による同意を得ることが求められる。また,無危害および善行の原則に基づき,教員や実習指導者は対象者の状態や学生の技術習得状況を踏まえ,実施の適否を慎重に判断する必要がある。演習では,侵襲性やプライバシーへの影響がある場合には代替手段を検討し,実施時には学生への十分な説明と同意取得を行い,不利益が生じないよう配慮することが重要である。
暴言・暴力,ハラスメント等の防止
教育の場においては,教育者等と学生の間に対等になりにくい関係性があることに加え,看護基礎教育では,看護の対象者との関係においても資格を有さない学生は弱い立場に置かれやすい。このような関係性を踏まえ,「暴言・暴力,ハラスメント等の防止」として,学生の学ぶ権利を擁護するため,発生しやすい環境への理解と加害防止に向けた取り組みの必要性について示している。
看護基礎教育の場は,学生・教員・実習指導者それぞれにおいて暴言・暴力やハラスメント等が生じやすい環境であることを理解し,意識啓発と安全な環境づくりに努めることが重要である。教育機関および実習施設は相談・連絡体制を整備し,被害発生時には迅速に対処するとともに,被害者への支援および加害者への対応を検討し,適切に実施する必要がある。
個人情報の保護
看護基礎教育では,学修支援や生活指導のために学生の個人情報を扱うとともに,実習では看護の対象者の個人情報を取り扱う中で,情報化の進展に伴い個人情報漏洩のリスクが一層高まっている。こうした状況を踏まえ,「個人情報の保護」に向けて,学生や対象者の個人情報の適切な管理とそれに伴う倫理的責任,ならびに学生の情報倫理を高める教育の必要性について示している。
個人情報の適切な管理は,看護基礎教育の信頼性を維持し,学生および対象者の尊厳を守るために不可欠である。そのため個人情報保護に関する方針を明確にし,適正な取り扱いの重要性を再認識するとともに,教育者等を含めた倫理的責任と情報リテラシーの向上が求められる。教育現場では,情報の公開制限や適切な記録管理,セキュリティ対策を行い,事故発生時の組織的対応体制も整備する必要がある。実習では,対象者情報の適切かつ安全な管理と保護に配慮し,学生が倫理的行動をとれるよう指導することが重要である。
看護基礎教育における倫理教育
教育者等には,学生の学びの機会を保障し,関係者や実習施設と連携・協働して教育活動を実践する責務があり,自らの倫理的行動を通してロールモデルとなることが求められる。このような課題を基盤に,「看護基礎教育における倫理教育」として,倫理的感受性と倫理的判断に焦点を当て,教育の対象および教育内容と方法について示している。
看護基礎教育では,倫理をさまざまな教育の事象や場面で体現することが重要である。その基盤となるのが,倫理的な状況や課題を感じ取る倫理的感受性と,それに続く倫理的判断であり,これらは教育者等や学修者だけでなく,患者や家族,社会にも影響を及ぼす。医療の場では,生命や人間の尊厳に直結することも多く,その育成は重要である。そのため,講義・演習,実習,課外,社会・家庭での教育を通して,倫理的感受性・倫理的判断の育成に取り組むことが求められる。
看護基礎教育における倫理のさらなる発展に向けて
看護基礎教育における倫理は,学生が尊重され,安心して学ぶことのできる学修環境を実現するとともに,高い倫理的感受性と倫理的判断を備えた看護職を育成するために不可欠である。しかし,教育機関や実習施設における状況は複雑化しており,教育者等が多様な倫理的課題に十全に対応することは容易ではない。
本指針は,このような状況の中で看護基礎教育に携わる教育者等が倫理について考え,自らの教育実践に活用するとともに,その実践を振り返るための手引きとなることを願い,取りまとめたものである。看護基礎教育の課程は多様であるが,将来を担う看護職の育成と教育の質向上をめざす上で,本指針では教育の場に共通する倫理的課題に着目し,実践に活用できる内容を示している。
看護基礎教育を取り巻く環境は流動的で予測困難であるものの,本指針が教育者等の教育活動において倫理を考え,実践する際の支えとなることを願っている。また,本指針がさまざまな教育機関や実習施設で活用されることで,組織のインテグリティ(誠実さ)が向上し,看護基礎教育における倫理のさらなる発展につながることを期待する。
註:一般社団法人 日本看護学教育学会「看護基礎教育における倫理指針」は下記URLからご覧いただけます。
なお,本学会では個別の案件に関しては対応いたしかねます。
https://jane-ns.or.jp/wp-content/uploads/2026/03/nursing-ethics-guidelines-2026_3.pdf
参考文献・URL
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