- 看護
看護師が支えるがん薬物療法における皮下注射
安全かつ円滑な運用に向けて
寄稿 市川智里
2026.06.09 医学界新聞:第3586号より
がん薬物療法が提供される場の中心は入院から外来へと移行し,その多くが外来で実施されるようになった。当院の外来化学療法の実施件数も増加の一途を辿っており,10年前と比べると年間では約2万5000件,1日当たりでは約100件増加している(図)。そうした中で注目されているのが,皮下注射による抗がん薬の投与である。
がん薬物療法において皮下注製剤の導入が進んだ背景
皮下注製剤は,静脈投与に比べて投与時間が短く,外来化学療法室のベッド占有時間が短いことから,待ち時間短縮や回転率の向上が期待されている。また,がん治療ではしばしば問題となる末梢静脈確保の困難や血管炎,血管外漏出といったリスクをほぼ回避できる点も大きな利点である。特に,高齢者や長期間治療を継続している患者など,末梢血管が脆弱な患者にとっては,穿刺による苦痛の軽減が治療継続やQOL維持につながる可能性がある。さらに,静脈投与と比較して輸液ポンプや点滴ルートを必要としないため,医療材料や医療廃棄物の削減に貢献できることも医療資源の観点から注目されている。
近年の抗がん薬開発や製薬技術の進歩も,皮下注製剤の普及を後押ししている。がん薬物療法で用いられる分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬,抗体薬物複合体(ADC)などでは,皮下脂肪組織で安定した吸収が得られることから,皮下注製剤化との親和性が高い。加えて,浸透吸収促進を目的としたヒアルロニダーゼを併用することにより,多量の薬剤を皮下注射で投与することも可能となった。さらに,多くの皮下注製剤において,静脈投与と比較して有効性や安全性がほぼ同等であることが臨床試験で示されており,導入を後押ししている。
一方で,皮下注製剤は発赤や硬結,疼痛といった注射部位反応がみられるリスクもある。ただし,これらの多くは予測可能であり,適切な観察や看護介入によって管理可能と考えられる。
制度面でも後押しは進んでいる。2026年度診療報酬改定では,外来腫瘍化学療法診療料の算定対象に皮下注製剤が追加された。短時間で治療を終えられることは,若年患者や就労中の患者にとって,学業や仕事,家事・育児などの社会的役割との両立支援にもつながる。少子化や就労人口の減少が進む日本において,がん治療を受けながら社会生活を継続できる体制整備は重要な課題であり,その意味でも,患者の生活に配慮した治療選択肢として皮下注製剤への期待は大きい。
実施に当たっての課題と現場のリアル
がん薬物療法における皮下注射は,一般的な皮下注射とは大きく異なる特徴を有している。一般的な皮下注射では投与量は0.05 mL程度,多くても4 mLであるが,がん薬物療法では投与量が比較的多く,投与時間も長い。また,薬液の粘稠度が高く,使用する注射針も太い傾向にある。
例えば,前立腺がんなどで使用されるゴセレリンでは14~16Gの注射針を使用する(14Gはマッチ棒の芯と同等の太さである)。通常の皮下注射で使用される23~26Gの注射針と比較すると著しく太い針径であり,看護師は患者の苦痛をダイレクトに感じることになる。また出血を併発するリスクもあるため,皮下組織の状態に合わせた穿刺部位の選択や,患者体型に合わせた体位調整,冷罨法などの介入が求められる。
例えば,ペルツズマブ,トラスツズマブ,ボルヒアルロニダーゼ アルファでは,初回投与量が約15 mLと多く,8分以上かけて投与することが推奨されている。投与中は患者の苦痛と注射部位反応を観察しながら,速度を調整しつつ慎重に投与する必要がある。
静脈注射の投与時間より短いとはいえ,皮下注射は看護師が直接皮下に穿刺し,薬剤の投与を実施しているため,その間,他の患者のベッドサイドに行くことはできない。そのため,皮下注射する看護師の人員や投与経路を考慮したベッドコントロールが必要であり,状況によっては静脈投与のほうが効率的に実施できる可能性もある。最近ではシリンジポンプを用いて皮下注射を試行している施設もあるものの,シリンジポンプの数量にも限りがある上に,疼痛に敏感な患者には看護師が直接投与したほうが速度などの微調整を行いやすく,患者反応にも即座に対応できることから,当院では基本的には看護師による直接投与を行っている。
導入における臨床での工夫と看護師の役割
いかなる薬剤においても安全に投与することが最も重要である。皮下注射自体は多くの看護師が経験している基本的な看護技術であるが,がん薬物療法における皮下注製剤は,薬剤ごとに特徴や投与方法,副作用,観察項目が異なる。そのため,それぞれの薬剤特性を理解した上で実施する必要がある。しかし,先述したように外来化学療法室で治療を受ける患者が増加していることに加え,医療者の働き方改革やワークライフバランスの推進を背景に,外来化学療法室のスタッフが固定されていない施設も多い。安全性の確保とケアの標準化を維持する取り組みも同時に進めることが重要となる。
当院では,がん薬物療法看護認定看護師やがん化学療法看護認定看護師を中心として,通称「皮下注射早見表」(表)を作成し,投与方法や注意点を確認できるよう提示した。看護師はこれを参照しながら情報収集や薬剤準備,投与を行い,投与後は投与部位や観察内容などを電子カルテに記載している。また,新規薬剤導入時には説明会や学習会を開催し,導入時に想定される課題や懸念点を共有しながら,安全な運用方法について多職種で検討している。
さらに,皮下注製剤の投与時間は数分とはいえ,その間は確実に患者のそばで継続的に接する機会となる。この時間を患者とのコミュニケーションや患者教育の機会ととらえ,副作用や日常生活の困りごと,今後の治療への思いや希望などを聴取しながら,患者が治療継続できるよう思いの表出を促し,必要な助言を行っている。当院では,短時間でも患者と効果的なコミュニケーションを図れるよう,「NURSE」1)というコミュニケーションスキルの研修を開催しており,院内では延べ400人を超える看護師が受講している。
がん治療の外来化が進む一方で,患者は医療者と接する機会が減少し,自身でセルフモニタリングを実施する必要性が高まっている。そのため,限られた時間の中でも効果的なコミュニケーションスキルを活用し,必要な支援やセルフケア支援につなげることは,外来がん看護における重要な役割の1つである。
参考文献
1)日本がん看護学会(監).患者の感情表出を促す NURSEを用いたコミュニケーションスキル.医学書院.2015.

市川 智里(いちかわ・ちさと)氏 国立がん研究センター東病院 副看護部長
1998年兵庫県立大看護学部看護学科卒。兵庫県立成人病センター(当時),永寿総合病院を経て,2003年より国立がん研究センター東病院に入職。同院副看護師長,看護師長を経て,26年より現職。08年聖路加看護大(当時)大学院博士前期課程修了。09年がん看護専門看護師。
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