• HOME
  • 書籍
  • 臨床現場のもやもやを解きほぐす 緩和ケア×生命倫理×社会学 


臨床現場のもやもやを解きほぐす 緩和ケア×生命倫理×社会学

もっと見る

患者は余命を知りたいのに、家族が反対するのはなぜ?
患者が頑なに貫いてきた面会拒否は、亡くなった後も続けるべき?
緩和ケアの日常臨床は、答えに辿りつかない「もやもや事例」に満ちている。
悩める緩和ケア医・森田達也と、生命倫理学者兼社会学者・田代志門によるリアルな往復書簡が、臨床のもやもやを解きほぐす!
文系×理系の視点で「それでどうするの?」から「なんでそうなるの?」までを考える、ゆるくて深い越境の書。

森田 達也 / 田代 志門
発行 2023年06月判型:A5頁:212
ISBN 978-4-260-05055-5
定価 2,640円 (本体2,400円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く

はじめに

 本書は臨床現場でしばしば医療者が出会う「もやもや事例」を取り上げて,緩和ケア医の森田と生命倫理学者兼社会学者の田代が,ああでもないこうでもないと議論しつつ,最終的に「それでどうするの」「なんでそうなるの」という問いに答えるという本である。国内外で類書は(たぶん)ない。
 具体的には,まず森田が臨床の視点からあるテーマに関する事例を紹介し,緩和ケアの立場から望ましい対応を解説する。続けて田代が倫理の立場から論点を整理し,ひとまずどうすべきか,ということについて方向を示す。以上を受けて後半では(再び)田代が社会学の立場から「もやもや」を生み出す社会の仕組みについて解説し,最後に森田が臨床家にとってのサジェスチョンを整理する,というのが大まかな流れである。なお,事例の一部は続き物になっているが,各章は独立しており,どこから読んでいただいてもかまわない。

 ところで,本書では緩和ケア臨床の事例を取り上げているが,本質的なことは診療科や場所が変わってもそう大きくは変わらない。患者と家族で意見が違って医療者が板挟みになったり,医療者が良かれと思ってした提案を患者が嫌がったり,一部の患者を特別扱いすることが疑問視されたりと,こうしたことは全国どこの現場でも起きている。その際には経験豊かな臨床医が「俺に任せとけ」と引き取ったり,とにかくみんなで集まって考えたり,法律や倫理の専門家から助言をもらったり,いろいろなやり方で各々が答えを出してきた。
 もちろん細部が違えば実際の解決策は異なるし,この手の問題にはローカルな文脈が大きな意味を持っている。しかしその一方で,問題の構造自体はよく似ており,合理的に考えるための道筋はそれなりにある。森田は長らく緩和ケアの現場でこうした問題に直面してきたし,最近では病院の管理的な立場から緩和ケアに関することにとどまらず相談されることがある。田代は倫理の専門家として病院で勤務しつつ,倫理カンファレンスや倫理コンサルテーションを取りまわす経験を重ねてきた。本書の読みどころの一つはそうした経験から導かれた「それでどうするの」という問いに対する実践的な解である。

 ただし,本書のユニークさはその先にある。各章の後半では目の前の問題解決を超えて,そもそもこうした問題がなぜ生まれるのかについての対話が展開していく。いわば,「それでどうするの」問題から「なんでそうなるの」問題への移行である(森田のいうところの「俯瞰」のフェーズ)。その結果,本書ではもやもや事例に対して医療者が対処できるようエンカレッジしつつ,そうした対処自体を反省的に振り返る,というややこしい取り組みに挑戦することとなった(類書がないのはそのためである)。

 ちなみに,ここまで読んで「社会学ってそもそも何?」という疑問が湧いてくるかもしれない。これにはいろいろな説明の仕方があるのだが,ここではそもそも「自分たちが暮らしている社会に巻き込まれつつ,それを一歩引いて見る」というやり方自体がまさに社会学的アプローチであることを指摘しておきたい。社会学は近代化に伴い社会の仕組みが大きく変わった時代に,「今,私たちはどんな社会に暮らしているのか」を自ら知ろうとする営みとして成立した。その意味では対処そのものではなく,対処している「自分の背中を見ようとする」というねじくれたアプローチをそもそも得意としているのだ。

 もちろん「ひとまず明日からどうしたらいいのか知りたい」という人は各章の前半だけ読んでいただいてもかまわない。が,この本ではぜひその先までお付き合いいただければありがたい。今すぐには役立たないかもしれないが,自分が巻き込まれている問題を引いた視点で眺めることは,長い目で見れば現場でも役立つはずだ。それによって新しい解決法を考えられるようになることもあるし,解決しなくとも自分の納得が得られることで一歩先に進めることもある。それに第一「すぐ役立つことは,すぐに役立たなくなる」というではないか。
 その意味で,本書をお読みいただき,現場のもやもや事例に現実的に対処しつつ,少し違った視点でそれを見ようとする医療者が増えれば,著者としてこれ以上嬉しいことはない。

 2023年4月
 田代志門

開く

はじめに

Part I 患者の希望が家族の希望と異なるとき
  1 患者は余命を知りたいが,家族は知らせないでほしいときにどうするか
    Vignette/Dialogue/Epilogue

  2 患者はもっと苦痛を取ってほしいが,家族は今以上希望しないときにどうするか
    Vignette/Dialogue/Epilogue

Part II 患者の希望が医療者の考える最善と異なるとき
  3 効果の限られる治療を追い求める患者に,医療者はどう対応したらよいか
    Vignette/Dialogue/Epilogue

  4 薬は使いたくないが痛みが強い患者に対して,医療者は鎮痛薬を勧めたほうがよいか
    Vignette/Dialogue/Epilogue

Part III ある患者の希望をかなえることが公平性を欠くと思えるとき
  5 今ならまだ食べられそうなものを,ある患者にだけ準備することは「特別扱い」なのか
    Vignette/Dialogue/Epilogue

Part IV 患者が「生きていても意味がないから,眠らせてほしい」と希望するとき
  6 数週から月単位での持続的深い鎮静は許容されるか
    Vignette/Dialogue/Epilogue

Part V 死亡直前になって患者の意思表示が曖昧になったとき
  7 これまで薬を使いたくないと言っていた患者に対して,鎮痛薬を投与すべきか
    Vignette/Dialogue/Epilogue

  8 これまで患者が拒否してきた臨終時の家族の立会いを認めるべきか
    Vignette/Dialogue/Epilogue

おわりに
索引

開く

緩和ケアの現場を変える久しぶりの「新薬」
書評者:新城 拓也(しんじょう医院院長)

 「自分たちが暮らしている社会に巻き込まれつつ,それを一歩引いて見る」というやり方自体がまさに社会学的アプローチである(田代志門)。

 2002年から10年間,私は緩和ケア病棟で働いた。それまで働いていた一般病院と違い,緩和ケア病棟では,ほとんどの患者は麻薬の力で苦痛は緩和され,満たされた時間を過ごしていると信じていた。手術や薬の治療,つまり医療のテクノロジーの進歩で人はより良い生を得る。緩和ケア病棟ではそれまで知らなかったテクノロジーで,それまで自分が診ていた亡くなる前の苦しみに満ちた患者は救われていると思っていた。

 しかし,緩和ケア病棟で働き始めて数か月で,そうではないと気がついた。麻薬で確かに痛みは緩和されるのだが,新たな苦痛が次々と浮上してくるのだ。痛みが軽くなると,患者はより深く悩むことができるようになる。「なぜ自分はこの病気になったのか」,「家族に迷惑をかけたくない」と,患者からいろんな悩みを聞いた。

 患者の痛みには麻薬で,悩みには対話を通じた言葉で,全て医療のテクノロジーとして同僚らと洗練させてきた。新しい薬や対話がより苦痛の緩和を達成し,きっといつの日にか緩和ケアの力で,より苦しみのない死を現実化することができると若い自分は信じて,臨床だけではなく研究や教育の実践も積み重ねてきた。

 緩和ケアの分野は,新たなテクノロジーの開発が他の医療分野に比べて圧倒的に乏しい。毎年の学会,緩和ケアのジャーナル,出版される緩和ケアのテキストブックやいわゆるマニュアル本,ガイドラインを読んでも,どれもいつも同じで,自分の実践を見直すほどの新しいテクノロジーを見つけることはできなくなってきた。たまに新薬が使えるようになっても,すでに海外では普通に使える薬であったり,製薬会社のプロモーションに比べてその効果は期待ほどではなかったり,現場の患者の苦しみを劇的に救うものではなかった。自分の専門分野の魅力を見つけられなくなった時に出会ったのがこの本である。

 この本では,1.患者の希望が家族の希望と異なるとき,2.患者の希望が医療者の考える最善と異なるとき,3.ある患者の希望をかなえることが公平性を欠くと思えるとき,4.患者が「生きていても意味がないから,眠らせてほしい」と希望するとき,5.死亡直前になって患者の意思表示が曖昧になったとき,という5つの場面(vignette)を,緩和ケアのテクノロジーで解釈し(森田達也),さらに生命倫理や社会学(田代)の解釈で捉え直し,新たな視点を与える。その視点は緩和ケアの限界を感じていた私にも,まだその先に行けるかもしれないと,知的な興奮を久しぶりに感じることができるまさに「新薬」であった。

 本書を通じて,緩和ケアが得意としてきたベッドサイドの臨床では,患者との距離が近すぎて狭窄していた視野を広げ,私を含めたそこにいる全ての人がおかれている社会という一つの舞台の仕組みがわかるようになる。慣れ親しんだ,もしかしたら飽き飽きしていた病室や診療室の景色に,新たな光を発見する感触を得られるはずである。

タグキーワード

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。