医学界新聞

  • 医学

米国の航空搬送チームに学ぶ秘訣とは

寄稿 柴田泰佑,乗井達守

2026.04.14 医学界新聞:第3584号より

 重症患者の長距離搬送は容易ではない。例えば遠隔地の小さな ERで外傷患者に胸腔ドレーンを挿入し,輸血を行いながら何百キロも離れた大学病院まで搬送する。このような超重症患者の搬送を日常的に行う専門チーム「UNM Lifeguard Air Emergency Services」(以下,UNM Lifeguard)が米国南西部のニューメキシコ州()に存在する。今回筆者(柴田)は同チームに帯同する機会を得たので,同プログラムの運用実態を報告し,日本の重症患者搬送体制の課題と今後の展望について考察したい。

3584_0601.png
図 米ニューメキシコ州の地理的環境

 全米5位の面積を有する一方,人口は36位,人口密度は45位という地理的特性を持つニューメキシコ州初の航空医療プログラムとしてUNM Lifeguardは始動し,1983年の設立以来,40年以上にわたって同州の航空医療搬送の中核を担ってきた。医師,看護師,救急救命士,呼吸療法士,パイロット,航空整備士から構成される多職種チームが24時間365日体制で運用され,患者重症度,疾患の性質,地理的距離,緊急性,天候などに応じて固定翼機,回転翼機(ヘリコプター),地上救急車の中から搬送手段を選択し,現在では年間2000人近い患者の生命を救う重要な役割を果たしている。体外式膜型人工肺(ECMO)などの高度人体補助装置がついた重症成人患者のみならず,小児重症患者や妊婦の搬送まで幅広く対応する。

 ニューメキシコ州でのECMOを用いた医療の発達には,公衆衛生上の地域特有の課題であるハンタウイルス感染症の存在が大きく影響している。同感染症は特効薬が存在せず死亡率が極めて高いものの,ECMOによる呼吸・循環管理が有効な治療手段となることが明らかとなっている1)。ただし,ECMOの取り扱いには高度な専門性と設備,継続的な症例数が必要なため,地域病院での運用は困難である。その結果,ニューメキシコ大学病院を中心とした大学病院への集約化が進み,高度医療を必要とする重症患者を迅速に搬送する重要な役割をUNM Lifeguardが担うこととなった2)

 日本では,病院間の患者搬送において,搬送元の医師や看護師が必要に応じて救急車に同乗し,救急隊とともに搬送を行うことが一般的である。民間の患者搬送サービスも存在するが,いずれも重症患者搬送に特化した専門チームとは言えないのが現状だ。

 しかし,2024年にアメリカ心臓学会から発表された声明3)によれば,2人以上の集中治療に習熟した医療従事者から構成される患者搬送専門チームは,集中治療スキルや人員を満たしていないチームと比較して,搬送に関連する合併症の発生リスクを低減させる可能性が高いことが示唆されるなど,専門チームを組織する重要性が近年強調されている。2025年に日本集中治療医学会が策定した「集中治療を要する重症患者の広域及び病院間搬送ガイドライン」4)においても,集中治療医を含む重症患者搬送に習熟したチームによる患者搬送を推奨している。また,同ガイドラインは,「原則的に,病院間の搬送距離や地理的特徴に基づき判断する。ただし,総搬送時間の短縮のみならず,疾病の性質,搬送の緊急性,搬出搬入の回数,積載の可否,搬送時の天候,搬送費用等含め総合的に検討する必要がある」と提言しており,UNM Lifeguardが搬送手段を戦略的に選択する姿勢と一致することから,日本がめざすべき患者搬送モデルの一つとなり得るだろう。

 航空医学的観点からも専門知識の重要性は明らかである。例えば,挿管患者を固定翼機などで搬送する際,高度2440 m相当での低気圧環境下では,カフ圧が最大で7倍になったとする報告5)があり,挿管患者を搬送する際には,定期的なカフ圧モニタリングや,あえてカフ内を液体で満たすことによるカフ圧の変動抑制などの対応が求められる。

 このような航空医学を含めた専門知識と技術が,搬送中合併症発症率の低下に直結すると考えられ,患者搬送専門チームの必要性を裏付けている。

広告

 患者搬送専門チームを国内で組織することと並行して改善しなければならない課題は山積みである。第一に,搬送医学が学問分野として確立しておらず,搬送による効果や安全性に関する国内発のエビデンスが不足していることだ。搬送医学は,各地域の状況に大きく依存することから,海外のエビデンスをそのまま外挿することが困難である。そもそも搬送に関する体系的な教育機会が限られており,航空医学を含む専門知識を持つ医療者の育成が十分に行われていない点は課題と言えるだろう。

 第二に,専門チームの必要性を示す国内発のエビデンスが十分に存在しないことから専門の搬送チームが整備されにくいことも課題である。先ほど紹介したように日本では,搬送経験に乏しい医師や看護師が対応せざるを得ないことが多く,また各搬送手段(ドクターヘリ,院内救急車など)が病院ごとに独立して運用されており,統合的なコーディネーションシステムが存在しない。

 第三に,搬送業務がリスクを伴う業務として十分に認識されていないことである。多くの医療者は高次医療機関での治療提供のために「早く運ばなければ」との思いが先行する一方,「安全に運ぶ」という視点が抜けがちである。過去に本紙3516号にて掲載された搬送医学の専門家による座談会では,搬送中の問題が「仕方がない」と片付けられ十分な検証がされないケースが存在する可能性が指摘され,搬送業務を通じてのコミュニケーションの重要性,そしてスペシャリストの存在意義を理解してもらう必要性も同様に強調している6)

 これらの課題に対する解決策として考えられるのは,搬送要請を一元的に受け付け,患者の状態や地理的条件に応じて最善の搬送手段を選択し,搬送を一手に担うためのセントラルコーディネーションシステムの導入である。UNM Lifeguardをはじめ,カナダのRAAPID(Referral, Access, Advice, Placement, Information & Destination),イギリスのCATS(Children's Acute Transport Service)のような専門チームが設立されれば,そこを拠点として体系的な教育プログラムの構築やエビデンスが創出されるなど,良好な循環を構築する一助となることが考えられ,重症患者搬送チームの需要や役割が明確になるはずである。

 一方で,ニューメキシコ州の面積当たりの病院密度は日本の約1/200であり,病院到着まで長時間を要するため,救急隊の実施可能な手技が日本よりも多岐にわたるなど,日本とは現状が異なる。海外で展開されるセントラルコーディネーションシステムの直接的な導入が難しいのも現実で,日本の実情に即した導入が求められる。

 国内における近年の病院機能集約化の方向性に鑑みると,病院間距離の拡大に伴う安全な患者搬送需要の増大は確実であり,専門搬送チームの整備は急務と言える。ドクターヘリやドクターカーといった病院前救急医療体制は比較的充実していることから,これらを「現場〜初療の強化」に生かしつつ,病院間搬送は当面,複数病院と行政・消防が共同運用する専門搬送チームを整備し,搬送判断・手段選択・申し送り様式などを標準化するのが現実的な解決策として検討できるだろう。将来は都道府県/ブロック単位の搬送専門機関へ拡充し,資源配分・広域搬送・教育・研究の中核を担う体制を階的に構築することが望ましいと考える。


1)Eur J Cardiothorac Surg. 2011[PMID:21900022]
2)ASAIO J. 2023[PMID:36525671]
3)Circulation. 2024[PMID:39297198]
4)日本集中治療医学会「集中治療を要する重症患者の広域搬送ガイドライン」作成委員会.集中治療を要する重症患者の広域及び病院間搬送ガイドライン.日集中医誌.2025;32(Suppl.4):1-58.
5)蔵本浩一郎,他.低圧環境下における気管チューブのカフ圧の変動について.宇宙航空環境医.2011;48(3):35-40.
6)川口敦,他.安全かつ効率的な病院間搬送の実践をめざして.医学界新聞3516号.

亀田総合病院救命救急科

2020年佐賀大卒。亀田総合病院での初期研修,救命救急科専攻医研修,救命救急科チーフレジデントを経て,26年より横須賀米海軍病院での日本人フェローシップを開始。国際的に活躍できる医師になるべく米国救急医をめざす。興味のある分野は宇宙医学,航空医学,集中治療学。

ニューメキシコ大学救急部 准教授

2007年佐賀大卒。健和会大手町病院で初期研修,沖縄海軍病院でインターンシップ。その後,ニューメキシコ大病院にて救急研修,チーフレジデントを経て14年よりニューメキシコ大医学部指導医。米国救急専門医,臨床情報専門医。編著書に『処置時の鎮静・鎮痛ガイド』(医学書院),『ねころんで読める処置時の鎮静・鎮痛』(メディカ出版),『急変・蘇生チェックリスト――エキスパートが実践している秘密のレシピ』(中外医学社)ほか。