医学界新聞

対談・座談会 川口敦,奈良理,野澤正寛

2023.05.08 週刊医学界新聞(通常号):第3516号より

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 手術室からICUへの搬送,画像診断のための検査室への搬送,あるいは病院間搬送など,搬送には種々の場面があり,携わった経験のない医師はいないだろう。搬送に当たっては,患者の状態,必要物品や人的サポートを含めた環境も多様であることから,準備が特に必要な場面とも言える。搬送にまつわる医療は,北米や欧州を中心に2000年前後から「搬送医学(transport medicine)」として独立した医学分野となった。日本でもまもなく日本集中治療医学会が策定するガイドラインが公開される見込みであり,「搬送」が注目を集めている。そこで本紙では,小児集中治療医として搬送医学に関する研究と診療に10年以上携わってきた川口敦氏を中心に座談会を企画。病院間搬送を取り巻く国内の課題を取り上げ,解決策を見いだしていく。

川口 患者搬送を行う場面はさまざま存在し,病院間搬送と一口に言っても,高次医療機関への搬送,急性期病院から慢性期病院への搬送,予定搬送,緊急搬送と多岐にわたります。ほとんどのケースで合併症は発生せず滞りなく行われますが,万が一搬送中に問題が起こった際の対策を想定できている医療者はどれだけいるでしょうか。「安全に運ぶ」との視点が抜け落ちている方が多いのではと私は懸念しています。特に「余力のない」重篤な状態にある小児患者では,この視点が強調されるべきです。そこで本座談会では,搬送医療,とりわけ問題となりやすい小児領域の病院間搬送の課題に焦点を当てながら,安全で効率的な搬送の実現に向けた議論を進めていきたいと思います。

川口 搬送に当たって押さえるべき大原則は,何らかの「リスク」を伴うということです。北海道で航空搬送業務を含めた救急診療に長年従事してきた奈良先生,そして小児救急医として滋賀県で小児救急システムを構築した野澤先生はじめ,搬送に日々携わる救急・集中治療領域の医師にとって搬送業務の危険性が高いことは共通認識だと思います。その一方で一般の医療者が搬送業務の安全確保に注意を向けづらい理由として考えられることはありますか。

奈良 思いつくのは日本の医療システム上の問題です。重症例であってもある程度診られる病院が複数ある中で,「高次医療機関に運ぶしかない」というギリギリの状況になって初めて病院間搬送が検討されることが多いために,「安全に運ぶ」というよりは,高次医療機関で治療を提供するために「早く運ばなければ」との思いが先走っているのではないでしょうか。私自身も数多く搬送に携わってきたからこそ意識するようになりましたが,そうでなければ「次の施設に何とか運べてよかった」と安堵し,搬送過程の安全性を見直すことはしなかったはずです。

野澤 問題が表面化していないからこそ,その危険性を見過ごしているケースもあると考えます。つまり,「これだけ重症だったら搬送中に亡くなってしまってもしょうがない」「SIDS(乳幼児突然死症候群)だよね」と片付けられた症例の中に,PICU(小児集中治療室)の医師や小児救急医といったスペシャリストが携わっていれば救命可能であった症例が存在する可能性です。多くの症例に当たって経験を積める成人とは異なり,もとより重症の症例数が少ない小児の場合では対応の練度が上がらないのは当然です。こうした経験の差も問題の背景にあるのでしょう。

川口 では,より具体的な話に移っていきます。誰がどう搬送に携わるかは重要な問題です。特に小児の場合は,搬送経験がほとんどない一般小児科医が関与するケースが多いと言えます。共に対応に当たる看護師も同様で,経験の少ないチームによって搬送を実施せざるを得ない現状です。そうすると,患者が悪化の傾向を示したとしても搬送という選択をすぐに決断できず,施設で対応できる限界まで患者を引き留めてしまいかねません。そこで1つの解決策が「迎え搬送」です。当院でも日中に限りますが,要請を受ければ重症小児患者搬送の専門チームがドクターカーを利用して患者をピックアップしに行きます。

奈良 専門の搬送チームを組織しているわけではありませんが,当院でも最近小児の迎え搬送をするようになりました。搬送元の施設に打診をすると,「迎えに来てくれるんですか!?」と驚かれることもあるようです。そもそもこれまでの搬送の仕組みは,搬送元の医師が消防などに連絡し,搬送車両等の手段を手配してもらい,その医師が同乗する形で行われてきました。搬送経験に乏しい医師であれば戸惑うことは必至です。中でも搬送に航空手段を用いる場合は,機内がどのような仕組みなのか,揺れの程度はどうかもわからないでしょう。それゆえ北海道で運用される固定翼機(メディカルウイング,MEMO①,写真)では,このような情報に加え,当院と札幌医科大学附属病院のメディカルディレクターが搬送に当たっての固定方法や人員,関係機関との調整などを行うことで,安全性を担保しています。

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写真 メディカルウイングで使用される機体と機内の様子(奈良氏提供)
a:使用機体は,左からBeechcraft King Air 200,Cessna 560。b:機内には,医療機器用の電源,酸素供給や吸引装置などが備え付けられている。

川口 野澤先生は,現在の施設で新たな搬送体制を構築されようとしている状況だと思いますが,以前立ち上げられた「滋賀モデル」(MEMO②)の際は,システム面や人材集めはどのような戦略で進められたのでしょう。

野澤 人材については,取り組みの宣伝も含めて搬送に関する論文を和文で数多く執筆したところ,関心を持った医師が集まるようになりました。システムの運用面で意識したことは,近隣の病院への活動の周知と診療支援です。病院間搬送というと,搬送方法の課題を中心に考えがちですが,搬送中の院外環境に耐えられるような全身状態への立ち上げと,その維持ができなければ搬送はかないません。ですから,「困ったらいつでも呼んでください」と各病院にアナウンスして回り,まずは困っている病院へ小児救急医をデリバリーすることを第一に考えていました。コンサルトに基準は特に設けていなかったので,けいれん重積で呼ばれることもあれば,呼吸不全で心臓が今にも止まりそうというギリギリの段階で呼ばれるなど,ケースの重症度は千差万別でしたね。

野澤 ただし,ここでポイントなのはコンサルト元の医師と共に救命救急を行うこと。一緒に取り組むことで,「専門チームがいれば,自分たちでも助けられた」との成功体験を芽生えさせることを念頭に置いていました。

川口 搬送業務を通じてコミュニケーションを取るという手法ですね。素晴らしいです。

野澤 スペシャリストの存在意義を理解してもらわない限り,搬送の重要性を浸透させることは難しいと考えます。そのために,搬送時も座席数が許せば主治医に同行してもらい,筋弛緩薬や鎮静薬を用いて患者の状態をコントロールしたり,EtCO2モニターを付けたりなどの工夫を施しながら搬送する様子を見てもらっていました。搬送が無事に終われば,搬送先の先生も交えて症例の振り返りをし,診療レベルの向上にも努めていました。

川口 一方で迎え搬送については補助金があるわけでもなく,保険点数が高いわけでもありません。この点がネックとなり,意義が高いとわかっていても人員を割けず,導入に二の足を踏む医療機関は多いと言えます。

奈良 ボランティア的な発想で行わざるを得ないために長続きせず,キーパーソンが病院を去ると事業が停止したというのはよくある話です。

川口 搬送にまつわる医療,特に小児の重症例の搬送については北米を中心に20年以上の研究の歴史があり,習熟した者が携わるメリットが数多く報告されている1, 2)ことから,今後どのような運用体制を日本で構築すべきか……。アイデアはありますか。

野澤 まずは搬送を依頼すべき客観的なラインを決めることでしょう。そのためにはエビデンスが必要です。日本小児科学会が行った前向き調査では,搬送のトレーニングを積んでいない医師が気管挿管された患者を搬送した場合,気道合併症の発生率が高く,神経学的予後に差があるとの結果が明らかになりました3)。このように1つずつエビデンスをつくり,学会レベルで周知していくべきです。

川口 学会を巻き込んでいくことは確かに重要ですね。米国小児科学会や欧州小児集中治療医学会では,搬送が1つの研究領域として確立しているものの,日本は残念ながらそのレベルにはまだ達していません。国内でも将来的に「医学」として発展していかなければこの先の発展はないと私は思っています。搬送医療を1つの学問分野として日本に成立させ,根拠を作っていく必要があるのでしょう。

奈良 搬送を考えるに当たっては,コストの問題は切っても切り離せません。医療者だけでなく,行政にも搬送の意義を認識してもらう必要があります。

野澤 おっしゃる通りです。いくら子どものためとはいえ,それだけのために人やお金を割きにくいのが現実です。日本の救急医療提供体制の限界とも言えるでしょう。現在は,この問題を解決するため,政策医療として継続するべく県立病院で再度「滋賀モデル」の立て直しを図っています。

 さらに必要なのは集約化です。小児救命救急センターの整備基準を見ると,「年間300例以上を集中治療室で管理し,うち相当数が救急外来からの入院または他院からの搬送入院であること」とされていますが,滋賀県の小児人口約20万人に鑑みると,これほどの症例数を確保できるとは到底思えません。

川口 集約化に向けた提案は何かありますか。

野澤 集約する規模を県単位ではなく近畿地方といった単位でとらえるべきだと思っています。具体的には,滋賀県内に数床の重症例を取り扱える集中治療施設を設定し患者を一旦集約,一定レベルを超えたら近畿圏の高次医療機関に搬送するような2段階のシステムです。このシステムの実現には高度な搬送に対応可能な医師の存在が鍵となります。有事にそうした医師をデリバリーできるような搬送拠点施設に重点的にインセンティブを発生させることが効果的なはずです。

川口 なるほど。奈良先生からはいかがでしょう。

奈良 私が理想とするのは,搬送手段について包括的に指示を出せるセンターの構築です。現状の北海道では,各病院が運用するドクターヘリも,消防が運用する防災ヘリも,われわれが運用するメディカルウイングも全てが独立して成り立っています。体制を統合し,中央の司令部が適切な搬送手段をアレンジできるようになれば,効率性が格段に向上すると思っています。

川口 同感です。海外ではすでにそうしたセントラルコーディネーションシステムが実現しています。例えばイギリスでは年間数千例の搬送を担うCATS(Children’s Acute Transport Service)と呼ばれるチームがあり,カナダには州ごとに搬送チームが構築されています。アルバータ州であれば,RAAPID(Referral, Access, Advice, Placement, Information & Destination)が組織され,搬送要請を集約しています。要請があった中で高度医療が必要とされる症例は全てPICUに連絡が入り,小児集中治療医とRAAPIDのコーディネーター,そして搬送元の医療者の3者による会議で,「どの搬送モダリティを手配すべきか」「誰が行くべきか」の最適解を検討します。こうしたシステムが日本にも求められるでしょう。

 そして機能の集約化には,各地域の医療を担う大学病院が今後重要な役割を担うと私は考えています。

奈良 なぜですか。

川口 専門的な医療を担う子ども病院のほとんどは県立の小中規模病院であり,緊急の小児患者を24時間体制で受け入れるのは容易ではありません。県境を越えての患者の受け入れも難しいでしょう。さらに言えば,少子化がさらに進む今後は医師数も減らさざるを得ない。そのため大学病院といった大規模施設が中心となって搬送体制を整備すべきだと感じています。実際当院では神奈川県,特に人口150万人都市である川崎市と連携して搬送体制を構築している最中です。

野澤 滋賀県では,2025年に滋賀県立総合病院と滋賀県立小児保健医療センターが統合されます。県内の小児医療に対して,より大きな役割を果たすための一手です。都心部などの大規模な子ども病院がある地域なら話は別ですが,地方においては時代に合わせて医療提供体制を変えていかなければなりません。その中心を担うのが大学病院なのか,県立病院なのか,歴史のある私立病院なのかは,各地域によって変わるのだと思います。

奈良 小児科医でない私の目から見ると,成人に比べ搬送件数が少ない小児領域ならば,体制整備を進めやすいのではと感じています。手始めにメディカルウイングでは,往復の搬送を前提に小児の搬送プランを提案するようになりました。

川口 詳しく教えてもらえますか。

奈良 北海道の場合,小児先天性疾患の外科治療を施行可能な施設は,旭川市と札幌市にしかありません。手術のためにこれらの施設へ患者を送り,術後に状態が安定したら元の病院に戻してもらうよう,搬送プランを立てる段階で手配をしています。すると,高度医療施設は必要以上に患者を抱えなくて済む上,患者・家族も地元に近い医療機関でフォローを受けられるために,関係各所がWin-Winになるはずです。このように小児領域に注力することで,集約化・効率化が一気に進むのではと期待しています。

川口 その通りですね。搬送モデルを作って全国に発信していくのは小児科医の使命とも言えるのかもしれません。

野澤 まずは地方代表として「滋賀モデル」をもう一度復旧させ,滋賀県から発信していきたいですね。もちろん同時並行して研究も行い,エビデンスを打ち出していきたいですし,スペシャリストの育成にも携わりたいと考えています。

川口 私の目標は,“本物”の小児集中治療搬送チームを全国各地に作ることです。先ほど挙げたRAAPIDは25年以上の歴史を持つ搬送チームであり,カナダで仕事をしていた際も世界中から見学者がひっきりなしに訪れていました。そうした拠点となるチームを日本国内にも増やし,情報発信していくことで,多くの医療者に搬送をもっと身近な問題として意識してもらいたいと考えます。コストがかかる医療であるからこそ,その意義を認めてもらうにはエビデンスの構築が必須です。日本集中治療医学会で策定する搬送に関連したガイドラインの発行も1つのきっかけに,日本のコンテキストの中での搬送医学を根付かせていくため,今後もまい進していきたいです。

(了)

 医療資源の偏在が著しい北海道において,地域の医療機関では提供できない高度医療を必要とする患者に対し,ヘリコプターでは運航が困難と考えられる遠距離や悪天候時にも対応可能な固定翼機を活用して搬送を行う事業。民間の寄付金を基に2010年より運航がなされてきたが,平成29(2017)年度国庫補助事業の「へき地保健医療対策実施要綱」にメディカルジェットが採択されたことで公的資金の補助を受けている。対象は道内の医療機関に入院中の患者に限定(詳細はこちらを参照)。

 小児科医が年間1,2例しか直面しないような重症症例に対し,済生会滋賀県病院が小児救急に特化した専門医を派遣し緊急の診療支援を行い,搬送可能な状態に回復させてから,滋賀県の小児集中治療施設である滋賀医科大学医学部附属病院に運ぶ三角搬送システム。同モデルは,2015~20年にかけて実施された。


1)Kawaguchi A. Developing an Evidence
――Informed Pediatric Retrieval System for Alberta. 2018.

2)Lancet. 2010[PMID:20708255]
3)野澤正寛,他.重篤小児患者の施設間搬送に関する多施設共同レジストリ――搬送熟練者と非熟練者における搬送の質の比較調査.日小児会誌.2023;127(3):510-8.

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聖マリアンナ医科大学 小児科 特任教授

2003年阪大卒業後,神戸市立中央市民病院(現・神戸市立医療センター中央市民病院),倉敷中央病院で小児科,救急などの研修に励む。07年より静岡県立こども病院に勤務しPICUの立ち上げに携わり,その後10年度末からカナダ・アルバータ大Stollery Children’s HospitalでPICU臨床フェロー。同大公衆衛生大学院では搬送医学に関する研究で疫学博士号を取得する(文献1)。オタワ大 Children’s Hospital of Eastern Ontario小児科,小児集中治療学講師,モントリオール大CHU Sainte Justine研究所シニア研究員などを経て,22年より現職。

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手稲渓仁会病院 救命救急センター センター長

1992年札医大卒業後,カナダ・アルバータ大に留学した期間を挟みながら,20年以上にわたって同大病院にて救急診療に携わる。2009年手稲渓仁会病院救命救急センター。15年より同センターセンター長。10年に立ち上がった北海道患者搬送固定翼機(メディカルウイング)運航事業では,メディカルディレクターを務める。

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滋賀県立総合病院 救急科・小児科 科長

2005年滋賀医大卒。同大病院にて研修後,草津総合病院,済生会滋賀県病院,近江八幡市立総合医療センター,国立成育医療研究センター等で小児科,救急科の研鑽を積み,15年済生会滋賀県病院救命救急センター救急集中治療科,18年同院小児救命救急科。全国初となる小児救急システム「滋賀モデル」を始動させた。21年より現職。日本小児科学会小児救急集中治療委員会で搬送に関わる研究チームのチーフを務める。

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