双極症 第4版
病態の理解から治療戦略まで

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好評書『双極性障害』がDSM-5-TRの訳語変更に合わせタイトルを『双極症』としリニューアル。臨床・基礎のあらゆる情報を網羅する方針はそのままに、概念の歴史から疫学、症状、診断、治療、治療薬の薬理、ゲノム研究、病態仮説の現状まで幅広くカバーしている。単著とは思えない圧倒的な情報量ながら、随所に症例を交えた記載は読みやすく、理解もしやすい。この一冊で双極症の全体像を把握することができるだろう。

加藤 忠史
発行 2023年06月判型:A5頁:464
ISBN 978-4-260-05294-8
定価 5,720円 (本体5,200円+税)

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    2023.12.14

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第4版の序

 このたび,1999年に初版を出版して以来,版を重ねた「双極性障害」を改訂することになった.初版から第2版は12年,第2版から第3版は8年であったが,第3版から第4版の間は4年と,比較的短い間隔での改訂となった.しかし,改訂は,かなり大規模なものとなった.
 今回の大きなポイントは,2023年3月に日本うつ病学会の診療ガイドラインが大改訂されたことである.この改訂版診療ガイドラインは,筆者も統括の一人として参加し,日本医療機能評価機構のMindsガイドラインに従った,エビデンスに基づく診療ガイドラインとなった.このガイドラインの読み解き方やその根拠となった最新のエビデンスをご紹介しつつ,臨床実践に活用しやすくかみ砕いた記載を心がけた.さらには,ガイドラインの限界についても言及し,ガイドラインでは採用されていないデータも臨床実践の参考にできるよう紹介しつつ,治療法についての筆者の考えを述べた.
 また,治療戦略のうち,前版までは筆者の実践を中心に述べていた,躁状態の患者への対応などの項目に関しても,その後,多くのガイドラインなどが登場していることから,こうした客観的な記載も取り入れた.患者の妊娠・出産やハイリスク者への対応についても,最新の知見を取り入れ,記載を充実させた.また,わが国における有病率や社会負担など,疫学的なエビデンスも最新化している.
 筆者自身にとっての大きな変化は,前版の出版後,研究所から大学病院に移り,再び臨床の最前線で勤務するようになったことである.そこで,順天堂大学で行っている「双極性障害治療立て直し入院」の実践から得た教訓について,「“難治性双極症”の治療」という新たな項目を立てて議論した.
 今回,最も改訂が多かったのは,第7章以降の,病態研究についての記述であり,臨床の進歩に比べて,研究の進歩がいかに著しいか,再認識することとなった.これらの章は,古くなってもはや読者にとって有用でない記述は容赦なく削除するとともに,最新の知見を大幅に加筆することで,刷新されている.
 また,最近の病態研究の進歩により,双極症の治療薬の作用機序についての考え方が,筆者の中でも大きく変わってきたため,新たに「双極症の原因と治療薬の作用機序」という項目を設けた.
 そして,内容には大きく影響しないかもしれないが,bipolar disorderを「双極症」と訳したDSM-5-TRの日本語版とほぼ同時期に出版されることになったため,これを機に,書名を「双極症」と変更した.この病名変更がスティグマの解消につながることを祈っている.
 研究所に勤務して19年目に第3版を出版したときは,このまま研究所にいたら,次の改訂はもう無理かもしれない,と思っていたが,臨床現場に戻り,今回,臨床的観点からも内容を最新化することができ,本書の寿命を延長できたかと思う.
 すでに第3版をお読みいただいた方にもお役に立てる本になったのではないだろうか.
 本書が日々の臨床や,教育・研修・研究の一助になればと願っている.

 2023年4月
 加藤忠史

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第1章 歴史
 A 症状の記載
 B 疾患としての記載
 C 反精神医学
 D 非定型精神病概念の流れ
 E DSM-III
 F 双極II型の登場
 G 双極スペクトラム概念の登場
 H DSM-IV
 I 特定不能の双極性障害
 J DSM-5
 K RDoC
 L ICD-11
 M 病名

第2章 疫学と社会的影響
 A 疫学
 B 社会的影響
 C 生命予後
 D 双極症と犯罪
 E 双極症と創造性

第3章 症状・経過
 A はじめに
 B 躁状態(manic state)
 C うつ状態(depressive state)
 D 混合状態(mixed state)
 E 軽躁状態(hypomanic state)
 F 躁転・うつ転
 G 精神病症状(psychotic symptoms)
 H 緊張病症状(カタトニア)(catatonic symptoms)
 I 急速交代型(rapid cycling)
 J 人格変化,閾値下気分症状
 K 認知機能障害(cognitive dysfunction)
 L 衝動性(impulsivity)
 M 病前性格・気質
 N 不安症との併発
 O 発達障害との併発
 P 経過

第4章 診断
 A 診断基準
 B 診断の実際

第5章 治療戦略
 A 総論──エビデンスに基づいた治療を目指すために
 B 躁状態の治療
 C うつ状態の治療
 D 修正型電気けいれん療法(mECT)
 E その他の身体療法
 F 自殺予防
 G 維持療法──双極症I型
 H 心理社会的治療
 I 双極症II型の治療
 J 急速交代型の治療
 K 新薬,サプリメント,あるいは食事療法
 L 妊娠・出産
 M 双極症ハイリスク者
 N “難治性双極症”の治療

第6章 治療薬とその薬理
 A 気分安定薬とは何か
 B 非定型抗精神病薬とは何か
 C NbN
 D リチウム(lithium)
 E バルプロ酸(valproic acid)
 F カルバマゼピン(carbamazepine)
 G ラモトリギン(lamotrigine)
 H クエチアピン(quetiapine)
 I オランザピン(olanzapine)
 J アリピプラゾール(aripiprazole)
 K ルラシドン(lurasidone)
 L ゾテピン(zotepine)
 M その他
 N ベンゾジアゼピン
 O 抗うつ薬
 P 薬理遺伝学

第7章 環境因

第8章 ゲノム研究
 A 遺伝の関与
 B 連鎖解析
 C 候補遺伝子の関連解析
 D 関連研究における再現性の欠如
 E エンドフェノタイプ
 F DNAマイクロアレイによる候補遺伝子探索
 G 統合失調症との接点
 H ゲノムワイド関連研究(GWAS)
 I コピー数多様性(CNV)
 J メンデル型遺伝病の変異
 K 染色体異常
 L 全エクソーム/全ゲノム解析による双極症と連鎖する変異の探索
 M 全エクソーム解析による双極症の関連研究
 N デノボ点変異
 O 体細胞変異
 P 遺伝的構造

第9章 脳画像・生理研究
 A 形態
 B 機能

第10章 死後脳研究
 A 形態
 B 生化学
 C ゲノム・エピゲノム

第11章 患者由来細胞を用いた研究
 A はじめに
 B 血液由来細胞
 C 培養リンパ芽球
 D 線維芽細胞
 E 嗅上皮
 F iPS細胞

第12章 バイオマーカー研究
 A はじめに
 B モノアミン
 C デキサメタゾン抑制試験
 D カルシウム
 E BDNF
 F 培養リンパ芽球の遺伝子発現
 G 酸化ストレスマーカー
 H 免疫学的マーカー
 I メタボローム解析
 J プロテオミクス解析
 K エピゲノム・RNA編集

第13章 病態仮説
 A はじめに
 B 薬理学研究に基づく仮説
 C 生物リズム仮説
 D 小胞体ストレス反応障害仮説
 E ミトコンドリア機能障害仮説

文献
おわりに
索引

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30年以上病態解明に取り組んできた著者にしかなし得ない著作
書評者:川嵜 弘詔(福岡大主任教授・精神医学)

 本書は,研究所から大学病院という臨床現場へ活躍の場を移された加藤忠史先生によって『双極性障害 第3版』に改訂を加えられたものである。最近,病名の改訂が検討されたDSM-5-TR,ICD-11に基づき,今回の改訂版のタイトルは『双極症 第4版』へ変更されている。「病態の理解から治療戦略まで」というサブタイトルにもあるように,本書の特筆すべき点は,双極症の歴史から疫学,症状と経過,診断,治療,生物学的研究における最近の知見に至るまで幅広く網羅していることである。

 本書に含まれる膨大な情報量を目の前にすると,とても著者一人で一冊にまとめたとはにわかに信じ難いが,30年以上ひたむきに双極症の病態解明に取り組んできた著者にしかなし得ないことだと確信する。

 本書の「第1章 歴史」で紹介されているように,双極II型の概念の源流は,「双極症患者のうち躁状態で入院歴のある群を双極I型,うつ状態でのみで入院した群を双極II型に分類した場合,I型とII型では家族歴や臨床経過が異なる」というDunnerらの臨床研究が基になっている。このことは,19世紀にKraepelinが定義した「躁うつ病」に重症の反復うつ病も含まれていたことと合致しているが,このような双極II型の概念は現在用いられているDSM-5-TRには反映されていない。双極II型の臨床病像は多様化していることから,双極II型の定義の見直しは今後の課題といえよう。

 疫学の項においては,双極症と創造性との関連について疫学的研究のみならず,ゲノム研究の結果も紹介されている。アイスランド全国民のゲノムデータを用いた研究により二大精神病(統合失調症と双極症)と創造性が遺伝学的な基盤を共有していることが示唆されたことは興味深い。以前より著者が患者向けパンフレットに「双極性障害になりやすくなる遺伝子があるとしたら,それにプラスの意義があるからこそ,その遺伝子を持っている人が多いのだと考えられます」と記載しているように,生殖年齢である若年で発症し,子孫を残すという点では不利であるにもかかわらず,淘汰されずに一定の罹患率を保って存在し続けていることは,世の中に必要な存在であり続けている証拠とも言えるだろう。

 症状・経過の章においては,混合状態の概念に関して,Kraepelinの定義に立ち返り,診断法についてのいまだ残る課題が提示されている。加えて,躁状態やうつ状態の極期に錯乱・昏迷を呈することがあり,このようなカタトニア(緊張病)を呈する患者群は非定型精神病と重なりがある可能性が指摘されている。診断基準としては,DSM-5-TRに準拠するものの,DSMに代表される操作的診断基準をマニュアル的に用いただけの表面的な診断に陥るのではなく,背景にある長い精神医学研究の歴史を把握した上で,個々の症例を診たてることの重要性が強調されており,本書において双極症の詳細な歴史が記載されていることの意義が示されている。

 治療の総論の項においては,「エビデンスに基づいた治療を目指すために」と題してあるが,臨床試験のデータに基づくガイドラインの限界とともに,「躁状態の患者をどのようにして受診につなげるか」といった治療において最も困難で重要な臨床課題についてのエビデンスが現時点でないことが指摘されている。これらのことから,実臨床においては,本書の記載にとらわれず,最新のエビデンスに基づいた診療を心掛けつつ,エビデンスが乏しい部分は経験により補っていく必要があることが示されている。実際に今回の改訂版では,臨床現場に戻った著者の経験に基づき,新たに「“難治性双極症”の治療」という項目が加わっている。

 本書で最もページ数を占めているのが生物学的研究に関する内容である。特に近年盛んに行われているゲノム研究,脳画像研究,iPS細胞を用いた研究に関して最新の知見が網羅されており,基礎研究に精通していない臨床家にとっても理解しやすく解説されている。最新の知見を踏まえて,著者が提唱するミトコンドリア機能障害仮説をアップデートするとともに,今回の改訂版で新たに加えられた「双極症の原因と治療薬の作用機序」の項目において,各治療薬の作用機序についても新たな知見に基づいた考察がなされている。

 本書の末尾は「いまだ原因不明なままであった双極症の原因解明は,いよいよ射程内に入りつつある」と締められているが,この部分は前版から改訂されないままとなっている。ここに著者の願いが込められているように思う。第5版へ期待したい。


臨床と研究,あらゆる観点から貴重な洞察と知識を提供する一冊
書評者:加藤 正樹(関西医大准教授・精神神経科学)

 双極症は,活動性が低下する抑うつ状態と活動性が高まる躁状態を交互に示す“双極”の病態を持つ疾患である。一般的には,抑うつ症状の期間が躁症状よりも長く,20代で発症が多く,性別による発症の差はない。抗うつ薬に反応しないことが多く,気分安定薬の使用と再発防止が重要であり,発症には遺伝的要素が関与していると考えられている。

 しかし,この双極症の病態生理は,モデル動物で再現することが難しいため,詳細な解明が進んでいない。その結果,診断や治療の参考になるバイオマーカーが存在せず,患者と丁寧に向き合いつつ,病歴と症状を基に類似症状を示す疾患を鑑別し,治療を進める必要がある。そのため,現状では治療に難渋するケースも少なくない。

 診療の現場において,双極症の臨床の基本となる治療法の選択肢,その根拠とメカニズムを包括的にまとめた本書は,双極症の診療時に信頼できる内容である。第1章から第6章までは臨床的な視点から,そして第7章から第13章までは双極症の研究における新たな可能性やヒントについてバランス良く記述されている。

 前半の臨床部分では躁状態,抑うつ状態を呈する身体疾患や,原因となる薬剤が網羅され,難治性双極症の診療にも役立つ診断の重要性が強調されている。また,薬物治療の作用機序や薬物動態に関する情報が豊富で理解しやすく記述されている点も素晴らしい。特にリチウムに関しての緻密な記述は,論文の総説を上回る情報が網羅されており,著者のリチウムへの強い思いがうかがえる。

 後半の研究部分では,“現在のところ,双極症を積極的に診断することのできる特異的検査方法は存在しない”と始まるバイオマーカー研究の章,そしてゲノム研究の情報量が圧巻である。双極症の発症に関与する遺伝の関与について,連鎖解析,ゲノムワイド関連研究,ポリジェニックスコア,コピー数多様性,染色体異常,全ゲノム解析,デノボ点変異など,全ての解析手法が網羅され,深く掘り下げられている。双極症の発症に遺伝的関与が明らかとなって久しいが,その遺伝情報が臨床応用につながらない現状のジレンマを抱えながらも,初学者にもわかるように丁寧に解説されている点が印象的である。これらの章を読むと,双極症の遺伝子マーカーの特定やその機能の解明により,双極症の理解を一段と深め,未来の治療法開発への期待を高めるものとなっている。

 日本うつ病学会の双極症ガイドラインの統括でもある著者が一人で書き上げた新刊『双極症 第4版――病態の理解から治療戦略まで』は圧巻の内容で,双極症に関するあらゆる観点から,主題を巧みに組み合わせた,貴重な洞察と知識を提供する一冊である。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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