医療を楽しく知る・学ぶ社会をめざして
おもちゃAED「トイこころ」開発への思い
坂野 恭介氏に聞く
インタビュー 坂野 恭介
2026.03.10 医学界新聞:第3583号より
自動体外式除細動器(AED)の設置台数で日本は世界有数である一方,実際の使用率は依然として低迷しています。そうした状況の中,2024年に販売されたおもちゃのAED「トイこころ」(写真)が,限定生産した1000個をわずか1週間で完売して大きな反響を呼びました。本紙では本年3月のトイこころ再販開始に際して開発者である坂野氏への取材を行い,おもちゃAED開発の経緯と,活動の裏にある思いを伺いました。
2026年3月より,3000個を再販予定(詳細はこちらを参照)。
AEDは社会にまだまだ浸透していない
――おもちゃAED「トイこころ」(写真)の再販決定はSNSをはじめ各メディアで大きな反響を集めています。そもそもですが,坂野社長とAEDのかかわりはどのようにして生まれたのでしょうか。
坂野 私はもともと企業に所属する臨床工学技士として,関東の病院を中心に医療機器の保守管理や修理,使用に当たっての医師・看護師向けの指導を行っていました。地元の北海道に戻ってからは医療機器メーカーで血管撮影装置の修理などを担当し,計8年ほど医療機器にかかわる仕事をしたことになります。転機となったのは,祖父の代から続く坂野電機工業所を継いだことです。当社は食品工場やJAなどで使用する産業機械を整備する会社で,医療とは全く無縁のビジネスをしていました。しかし私自身の医療機器分野への思い入れが非常に強く,これまでの経験を生かして産業機械のお客さまである工場などに付加価値を提供できないかと考え,AEDの販売事業を始めたのです。
――医療従事者としての経験があるからこその発想ですね。
坂野 ええ。販売を始めてすぐに,医療従事者と一般の方々のAEDに対する認識のギャップに直面しました。お客さまにAEDの話をすると「使用には資格がいるんでしょ?」「電気ショックが流れるなんて怖い」といったネガティブな反応が返ってくることが多く,AEDという名称が何を指すのかピンときていないケースもありました。AEDが導入されてかなりの年数が経過しているにもかかわらず,医療従事者がAEDに抱く信頼性や重要性,誰もが使えるべきものという感覚は,世間一般にはさほど浸透していないと痛感したのです。こうした状況を放置するのは販売者として無責任だと考え,AEDをもっと知ってもらうための活動を2020年ごろから始めました。
――一般的に普及啓発活動と言うとセミナーや講演のような形式がイメージしやすいです。坂野社長はそれらとは異なるアプローチを選択されている印象です。
坂野 確かにAEDや心肺蘇生について一般の方が学ぶ場は,すでに社会に数多くあります。ですが,そもそも興味がなければ人は学ぼうとしません。興味がないのに半ば義務的に講習を受けさせられることで,かえってAEDに対して抵抗感が生まれている側面もあるはずです。まずは興味を持ってもらうこと,そして楽しみながら学び,知ってもらうことが大切だと考え,初めに行ったのがAEDを模したペーパークラフトの作成です。それが「トイこころ」の開発につながりました。
玩具性とリアリティのバランスを追求した「トイこころ」
――ペーパークラフトや「トイこころ」など,あえて子ども向けのおもちゃを開発したのはどうしてでしょうか。
坂野 ほとんどの人は,AEDが必要な場面に遭遇する経験がないまま大人になります。もちろんこれは良いことでもありますが,AEDに対して無関心なまま大人になった人にいざ改めて関心を持ってもらうのは非常に難しくもあります。一方で幼少期からおもちゃとしてAEDに触れていれば,大人になった時に心理的な抵抗は持たないはずです。加えて子どもには大人を巻き込む力があります。遊びがきっかけとなり子ども発信で「AEDって何だっけ?」といった会話が家庭内に生まれると,親御さんはその疑問にしっかり答えるためにAEDのことを調べたり,一緒に考えたりしますよね。ですから子どもがAEDを楽しく学べる商品開発をすれば,結果として大人にもその効果が波及するのではと考えました。
――2024年の販売当時に大好評を博した「トイこころ」の再販が今年3月に予定されています。改めて,本製品の特徴やこだわりについて教えてください。
坂野 意識したのはおもちゃらしさとAEDらしさのバランスです。子どもが1回で飽きては意味がないので,「トイこころ」にはなるべく何度も遊んでもらえるような工夫をちりばめています。
実際のAEDは電気ショック後にCPRのためのインターバルが2分間ほどありますが,おもちゃで2分間ひたすら音が鳴り続けると子どもは飽きてしまいますし,壊れたのかと不安になります。「トイこころ」ではその時間を10秒程度に短縮し,次の展開へテンポよく進むように設計しました。また,実際の救命処置には終わりがありませんが,おもちゃとしては達成感が必要です。そのため一通りの処置が終わった後に「ミッション完了!」と音声を流して区切りを作ることで,遊びとしての満足感を担保しています。
内蔵される音にも工夫を凝らしました。本物のAEDやデモ機は落ち着いたトーンで冷静に指示音声が流れます。しかしそれをおもちゃで再現すると子どもは怖く感じてしまいます。そのため「トイこころ」では声優による明るくポップな音声ガイドとコミカルなメロディを採用しました。ただし,話している内容自体は「パッドを貼ってください」「体から離れてください」といった,実際の救命手順に則った正確なものです。心肺蘇生のリズムを刻むメトロノーム音も,日本蘇生協議会によるガイドラインに準拠した100〜120回/分のテンポを正確に再現しています。
――おもちゃ作りとしての工夫と医療機器としてのリアリティが共存しており,まさに「楽しく学ぶ」を実現した製品であることが伺えます。
坂野 極端な話ですが,子どもたちが「トイこころ」を正しい手順で遊ばなくとも良いのです。何度も手に取ってもらい印象に残れば,いつか街中でAEDを見かけたときに自然と関心を持ってくれるかもしれません。どんな形であれ,AEDを知る・学ぶきっかけになってくれればうれしいです。
興味から学びへの橋を架ける
――「トイこころ」開発をはじめ単にAEDの普及啓発にとどまらないご自身の活動に,日ごろどのような思いを持って取り組まれているのでしょうか。
坂野 私が常に持っているのは「興味から学びへの橋を架けたい」という思いです。AEDの使用率が上がってほしいとの思いは,多くの医療従事者が抱いているはずです。もちろん私も同じです。しかし正しい情報を受け取るための土壌,つまり一般の方々の興味関心が十分でなければ,医療の中から一方的に情報発信をして終わってしまう恐れもあります。医療の現場を離れた今の立場だからこそ, AEDや救命について知りたい,学びたいと能動的に思う方が増えるような試みを続けていくことが私なりの医療に対する貢献であり,自分の役割でもあると考えています。
——最後に,今後の活動の見通しについてお聞かせください。
坂野 「トイこころ」のさらなる普及に力を入れつつ,新たなモノ・体験の開発も行い,「AEDの認知サイクル」を作っていきたいと考えています。子どもが大人になるまでの過程で当たり前にAEDの重要性を肌で感じ,その延長線としてCPRを学ぶことが特別ではない世界を作るためです。医療の内と外,双方とコラボレーションしながら頑張っていきたいです。
(了)

坂野 恭介(さかの・きょうすけ)氏 株式会社坂野電機工業所 代表取締役社長
2010年北海道工業大医療工学部医療福祉工学科(当時)卒。卒業時に臨床工学技士の資格を取得し,都内の医療支援会社で医療機器の保守管理などに6年間携わる。その後2年間の北海道での医療機器メーカー勤務を経て,家業であった株式会社坂野電機工業所に就職。24年より現職。
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