医学界新聞

対談・座談会 Howard Catton,秋山 智弥

2026.03.10 医学界新聞:第3583号より

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 「看護への投資はすなわち,人々の健康を守り,国家の安全を維持することを意味するのです」。こう語るのは,国際看護師協会(ICN)の事務局長として来日したHoward Catton氏です。急速な少子高齢化を背景に医療需要の増大と生産年齢人口の減少が同時に進行する状況は,日本特有の問題ではなく世界共通の課題でもあります。大きな変革を迫られる医療システムの中で不足する看護人材をどのように確保し,活躍を支えていくべきかが問われているこの時代に,看護の価値を可視化し,誇りを持って働ける環境を築くために何が必要なのか。日本看護協会の会長を務める秋山智弥氏とCatton氏が意見を交わしました。

秋山 この度はお忙しい中でご来日いただきありがとうございます。この数日間で開催されたICNの国際会議(WFF)や日本看護協会が主催する「日本看護サミット2025」を通して,さまざまな健康問題や看護職が直面する課題について国際的な視点から議論を深めることができたと感じています。

Catton 皆さんと充実した時間を共有でき,私も大変うれしく思っています。特に看護労働力の持続可能性については全ての国に共通する極めて重要なテーマですので,こうして秋山先生とじっくりお話しする機会を設けていただき光栄です。

秋山 日本は2040年に65歳以上の高齢者が全人口の約35%に達し,要介護者が1000万人近くに上ると予測される超高齢化の局面を迎えており,医療と介護の複合的なニーズを抱えた人々を地域で支えていくための体制構築が急務となっています。一方では18歳人口の減少が深刻化し将来のなり手不足がますます問題視され,いかに人材を定着させていくかも考えなくてはなりません。WHOの報告書にもあるように看護師不足はいまや世界的な問題となりました1)。Cattonさんの視点から見た世界の状況をお聞かせいただけますか。

Catton まず強調したいのは,日本やアジア諸国での問題として語られる超高齢化は,実は世界各地で進行していることです。

 高齢になるにつれ,人々は2つ,3つと慢性的な健康課題をいくつも抱えるようになります。しかし,症状が出る度に病院に行きたいと思う人はいません。投薬や食事,生活習慣に関するアドバイスを受けながら,誰もが自宅で尊厳ある生活を送りたいと願っています。社会とのつながりやメンタルヘルスのサポートも必要でしょう。

秋山 高齢化や多併存疾患の問題はもちろん,療養の場が病院から地域に広がりつつある点も,日本だけではない世界的な潮流ということですね。

Catton はい。世界中で増加傾向にあるこうしたニーズに応えられる唯一無二の専門職は,他でもない看護師であると私は考えています。慢性疾患の管理のために頻繁な医療介入を行うことは医療費を増大させますし,病院の収容能力にも限界があります。看護師が各家庭や地域に直接働きかけて専門的な支援を提供することで,患者のQOLを維持しながら,より効率的な医療資源の活用が可能になります。

秋山 ニーズの変化とともに,今後は医療の提供体制も大きく変わっていかざるを得ません。看護職がこれまで以上に地域に出て,プライマリヘルスケアの担い手として力を発揮する重要性は増すばかりです。とはいえ,既存の医療システムからのアップデートは容易ではないと感じることもしばしばです。

Catton 多くの国の医療システムは,病院と地域,異なる専門分野の間で分断されています。加えてそれぞれの医療機関や現場では互換性のないITシステムをバラバラに使用していることも多く,患者に何度も同じ説明を繰り返す必要があったり,退院後のフォローアップが不十分であったりするケースも少なくありません。

 この分断された医療システムをつなぎとめる接着剤の役割を果たしているのが看護師です。しかし,医療システムの強化や統合が議論される場で,看護師の姿が見られないことがあまりに多い。看護師からのアドバイスなしに医療システムを運営しようとすることは,いわば目隠しで飛行機を操縦するようなものです。看護師が持つケア提供の専門性だけでなく,その知見をシステムの設計段階から生かすことが不可欠です。

秋山 同感です。今後の医療の持続可能性を高める鍵は看護師にあり,医療システム設計や議論の場に看護師の参加を促すことは,われわれの大きな使命でもあります。

 日本は世界的に見ても病床数が多く,結果として一床当たりの看護師数が不足する構造的な課題を抱えています。近年は病床の機能分化と削減が進められ,急性期を終えた患者さんは回復期,そして慢性期の病院へと療養の場を移らなければならなくなりました。こうしたケア提供の場の移行は医療ニーズの変化への対応として必要ではあるものの,患者さんにとって大きな不安を伴います。その不安を和らげ,スムーズな移行を支えるのが,病院や施設の機能を超えて連携する看護師の力です。

Catton 病床数削減は各国でみられる動きですが,適切に進めなければ大きなリスクを伴います。特に懸念されるのは緊急時における救急医療のひっ迫です。医療制度の整備やプライマリヘルスケアの強化と一体で進める必要があるでしょう。多くの国では,看護師の大半が病院に勤務しています。しかしこれからのケアモデルを考えれば,もっと多くの看護師が地域で活躍する必要があります。そのためには地域で働くことの魅力を高め,キャリアパスを示し,地方で働く看護師に住宅や教育支援といったインセンティブを提供することも有効です。

 忘れてならないのは,どれだけ立派な病院を建てて高価な医療機器をそろえても,そこに看護師がいなければ,それはただの空っぽの建物だということです。「看護師がいなければヘルスケアも成り立たない(No nurses, no healthcare)」という言葉があるように,看護労働力の確保と投資に関する具体的な計画が明確でないままに医療システムの変革を進めることは,絶対に避けなくてはなりません。

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秋山 看護師の役割が拡大する一方で,現場の人材不足は深刻です。日本では少子化の影響もあり,新規採用だけでなく,いかに離職を防ぐかといった定着・維持の観点から人材施策を考える必要性が増しています。

Catton 世界的に見ても,人材の定着と維持こそが重要であるとの認識が広まっています。ただし,人材の維持を議論する上では,人の「数」について考えるだけでは不十分だと考えています。

秋山 どういうことでしょう。

Catton 看護師の離職とそれによって生じる問題を考えれば,確かに人数の確保は重要かもしれません。しかし同様に,離職者が持つ看護実践の「質」の維持も重要なのです。経験豊富な看護師が離職することは,単なる人数の減少だけを意味しません。それは長年の経験で培われた専門知識,技術,判断力といった看護の「質」の損失でもあるのです。

秋山 確かに看護師の能力の源泉は,生活と医療の視点を統合して積み重ねてきた長年の経験にあります。その経験知の損失がいかに大きなマイナスであるかを,もっと社会に訴えていかなければなりません。

Catton 経験値の損失は,次世代を育成する力を失うことにもつながります。一部の国では,若者にとって看護師という職業の魅力が低下しつつあることがデータによって示されています2)。というのも,COVID-19パンデミックを通じて仕事の過酷さが広く知られた一方で,報酬や職場環境が見合っていないと感じる若者が増えているのです。人材の維持に真剣に取り組むことは,今いる看護師を守るだけでなく,未来の世代にとってこの職業をより魅力的なものにすることにもつながります。

 そのためにも,私たちはより柔軟な働き方を可能にしていかなくてはなりません。かつては勤務時間も場所も一方的に決められ,選択肢はありませんでした。けれども今の世代は違います。雇用主と個人の関係性が変化していることを受け入れて多様な働き方を認めることが,結果として人材の確保につながるはずです。

秋山 スウェーデンでは夜勤従事者の総労働時間を短縮し,健康回復のための時間を確保していると聞きました。今回の国際会議のように世界のリーダーたちの話を直接聞く機会を有効に活用し,他国の制度から得た学びを自国に取り入れ,現場にいる方々が安心して働き続けられる制度設計や情報発信をしていかねばと気を引き締めているところです。

 人材確保に関連した話題として,世界では外国人人材の採用を検討・推進する国もあるようですが,この点についてはどのような考えをお持ちでしょうか。

Catton それについてICNは一貫して,慎重を期す必要性を強調してきました。国際的な採用は,WHOが定める規範に準拠し,教育水準と患者安全における同等性を確保するものでなければなりません。逆に,自国で教育コストをかけた人材が流出することはその国の医療システムを脆弱にし,経済的な不均衡を生みかねません。国内で持続可能な労働力を育成・維持することが,結果として国家の安全保障につながると考えます。

Catton 昨今,世界の政治的リーダーたちは医療システムの持続可能性に頭を悩ませています。私は看護師の能力を最大限に活用することこそ,その解決策の1つだと考えています。WHOとICNも,専門的で経験豊かな看護師の能力を最大限に活用する機会を逃してはならないと各国に呼びかけています1)

 では実際に何をすればいいのかと言うと,まずは看護師の専門性を正しく認識し,キャリアパスを整備して適切な報酬で報いることです。さらに,卓越した看護師が主導するケアモデルを構築し,看護師による処方や検査のオーダー,担当患者数の管理などを制度的に支援していくべきです。これは決して,医師をはじめとする他の医療専門職から仕事を奪うという話ではありません。症状が複雑でない多くの高齢者のニーズは,看護師によって十分に対応可能です。病状が悪化したり予測不能な事態に陥ったりした際には,もちろん医師と連携します。このような協働モデルが有効であることは多くの国で証明されており,今や医師が看護師の職域拡大を最も強く支持しているケースも少なくありません。

秋山 先ほどCattonさんが接着剤と表現されたように,他の医療専門職との大きな違いとして,看護の仕事の多くは専門職同士の「間を埋める」役割を担っています。例えば,医師の治療がうまくいっているかを継続的に見守り,異常の徴候をいち早く発見し,深刻な事態への逸脱を未然に防ぐ。つまり,「何事もなかった」こと自体が看護のアウトカムと言えます。しかし,それが看護の力によってもたらされたと証明するのは極めて難しいです。

 私たち看護師は自らの専門性の高さと仕事の素晴らしさを知っていますし,ケアを受ける患者さんもその価値を実感してくださっています。しかし,制度や政策を決定する人々が,必ずしも看護の現場に直接触れる機会を持っているわけではありません。この「見えにくい価値」をどう可視化すべきでしょうか。

Catton  ICNではここ数年,「見えないものを見えるようにする(making the invisible visible)」という言葉を掲げてきました。その実践方法はいくつかあります。一つは,患者安全に関するエビデンスを示すことです。看護師の配置を手厚くすることが院内感染率や転倒・転落事故を減少させ,患者の自立度や満足度を向上させることを示すエビデンスの蓄積が世界中で進んでいます。

秋山 看護師一人当たりの受け持ち患者数が一人増えるごとに術後30日以内の死亡率が7%上昇することを示した研究3)によってアメリカにおける配置基準の策定につながったように,医療事故や術後急変などを防ぎ,結果として医療費を抑制しているのは看護の力であることをデータとエビデンスで示していく必要がありますね。

Catton その通りです。また,使う言葉を変えることも有効です。これまで看護の価値や役割は「ケア」や「思いやり」といった文脈で語られてきました。これからは「患者安全に不可欠な専門職」という視点でとらえ直すべきです。そうすれば議論の枠組みが変わります。そして決定的に重要なのは,議論に経済的な視点を持ち込むことです。看護師の欠勤や離職は,再採用のコストを発生させます。不適切なケアは合併症の治療や再入院,最悪の場合は医療訴訟など,莫大な追加コストにつながります。

 ICNでは「ケアの経済力」と題した活動を通じて,看護への投資が経済的にも合理的であることを訴えています4)。現在,世界は安全保障に関心を向けており,防衛費が増額される傾向にあります。その流れ自体は理解できますが,結果として保健医療への予算が削減されるリスクとも向き合わなければなりません。COVID-19パンデミックが証明したように,国民の健康を守ることこそが国家安全保障の根幹であると私たちは訴え続ける必要があります。政治指導者の第一の責務は国民の安全を守ることであり,それは軍事的な脅威からだけでなく,病気や健康上のリスクから守ることも含まれるのです。

Catton 看護師は人々の人生に変化をもたらすことができる,世界で最高の仕事だと私は信じています。個々の患者は看護師の名前は覚えていないかもしれませんが,看護師がしてくれたことを忘れていないという人たちは多くいます。この仕事が持つ多様なキャリアの可能性とやりがいを,私たちはもっと誇りを持って語るべきです。ですから,看護師の皆さんには自身が何を行い,どのような変化をもたらしたのか,自分たちのストーリーを語ってほしいです。看護師は病院だけでなく地域,研究,教育,行政などあらゆる場所で,社会に欠かせない存在として機能しています。世界には看護師として奮闘する3000万人の仲間がいます。一人ひとりが自信を持ってその価値を伝えることが,政策を変え,未来の医療を形作る一歩になるのです。

(了)


1)WHO, ICN. State of the world's nursing 2025. 2025.
2)OECD. What do we know about young people's interest in health careers?. 2025.
3)JAMA. 2002[PMID:12387650]
4)ICN. The economicpower of care. 2024.

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公益社団法人日本看護協会 会長

1992年東大医学部保健学科(当時)卒業後,同大病院整形外科病棟に勤務。98年同大大学院医学系研究科修士課程修了(保健学)後,新潟県立看護短大助教授。2002年より京大病院に勤務し,11年より同院病院長補佐・看護部長。15年より同院に開設された看護職キャリアパス支援センターのセンター長を兼務する。17年岩手医大看護学部特任教授を経て,21年より名古屋大学医学部附属病院卒後臨床研修・キャリア形成支援センター教授。25年より現職。

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国際看護師協会(ICN) 事務局長

1988年看護師資格取得後,英米での臨床を経てニュージーランド看護師協会に勤務。英Cardiff大卒業後(経済学),英Warwick大で修士課程修了(労使関係論)。英国看護協会(RCN)政策・国際部長を約10年務め,2015年には『Health Service Journal』誌の「トップ100クリニカル・リーダー」に選出される。16年より国際看護師協会看護・政策・プログラムディレクター,19年より現職。

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