看護のアジェンダ
[第251回(最終回)] 『透析を止めた日』をめぐって――看護職の省察
連載 井部 俊子
2025.12.09 医学界新聞:第3580号より
ノンフィクション作家である堀川惠子氏は,『透析を止めた日』(講談社,2024年)の序章でこのように述べる。「透析大国と呼ばれるこの国で,声なき透析患者たちが苦しみに満ちた最期を迎え,家族が悲嘆にくれている。多くの関係者がその現実を知りながら,透析患者の死をタブー視し,長く沈黙に堕してきた。なぜ,膨大に存在するはずの透析患者の終末期のデータが,死の臨床に生かされていないのか。なぜ,矛盾だらけの医療制度を誰も変えようとしないのか。医療とは,いったい誰のためのものなのか」と。
著者の夫は,2017年7月24日の夜明け,東京・広尾の日本赤十字社医療センターで亡くなった。付き添っていた妻は,「彼の足先の壊疽がこれ以上すすまないように祈りながら,そして彼の死後,少しでも遺体の状態を保てるようにと,室内のエアコンの温度は一番低く設定し(中略)足の先から震えが這いあがってくる。寒い。凍りつきそうだ。つい居眠りをして,身体がベッドサイドから床に崩れ落ちてしまったのに気づかなかった」という。こうした光景は,臨床看護師なら知っている。
彼は60歳と3か月,人生最後の数日に人生最大の苦しみを味わったと妻は記す。「夫の全身状態が悪化し,命綱であった透析を維持することができなくなり始めたとき,医師に問うても,答えは返ってこない」。さらに,その苦痛は,「本当に避けられぬ苦痛だったのか,今も少なからぬ疑問を抱いている」と。
看護職にできるサポート
医療施設には多くの看護職がいる。外来にも,透析室にも,病棟にも,手術室にも,検査室にも。苦悩している患者や家族の支援のためにいる。本書は,息を飲むようなドキュメントである。本書には随所に看護師が登場する。例えば,最上階の病棟へ引越しで荷物を移し終えたあと,気心の知れた看護師がひとり,エレベータの前でうっすら涙を浮かべて,「奥さん,頑張って」と言って小さくガッツポーズをしてみせた。「彼女たちの思いやりに,どれだけ励まされたか分からない」のだともいう。
看護職は情緒的なサポートを行いながら,さらに踏み込んだサポートができないものであろうか。
どういう生き方をしたいのかについて患者・家族と話し合う機会を作り,医療機関や治療様式の選択を支援することもできるであろう。看護師は,血液透析だけでなく腹膜透析という治療様式があることを知っている。入院や通院だけでなく,家庭で治療を継続できることも知っている。血液透析治療を拒否する一人暮らしの高齢患者の在宅療養を支援する在宅看護専門看護師の報告もある。痛みのコントロールが十分かどうか,ベッドサイドで観察しアセスメントするのは日常の看護であろう。患者の苦痛や困りごとを適確に医師に伝えるアドボケーターとしての役割も重要である。看護師がそうした役割を果たすことで,患者と医療者が共同で意思決定をすることができる。緩和ケアチームの活躍によって,緩和ケア病棟でなければ緩和ケアが提供できないという時代は終わった。
最新の腎不全患者緩和ケアガイダンス
2025年9月,日本緩和医療学会,日本腎臓学会,日本透析医学会が共同で『腎不全患者のための緩和ケアガイダンス』を公表した。
第1章は,「腎不全患者の臨床経過と腎代替療法の選択」である。ここでは腎不全患者の全人的苦痛(total pain)も説明される。腎不全患者のさまざまな苦痛に気づくことが何よりも大切であり,患者の声に耳を傾けること,つまり良好なコミュニケーションが重要であると強調する。
第2章は,「腎不全患者における緩和ケアに関する考え方」である。ここでは腎不全緩和ケアの基本的考え方として,WHOの定義(2002年)をもとに,基本的ケアと専門的緩和ケアについて説明される。そして,提供時期,エンド・オブ・ライフケア,人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスおよび透析の開始と継続に関する意思決定プロセスにおける,透析の見合わせについて検討される。
第3章は,「腎不全患者における緩和ケアの実践」である。ここでは緩和ケアのニーズとアセスメントに続いて,身体症状(痛み,倦怠感,睡眠障害,掻痒感,悪心・嘔吐,むずむず脚症候群・下肢静止不能症候群,呼吸困難,便秘,浮腫)や精神的苦痛(抑うつ・不安,せん妄)の緩和,さらに緩和困難な苦痛に対する鎮痛,緩和血液透析と緩和腹膜透析,腎不全患者と家族への心理社会的支援,スピリチュアペインとスピリチュアルケア,高齢患者や小児患者への対応,死が近づいたとき,家族への対応など看取りが説明される。
第4章は,「腎不全緩和ケアにおける医療提供体制の構築」である。ここでは,緩和ケアは多職種で行われるとして,各職種の役割が簡潔に示される。そして多職種チームの現状と課題が述べられ,「腎不全緩和チーム」の構想が提示される。さらに,地域包括ケアを基本として腎不全緩和ケアを要する在宅療養者の包括システム展望する。
本稿は『透析を止めた日』の衝撃を受けた看護職読者としての省察である。
「看護のアジェンダ」は第251回をもって連載を終了します。ちょうど20年間執筆いたしました。私のトラジェクトリーとなりました。読者からのさまざまなフィードバックに心から感謝いたします。そして「看護のアジェンダ」のために20年間紙面を提供し続けてくれた医学界新聞編集室にもお礼を申し上げます。
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