医学界新聞

寄稿 瀬尾 龍太郎

2026.03.10 医学界新聞:第3583号より

 筆者は現在,神戸市立医療センター中央市民病院の救命救急センターにて救急集中治療室(emergency intensive care unit:EICU)の室長として勤務しており,臨床業務の傍らで同領域に携わる医師の教育・育成にも注力しています。

 かつて筆者は医師として患者・家族・同僚から「良い医療者」と思われたいと考えていましたが,専門分野の勉強だけでは「良い医療者」になれないことに徐々に気づいていきました。優秀で努力しているにもかかわらず,何らかの理由で組織全体の調和を損なってしまう人を頻繁に目にするようになったのです。そして,私自身も例外ではありませんでした。

 今回は,このような状態に陥ることを回避するために必要な視点について説明します。

 医療者として獲得すべき視点とは,大別すると「医療安全」「医療の質」「感染制御」「医療倫理」「意思決定と合意形成」「病院経営」に分けられると筆者は考えます。これらの視点を獲得しておくと,医療組織における自分の行動に対して複眼的に評価することができるようになります。

 各視点における当面の学習到達目標は「にわか」レベルで結構です。ちょっと知っていて,ちょっとドヤ顔で話せる,まずはその程度でいいと思います。学習の最初の時点から本を購入して勉強するのもいいですが,初学者が全体像を把握する目的に限れば,LLM(大規模言語モデル)を用いた全体把握が効果的です。以下のプロンプトを使ってLLMに聞いてみてください。

“私は病院に勤めています。1週間で{意思決定と合意形成}に関する理解を絶対に深めたいです。医療,病院運営,患者対応という文脈で,私の考え方を根本から変えるような内容で勉強したいです。全体を網羅できるように目次を作ってください。”

註:波カッコ内には,それぞれの視点の名称を入れてください。出力された目次で全体像を把握し,必要に応じて深掘りします。これで迅速に一通り外観できるはずです。

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 ここからは,各視点に対する筆者のコメントを記述します。個人的な感想も含まれていますが,学習のスパイスとして参考にしてください。

医療安全 筆者は,医療安全とは「言いつけを守って,エラーをなくす」ことだと誤認していました。しかし,チャールズ・ヴィンセントの『患者安全』1)に書かれていたドナルド・バーウィックの言葉により,考えを改めることができました()。特に,教訓1の「どうすればエラーを起こさないか?」ではなく,「どうすれば私たちの手によって患者が傷つけられないようにできるか?」との考え方は,エラーをなくすこと自体が医療安全の本質ではないのだと強く認識させてくれました。

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表 医療安全に関して筆者が得た教訓

医療の質 初学者は医療の質と医療安全の話を混同してしまいがちなので,この2つを区別するところから始めるととっつきやすくなります。

 人的サービスには,同時性,消滅性,無形性,変動性といった特性があります。医療行為は提供と消費が同時に起こるため,事後的な修正は困難です。そのため個々の医療者の努力に依存するのではなく,患者体験と業務プロセス全体をあらかじめデザインし,質のばらつきを構造的に抑制する必要があります。これを認識した上で,かの有名なドナベディアンモデルを眺めると,少し趣が変わってくるでしょう。

感染制御 組織に属する医師は,自分の意思決定権限がどこまであるかということに関して,認識が曖昧になりがちです。特に広域抗菌薬処方や感染対策といった感染制御に関する事項に関して,病院組織の規定と自分の決定権限との関係性がわかりづらいと感じる方も多いはずです。

 医療法施行規則で院内感染対策委員会の設置が規定され,厚生労働省医政局通知で病院管理者が積極的に関与し運営していくべきことが明示され,感染防止対策加算において抗菌薬適正使用が要件として新設される……。こうした一連の流れからもわかるように,感染制御は医療機関として大ごとなのです。そのため医療機関には医師の行動を適切に制御することが求められています。医療機関における感染制御の内容を知ることで,感染制御そのものだけでなく,組織における医師の意思決定について深く学ぶことができます。お得ですね。

医療倫理 人権に対するセンスを磨いておくことは,患者と家族,ひいては自分や他の医療者を守ることにつながります。人権を学ぶ第一歩としては「SDGsの17の目標」2)を眺めることがおすすめです。人権という概念そのものへの理解が深まります。そうして磨いたセンスをもとに医療倫理の4原則,医療倫理の4分割表を眺めると,少しずつ本質に寄った議論ができるようになります。

意思決定と合意形成 これは筆者の「推し視点」です。私は小学校時代から「話し合いで物事を決めましょう」と教えられていたので,社会人になっても「話し合うこと」と「決定すること」を分けて考えることができませんでした。意思決定とは行為の確定であり,合意形成とは納得の確保です。この2つを切り分けて認識することが重要です。これらは全く異なる事象を指しているため,当然それぞれに必要となるスキルも異なります。このあたりの理解が進んでくると,医療者間でよく使用する「意思決定支援」という言葉の語感も変わってきます。

病院経営 経営に対する苦手意識を克服するために,自身が所属する医療機関の収益構造を理解することは有用です。おおよその売上と,人件費,医薬品費,材料費,委託費とその割合を確認することで,どれくらいの規模感で病院が経営されているか把握できます。

 加えて,医療行政の動向を確認することもおすすめです。「医療計画」や「公立病院経営強化ガイドライン」などの単語を調べて出てくる内容を読んで,重要視されていることを大まかにつかみましょう。自施設の役割や自分自身の方向性を考える基礎を形作ることができます。

 いかがでしたか?「にわか」レベルまで到達できたでしょうか? 個人的には,私のような「にわか」スタッフが多くなればなるほど,良い職場になっていくと感じています。「良い医療者だなぁ」と思ってもらえるように,周りを巻き込みながらみんなで勉強していきましょう!

 本稿で述べたような内容を実践に落とし込みたいと感じた方の中で,もし重症部門で働いている方がいれば,今年の2月に刊行された『港島印 ICUドリル』(医学書院)を手に取ってみてください。こうした内容をOJT/Off-JTで学習してきた当院集中治療フェローとその卒業生の先生方が,症例ドリルの合間に当院のプラクティスを記述してくれています。お役に立てるかもしれません。


1)チャールズ・ ヴィンセント(著),相馬孝博ほか(訳).患者安全 原書第2版.篠原出版新社;2015.
2)公益財団法人日本ユニセフ協会.SDGs17の目標.

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神戸市立医療センター中央市民病院救命救急センターEICU 室長

2003年北大卒。神戸市立中央市民病院(当時)にて内科初期研修,呼吸器内科後期研修を経て,集中治療に従事。13年より現職。総合内科専門医,集中治療専門医。23年兵庫県立大大学院社会科学研究科経営専門職専攻にてヘルスケア・マネジメント修士取得。神戸市立医療センター中央市民病院集中治療フェローとその卒業生らが執筆した『港島印 ICUドリル』(医学書院)を監修,2026年2月より絶賛発売中!