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  • あせらないためのER呼吸管理トレーニング(3)目標の酸素濃度を吸えている? 吸入酸素濃度のカラクリを知ろう(藤澤 美智子)

医学界新聞

あせらないためのER呼吸管理トレーニング

連載 藤澤 美智子

2025.12.09 医学界新聞:第3580号より

・低流量システムで吸入酸素濃度(FIO2)を決める要素
・目標酸素濃度を吸えないのはどんなとき?

 鼻カニュラや簡易酸素マスクなど,いわゆる低流量システム(後述)の酸素流量とFIO2の対応表をよく見かけます。対応表はFIO2の目安を知るには便利ですが,低流量システムにおける実際のFIO2は,患者さんの呼吸の速さや大きさで変わります。低流量システムにおけるFIO2の考え方には酸素療法の大事な基本が詰まっていますから,今回はそこを掘り下げてみましょう。

 安静時の息を吸う速さ(吸気流量)の目安は500 mL/秒です(実際の吸気流量は一回の吸気の中でも変わりますが,ここでは簡略化して考えます)。図1の患者には簡易酸素マスクで5 L/分=83 mL/秒の酸素が投与されており,必要な吸気流量500 mLのうち83 mLを酸素で,残りはマスク内混合気180 mLと空気237 mL(酸素は21%)で賄っているケースを想定してみましょう。

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図1 吸気流量と酸素流量とFIO2:酸素流量5 L/分(83 ml/秒),180 mlの容量のマスクの場合

 自発呼吸は,大きく分けて吸息相,呼息相,休止相で構成されます(図21)。呼息相でマスク内は呼気と呼息相で供給される酸素が混合し,休止相では休止相で供給される酸素がマスク内を満たします。ゆっくりした呼吸では休止相の時間が長く,混合気における酸素濃度は上昇しますが,速い呼吸では休止期が短く,呼気再吸入によって酸素濃度は下がります。極端ですが仮にマスク内に酸素が満ちたと仮定するとFIO2は0.63,マスク内が全て酸素濃度0.16(仮に大気吸入時の呼気酸素濃度と同等に設定)の呼気と仮定するとFIO2は0.32となります(図1)。

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図2 自発呼吸の相(文献1をもとに作成)

 急性呼吸不全や代謝性アシドーシスなどで吸気流量は60~100 L/分を超えることがあります。吸気流量60 L/分の患者で同様に考えると,FIO2は0.27~0.42であり,速く大きい呼吸でFIO2は低くなることがわかります。実際には,マスクの密着度や酸素の流れの向きなどで混合気の酸素濃度は変動し,呼気酸素濃度も一定ではないため,細かな計算は原理を理解した上で,いったん脇に置いて構いません。ここで大事なことは,「呼吸が速く大きくなるほど,実際のFIO2は低めになる」ということです。

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 さて,「FIO2を決める要素」で話した呼気再吸入は「死腔」の話に通じます。「死腔」とは,換気はあってもガス交換が行われないスペースのことを言います。上気道から末梢気道は解剖学的死腔と言い,その容量は約150 mLです。安静時の一回換気量が500 mLとすると,肺胞で実際にガス交換が行われるのは残りの350 mLです。また,マスクや人工呼吸回路などの器具が装着されると,呼気が貯留するスペースが増えます。器具において呼気が貯留し再吸入する容量を「機械的死腔」といいます。図1においてはマスク容量の180 mLのうち酸素で洗い流されなかった呼気の容量が機械的死腔になります。機械的死腔が増えるとFIO2の低下だけではなく二酸化炭素の再吸入も問題になりますから,なるべく機械的死腔の容量は減らしたいところです。

 ここでリザーバーについて考えてみましょう。リザーバーは「貯水池」という意味を持ちます。酸素療法におけるリザーバーとは,呼息相と休止相に酸素を一時的に貯め,次の吸気で放出してFIO2を高めることのできるスペースのことです。放っておけば流れて行ってしまう酸素を貯めて必要な時に放出する,という意味でダムの貯水とまさに同じです。リザーバーというとリザーバー付酸素マスクを思い浮かべる人が多いと思いますが,「鼻カニュラからの酸素で満たされる鼻腔~上咽頭スペース」や「酸素が満ちたマスク内のスペース」もリザーバーとして機能します。

 簡易酸素マスクの中は,呼気がどれだけ酸素で置き換わるかによって,死腔にもリザーバーにもなり得ます。4 L/分以下の酸素流量では簡易酸素マスク内で死腔が増えるため,鼻カニュラへの切り替えが推奨されます。最近使用が増えている開放型酸素マスクは,マスク部分に大きな穴が開いており,呼気再呼吸がほとんどないことから1~2 L/分の酸素流量から使用できます(図3)。

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図3 各デバイスと使用可能な酸素流量の目安(商品による差異あり)

 リザーバー付酸素マスクは正しく使えてこそ高濃度酸素を供給できます。供給された酸素はまず600~1000 mLの容量があるリザーバーに貯められます。高濃度酸素を吸うには,空気を吸い込まず,リザーバーに溜まった酸素のみを吸うこと,呼気の再吸入が少ないことが大切です。そのためには,3つの一方弁と,顔とマスクの密着が重要です。マスク部分の2つの一方弁は,呼気を外に排出できますが,外からは吸えません。また,マスクとリザーバーの間の一方弁は,リザーバーへの呼気の流入を防いでいます。顔とマスクが密着していなければ,リザーバーから弁を通じて酸素を吸うよりむしろ,抵抗の小さいマスクと顔の隙間から空気を吸ってしまうためFIO2は下がります。

 正しく使用できているサインは,リザーバーが膨らんでおり,かつ吸気に合わせて凹む状態です。吸気時に全く凹まない場合は,マスク周囲の空気を吸い込んでいる可能性が高いため,顔周りの密着を確認しましょう。リザーバーが膨張すらしていないときは,リザーバーのねじれや酸素が供給されていないといった理由のほかに酸素流量不足が考えられます。正しく使用すると空気を「吸えない」システムですから,リザーバー容量を超えた一回換気量や,酸素流量を超えた分時換気量では,患者は吸う気体が足りなくなってしまい窒息状態になることに注意しましょう。リザーバー付酸素マスクの使用時は10 L/分以上の酸素流量とし,リザーバーが膨張していないときには酸素流量を上げて膨張してくるかどうかを確認します。酸素流量を上げても膨張しないときには,ハイフローシステム(HFNC)や非侵襲的陽圧換気(NPPV),人工呼吸器の使用を検討しましょう。

 ここまでに紹介した器具は全て,リアルタイムで供給される酸素流量では吸気流量に追いつけないデバイスであり,このようなシステムを低流量システムと言います。酸素投与で足りない分を呼気再吸入や空気で賄うので,患者の呼吸状態によってFIO2が変わります。安定したFIO2を得るためには,「リアルタイムで供給される酸素流量が吸気流量を上回る」ことが必要で,それを可能とするシステムのことを高流量システムといいます。安静時の吸気流量500 mL/秒=30 L/分以上の酸素流量を提供できることが高流量システムの定義であり,ベンチュリーマスクやHFNCが含まれます。しかしHFNCであっても,一般的に使用される最大流量は60 L/分ですから,それよりも吸気流量が大きい際は,やはり空気を吸い込み目標の酸素濃度を下回ることになります。因みに高流量=高濃度と勘違いされやすいのですが,高流量はあくまで「安定したFIO2を供給する」システムであり,高濃度とは限りません。

 今回は低流量システムにおけるFIO2の考え方について解説しました。呼吸療法では,FIO2一つとっても「患者の実際の呼吸」をよく見ることが大切であると筆者も改めて思いました。次回はNPPVとHFNCについて学んでいきましょう。

・低流量システムでFIO2を決める要素は,吸気流量,酸素流量,リザーバー,死腔
・速くて大きい呼吸は目標酸素濃度を達成しにくい


1)一般社団日本呼吸療法医学会自発呼吸アセスメント指針作成ワーキンググループ.自発呼吸アセスメント指針.2019.