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  • あせらないためのER呼吸管理トレーニング(2)「酸素開始!」その前に…… 酸素の行く末を考えよう(熊城 伶己)

医学界新聞

あせらないためのER呼吸管理トレーニング

連載 熊城 伶己

2025.11.11 医学界新聞:第3579号より

酸素投与の目的
酸素は病院で最も使用される「○○」
酸素投与の基準

 酸素投与は最も頻繁に行う診療行為の一つですが,普段何を考えて酸素投与していますか? 酸素を投与することにはどんな意味があるのでしょうか? 今回は,「SpO2が低下したから酸素投与」ということに関して,もう一歩踏み込んで考えてみましょう。

 酸素はエネルギー代謝において極めて重要な物質で,細胞内のミトコンドリアでは酸素を利用することで効率よくアデノシン三リン酸(ATP)を産生しています。酸素が不足すると,このエネルギー産生が不十分になり,組織・細胞レベルの低酸素症(hypoxia)から細胞死につながります。これは単にPaO2が低下している状態(低酸素血症:hypoxemia)とは区別されます。酸素投与を含む呼吸管理は,見た目のSpO2やPaO2を上げることがゴールではなく,末梢組織・細胞まで十分な酸素を届け,hypoxiaを改善することが目的になります。

 末梢まで酸素を行き渡らせる管理のために,動脈血に含まれる酸素の量(動脈血酸素含有量:CaO2)について考えてみましょう(図1)。この式は,①ヘモグロビン(Hb)と結合した酸素と,②血液に溶けている酸素の和として計算されます。後者には「0.0031」という極めて小さい係数がついており,運搬される酸素の多くが①ということになります。つまり,末梢まで酸素を届ける上で重要なのは,動脈血酸素飽和度(動脈血中のHbが酸素と結合している割合:SaO2)とHbの量であり,さらにこの動脈血を届けるために心拍出量は十分か,ということに目を向ける必要があります。SaO2と近似されるSpO2の低下をきっかけに酸素投与を開始するのは,①にSaO2が大きく関係しているからですね。

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図1 動脈血酸素含有量の算出式

 ただし,hypoxiaに対する酸素投与はあくまで対症療法に過ぎず,当然その原因に対する根本治療が必要です。Hypoxiaの患者さんは呼吸困難や頻呼吸という非特異的な症状で来院します。その原因は多岐にわたりますが,鑑別の際には酸素の通り道,つまり「気道→肺(換気・ガス交換)→Hb値→心拍出→末梢の循環」とたどって原因を考えることが有効です。

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 SpO2の低下を見たら「とりあえず酸素投与! めざせ100%!」で良いでしょうか? 酸素はERだけでなく,病院内で最も多く使用される「薬物」です。酸素にはお金がかかり(供給形態によりますが0.19円/Lなど),そして薬物らしく過剰投与では副作用が起こり得ます。例えば高濃度酸素投与が生じさせる肺障害は急性呼吸促迫症候群(ARDS)のような組織学的変化を来し,肺胞内が血液に吸収されやすい酸素で占められることによる無気肺形成を引き起こします。また呼吸器系だけではなく,全身の微小血管の収縮を来し,冠動脈血流の低下や心拍出量の低下を生じさせる可能性が示唆されています1)(例えば急性心筋梗塞の患者さんへの過剰な酸素投与により,梗塞範囲が増大するとの報告もあります2))。つまり,全身に酸素を送り届けるつもりが逆効果になる可能性があるのです。他にも頭痛・嘔気・めまいなど中枢神経への影響や活性酸素種による酸化ストレスなど,酸素の害は多岐にわたります(図2)。このように,「酸素は薬物である」との意識を持って,投与量を厳密に管理することが重要です。

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図2 高濃度酸素の害

 前述のように,酸素を投与する上で動脈血酸素含有量の式(図1)を意識しながら,目標とするPaO2やSaO2を定めていく必要があります。ここで重要なのが生理学の授業などで勉強した酸素解離曲線になります(図3)。Hbは周囲の酸素が少ないと結合している酸素を手放し,逆に周囲に酸素が多いと酸素と結合したまま離さないという性質を持ちます。酸素解離曲線上,PaO2が60 mmHgより高い部分(図3グレー部分)ではSaO2はほぼ変化せずHbと酸素が結合した状態が保たれます。一方でPaO2が60 mmHgを下回ると(図3水色部分),Hbが酸素を周囲に手放すためSaO2は急速に低下しています。このためPaO2 60 mmHg=SaO2 90%を境界として,SpO2 90%以上を保つように酸素投与されることが多いです。各国のガイドラインを見てみると,多少の記載の違いはあるものの,CO2の貯留が無い1型呼吸不全ではSpO2 94~98%を目標とし,慢性閉塞性肺疾患(COPD)などのCO2貯留を来す患者さんではSpO2 88~92%を目標とする,と記載されています3, 4)

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図3 酸素解離曲線

 通常,pH,PaCO2,PaO2が上下すると呼吸ドライブが変化しますが,その調整は主にCO2が担っています。慢性的にCO2貯留を来す患者さんではこの調整が弱く,呼吸ドライブがO2の変化メインとなっています。ここに高濃度酸素が投与されると呼吸ドライブが抑制され,CO2ナルコーシスを来す可能性があり,COPD患者さんでは低めの値に設定されています5)(諸説あり,高濃度酸素投与による換気血流不均衡増大が原因ともされます)。ただ,これは致死的な低酸素状態の場合にも酸素の投与量を減らすべし,ということではありません。CO2貯留は用手換気など回避する方法がありますが,低酸素には代替手段がありません。重篤な低酸素状態の場合には十分量の酸素を投与しましょう。

 SpO2の目標値で大事なのは下限だけではなく上限が決まっていることで,過剰な酸素は害になります。また,例えば高濃度酸素を投与している場合に,PaO2が300 mmHgから100 mmHgに低下するほど肺の状態が悪化してもSpO2は100%のままで,患者さんの状態変化に気づくことができません。PaO2の変化に合わせてSpO2が急峻に変化する坂道(図3水色部分)よりも少し上に居ることが重要なのです。

 酸素が末梢でどの程度使用されているかを考える上で,酸素を手放し終わって静脈に還流し,最終的な合流部位である肺動脈血の酸素飽和度,すなわち「混合静脈血酸素飽和度(SvO2)」(図3点A)が参考になります。これは酸素を使い終わったあとの「お釣り」のようなもので,お釣りが少ないと末梢で酸素をたくさん使用せざるを得なかった,つまり酸素の需要と供給のバランスが崩れつつあると評価できます。正常値は75%程度,65%以下で低下と考えましょう。測定には肺動脈カテーテルを要しますが,中心静脈カテーテルから採取した中心静脈血酸素飽和度(ScvO2)で代用することが多いです。また,酸素解離曲線は体の状態に合わせて左右にシフトします。例えば炎症などによって末梢組織での酸素需要が高まった場合,酸素解離曲線は右方にシフトします。この場合,同じPaO2の値でもSaO2が低くなっており,Hbがより酸素を手放しやすくなった状態で,酸素需要の高まりに対応しようとしていると言えます。逆に左方移動している場合には,同じPaO2でも末梢組織での酸素受け渡しが不十分になっている可能性があります。このシフトを判断するために,SaO2 50%のときのPaO2であるP50を用います(図3点B)。正常値は27 mmHgで,この値より大きいと右方シフト,27より小さいと左方シフトと判断します。このP50,実は動脈血液ガス分析検査で確認できますので,ぜひチェックしてみてください。

酸素投与は末梢組織に酸素を届ける一手段
薬剤としての酸素,過剰投与はNG
酸素解離曲線を意識して調整する


1)Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2005[PMID:15706043]
2)Circulation. 2015[PMID:26002889]
3)Respir Care. 2022[PMID:34728574]
4)Thorax. 2017[PMID:28507176]
5)Respirology. 2022[PMID:35178831]

横浜市立みなと赤十字病院集中治療部