看護のアジェンダ
[第245回] 丸腰で向き合う
連載 井部 俊子
2025.06.10 医学界新聞:第3574号より
2025年4月,医学書院で25年間〈ケアをひらく〉というシリーズの編集を担当されていた白石正明さんが,岩波書店から本を出したと人づてに聞いたので,これは読まねばなるまいと書店へはせ参じた。
「理解されるということは最大のケア」
白石さんは,2000年に『ケア学』(広井良典著)という本を世に出してから,2024年に定年退職するまで43冊を刊行した。シリーズは現在も続いていて,2025年3月時点で計50冊を数えると,著書『ケアと編集』(岩波新書,2025年)で書いている。医学書院を定年退職するに当たって,雑誌『精神看護』(2024年3月号)で〈ケアをひらく〉の一冊一冊について語った記事を読んだ岩波書店の奈倉龍祐さんに声をかけていただいたことがきっかけで,この本の執筆が始まったという。これで,出版社が医学書院ではなく岩波書店になったという点について私の合点がいった。
白石さんは「あとがき」で奈倉さんに対してこう書いている。「編集者の本を作る編集者は手の内が見透かされているようで,なかなかやりにくいと思う。しかしベイトソンやバフチンに関連した書をいくつか担当された奈倉さんの“ケア”と“編集”への着目と,その理解力には大いに助けられた。この本を書きながら,理解されるということは最大のケアなのだと知った」。私はこの「理解されるということは最大のケア」にはっとさせられ,深くうなずいた。
白石さんが「わたしの編集の先生」としている方が,北海道浦河町にある精神障害者の生活拠点「浦河べてるの家」のソーシャルワーカー・向谷地生良さんである。こうして私は,〈ケアをひらく〉シリーズの最新刊『向谷地さん,幻覚妄想ってどうやって聞いたらいいんですか?』(聞き手:白石正明)を読む運びとなった。
なんとか丸腰で人に対する
向谷地さんと白石さんの対話が面白い。山姥(やまんば)が天井のところにいて,いつも自分を見張っているという,見かけはしゃきっとした好青年の話がある。向谷地さんは(声を少し低めて)「私はじつは○○さんと同じような大変な圧迫を経験した人たちに教えてもらいながら,そういう人たちが安心してこれからがんばっていくために,いろいろ参考になるようなことはないかなってことを,みなさんと一緒に考えたり研究するために,ここに勉強にきてる者です」と,自己紹介をして“研究会”が始まる。以下は“研究会”で繰り広げられる対話である。一部簡略化して本文(29~31頁)から引用する。
「病室にいても大変なことっていうか,いろいろ圧迫があるってうかがったんですけど,今も変わりないですか?」
「今も山姥にやられて困ってるんだ」
「山姥ですか! 日本昔話とかに出てくるような?」
「そうだよ」
それを聞いて,参加しているスタッフが「すいません,その山姥ってどんな方なんですか?」と聞くと,彼は絵を描いた。
(「山姥は殺人鬼で,50~60人が群れをなしている。14~15人でひとつの軍団を作っていて,これが世代交代して,インベーダー化するって言うんですよ」と向谷地さんが説明する。)
「おいくつのときからこの山姥にやられているんですか?」
「5歳のときから」
「5歳ですか~」
「山姥がいるってどうやってわかるんですか?」
「あ,いたのね」って気配でわかる。
(この方はお母さんに暴力をふるって入院となっているのだ。)
「こいつが母さんを襲った」
「そんな山姥ならいないほうがいいですよね。帰ってくれとか言うんですか?」
「いや,わからないけど,つい呼んじゃうんだよね」
「へぇ~,そうですか。この山姥って,あなたの人生をいろいろ狂わせたわけでしょう?」
「だから戦争をしてきたんだ」
「どういうときに山姥を呼ぶんですか?」
「お腹が空いたときとか,体調悪いときとか,鬱っぽくなったときについ呼んでしまう」
「へぇーっ」
こうして彼の世界を分かち合っていくと,彼のなかに変化が起きてくると向谷地さんは言う。山姥が出てきても,言葉で反撃しても自分から山姥にアクセスしないようになってくるのである。
「山姥のことは公安警察に任せることにしたんだ」と言い出した後(彼はそれを「無血革命」と言う),彼は突然,山姥に結婚を申し込まれる。しかし「山姥も80歳で先長くないから」と考え,結婚の申し込みを断る。「このあたりから,彼は自分の退院のことを言い始めたんですよ」と向谷地さんは語る。山姥を相手にしないというあしらい方に変わってきたと。
そして,向谷地さんは,オープンダイアローグで大事なポリフォニーについて説明する。「やっぱり人って,他人と常に触れ合いながら,揉まれながら,だんだん人になっていくわけです。(中略)だけど今の時代どういうわけか,とげとげしたままで,ずっと丸くなるチャンスがないまま大人になって,生きづらさをかかえてる人たちがいる」。さらに,「対話ってある意味で,こすれ合いです」。
さらにこうも言う。「アセスメントって普通,専門家が,自分たちの持っている尺度に照らし合わせて物事をいわゆる客観的に見極めようとする目的で行うと思うんですけど,当事者研究もオープンダイアローグも,そういう意味でのアセスメントは行わない」。「オープンダイアローグや当事者研究が目指そうとしている専門性って,むしろ徹底してそういうものを置いて,なんとか丸腰で人に対して向き合っていくようなもの」。
この言葉に触れて,私も強く思った。看護師も,この丸腰で相手に向き合いたいものだと。
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