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向谷地(むかいやち)さん、幻覚妄想ってどうやって聞いたらいいんですか?

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精神医療の常識を溶かし、対人支援の枠組みを更新しつづける「べてるの家」の向谷地生良氏。当事者がどんな話をしても彼は「へぇー」と興味津々だ。その「へぇー」こそがアナザーワールドの扉を叩く鍵だったのだ! 大澤真幸氏の特別寄稿「〈知〉はいかにして〈真実〉の地位に就くのか?」は“良心的兵役拒否者”である向谷地氏に言語論から迫る必読論文。

*「ケアをひらく」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ シリーズ ケアをひらく
向谷地 生良
発行 2025年02月判型:A5頁:296
ISBN 978-4-260-06153-7
定価 2,200円 (本体2,000円+税)

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はじめに

「ケアをひらく」担当編集
白石正明

 この本は、浦河(うらかわ)べてるの家の創設者にして現理事長の向谷地生良(むかいやちいくよし)さんへのインタビューと、社会学者・大澤真幸さんの寄稿からなる。
 浦河べてるの家(以下、べてるの家)は、北海道の襟裳岬の手前、浦河町にある精神障害をもつ人たちの地域活動拠点である。浦河赤十字病院の、現在は閉鎖されている精神科を退院した当事者たちによって1984年につくられた(なので創立40周年になる)。メンバーは約140人。グループホームや公営住宅などに住みながら、就労継続支援B型事業所を拠点に、日高昆布の産直や夏いちごの加工販売を手掛けるほか、敷地管理を担う有限会社「福祉ショップべてる」など関連会社や法人による多角的な事業を展開している。コロナ禍で中断を余儀なくされたが、一時は年間100回近く全国で講演をしていたという。
 詳細は本文に譲るが、べてるの家ではこれまでの精神医療や福祉の常識から外れたことがさまざまに行われている。なぜそんな発想になったのかがよくわからない。ならばその謎を探ろうじゃないか、というのが本書の企画趣旨である。
 本書の大半を占める第I部から第III部までがインタビュー篇。向谷地さんは、「ケアをひらく」シリーズの担当編集である白石の、ちょっとしつこい質問に答えてくれている。向谷地さんはふしぎな人で、何を聞いてもそのときは「なるほど」と思う話をしてくれるのだが、後から考えると、どうしてその話になったのかわからないときがある。多くのインタビューではそのまま掲載されて終わりなのだが、今回はしぶとく食い下がってみた。今まで聞いたことのない話が、今まで聞いたことのない文脈でたくさん話されているのではないかと思う。
 第IV部は、大澤真幸さんによる特別寄稿「〈知〉はいかにして〈真実〉の地位に就くのか?」である。日本を、いやこの時代を代表する知者である大澤さんの、かつてない「べてる論」だ。もっとも原理的な思考はもっとも臨床的である、という思いを深くする圧倒的な論考だと思う。

 向谷地さんと大澤さんは、略歴を見ればわかるとおり、通常ならまったく交わることのないはずのふたりだ。しかし、大澤さんと一緒にべてるの家を訪問した帰りの車中で聞いた、熱に浮かされたような大澤さんの語りはいまだに私の宝になっている。なんとかそれを公にしたいと思ってから十年以上経ってしまったが、今回ようやく成就できた。
 交わらない道を歩んできた向谷地さんと大澤さんだが、ふたりには共通する部分があると私は考えている。それは「信」にかかわることだ。
 向谷地さんはよく「ポケットから出すように、ヒョイといい加減に、先に信じればいいんですよ」と言う。先に「信」を出せば、相手とのあいだで「信」が回り出す。信はその人の内部にあるのではなく、人と人のあいだにあるのだ。
 一方で大澤さんは、「人はすでに何かを信じてしまっている」というところから思考をスタートしているように思える。言ってみれば社会現象とは宗教現象なのであり、その宗教現象を支える「信」というふしぎなものを、私たちにもわかるように取り出して見せてくれる。
 このように近代的な知の枠組みからはみ出してしまう「信」という行為を、それぞれ反対方向から探っている感触が私にはあったのだが、この本でふたりが合流できたような気がしている。

 分をわきまえない長広舌をしてしまった。長いあいだの望みが実現できて興奮しているのです。お許しください。
 「ケアをひらく」の読者のみなさまに、どうにか本書をお渡しすることができて、こんなにうれしことはない。ぜひ楽しんでください。

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はじめに

I 幻覚妄想ってどうやって聞いたらいいんですか?──「へぇー」がひらくアナザーワールド
 1 その神様ってどのへんにいるんですか?
 2 殺人鬼の山姥が50人も!?
 3 私たちは「良性の声」になりたいものです
 4 オープンダイアローグは波乗りです

II 私はこんなふうに考えてきた──常識は後からやってくる
 1 精神科の病気って何?
 2 「人と問題を分ける」の深い意味
 3 なぜトラウマにならないのか?
 4 普通の人の延長線上で考える

III いつも土手の上から眺めていた──向谷地家の秘密
 1 家族のこと
 2 三男の発病
 3 そういう社会であり、時代だった
 4 助五郎おじさんと分厚い本
 5 土手の上の原体験

[大澤真幸=特別寄稿]
IV 〈知〉はいかにして〈真実〉の地位に就くのか?──当事者研究の奇蹟
 1 病気が出る治療法?
   「統合失調症きらわれモード型・声ヘリウムタイプ」/「べてるに来れば病気が出る」?
 2 当事者研究
   「研究」/当事者研究のプログラム/「自分自身で、共に」
 3 〈知〉が〈真実〉として機能する
   〈真実〉とは何か/人間の言語をめぐる謎
 4 〈知〉と〈真実〉の必然的不一致
   ラカンによる「シニフィアンの定義」/〈知〉と〈真実〉の必然的な不一致/幻覚妄想の機能
 5 言語行為──支配のための発話
   語るに値する〈真実〉は……/〈力〉の行使としての言語行為/隠された支配
 6 向谷地生良という方法
   良心的兵役拒否/患者の世界への内在/実存的苦悩と実用的苦労/「山姥」の青年
 7 言語行為以前の言語の基層の反復として
   当事者のすべてを知ろうと……/ポリフォニーとしての共同研究/言語行為以前の言語/
   〈中動態〉的な経験/〈統一的な声〉の到来/喜劇の解放的効果

長いあとがき

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