ロボット,AIとARが拓く看護・在宅ケア
安全はテクノロジーに,安心は人に
寄稿 髙橋 聡明
2025.12.09 医学界新聞:第3580号より
近年,看護や在宅ケアの現場でロボット・人工知能(AI)・拡張現実(AR)など最先端テクノロジーの活用が進んでいます。技術は患者の安全確保やケアの効率化に寄与し,人間は寄り添い安心を提供する――。そうした新たな役割分担が見え始めています。本稿では,国内外の最新研究に基づき,看護・在宅ケアにおけるロボット・AI・AR活用の現状と展望を概観します。
在宅ケア×ロボット:自立支援と継続モニタリング
一人暮らし高齢者の健康維持には,バイタルサイン(体温・血圧・酸素飽和度など)の定期測定が重要です。しかし,自己測定の継続は動機付けの維持が難しく,中断しがちです。そこで注目されるのが対話型コミュニケーションロボットの活用です。東京大学老年看護学教室(教授:真田弘美・当時)では在宅訪問看護利用者を対象に,人型ロボット「PALRO(富士ソフト社)」と無線式バイタル測定システムを連携させた介入を行いました1)。介入前は体温・血圧測定をしていなかった利用者が,ロボット導入後はほぼ毎日測定を継続し,そのうち約75%の日はロボットからの一度の声かけのみで自主的に測定,24%の日はロボットからリマインド後に実施できました。ロボットが測定データをクラウド送信・確認し,測定忘れ時にはリマインドを行うしくみで,自律的な健康管理と異常の早期発見に効果を認めています。このようにコミュニケーションロボットは高齢者のセルフケア行動を支え,医療者不在時の安全モニタリングに寄与し得ることが示唆されます。
ロボットはあくまで技術的支援役であり,高齢者の不安傾聴や情緒的サポートといった「安心」の提供には,人間による関与が不可欠ですが,「安全」に向けた活用はますます重要となっています。これまでに急性期病院や長期療養型病院における実装や適用評価2, 3)などでコミュニケーションロボットの検証は実施されており,今後のさらなる発展が期待されています。
AIが支える看護判断:データでリスクを「見える化」
看護の質向上と患者安全に,AIを用いたデータ分析・リスク予測が活躍し始めています。例えば褥瘡リスク予測の分野では,機械学習モデルを用いて入院時情報から院内褥瘡発生を予測する研究を行い,約7万5000人の電子カルテデータを解析しました。その結果,勘や経験に頼った既存リスク評価よりも高い精度で褥瘡発生を予測でき,特にADL低下や食欲不振,呼吸・循環器疾患の有無が重要因子として抽出され,入院初日の看護記録だけでハイリスク患者を自動抽出できる可能性が示されました4)。この成果を受け,さらにICU入室患者に特化した褥瘡予測モデルの開発5)や在宅リアルワールドデータを用いた褥瘡の分析6)など,各現場のニーズに応じたAIリスク評価へと発展が現在も図られています。
また別の視点では,看護で用いる機器による合併症の予防も重要です。これまでに全国規模データによるCVC(中心静脈カテーテル)対PICC(末梢挿入型中心静脈カテーテル)の合併症発生率を傾向スコア解析で検証したところ,PICC群のほうが有意に高い合併症率を示すと筆者らが報告しました7)。従来「PICCは気胸リスクが低い安全な代替策」とされてきましたが,血栓や機械的合併症面ではむしろ注意が必要であることが示唆されます。このようにビッグデータ解析とAI駆使によりエビデンスを再検証し,安全なデバイス選択・管理につなげる取り組みも進んでいます。
加えて,超音波検査装置などを活用した可視化に基づいた看護が現在,急速に広まりを見せています。2025年度の看護学教育モデル・コア・カリキュラム改訂において超音波検査が学部教育に追加されました。しかし超音波検査画像の読影には多くの訓練が必要であることも事実です。そこでAIを用いた超音波検査画像の読影を助ける手法が開発されてきています。例えば,膀胱内尿量計測8),直腸の硬便検出9),誤嚥性肺炎予防に向けた嚥下機能評価10),適切な末梢静脈カテーテル管理に向けた血管組織評価11, 12)などさまざまなアプローチが取り組まれてきました。筆者らは超音波を用いたPIVC(末梢静脈カテーテル)管理バンドル(穿刺前後の血管確認+高柔軟カテーテル使用)を提唱し,臨床試験で評価し機械的刺激を減らすケアがPIVC寿命延長に有効であることを示しました13)。さらに超音波画像に映る血管径をAIで自動計測し,適切な留置針サイズ選定を支援することや,血栓や浮腫を自動で検出する開発も行われており11, 14),実装評価もなされています15)。またこれらの可視化やAIによるサポートは,医療者にとどまらず患者や市民が活用する取り組みも進んでいます。セルフエコーで患者自ら体内を可視化して骨盤底筋訓練を行ったり,その画像処理をAIで助けたりする研究が実施され16),今後の広がりが期待されています。
ARによる技能伝承と遠隔ケア現場を拡張する技術
ARは教育研修や遠隔指導で威力を発揮しています。筆者らは2021~23年度にかけてAMED長寿科学研究開発事業(代表:真田弘美)「AI/ARを活用した排泄ケア・褥瘡ケア・スキンケア・点滴ケア技術自己学習支援システムの」を実施しました。その成果の一部としてShimadaら17)は訪問看護師の手技評価に動画記録とチェックリストを導入し,熟練看護師による主観指導の負担軽減を図りました。これは胸部装着カメラで訪問看護中の手技を録画し,後で客観項目に沿って評価するしくみです。開発したチェックリストの信頼性は観察者間でほぼ完全一致を示し,評価者内の再現性も高水準でした。主観に左右されない客観的スキル評価が可能になり,訪問看護師の技術向上と質担保に寄与すると考えられます。今後この手法にARを組み合わせ,例えば評価結果に基づき足りない動作を実演するフィードバックをARで提示すれば,より効果的な指導につながるでしょう。
実際,ARやVRを包括する上位概念であるクロスリアリティ(XR)を活用した看護教育プログラムの成果が報告18, 19)され,新人看護師の判断力を向上させたとの報告もあります。簡易版としては筆者ら20)が在宅褥瘡患者への専門看護師遠隔指導にARを導入した結果,画面上で熟練看護師の手技ポイントを直接示すことで理解が深まり,実際に患者の褥瘡治癒も促進されました。この研究は地理的制約のある在宅患者にも専門的ケアを届けるARの可能性を示しています。
テクノロジー+人間で創る安心・安全なケア
ロボットやAI,ARといった先端技術の導入は,看護・在宅ケアの在り方に変革をもたらし始めています。技術はモニタリング精度や作業効率を高め,「安全」を支える一方で,人間は共感や倫理的判断によって「安心」を提供するという役割分担が重要です。技術の利活用によって看護師は煩雑なルーチンワークから解放され,本来注力すべき患者との対話や意思決定支援に時間をより割けるようになります。技術の恩恵を最大化するには,その裏付けとなるエビデンスを積み重ねつつ,現場の看護師が使いやすい形で実装していくことが不可欠です。
テクノロジーで安全を,人間の手で安心を。その両輪で支える新時代の看護・在宅ケアが本格的に幕を開けようとしています。
参考文献
1)Cureus. 2025[PMID:39968438]
2)野口博史,他.症例を通じた急性期病院入院中の高齢者向けコミュニケーションロボット活用の探索.看護理工学会誌.2019;6(2):70-82.
3)中山絵美子,他.介護保険病床を有する病院スタッフから見た認知症症状を有する患者へのコミュニケーションロボットの導入・継続に成功した要因.看護理工学会誌.2020;7:116-29.
4)Int J Nurs Stud. 2021[PMID:33975074]
5)Muta M, et al. Development of a pressure injury prediction model at admission for intensive care unit patients using large-scale electronic health record data. 18th International Conference on Biomedical Engineering. 2024.
6)福井優希,他.訪問看護利用下で治癒まで追跡し得た仙骨部褥瘡保有療養者の特徴――在宅リアルワールドデータを用いた後ろ向きコホート研究.第13回看護理工学会学術集会.2025.
7)Expert Rev Med Devices. 2024[PMID:38661659]
8)PLoS One. 2019[PMID:31487299]
9)Jpn J Nurs Sci. 2020[PMID:32394621]
10)Healthcare(Basel). 2018[PMID:29439537]
11)BMJ Open. 2022[PMID:35613784]
12)J Infus Nurs. 2025[PMID:40626774]
13)Sci Rep. 2020[PMID:32005839]
14)Takahashi T, et al. Automated ultrasonographic detection of thrombus and subcutaneous edema due to peripheral intravenous catheter. JAVA. 2025;30(2):27-32.
15)J Vasc Access. 2024[PMID:36895159]
16)BMC Womens Health. 2024[PMID:38575899]
17)Shimada S, et al. Assessing the reliability of the video-based objective evaluation checklist for skills in pressure injury care provided in home healthcare settings. Nurs Res Pract. in press.
18)Shimada S, et al. Preliminary examination of usability and feasibility of tele-accompanying system using augment reality glasses for nurses. 45th Annual International Conferences of the IEEE Engineering in Medicine and Biology Society. 2023.
19)Takahashi T, et al. Evaluating the Efficacy of XR-Based Training Systems for Home-Visiting Nurses:A Prospective Non-Randomized Controlled Trial. 18th International Conference on Biomedical Engineering. 2024.
20)J Wound Care. 2023[PMID:37561703]

髙橋 聡明(たかはし・としあき)氏 横浜市立大学医学部看護学科成人看護学領域 准教授
2010年国立看護大学校看護学部卒。国立国際医療研究センターでの勤務を経て,東大大学院医学系研究科健康科学看護学専攻老年/創傷看護学博士課程を修了。博士(保健学)。23年東大大学院医学系研究科講師を経て,25年より現職。専門はAIナーシング,ロボティクスナーシング。
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