いかに組織になじませるか
オンボーディングを成功させる秘訣
対談・座談会 柴﨑 俊一,尾形 真実哉
2025.12.09 医学界新聞:第3580号より
「育成・定着させる仕組みを整備しておかなければ,新卒に限らず若手・中堅層に今後は見向きもされなくなり,労働力の確保に困るようになるはず」。こう指摘するのは,新たに人材が加入する際,新人が組織になじみ,うまく業務に取り組めるよう組織側が行う取り組みを指す「オンボーディング」について研究を行ってきた経営学者の尾形真実哉氏だ。今回,ひたちなか総合病院にて総合内科部門の立ち上げに携わる中で組織運営に関心を持った柴﨑俊一氏を聞き手に,医療界におけるオンボーディングの実施の意義について語ってもらった。
柴﨑 ひたちなか総合病院で総合内科医をしている柴﨑俊一と申します。私は現在卒後15年目で,8年前に現在の職場へ入職し,総合内科の立ち上げから携わっています。ゼロベースからのスタートでしたので,院内での認知度をどう高め,人をどう集めるかといった組織運営に関する知識をさまざまな書籍から得つつ,試行錯誤しながら体制をブラッシュアップしてきました。そうした中で出合った一冊が尾形先生の書籍『組織になじませる力――オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』(アルク)です。先生のファンで,本日お話しできることを楽しみにしていました。よろしくお願いします。
尾形 甲南大学の尾形真実哉です。専門分野は組織行動論,経営組織論で,ホワイトカラーの職場への適応プロセスについて長年研究をしてきました。これまで看護師の学会や研究会等には呼んでいただくことがあり,また,私の研究室に看護管理者の方が在籍されていたことから看護界に関する知見は多少あるものの,これまで医師の方との接点はありませんでした。医師がどのような働き方をしているのか,そしてどのような気持ちで働いているのかに興味があり,私も柴﨑先生とお話しできることを楽しみにしてきました。貴重な機会ですのでたくさん話を聞かせてください。
人材を育て定着させなければ組織・事業の永続性に影響する
柴﨑 では早速,今回のメインテーマであるオンボーディングについて整理をさせてください。オンボーディングとはどのような考え方なのでしょう。
尾形 新たに組織に入られた方が組織になじみ,うまく業務に従事できるよう受け入れ側が行う取り組みのことです。恐らく医療機関でも行われているオリエンテーションなどはその代表例と言えます。オンボーディングという言葉に耳なじみがなくとも,知らず知らずのうちに実践しているケースが多いでしょう。
ただ最近,若い世代の仕事に対する意識が大きく変容しているとされ,どう組織になじませるべきかが課題となってきました。特に若い世代は転職が当たり前という認識を持っていて,転職を前提に就職活動をする方も増加しています。新卒社員だけでなく中途入社の社員に対しても,オンボーディング施策を十分に実施する必要が出てきたというのが近年の流れです。そもそも終身雇用が一般的だった日本において中途採用市場ができ上がったのが2000年頃で,中途採用者に対しても手厚い対応が必要であることに気づく企業がようやく増えてきた状況と言えます。
柴﨑 少子化問題に起因する若手の労働力不足がその原因なのでしょうか。
尾形 間違いなくそれは理由の1つです。若い人が採用しづらくなっており,中途入社の方が今後の採用の中核になると私は予想しています。つまり,限られた人材を育てて定着させないと,事業の永続性にも大きくかかわるのです。この点について医療機関の事情はどうですか。
柴﨑 医師に関しては,良くも悪くも一定数の人材が毎年供給されます。けれども都会の病院に就職するのが主流で,地方の医療機関が若手医師を集めることに苦戦をしています。地方で生き残っている施設は教育に熱心など,何かしらの特徴がある施設と言え,人を育てる文化のない施設は淘汰され始めている印象です。過渡期ではありますが,近い将来この情勢はさらに如実となると考えています。
尾形 一般企業においても,育成・定着させる仕組みを整備しておかなければ,新卒に限らず若手・中堅層に今後は見向きもされなくなり,労働力の確保に困るようになるはずです。オンボーディング施策を充実させることの意義を多くの方に意識してもらいたいところです。
経験者であっても戦力とはすぐにみなさないこと
柴﨑 しかしながら医師の育成に当たっては,放っておいて芽が出たものは愛で,そうでないものは放置し続けるというカルチャーが根付いていることは否めず,オンボーディング施策とは真逆の体制が敷かれている現実があります。この指摘に共感する医師は数多くいることでしょう。その一方で,オンボーディングをしなければならない,あるいは関心を持っている中堅層の医師は増えてきていると思います。
尾形 興味深いですね。
柴﨑 背景には2つあると考えています。1つは一般企業と同様に転職市場が活発化していること。人材が定着しないことに対して課題意識を抱く施設が増え始めています。もう1つは,臨床研修指導医講習会でオンボーディングにまつわる話題を取り扱っていることです。重要性を理解している医師が増えている可能性があります。ただ,いずれも何となく課題感を持っているだけで,実際には何をすればよいか手をこまねいている状態です。
例えば医師5年目の専攻医が別の施設から自院へ入職し,同じ診療科で働くとなった場合,オンボーディングにおいて優先すべきポイントはありますか。
尾形 人脈づくりの支援でしょう。個人の努力のみで完結できる仕事はほとんどありません。当該診療科に限らず院内外の人脈が全くない中で業務を遂行するのは非常に困難です。特に院内の人とのつながりを支援する必要があります。
と同時に,ここで最も避けてほしいのが「即戦力」というレッテル貼りです。経験値を有しているからこそ苦しむこともあります。もちろん新人と比較すると早期に戦力にはなるものの,組織になじみ,戦力となるまでにはある程度の期間は必要ですし,その期間はサポートを怠ってはなりません。
柴﨑 医師5年目ともなると,1人前の医師として計算されることが多く,即戦力であることを期待するのが一般的な医療者の感覚と言えるはずです。なぜそれが誤りなのでしょうか。
尾形 即戦力とみなされた場合,周りからのサポートが自然と薄れます。けれども他施設から来た場合,部署内での人脈はないために誰に質問してよいかわからず,1人でもがいて時間を要してしまうことで業務の停滞を招き,結果的に「使えない人材」という烙印を押されてしまう可能性が高いのです。一般企業においては中途入社の方でこうした負の連鎖に陥っているケースが多いです。そのため業務上連携すべき方とつなげる人脈支援が最優先でしょう。また会社が異なれば,仕事のやり方や進め方も全く異なるのが一般的です。それゆえ仕事経験があっても,仕事のやり方や進め方をゼロからしっかりと教えてあげなければ,うまく仕事に取り組むことはできません。
求められるのはアンラーニングの周知
尾形 そしてもう1つ大事なポイントはアンラーニングです。
柴﨑 中途採用者が組織になじむための方策として尾形先生が訴えられている8つのポイント(表)の1つですね。
尾形 ええ。アンラーニングとは,既存の仕事の知識やスキル,ルーティンを新しい環境に合わせて柔軟に修正していくことです。途中から組織に参加した方が「前の会社はこうだった」「この会社のここが良くない」「自分のやり方はこうだ」と口走り,既存メンバーと軋轢が生まれ孤立してしまうケースは頻繁に見かけます。こうした衝突を防ぐためにアンラーニングを促し柔軟に適応させていくサポートが求められるのです。医師の世界でも同様のケースはありますか。
柴﨑 はい。他施設で学んできた内容で譲れない一線があり,それを新しい職場に持ち込もうとして孤立する現象はあるあるでしょう。とりわけ医師の中にはこだわりが強い方が多いです。多くの医師にアンラーニングの重要性に気づいてもらいたいのですが,どうすればいいのでしょうか。
尾形 まずすべきは,入職者に対するアンラーニングの周知です。アンラーニングとはそもそも何なのかを教授したり,先ほど示した同僚との衝突といったアンラーニングを実施しないことによるデメリットを教えたりする研修が求められます。入職するタイミングで「まずはなじむことを第一に考えてください」と伝えてあげるべきです。
柴﨑 最初に宣言してあげることが大事なのですね。
尾形 その通りです。そして受け入れ側にも知っておいてもらいたいことがあります。それは「中途入社の方はアンラーニングを拒絶しているわけではなく,そうせざるを得ない理由がある」ということです。周囲のサポートがなければ前職場でしていた方法に頼らざるを得ません。また,受け入れ側が「組織の悪いところをどんどん指摘してください」と中途入社の方に伝えることもNGです。前職の記憶を強く残してしまいアンラーニングができなくなる要因となります。
柴﨑 中途採用の場合,経験値に期待して新たな風を吹かせてくれることを願うのは自然です。それを期待してはならないのでしょうか。
尾形 変革を求める気持ちはわかります。ただ,入職した施設の方法をある程度把握し,一定のパフォーマンスが出せるようになるまで待ってもらいたいです。仕事ができると認識された人からの提案であれば周りの納得度も変わってきます。やはり組織全体で取り組まなければオンボーディングはうまくいきません。サポート体制の構築が最優先です。
効果的なオリエンテーションのはじめ方
柴﨑 もう少し現場をイメージした具体的な話をさせてください。当診療科では,3か月か半年に一度ローテーションしてくる研修医に対して30分程度のオリエンテーションを実施しています。これには診療科に所属するスタッフ全員の参加を義務とし,親交を深めるためのアイスブレイクや診療哲学の共有,法令遵守に関する説明,困った時に誰に質問をすればよいかを明確にするなど,今後の働き方に関する説明の機会と位置づけています。改善すべきポイントなどはあるでしょうか。
尾形 スタッフが全員参加というのはとてもいいと思います。気になったのは,困った時の相談相手です。相談相手を限定するよりも,チームの誰にでも相談できる環境を作ることが理想だと私は考えています。なぜなら相談相手として指名された方がいなかったときに頼る人がいなくなってしまうからです。
柴﨑 確かに職場の心理的安全性を担保する意味でも「誰に聞いても大丈夫」との雰囲気を前面に出すべきですね。
尾形 加えて,診療哲学の共有,法令遵守にまつわる教育に関しては,あらかじめ動画を用意してオリエンテーションでは扱わなくてもよいかもしれません。動画さえ準備できていれば「手が空いた時に見ておいてくださいね」と声をかけておけば十分だと考えています。企業理念や人事上の手続き(休暇の取得方法や諸手当など)についてはオンデマンドの教材を用意している企業が多いです。その他にも,事務手続きに関するポータルサイトを作成し,必要な時にアクセスすればいつでも情報が拾える仕組みを構築している企業もあります。こうしたサイトがあるだけで説明の手間は省けますし,親交を深めるというオリエンテーションの目的に,より集中しやすくなるはずです。
柴﨑 当診療科では,就業規則や休暇の取得方法などの事務的な知識に関しては,いつでも質問対応できるようにnotebookLMでチャットボットシステムを構築しており,実際に使用した研修医からも本システムに満足する声をもらっています。
尾形 オンボーディング施策としても有効ですし,業務削減にも関係する素晴らしい取り組みだと思います。事務的な部分の相談役をAIに担ってもらうのは,今後多くの施設で検討すべき方法でしょう。
柴﨑 医師の働き方改革という文脈でも有効と考えています。
尾形 でも仕事の悩み相談をAIにするようなシステム拡張はやめたほうがいいですね。そこは血の通っている人間が対応すべきですし,具体的には管理職の役割と言えます。
究極のオンボーディング施策は「先輩が生き生き働くこと」
柴﨑 尾形先生はオンボーディング施策における管理職の重要性をしばしば説かれていますよね。
尾形 オンボーディングに最も重要なのは管理職の意識・かかわり方だと現時点では考えています。ですから根本的な話をすると,組織の核となるべき「育成上手な管理職を育成すること」がオンボーディングを成功に導く最善手です。例えば離職率の高い業界として有名な飲食業界は,勤務時間も不規則で,必ずしも土日が休めるわけではありません。しかし,その中でも生き生きと働く方がいて,そうした方にインタビューをすると,ロールモデルにしている憧れの先輩,つまり育成上手な管理職がいるわけです。組織への愛着を持ち,定着してもらうには,近くに育成上手な人材がいることがやはり大事だと思っています。これを裏付けるように,離職者へのインタビューで頻繁に話に上がるのが,先輩社員の表情の問題です。楽しそうに働いていない先輩を見て,「自分も将来ああなるのかとぞっとして辞めた」と語る人が多いです。
柴﨑 若手にとって先輩は自身の将来像であり,目標にしたい先輩がいれば勝手に生き生きと働きますものね。
尾形 その通りです。先輩が素晴らしい働き方をしていればオンボーディングは成功しているはず。それくらい身近にいる先輩は重要な存在だと言えます。いま働いている社員を生き生きと働かせられなければ,新しく組織に迎える方を生き生きと働かせることは不可能です。魅力的な先輩が数多く存在している。これこそが最もコストをかけずに実践できる究極のオンボーディング施策であるととらえており,今いる人材を大切にするという基本を見直すことも大切でしょう。
柴﨑 オンボーディング施策はどの取り組みも地続きですよね。どれか1つに取り組めば劇的に改善するわけではなく,さまざまな取り組みを行ったことが総合的に効いてくる。だからこそ短期間で改善できる問題ではないと言い切れます。けれども最近は,病院経営が逼迫し,半年や1年という短期のスパンで結果を出すことが求められがちです。人材育成に関しては,そうした短スパンで考えるような話題ではないことを意識しておくべきなのだろうと思っています。
尾形 同感です。多種多様に取り組んだ施策に関して効果測定を全くしないのは問題ですが,即効性を求めてはダメです。人材の育成とはそういうものではありません。育成の重要性を説いて組織全体に理解させ,納得してもらう必要があります。そうすれば徐々に組織の雰囲気が変わっていくような気がしています。
柴﨑 本日お話を伺って非常にエールをいただけた気分です。明日からまた頑張ろうという気持ちになりました。
尾形 ぜひそうした熱意を胸に灯して今後もご活躍いただければと思います。またの機会にコラボレーションできれば幸いです。
(了)

柴﨑 俊一(しばざき・しゅんいち)氏 ひたちなか総合病院総合内科 / 救急センター長
2010年筑波大卒。諏訪中央病院にて初期研修,内科後期研修修了後,同院総合内科,腎透析糖尿病科にて勤務する。ひたちなか総合病院救急・総合内科の立ち上げのため17年に赴任し,23年より現職。著書に『LIVE!! 輸液プラクシス 3つのRで現場に実装 輸液ど真ん中!!!』(シチズンシップ)

尾形 真実哉(おがた・まみや)氏 甲南大学経営学部経営学科 教授
2002年明治大商学部卒業後,神戸大大学院経営学研究科博士課程へ進学。博士(経営学)。甲南大経営学部講師,准教授を経て,16年より現職。専門分野は組織行動論,経営組織論。新卒採用者の組織適応と中途採用者の組織再適応といったオンボーディングに関する研究に従事し,最近は育成上手の研究にも尽力する。『組織になじませる力』(アルク),『中途採用人材を活かすマネジメント』(生産性出版)など著書多数。
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