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『がん患者の皮膚障害アトラス』より

連載 宇原久

2024.03.01

 分子標的薬,免疫チェックポイント阻害薬の登場により,がん薬物療法は大きく進歩した一方で,患者に見られる皮膚障害は複雑になってきています。さらに担がん状態では薬剤と直接関連しないさまざまな皮膚障害もあらわれます。書籍『がん患者の皮膚障害アトラス』は全ての医療者のために,がん患者に起こりうるすべての皮膚障害を「症候・症状」「薬剤関連」の切り口から網羅しました。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「多形紅斑」,「帯状疱疹と単純ヘルペス,伝染性膿痂疹,皮膚カンジダ症」,「移植片対宿主病による皮膚障害」,「EGFR阻害薬・抗EGFR抗体薬による皮膚障害」の項目をピックアップし,4回に分けて紹介します。

|分子標的薬|EGFR阻害薬・抗EGFR抗体薬

ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、オシメルチニブ、セツキシマブ、パニツムマブなど

特徴的な皮膚症状


①ざ瘡様皮疹 ②皮膚乾燥 ③爪囲炎 ④紫斑 ⑤爪や毛の異常    ⑥重症型の薬疹


 EGFRは皮膚を構成する細胞(表皮、爪、毛、脂腺、汗腺)に発現し、増殖・分化・炎症などを制御している。したがって、EGFRに作用する分子標的薬を使用すると、正常な皮膚が作られず機能が低下する。例えば、正常な角質が有している水分保持能や外界からの防御能が損なわれるため、皮膚乾燥や易感染状態に陥る。
 また、炎症性サイトカインやケモカインが過剰に誘導されることにより皮膚炎(ざ瘡様皮疹や爪囲炎)が起こると考えられている。皮膚乾燥には保湿剤の外用を、皮膚炎にはステロイド外用やテトラサイクリン系の抗菌薬内服を行う。
 皮膚障害の程度は薬剤の用量に依存する。適切なスキンケアと皮膚症状に対する治療をしていても重症化し、休薬や減量を要する場合もある1

① EGFR阻害薬・抗EGFR抗体薬によるざ瘡様皮疹

発症時期|薬剤開始2週間以内の発症が多く、2〜4週間でピークとなる。その後いったん軽快する場合と軽快せず慢性的に症状が継続する場合がある。 
発症頻度|40〜90%(報告によりさまざまである)2, 3
特徴と対応
①ざ瘡に似た紅色の丘疹や紅斑として出現する。
②好発部位は顔面、頭皮、胸や背部正中部などの皮脂腺が多い部位である。
③かゆみやヒリヒリ感を伴うこともある。また、顔面の皮疹はセルフイメージを低下させることが少なくない。
④ざ瘡様皮疹は摩擦や二次感染(細菌、真菌、ウイルス)により悪化し、容易にびらんや皮膚潰瘍を生じる。膿疱が存在する場合は必ず細菌培養を提出しておく。また、分子標的薬の開始前に患者とその家族にスキンケア(特に皮膚への物理的刺激を避けること)について指導しておく。
鑑別疾患|尋常性ざ瘡、マラセチア毛包炎(表在性真菌症)、ステロイドざ瘡。
皮膚科紹介のタイミング|ステロイド外用やテトラサイクリン系抗菌薬の内服で発症後2〜3週間経ってもコントロールできないとき(特に頭皮病変)。
Comments from Expert|長期間のステロイド外用により副作用(皮膚萎縮、細菌や真菌感染、ステロイドざ瘡など)が出現することがあるが、可能な限り原病に対する治療(抗がん治療)の継続を優先する。現在の治療法の妥当性や二次性の細菌感染の有無や日常生活上の悪化原因について再評価する。

|パニツムマブによるざ瘡様皮疹

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1. 顔面、頭皮、体幹にヒリヒリした痛みを伴った紅色の丘疹や膿疱が多発した。CTCAEではGrade 3に相当する症状である。ドキシサイクリンとプレドニゾロン15mg/日の内服により痛みは改善したが、皮疹は長期にわたり持続した。膿疱が多発しており、細菌培養でブドウ球菌の感染があればステロイド外用薬とドキシサイクリンを中止し、セファレキシンなどの内服を行う(111頁参照)。

|パニツムマブによるざ瘡様皮疹

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2. 前胸や背部は顔面や頭皮と同様に好発部位である。ステロイド外用を行ったが、紅斑や色素沈着が長期間続いた。
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3. 鼻腔内に血痂皮が付着している。本例はステロイド外用(ローション)により症状が軽快した。

|セツキシマブによる頭部のざ瘡様皮疹

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4. 頭皮に小さい紅色の丘疹が散在している。ステロイド外用により軽快した。
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5. 数mm大の暗紅色紅斑が多発している。ステロイド外用により軽快した。

|セツキシマブによる頭部のざ瘡様皮疹

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6. 大小のびらん。掻きむしるほどのかゆみがあり、抗ヒスタミン薬とステロイド外用でもコントロールが不良だった。

|セツキシマブによるざ瘡様皮疹

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7. 上肢の膿疱を伴う毛一致性丘疹。全身に皮疹が拡がった例。休薬によってGrade 2まで軽快した。

|アファチニブによるざ瘡様皮疹

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8. 項部に数mm大までの鮮紅色の丘疹と紅斑が散在している。

|パニツムマブによるざ瘡様皮疹

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9. 後頭部の紫紅色の丘疹。

|セツキシマブによるざ瘡様皮疹に生じた皮膚潰瘍

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10. 中央に壊死と潰瘍を伴う紅斑が散在している。周囲に血管拡張を伴う。
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11. 仙骨部に生じた皮膚潰瘍。ステロイド外用を行ったが、紅斑や色素沈着が長期間続いた。患者は座位で過ごす時間が長かった。生活指導により軽快した。

ステロイド外用を行ったが、紅斑や色素沈着が長期間続いた。1011ともにセツキシマブ投与中の患者である。間擦部は潰瘍化することがある。

|パニツムマブによるざ瘡様皮疹に生じた皮膚びらん

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12. パニツムマブ投与開始数か月後に突然皮疹が悪化した。ヒリヒリ感のため眠れなかった。パニツムマブを休薬し、セフェム系抗菌薬の内服によりGrade 1に軽快した。細菌培養検査にて黄色ブドウ球菌が検出された。

|セツキシマブによるざ瘡様皮疹が悪化した頭皮の皮疹(erosive pustular dermatosis)

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13. セツキシマブによる頭皮の湿疹。
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14. 13の拡大像。治癒後も部分的に永久的な脱毛を残す可能性がある。

頭皮にびらん、潰瘍、厚い痂皮を認め、疼痛を伴っていた。セツキシマブを休薬し、オリーブ油をしみこませて少しずつ痂皮を除去し、石鹸洗浄とセフェム系抗菌薬投与により数週間で軽快した

② EGFR阻害薬・抗EGFR抗体薬による皮膚乾燥や亀裂

発症期間|早ければ薬剤投与開始2週間後から始まる。
発症頻度|重症度に差はあるがほぼ全例に発症する。
特徴と対応
①全身の皮膚のかさつきや手足の亀裂。
②個人の皮膚の性状(もともとの乾燥度)により発症時期や重症度にばらつきがある。
③湿疹を併発しやすく、ステロイド外用や抗ヒスタミン薬内服が必要となることがある。
鑑別疾患|白癬、疥癬。
皮膚科紹介のタイミング|かゆみが強い場合や亀裂により痛みが強い場合。
Comments from Expert|皮膚乾燥に対する処置は予防と日常のスキンケアに尽きる。薬剤開始前から毎日全身に保湿剤を塗るよう指導する。症状に合わせて、回数や剤型(ローション、クリーム、軟膏、フォーム剤)を調整する。保湿によりバリア機能が補われ、感染防御にも効果がある。炎症や滲出液を伴わない亀裂にはポリウレタンフィルムによる保護が有効である。

|ゲフィチニブによる皮膚乾燥

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15. 下腿(好発部位である)。皮膚がカサカサして粉をふいている。

|パクリタキセル+セツキシマブ治療中の踵の亀裂に対するポリウレタンフィルム処置

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16. パクリタキセル+セツキシマブによる踵の亀裂。
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17. ポリウレタンフィルム処置後。

外用薬なしでポリウレタンフィルムを貼るだけで痛みが軽減し、治癒も促進される。フィルム下に滲出液が溜まるようであれば毎日フィルムを除去し、石鹸で洗浄後貼り直す。滲出液が溜まらなければ1〜2日交換しなくてもよい。絆創膏などで皮膚が白くふやけると乾燥後に亀裂は悪化する。

|アファチニブによる爪囲の亀裂

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18. 指先や爪囲は乾燥しやすく、亀裂を生じやすく、痛みを伴う。ポリウレタンフィルムのよい適応である。

|パニツムマブによる皮脂欠乏性湿疹

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19. 皮膚の乾燥から二次的に湿疹を生じている。掻破痕がみられる。抗ヒスタミン薬内服、ステロイド外用と保湿剤外用により軽快したが、しばしば再発を繰り返した。

③ EGFR阻害薬・抗EGFR抗体薬による爪囲炎

発症期間|ざ瘡様皮疹や皮膚乾燥よりやや遅く、薬剤投与開始4週以降に発症することが多い。
発症頻度|30〜60%
特徴と対応
①爪周囲の赤み。重症例では出血や肉芽形成を伴う。
②最も患者のADLに支障を来す症状である。Grade 1(爪囲の発赤)から、ステロイド外用やテーピングによる処置を早期に開始する。
③指趾は刺激を受けやすいので炎症が悪化しやすい。靴を適切に履いているかチェックする。
鑑別疾患|特になし。
皮膚科紹介のタイミング|爪周囲に肉芽を形成したとき。痛みのコントロールが付かないとき。
Comments from Expert|爪囲炎は二次感染を併発しやすく、しばしば抗菌薬が必要となる。日々の洗浄は重要である。

|ゲフィチニブによる爪囲炎

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20. 爪周囲が赤く、第1拇趾には肉芽を生じている。第1拇趾は荷重がかかるため悪化しやすく、肉芽の好発部位である。テーピング指導と肉芽に対して強めのステロイド外用や液体窒素療法により症状は軽減したが、難治であった。

|アファチニブによる爪囲炎

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21. 爪囲炎と指腹の紅斑とびらん。

爪周囲を越えて炎症が広がることがある。本例は手足の指趾全てに炎症がみられた。外用薬や抗菌薬などで軽快せず休薬せざるを得なかった。

|FOLFOX療法+パニツムマブによる爪周囲の皮膚障害

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22. 爪の色素沈着、軽度の爪甲剝離、趾間の角化を伴う。白癬菌の検査、爪切り、履物の指導が必要である。

④ EGFR阻害薬・抗EGFR抗体薬による出血斑

発症期間|発症時期は4週〜6か月とさまざまである4
発症頻度|いずれの薬剤でも報告があるが発症頻度は不明である。 
特徴|鮮紅色〜暗紅色の数mmまでの出血斑。
鑑別疾患|出血斑を呈した報告例における皮膚病理組織学的所見は、血管周囲のリンパ球浸潤のみの場合や白血球破砕性血管炎を呈する場合などさまざまである。したがって、出血斑/血管炎の他、IgA血管炎や腫瘍随伴性血管炎などが鑑別となる。皮膚障害の重症度によって、対症療法で薬剤を継続するか、休薬するかを検討する。
皮膚科紹介のタイミング|直ちに紹介。必要あれば皮膚生検を行う。
Comments from Expert|優しく触れて浸潤(軽いしこり)を感じる場合は血管炎の可能性がある。腎障害などの内臓病変がなく、皮疹のみで血疱や潰瘍がなければ対症的な対応で治療継続が可能である。

|多形紅斑

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23. 下肢と臀部に数mm大までの暗紅色の出血斑が多発した。ドキシサイクリン、短期間のプレドニゾロン内服とステロイド外用を行いながらアファチニブを継続した。その後も皮疹は出没を繰り返したがステロイド外用のみでコントロールができた。

|ゲフィチニブによる出血斑

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24. 下肢の10mm大と大型の出血斑。

⑤ EGFR阻害薬・抗EGFR抗体薬による爪や毛の異常

発症期間|薬剤投与数か月後に発症する。
発症頻度|発症頻度は不明である。
特徴
①爪は薄くなり、破損しやすくなる。
②毛周期の異常(脱落遅延と成長障害)により多毛/長毛や縮毛(頭髪や睫毛がカールする)がみられることがある。
鑑別疾患|頭皮に炎症や膿疱があれば真菌症や二次的な細菌感染症の鑑別が必須である。
皮膚科紹介のタイミング|患者が説明を希望するとき。
Comments from Expert|毛髪の異常は、医療者が感じる以上に患者を苦しめていることを忘れない。

|爪の菲薄化と剝離

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25. 脆弱化した爪。爪の縦線と先端の破壊。
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26. 脆弱化した爪の保護を目的とした爪表面補強用のコーティング剤の使用例。

|エルロチニブによる頭髪と睫毛の縮毛化

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27. 頭髪全体の縮毛。
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28. 睫毛の伸長。眼瞼や角膜に傷を付けている可能性がないか眼科にコンサルトする。

薬剤開始数か月後に発症した。27は多毛となり、28は睫毛の延長も伴っている。患者のメンタル面への配慮が必要である。

⑥ EGFR阻害薬・抗EGFR抗体薬による重症薬疹

発症期間|不明である。
発症頻度|まれである。
特徴|分子標的薬による皮膚障害のほとんどは本来の作用機序により発症する。一方でアレルギー機序による薬疹もある。多形紅斑(中央が濃く、外が薄い二重の赤い皮疹。発熱を伴うこともある)やSJS、TENなど重症薬疹の報告がある。
鑑別疾患|併用している他の薬による薬疹やウイルスなどの感染症によるもの。腫瘍随伴疾患。
皮膚科紹介のタイミング|発熱、咽頭粘膜痛、皮疹の痛み、二重丸構造、1cm以上の大型の紅斑が多発している場合は直ちに皮膚科へ紹介する。
Comments from Expert|ヒリヒリとした痛みは重症化のサインとなる。

|アファチニブによる多形紅斑

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29. 個々の皮疹の中心の色が濃い
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30. 足底に1 cm以上の大型の紅斑。

アファチニブ投与開始2週間後、浮腫性紅斑が出現し急速に全身に拡大した。一部、紅斑の中央は水疱となりびらん化した。発熱と眼瞼結膜の充血がみられた。アファチニブを中止し、プレドニゾロン1mg/kg/日を開始した。以後、薬剤の再開はしなかった。

  • 参考文献
  •     1)    芦田敦子:皮膚障害─EGFR阻害薬による皮膚障害・手足症候群・がん性皮膚潰瘍・褥瘡.Cancer Board Square 5(1):122-130,2019
  •     2)    Cubero DIG, Abdalla BMZ, Schoueri J, et al.: Cutaneous side effects of molecularly targeted therapies for the treatment of solid tumors. In. Drugs Context 7: 212516, 2018 [PMID: 30038659]
  •     3)    Chu CY, Choi J, Eaby-Sandy B, et al.: Osimertinib: A Novel Dermatologic Adverse Event Profile in Patients with Lung Cancer. In. Oncologist 23(8): 891-899, 2018 [PMID: 29650685]
  •     4)    竹内いづみ,竹内紗規子,馬場裕子,他:ゲフィチニブによる紫斑型薬疹の1例.臨床皮膚科 73(9):681-686,2019
 

がん患者に起こる皮膚障害のすべてがここに。テキスト400頁超、症例写真555枚。

<内容紹介>臨床での実用性とアトラスの網羅性。両方を兼ね備えた、がん関連皮膚障害の決定版。1章では皮膚障害に対する考えかたと向き合いかたを解説し、「症候・症状編」の2章から6章、「薬剤編」の7章から10章の2つに分け、がん患者に起こる皮膚障害のほとんどをカバー。診療科を限定せず、がん診療に関わるすべてのひと(医療者・患者・家族)に向けた一冊です。

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