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『救急超音波診療ガイド [Web動画付]』より

谷口隼人

2024.01.26

 POCUS(point of care ultrasound)という概念の広まりやポータブル型・携帯型超音波沿診断装置の急速な普及により,急性期診療における超音波検査の重要性は年々高まっていると言えます。新刊『救急超音波診療ガイド[Web動画付]』は「日本救急医学会 救急point-of-care超音波診療指針」に準拠した本邦初の学会監修テキストです! 本書ではプローブの取り扱いやアーチファクトの理解といった基本を押さえつつ,部位別の描出法や領域横断的な超音波検査の活用法といった実践的な内容について豊富な写真や動画と共に解説しています。

 「医学界新聞プラス」では,「第3章 領域別活用」「第4章 症候別・領域横断別活用」の中から「肺・胸郭」「消化器・腹腔内液体貯留」「血管穿刺」「急性腹症」の内容を一部抜粋し,全4回でご紹介します。


 

  • 要約
  • 肺超音波検査は,胸膜の位置に相当する胸膜ラインとそこから生じるアーチファクトを所見とするため,装置の設定が重要である.
  • 肺超音波検査は,急性呼吸不全の病態把握に有用である.
  • 肺超音波検査だけでなく,身体所見やその他のPOCUSを用いて病態を判断することが大切である.
  • 肺超音波検査は,短時間のトレーニングで習得可能なスキルである.


 

 救急搬送される患者の訴えのなかで,呼吸困難は多い.しかし,呼吸困難の状態では,会話もできず,患者から正確な病歴を聴取することは難しく,また頻呼吸ゆえに身体所見も十分に取得できない.呼吸困難を呈する病態には1分1秒も無駄にできず,迅速な判断を求められる.そこでベッドサイドで迅速に身体所見以上の評価が得られるツールとして,肺超音波検査が昨今注目されている.
 含気の多い正常肺は超音波検査で実像を得ることができないため,従来までの超音波検査の概念ではあまり活用されていなかった経緯がある.ただ本邦では1970年代後半から胸膜や胸膜直下の腫瘍性病変などの評価に超音波検査が使用されており,これは世界的にも珍しいことであった1).1990年代からフランスのLichtensteinらが,超音波検査では肺の実像を得ることができない≒肺内の含気が多い証拠であるという発想を用いて,胸膜とその位置から生じるアーチファクトに注目し,数々の肺超音波検査に関する研究を発表した2-6)
 実像をとらえて診断を行う,従来までの超音波検査ではなく,判断を重視するPOCUSの考えに沿った研究はその後も多く蓄積され,2008年に急性呼吸不全の鑑別アルゴリズム(BLUE protocol)が発表された7).その後2012年,そして2023年には肺超音波検査に関する国際的なガイドラインが発表されている8, 9).また多くの重症呼吸不全患者を発生させたCOVID—19パンデミックにおいても,肺超音波検査はスクリーニングとして,また医療経済,感染対策の観点からもその有用性が示されている10, 11).ゆえに,肺超音波検査は今や救急医にとって必須の手技であるといっても過言ではない.

1 正常解剖と画像描出

 肺超音波検査では,胸壁にプローブを当てた際に描出される胸膜の位置に相当する胸膜ライン(後述)とその直下の所見,およびそこから生じるアーチファクトを画像所見としてとらえる.

1 プローブを当てる場所を知る(スキャンゾーン)

 救急搬送される呼吸困難を訴える患者は,ベッド上で横たわっていることが多く,仰臥位での評価が肺超音波検査の基本となる.仰臥位または半坐位の状態で,胸骨傍線より前腋窩線まで,前腋窩線から後腋窩線までに分け,乳頭レベルで上下に分ける(1:前胸上部,2:前胸下部,3:側胸上部,4:側胸基部).片側4か所,両側8か所で評価する(図1).背部を含めすべての肋間から評価するなどの報告もあるが,判断に必要な所見を得られればよく,基本的には両側8か所で十分評価できると考える12)

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図1 プローブを当てる場所
仰臥位・半座位の状態で,胸骨傍線より前腋窩線まで,前腋窩線から後腋窩線までに分け,乳頭レベルで上下に分ける (1:前胸上部,2:前胸下部,3:側胸上部,4:側胸基部).

2 胸膜ラインを同定する方法を知る(プローブ選択,画像解釈)

(1)プローブ選択
 使用するプローブは,体表から2~3 cmの深さにある胸膜ラインを描出するため,基本としてはリニアプローブがのぞましい.胸膜ラインを正しく同定できるならば,胸壁の厚い患者にはコンベックスプローブを,心臓超音波検査とあわせて評価したいならば,セクタプローブを利用してもよい.とにかく胸膜ラインを同定することが重要であり,胸膜ラインを鮮明に描出するためには,フォーカスを調整する必要がある.

(2)画像解釈
 前胸部でのスキャンを例に説明する.プローブを体幹の長軸に沿うように鎖骨中線上に置くと,順に皮膚・皮下組織,胸壁の筋群,肋骨・肋軟骨,肋間筋,胸膜ラインが描出できる(図2).胸膜ラインとは,実際は壁側胸膜,胸膜表面を覆うわずかな生理的胸水,臓側胸膜,胸膜直下の肺胞の複合体であり,本邦では胸膜エコーコンプレックスとも呼称される.肺超音波検査では肋骨と胸膜ラインをつないだ線があたかもコウモリが羽を広げた形に見えるためbat signと呼ばれる.bat signは,胸膜ラインを同定するための基本ビューである(図2).

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図2 bat sign(肺超音波検査基本ビュー)
bat signは初学者が胸膜ラインを同定するための肺超音波検査の基本ビューである.

3 正常像

 正常肺は,含気が多く,胸郭一杯に肺が広がっている.肺超音波検査でその状態を評価すると,lung sliding,lung pulse,Aライン,Bライン,curtain signが観察される.ただし喘息やCOPDなどの病態でも,肺超音波検査は正常像を示すため,超音波検査所見だけでなく,患者状態とあわせて正常であるかを判断する.

(1)lung sliding(動画1
 壁側胸膜に対する臓側胸膜の呼吸性の動きであり,胸膜ライン上で左右に往復する所見のことである.

(2)lung pulse(動画2
 心拍動が肺を介して胸膜へ伝達され,胸膜ラインが心拍動に同期しながら垂直方向に動く所見のことである.実際にlung pulseを確認するには呼吸を止めてlung slidingを抑えると認識しやすくなる.lung pulseは,心電図でモニターしながらMモードを併用するとわかりやすい.

(3)Aライン(図3
 アーチファクトの一種で,含気良好な肺で認められるプローブと胸膜との間で生じる多重反射である.プローブを胸壁に対し垂直に当てることではっきりと描出できる.喘息/慢性閉塞性肺疾患などの過膨張肺や気胸でも観察されるため,正常所見かはほかの所見とあわせて考える.

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図3 Aライン
Aラインは,含気良好な肺で認められるプローブと胸膜との間で生じる多重反射である.

(4)Bライン(図4
 肺内の水分密度が高まると,胸膜ラインから垂直方向に減衰せずに伸び,Aラインをかき消す高輝度線状アーチファクトである.Bラインは1肋間に1,2本程度は正常肺でも認められるが,3本以上は多発Bラインと呼び,病的所見として判断する(図45).Bラインの成因は諸説あるが,最近では臓側胸膜直下の水分貯留や炎症性変化によってacoustic trap(音響トラップ,わな)が形成され,超音波ビームがトラップ内で散乱と多重反射を起こしながら,少しずつプローブに戻ることで生じると考えられている9, 12, 13)

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図4 Bラインと多発Bライン
A:正常+Bライン(Aラインも観察される).
B:多発Bライン(Aライン観察されず).

 このアーチファクトを適切に描出するためには,プリセットを「Lung」に選択するか空間コンパウンドイメージングをオフとし,フォーカスは胸膜ラインに近づける必要がある(図514).従来の超音波検査では実像の描出を重視するため,アーチファクトを抑えることが重要であり,そのための技術が開発されてきた.一方,アーチファクトを重視する肺超音波検査では,その技術がかえって画像解釈を誤らせてしまうことになる.その代表として空間コンパウンドイメージングがある.これは超音波ビームを他方向に送受信して重ね合わせる画像処理技術であり,これがオンになっていると本来1本としてカウントすべきBラインが複数本描出されてしまう.もし使用する超音波診断装置に「Lung」のプリセットが設定されていなければ,空間コンパウンドイメージングをオフにすることでBラインを正確に評価できる(図515).なお空間コンパウンドイメージングは一般名であり,超音波診断装置によって呼称が異なる点に留意する.

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図5 フォーカスとコンパウンドイメージング(矢頭はフォーカスの位置)
A:リニアプローブにゼリーを塗布し,金属板(鍵)を乗せてBライン様アーチファクトを描出している.
B:空間コンパウンドイメージングをオフとしフォーカスを浅く設定している.
C,D:フォーカスを深くするほどBライン様アーチファクトの幅が広がる.
E:空間コンパウンドイメージングをオンにするとBライン様アーチファクトは複数本表示される.

(5)curtain sign
 呼気時に描出される横隔膜下臓器(肝臓,脾臓)が吸気時に肺で(一部)隠される所見である.
 肺底部の含気が良好であることを示す16)

2 気胸

 気胸を肺超音波検査で評価する意義は,早期診断と迅速な胸腔ドレナージの実施にある3, 7).肺超音波検査による気胸の診断精度は,メタ解析では統合感度79%,統合特異度98%であり,胸部X線検査の統合感度40%,統合特異度99%に比べ優れている17).特に仰臥位の胸部X線検査ではoccult pneumothoraxと呼ばれる前胸部の気胸を評価することができず,肺超音波検査が有用である18).ただし,皮下気腫が強い場合など胸膜が描出できない場合は肺超音波検査の限界である.また約2時間の肺超音波検査のトレーニングを受ければ,気胸を正確に診断することができるため,初学者でも習得しやすい19)
 気胸は,臓側胸膜と壁側胸膜の間に空気が貯留する病態である(図6).そのため,lung sliding,lung pulse,そして臓側胸膜直下から生じるBラインが観察されない.さらに気胸に特異的な所見としてlung pointが観察される場合がある6)

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図6 lung sliding, lung pulse,Bラインの消失
気胸は,臓側胸膜と壁側胸膜の間に空気が貯留する病態である.lung sliding,lung pulse,Bラインが観察されなくなる.

(1)lung slidingの消失(図6動画3
 感度90%の所見である.ただし巨大なbullaや癒着胸膜,片肺挿管などでもlung slidingの消失が認められ,気胸に特異的ではない3)

(2)lung pulseの消失(図6動画3
 気胸では臓側胸膜が胸壁から離れるため,lung pulseが消失する3)

(3)Bラインの消失(図6動画3
 同じく,気胸では臓側胸膜が胸壁から離れるため,Bラインが消失する.

(4)lung point(図7
 胸膜が接する部位と接しない部位の境界で,lung slidingが出現・消失を繰り返す所見である(特異度100%,感度60%)6)

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図7 lung point
胸膜が接する部位と接しない部位の境界で,lung slidingが出現・消失を繰り返す所見である.
  • ■文献
  • 1)Hamasaki N, et al: Ultrasonography of respiratory tract approach from the body surface. Jpn J Med Ultrasonics. 2016; 43: 15-32(Japanese).
  • 2)Lichtenstein DA: Lung ultrasound in the critically ill. Ann Intensive Care. 2014; 4: 1.
  • 3)Lichtenstein DA, Menu Y: A bedside ultrasound sign ruling out pneumothorax in the critically ill. Lung sliding. Chest. 1995; 108: 1345-1348.
  • 4)Lichtenstein DA, et al: The“lung pulse”: an early ultrasound sign of complete atelectasis. Intensive Care Med. 2003; 29: 2187-2192.
  • 5)Lichtenstein D, et al: The comet-tail artifact. An ultrasound sign of alveolar—interstitial syndrome. Am J Respir Crit Care Med. 1997; 156: 1640-1646.
  • 6)Lichtenstein D, et al: The“lung point”: an ultrasound sign specific to pneumothorax. Intensive Care Med. 2000; 26: 1434-1440.
  • 7)Lichtenstein DA, Mezière GA: Relevance of lung ultrasound in the diagnosis of acute respiratory failure: the BLUE protocol. Chest. 2008; 134: 117-125.
  • 8)Volpicelli G, et al: International evidence-based recommendations for point-o-care lung ultrasound. Intensive Care Med. 2012; 38: 577-591.
  • 9)Demi L, et al: New international guidelines and consensus on the use of lung ultrasound. J Ultrasound Med. 2023; 42: 309-344.
  • 10)Hussain A, et al: Multi-organ point-of-care ultrasound for COVID-19(PoCUS4COVID): international expert consensus. Crit Care. 2020; 24: 702.
  • 11)Kameda T, et al: Point-of-care lung ultrasound for the assessment of pneumonia: a narrative review in the COVID-19 era. J Med Ultrason(2001). 2021; 48: 31-43.
  • 12)Soummer A, et al: Ultrasound assessment of lung aeration loss during a successful weaning trial predicts postextubation distress*. Crit Care Med. 2012; 40: 2064-2072.
  • 13)Kameda T, et al: Simple experimental models for elucidating the mechanism underlying vertical artifacts in lung ultrasound: Tools for revisiting B-lines. Ultrasound Med Biol. 2021; 47: 3543-3555.
  • 14)Mongodi S, et al: Quantitative lung ultrasound: Technical aspects and clinical applications. Anesthesiology. 2021; 134: 949-965.
  • 15)Kameda T, et al: The mechanisms underlying vertical artifacts in lung ultrasound and their proper utilization for the evaluation of cardiogenic pulmonary edema. Diagnostics(Basel). 2022; 12: 252.
  • 16)Lee FCY: The curtain sign in lung ultrasound. J Med Ultrasound. 2017; 25: 101-104.
  • 17)Alrajab S, et al: Pleural ultrasonography versus chest radiography for the diagnosis of pneumothorax: review of the literature and meta-analysis. Crit Care. 2013; 17: R208.
  • 18)Tran J, et al: Traumatic pneumothorax: A review of current diagnostic practices and evolving management. J Emerg Med. 2021; 61: 517-528.
  • 19)Abbasi S, et al: Accuracy of emergency physician-performed ultrasound in detecting traumatic pneumothorax after a 2-h training course. Eur J Emerg Med. 2013; 20: 173-177.
  •  

※書籍では他にcurtain signの動画や気胸診断のフローチャートを掲載しており,本ページでは一部内容を割愛した箇所がございます。

 

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