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『これだけは気をつけたい! 高齢者への薬剤処方 第2版』より

連載 志賀剛(東京慈恵会医科大学教授・臨床薬理学講座)

2024.03.08

 超高齢社会がますます進展する現在,診療科を問わず高齢者への適切な薬物治療に関する知識は必要になっています。新刊『高齢者への薬剤処方 第2版』は,高齢者に不適切な可能性のある薬剤の基準である米国Beers Criteriaの「日本版」として,最新の医薬品情報を盛り込み,この度初版から10年ぶりに改訂されました。プライマリ・ケア領域の医師・薬剤師を対象に,高齢者のコモンな内科疾患から,腎機能低下時,メンタルヘルスまで,幅広い知識が詰め込まれています。
  「医学界新聞プラス」では本書のうち,「改訂版の意義と特徴」「心血管系薬 高齢者に不整脈薬物治療を行ううえでの注意点」「プラゾシン」「メトクロプラミド」の内容を一部抜粋し,全3回にてご紹介します。

2.心血管系薬 高齢者に不整脈薬物治療を行ううえでの注意点

A 生理機能の低下

 高齢者では洞結節や房室結節など刺激伝導系の機能が低下していることがあり,刺激伝導系を抑制するナトリウムチャネル遮断薬を使用すると,徐脈,ブロックなど伝導障害をきたしやすい.また,加齢がQT間隔延長のリスク因子になることから,カリウムチャネル遮断作用を有する薬を使用すると多形性心室頻拍を引き起こしやすい.この多形性心室頻拍はそのねじれるような波形変化からTdp(torsade de pointes,トルサードドポアンツ)といわれ,血行動態の破綻から失神をきたし,心室細動にも移行し得ることから心臓突然死の原因ともなる(図2-4)

図2-4.png

B 薬物動態

 高齢者では生理的に肝,腎機能が低下していることから,薬のクリアランスが低下し,血中濃度が上昇しやすい.特に腎機能(糸球体濾過率)は,血清クレアチニン値が正常範囲であっても30歳代に比べると低下していることを認識しておく.このため,腎排泄率の高い薬は血中濃度が高くなり,思わぬ有害事象を発現する危険性がある.

C 併存疾患

 高齢者では併存疾患を有することが多い.このため,不整脈の治療薬が心臓以外の病態を悪化させる可能性,また逆に他の疾患治療薬が不整脈を悪化させる可能性は考慮しておく.さらに多剤併用に伴う薬物相互作用は,薬の効果を大きく変えてしまう.どの薬も副作用に便秘などの消化器症状,ふらつきやめまいなどの中枢神経症状がある.

2-① 高血圧治療用の末梢性α1遮断薬 プラゾシン

プラゾシン.png

おもな商品名(会社名) 
ミニプレス(ファイザー) 0.5・1 mg

薬剤情報
【効能・効果】 ①前立腺肥大症に伴う排尿障害,②本態性・腎性高血圧症
【用法・用量】 [開始]1日1〜1.5 mg,2〜3回に分服 [効果不十分]1〜2週間おいて1日1.5〜6 mgまで漸増.まれに②において1日15 mgまで漸増.
【重大な副作用】 失神・意識喪失,狭心症
【高齢者への注意】 低用量から投与を開始するなど患者の状態を観察しながら慎重に投与すること.一般に過度の降圧は脳梗塞等が起こるおそれがある.

中止する際の注意点

 末梢交感神経末端のα1受容体を遮断するα1遮断薬は,中枢性交感神経抑制薬やβ遮断薬と異なり,中止に伴う中断症候群はほとんどない.ただ,中止に伴う血圧上昇が懸念される場合は代替薬へ降圧治療の中断がないように移行する.

使用を避けることが望ましい理由

 以下の危険性が懸念されるため高齢者では避けるのが望ましい.
①起立性低血圧
 高齢者では生理機能が低下しており,圧受容器反射機能など血圧維持の代償機構も低下している.このため,高齢者高血圧では血圧の動揺性があり,起立性低血圧の頻度も高い.α遮断薬は血管平滑筋のα1受容体を選択的に遮断して末梢血管を拡張することから,高齢者では急な体位変換(特に立位)に伴う瞬時の心・血管運動調整による代償機構をさらに妨げる可能性がある.特にα遮断薬による起立性低血圧は初回投与時に多い(初回投与減少:first dose phenomenon).高齢者の起立性低血圧は脳血流低下(脳虚血)やそれに伴う転倒,骨折,頭部外傷などの危険性が高い.このため,α1遮断薬は高齢者に原則として使用しない.
②心筋虚血,心不全
 α1遮断薬には,脂質改善作用,糖代謝改善作用があるが,大規模臨床試験から心血管予後改善を示した結果は出ていない.ALLHATでは,利尿薬治療群よりα1遮断薬(ドキサゾシン)治療群の心血管イベント(とくに心不全)が多く,「高血圧治療ガイドライン2019」では第一選択薬から外されている.
③尿失禁
 膀胱の出口や尿道括約筋による収縮を弛緩させ(一方,この作用が前立腺肥大には有効であるが),腹圧性尿失禁を起こす原因にもなる.
④口内乾燥
 唾液腺腺房細胞のα1受容体をα1遮断薬が抑えることで,唾液分泌を抑制することから口内乾燥が起きる.高齢者では口内乾燥症の頻度が増加しているといわれ,歯周病発症や義歯,咀嚼にも影響する.
⑤頻脈
 血管を拡張すると圧受容体反射が働いて交感神経刺激から頻脈になる.α1遮断薬は非選択性α遮断薬に比し,シナプス前α2受容体刺激によるノルエピネフリン放出抑制を阻害しないことから血管拡張による反射性頻脈は少ないといわれる.しかし,プラゾシンのように短期作用型に比し,ドキサゾシンのような長期作用型では少ない.
⑥術中虹彩緊張低下症候群
 α遮断薬使用中(あるいは使用歴)の患者で白内障の手術中に虹彩が開かない,あるいは開いても術中に閉じてくるなど散瞳不良となる.日常生活で支障となることはほとんどないが手術の難易度が高くなり,それに応じた対応が必要となる.

代替薬とその使用方法

①代替薬
 「高血圧治療ガイドライン2019」では高齢者の高血圧に対して,長時間作用型ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬,アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬,少量利尿薬が推奨されている.腎障害や高カリウム血症がなければアンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬も使用可能である.糖尿病や痛風がなければ少量降圧利尿薬も使用可能である.

②代替薬の使用方法
1)ニフェジピン徐放
アダラートCR錠(10・20 mg) 1回1錠 朝食後 1日1回から開始
2)アムロジピン
ノルバスク錠,アムロジン錠(2.5・5 mg) 1回1錠 朝食後 1日1回から開始
3)ジルチアゼム
ヘルベッサー錠(30 mg) 1回1錠 朝・夕食後 1日2回から開始
心拍数抑制,房室伝導抑制作用があるので心電図で徐脈,房室ブロックの有無を確認する.

4)ジルチアゼム徐放
ヘルベッサーRカプセル(100 mg) 1回1カプセル 朝食後 1日1回から開始
5)エナラプリル
レニベース錠(2.5・5 mg) 1回1錠 朝食後 1日1回から開始
6)カンデサルタン
ブロプレス錠(2・4 mg) 1回1錠 朝食後 1日1回から開始
腎機能障害例(特に血清クレアチニン値2.0 mg/dL以上)や重症心不全例では過度の降圧,腎機能悪化,および血清K値の上昇をきたしやすいので初期量は少量から開始する.

7)トリクロルメチアジド
フルイトラン錠(1・2 mg) 1回1錠 朝食後 1日1回から開始 
アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬との併用は降圧効果を増す.

③代替薬使用の注意点
ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬の副作用には,顔面紅潮,頭痛,浮腫,歯肉増生,頻脈がある.減量あるいは他の機序を有する降圧薬に変更を検討する.
アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬は腎機能の悪化,高カリウム血症をきたすことがある.特に高齢者では,動脈硬化による腎動脈狭窄を有している例があり,これらの薬を服用すると過度の血圧低下を呈したり,急に腎機能が悪化したりすることがあり,血圧値のみならず血清クレアチニン値,血清カリウム値の推移を確認するが必要である.
利尿薬は,アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬と併用すると過度の降圧をきたすことがある.さらに腎障害を徐々に進行させる可能性がある.高齢者は糸球体濾過率が低下しており,日頃からの食生活,塩分,水分摂取量の変化を把握し,血清クレアチニン値の変化を見ながら減量,あるいは中止も念頭に置きながら加療する.また,利尿薬の副作用として糖尿病・耐糖能障害の悪化や痛風・高尿酸血症の悪化があり,特にこれらの合併症を有する例は注意が必要である.

やむを得ず使用する際の注意点

 低用量から開始することが肝要である.高齢者の高血圧は加齢に伴う動脈硬化の進展により収縮期高血圧の頻度が高く,脈圧の開大,動揺性,起立性低血圧の頻度が多い特徴がある.高齢者では動脈硬化による臓器障害を有することが多く,脳血流の自動調節能障害も存在する.このため,過度の降圧による有害事象をきたしやすい.

  • 参考文献
  •     1) ALLHAT Officers and Coordinators for the ALLHAT Collaborative Research Group:Major cardiovascular events in hypertensive patients randomized to doxazosin vs chlorthalidone. The Antihypertensive and Lipid-Lowering Treatment to Prevent Heart Attack Trial (ALLHAT). JAMA 283:1967-1975, 2000 [PMID:10789664]
  •     2) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編):高血圧治療ガイドライン2019.ライフサイエンス出版,2019
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高齢患者の薬物治療をアップデート!米国Beers Criteriaの日本版

<内容紹介>米国Beers Criteriaの日本版が、最新の医薬品情報を盛り込み初版から10年ぶりに改訂した。超高齢社会の今、高齢者への適切な薬剤処方の知識は診療科を問わず不可欠になっている。プライマリ・ケア領域の医師・薬剤師を対象に、高齢者のコモンな内科疾患から、腎機能低下時、メンタルヘルスまでカバーし、高齢者の薬物治療をアップデートできる内容に大幅改訂。医薬品使用時の重篤度と判定理由を示し、代替薬の使用方法や、やむを得ず使用する際の注意点など、診療場面で判断に迷うポイントを厚く解説している。

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