これだけは気をつけたい!
高齢者への薬剤処方 第2版

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米国Beers Criteriaの日本版が、最新の医薬品情報を盛り込み初版から10年ぶりに改訂した。超高齢社会の今、高齢者への適切な薬剤処方の知識は診療科を問わず不可欠になっている。プライマリ・ケア領域の医師・薬剤師を対象に、高齢者のコモンな内科疾患から、腎機能低下時、メンタルヘルスまでカバーし、高齢者の薬物治療をアップデートできる内容に大幅改訂。医薬品使用時の重篤度と判定理由を示し、代替薬の使用方法や、やむを得ず使用する際の注意点など、診療場面で判断に迷うポイントを厚く解説している。

編集 今井 博久
発行 2024年02月判型:B6頁:432
ISBN 978-4-260-05273-3
定価 4,840円 (本体4,400円+税)

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2版の序

 10年ぶりの改訂版を上梓することになり,米国留学時代から今日に至るまでの思い出が走馬燈のように去来し,感慨深いものがある.中でも,高齢者への薬剤処方に関する研究の世界的な泰斗で,直接ご指導いただいた故Mark H. Beers先生の姿が目に浮かんだ.
 四半世紀近く前,国内ではこの分野の研究が遅れており,私は不適切処方やポリファーマシーの解決の必要性を強く訴えていた.しかし,私の研究はあまり理解されず,時には批判を受けながら孤軍奮闘していた.不適切処方やポリファーマシーは,いまでこそ医療界で広く認知され,関連書籍が多く出版されている.厚生労働省や日本医師会も,指針や手引きを出す状況に至り,隔世の感を禁じ得ない.
 正しいことが,新しく受け入れられるには十数年の時間が必要なのかもしれない.故Beers先生の遺志を引き継ぎ,適切で安全な高齢者医療の提供に役立てるために刊行した初版から10年が経つのを機に,大幅なアップデートを目的に改訂の編集にあたった.

 さて今回の改訂では,過去20年ほどの世界中の論文や報告書からの知見をもとに,本邦の第一人者から成る専門家委員らが改訂版に向けた薬剤を新たに検討した.真摯なディスカッションから薬剤を決定し,多くの新しい内容を盛り込んだ.高齢者にコモンな内科疾患に対する薬剤選択のほか,腎機能レベルに応じて使用を回避または減量すべき薬剤,本邦の医療状況から慎重に投与したい薬剤など,画期的な内容をそれぞれ独立した章で記述した.また,メンタルヘルス分野の薬剤情報を一層厚くし,薬剤間相互作用を惹起する薬剤についても詳細に記述している.初版の288頁から改訂版では432頁に大幅に紙面が増加し,読者の臨床で役立つ充実の内容となった.

 一般に書籍の発刊では,さまざまなタイミングの一致が必要となる.今回は,初版刊行から10年という区切り,私自身の気力,読者の関心度,出版社の意向などがうまく合致したため改訂作業に着手できた.この間に新型コロナウイルス感染症が未曽有の猛威を振るい,本書の改訂作業も中断しかけた.専門家委員が集合しデルファイ法に則ってディスカッションする方法が不可能となる中でも,改訂を必ず成し遂げるとの強い意志は常に私の心の中にあった.工夫を施したオンライン会議を開催し,専門家委員会が予定通りの方法論で円滑に運営され,幸いにも期待した以上の成果が得られた.多忙な時間を割いて執筆してくださった先生方には,この場を借りて厚く御礼申し上げたい.

 本書は私の研究人生のひとつの過程を表現するものでもある.地域医療のパブリックヘルス分野の研究を一貫して展開してきた.とりわけ,本邦の医薬品の適正使用推進ではパイオニアの一人を自認し,率先してリーダーシップを発揮し一定の貢献を果たしてきた矜持を有する.本邦の医療界でほとんど検討されてこなかった「医薬品の合理的選択」というテーマを長らく追求し,同類の地域フォーミュラリの普及にも日本フォーミュラリ学会の理事長として還暦を過ぎた今なお日々努力を積み重ねている.将来に目を向けると,後進の活躍による発展を願っている.この分野の研究は次の世代が担い,新しい方向性が開拓されることを期待している.本書がその一助にもなれば幸いである.

 最後に,人生のほとんどすべてを研究に注ぎ込み,家庭を顧みない私を応援してくれた家族に心から感謝したい.幼少期から教育の機会を惜しみなく与え,長きにわたって物心両面で献身的に支え愛情を注いでくれた両親のおかげで今がある.癌によって急逝した父,そして現在95歳で自立した生活を故郷の札幌で送る母に,不肖の息子から本書を捧げたい.

 2024年1月
 今井博久

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第1章 ビアーズ基準と高齢者の薬物治療
  1 改訂版の意義と特徴
  2 高齢者の服薬における留意点
  3 高齢者の薬物動態

第2章 高齢者に使用を回避したほうがよい薬剤
 1. 抗コリン薬
  ▪ 高齢者に抗コリン薬治療を行ううえでの注意点
   1-① 第一世代抗ヒスタミン薬
   1-② 抗パーキンソン病薬──トリヘキシフェニジル・ビペリデン
   1-③ 鎮痙薬
 2. 心血管系薬
  ▪ 高齢者に不整脈薬物治療を行ううえでの注意点
   2-① 高血圧治療用の末梢性α1遮断薬──プラゾシン
   2-② 中枢性α刺激薬──高血圧治療の第一選択としてのクロニジン・グアナベンズ・メチルドパ
   2-③ Naチャネル遮断薬(Ia群)──ジソピラミド
   2-④ ジギタリス製剤──心房細動または心不全の治療薬の第一選択としてのジゴキシン
   2-⑤ ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(第一世代)──速放性ニフェジピン
   2-⑥ 心血管系作動薬 αβ遮断薬
   2-⑦ Naチャネル遮断薬(Ic群)──ピルシカイニド
   2-⑧ Naチャネル遮断薬(Ia群)──シベンゾリン
   2-⑨ Kチャネル遮断薬(III群)──ソタロール
   2-⑩ β遮断薬──アテノロール
   2-⑪ 血管平滑筋拡張薬 硝酸薬──ニトログリセリン貼付薬
   2-⑫ 血管平滑筋拡張薬 硝酸薬──硝酸イソソルビド長時間作用型
   2-⑬ 血管平滑筋拡張薬 硝酸薬──硝酸イソソルビド
   2-⑭ 血管平滑筋拡張薬 硝酸薬──硝酸イソソルビド貼付薬
   2-⑮ シアン解毒薬──亜硝酸アミル
 3. 中枢神経系薬
  ▪ 高齢者に中枢神経系薬治療を行ううえでの注意点
   3-① 三環系抗うつ薬・四環系抗うつ薬
   3-② 第一世代抗精神病薬──スルピリド
   3-③ 第一世代(定型)・第二世代(非定型)抗精神病薬──ハロペリドール・クエチアピン
   3-④ バルビツール酸系薬剤
   3-⑤ 抗不安薬 ベンゾジアゼピン系薬剤(z-drugを除く)
   3-⑥ ベンゾジアゼピン類似作用睡眠薬
 4. 内分泌系薬
  ▪ 高齢者に内分泌系薬治療を行ううえでの注意点
   4-① インスリン
   4-② スルホニル尿素(SU)薬──グリベンクラミド・グリメピリド
   4-③ チアゾリジン系──ピオグリタゾン
 5. 鎮痛薬
  ▪ 高齢者に鎮痛薬治療を行ううえでの注意点
   5-① 非COX選択的NSAIDs(経口)
   5-② COX-2選択的阻害薬──セレコキシブ
   5-③ 筋弛緩薬(骨格筋痙攣弛緩薬)──メトカルバモール
 6. 制吐薬
    メトクロプラミド
 7.泌尿器科系薬
    デスモプレシン

第3章 高齢者の特定の疾患で使用を回避したほうがよい薬剤
  ▪ 特定の疾患がある高齢者に薬物治療を行ううえでの注意点
 1. 心血管系
   1-① 心不全
     シロスタゾール
     非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬:ジルチアゼム・ベラパミル
     NSAIDs・COX-2選択的阻害薬
     チアゾリジン系:ピオグリタゾン
   1-② 失神
     アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEIs)
     非選択的末梢性α1遮断薬:ドキサゾシン・プラゾシン・テラゾシン
     三環系抗うつ薬
     抗精神病薬:クロルプロマジン・ハロペリドール
     抗精神病薬:リスペリドン・スルピリド
 2. 中枢神経系
   2-① せん妄
     抗コリン作用を有する薬剤・ベンゾジアゼピン受容体作動薬
   2-② 認知症または認知機能障害
     パロキセチン・ゾルピデム・リスペリドン
   2-③ 転倒または骨折の既往
     抗てんかん薬・抗精神病薬・ベンゾジアゼピン受容体作動薬・抗うつ薬・オピオイド
   2-④ パーキンソン病
     メトクロプラミド・プロクロルペラジン・プロメタジン・すべての抗精神病薬
 3. 腎・泌尿器
   3-① ステージ4以上の慢性腎臓病
     非ステロイド性抗炎症薬
   3-② 下部尿路症状を伴う前立腺肥大症

第4章 高齢者で薬剤間相互作用を惹起する薬剤
  ▪ 高齢者に薬物治療を行ううえで注意したい薬物間相互作用
   RAS阻害薬(ACE阻害薬,ARB,直接的レニン阻害薬)カリウム保持利尿薬 ⇔ その他のRAS阻害薬(ACE阻害薬,ARB,直接的レニン阻害薬)
   コルチコステロイド(経口/非経口) ⇔ NSAIDs
   リチウム ⇔ ACE阻害薬
   リチウム ⇔ ループ利尿薬
   α1遮断薬 ⇔ ループ利尿薬
   フェニトイン ⇔ ST合剤(スルファメトキサゾール-トリメトプリム)
   ワルファリン ⇔ アミオダロン
   ワルファリン ⇔ シプロフロキサシン
   ワルファリン ⇔ マクロライド系抗菌薬
   ワルファリン ⇔ ST合剤(スルファメトキサゾール-トリメトプリム)

第5章 高齢者の腎機能レベルに応じて使用を回避または減量すべき薬剤
  ▪ 高齢者の薬物治療で注意したい腎機能レベル
   1. 抗菌薬
     シプロフロキサシン・レボフロキサシン・ST合剤(スルファメトキサゾール-トリメトプリム)
   2. 心血管系薬・抗凝固薬
   3. 中枢神経薬剤と鎮痛薬
     デュロキセチン・ガバペンチン・レベチラセタム・プレガバリン・トラマドール
   4. 消化器 ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)
   5. 高尿酸血症治療薬
     コルヒチン・プロベネシド・アロプリノール

第6章 本邦の医療状況から慎重に投与したい薬剤
  ▪ 社会的要因により慎重に投与する薬剤
   1. 総合感冒薬
     プロメタジン・クロルフェニラミン・抗コリン薬含有総合感冒薬
   2. ステロイド性消炎鎮痛薬
   3. 漢方製剤
     麻黄,甘草,附子含有製剤
   4. 便秘薬
   5. アルツハイマー型認知症治療薬
     ドネペジル・ガランタミン・リバスチグミン・メマンチン

索引

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薬剤処方の危険を見抜くための感度を高める
書評者:草場 鉄周(北海道家庭医療学センター理事長/日本プライマリ・ケア連合学会理事長)

 本書は好評だった初版から10年を経て,紙幅も大幅に増して掲載薬剤数も充実して刊行された待望の改訂版である。

 2008年に米国のBeers博士との共同研究で今井博久先生らが発表した「日本版ビアーズ基準」をベースに,高齢者に避けるべき薬剤の紹介とそれに対する代替薬の提示,その使用法を解説するのが初版の大きな特徴であった。今回はさらに,有用な情報が追加で盛り込まれている。まず,高齢者のコモンディジーズである心不全,腎不全,認知症,転倒などを持つ患者に対して避けるべき薬剤が新たに提示された。加えて,多疾患合併が一般的な高齢者に,相互作用を惹起しやすい薬剤についての情報も掲載された。

 評者のようにプライマリ・ケア医として外来診療,在宅診療に取り組む際に遭遇する一番の課題は,診療時間の多忙さである。例えば,高血圧,糖尿病,脂質異常症,脳梗塞後遺症,高尿酸血症,神経因性膀胱にて受診する高齢患者がいたとする。7種類ほどの薬剤が投薬されており,その中でシロスタゾールが脳梗塞の再発抑制目的で処方されていたとしよう。診察の中で糖尿病の検査データを確認し,内服状況をチェック。さらには,脳梗塞後遺症による神経因性膀胱の影響で夜間の頻尿が目立ち,歩行の不安定性もあって転倒する機会が増えていることを踏まえ,介護保険を利用した手すりの設置や段差の解消をケアマネジャーに依頼する。10分程度の診療でこうしたマルチタスクを行うわけだが,この患者が下腿浮腫と労作時の呼吸苦を訴えて心エコーで心不全が指摘されたとしたらどうするか。この際に,避けるべき薬剤があると速やかに認識するのは簡単なことではない。

 本書では高齢者の心不全でシロスタゾールがもたらす頻脈や催不整脈作用を踏まえると,中止が望ましいことが紹介されている。そして,代替薬としては少量アスピリンやクロピドグレルが提示されている。既に処方されている薬が,新たな健康問題によって避けるべき位置付けとなった場合に気付くのは難しい。本書ではそうした気付きのきっかけとなる知識がわかりやすく整理されている点が実にありがたい。

 同じく,相互作用についても日本のように多くの診療科でさまざまな投薬がなされているのが一般的な環境では,他科から新規に処方された薬を確認した時点で相互作用にすぐに気付くことも容易ではない。本書を活用することで,新規処方による変化に対応できるメリットも大きいだろう。

 このように,疾患とリンクした避けるべき薬剤一覧,さらには相互作用を起こしやすい薬剤の一覧が頭に入っていることは,多忙な診療の中で効率良く薬剤を選択する大きな武器になる。現場の第一線で活躍する臨床医の皆さんには,ぜひ本書を手に取って,危険を見抜くベースラインと感度を高めていただきたい。まさに「使える」テキストである。


プライマリ・ケアにおける高齢者診療の質が改善される未来を期待
書評者:松村 真司(松村医院院長)

 患者を診察し,適切な薬剤を処方する。このことは,私のようなプライマリ・ケア現場で働く医師の日常業務の大きな部分を占めている。であれば,質の高い高齢者診療を行うには,不適切な処方を減らせばよいはずである。しかし,それは言うほど簡単ではない。なぜなら,「適切な処方」と「不適切な処方」の境界は曖昧なものであり,その判断は状況に依存するからである。また,高齢者ではしばしば多疾患併存がみられ,各担当医が適切と判断した薬剤を処方していたとしても,結果的に多剤併用となることも珍しくない。そのため複数の処方薬剤のうち「どの薬剤を減量・中止するか」は相対的な判断となる。高齢化が進展したわが国においてこの課題をどう克服するか,洗練された方法の開発が求められる。

 本書の初版は,「高齢者への処方」に関する問題がわが国で耳目を集める前から研究を続けてきた今井博久先生の編集により2014年に世に出たものである。今井先生は「高齢者に不適切な可能性のある薬剤処方リスト」であるBeers Criteriaをわが国の状況に適用させた「日本版ビアーズ基準」の開発者として知られるが,本書における先生の熱意はそこだけにはとどまらなかった。各処方を単に「高齢者には不適切」として切り捨てるのではなく,もし不適切と判断された場合,何が代替薬剤になるのかを合わせて提示し,また,やむを得ず使用する場合はどのような点に注意すべきかを示すなど,現場目線での対処法を,本書には網羅的に追加したのである。また,全ての項目が簡潔かつ見やすくまとまっており,現場ですぐに参照できる実用的なものになっていた。

 このように,プライマリ・ケアの現場で診療に当たる医師・看護師・薬剤師にとってこれまでも大変有用であった本書であるが,第2版ではこの10年の知見を踏まえ,記載内容が全面的にアップデートされている。また,薬物相互作用を注意すべき薬剤の組み合わせ(第4章),腎機能レベルに応じて中止・減量すべき薬剤(第5章)が,別個の章として整理されている。さらには総合感冒薬,漢方薬など,わが国の状況に応じた薬剤の注意点も第6章にまとめられている。米国で開発されたBeers Criteriaを「日本版ビアーズ基準」とし,それをわが国の医療現場に普及させるために,長年尽力してきた今井先生の熱い想いは,今回の改訂版においても隅々まで行き届いている。

 プライマリ・ケアにおける質の高い高齢者診療を達成するには,薬剤処方の改善にとどまらず,電子カルテを用いた診療支援,レセプトデータの活用,多職種による介入,患者との協働など,複合的な活動がこれからも必要な分野である。本書が,高齢者の薬剤処方の改善に向けたさまざまな取り組みの一助となり,それに多くの活動が加わることでわが国のプライマリ・ケアにおける高齢者医療の質は高まっていくはずである。

 私は,その未来が大いに楽しみである。

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